深夜水溶液

海獺屋ぼの

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第四話 深夜水溶液

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 栞との思い出。それは私の核のようなものだ。幼なじみではないけれど、彼女は私のことを私以上に理解していると思う。本来の幼なじみ……。健次とは違った意味で彼女は私の理解者なのだ。
 同性だからとか、性格が合うとか以上に彼女とは繋がりを感じた。それはある種の運命……。だと思う。出会うべくして出会った最愛の友達。それが栞だった――。
「おまたせ」
 書店前のホールで待っていると栞がやってきた。数年ぶりに見る彼女は以前よりずっと大人っぽく見えた。中学時代には無かった色気のようなものもある。仮に私が男だったら放っておかないだろう。
「早かったなぁ。ひさしぶり!」
「うん。ひさしぶり! 元気そうで何よりだよ」
 ああ、栞だ。と私は当たり前のことを思った。目の前にいる綺麗な女性が徐々に栞に戻っていく。そんな奇妙な感覚。どうやら見た目とは裏腹に彼女の中身ははあまり変わっていないらしい。
「せやな。栞も元気そうで良かった」
「えへへ……。ありがとう」
 この「えへへ」だ。やはりこの子は変わらない。あの頃のままだ――。
 
「今月の平日はラジオの仕事あんねん」
「すごーい! すっかり売れっ子だね」
「まぁ……。少しはな。上の人が売り込み上手いから助かるわ」
 そんな話をしながら三軒茶屋の街を二人で歩く。目的地はない。
「月子ちゃん本当にすごいよ! すっかりアーティストだもんね」
「いやいや。まだまだやで? それより栞のがすごいて。まさかこんな早く直木賞取るとはなぁ。今更やけどおめでとう」
「ありがとう! うん。私もビックリだよ。まさか取れるとは思ってなかったからさ」
 そう言うと栞は苦笑いした。おそらく本当に取れるとは思っていなかったのだろう。
「読ませて貰ったけど良かったで! ……ってかよくあんな話書けたなぁ」
「あ、読んでくれたんだ! ちょっと今までの話とは違うでしょ?」
「ああ、全然違うな。ファンタジーやないし、かなりエグいしな」
 栞の受賞作『みっつめの狂気』は決して面白おかしい話ではなかった。はっきり言ってかなり癖が強く、読者を選れぶ作品だと思う。幸いなことに私の肌には合ったけれど、苦手な読者だって一定数いるはずだ。
「エグい……か。まぁ、そうだろうね。私も書いてて不安になったし」
「ハハハ、まぁ気持ちは分かるで。ウチも作詞んときそんな感じや」
「作詞かぁ。作詞できる人ってすごいよね。私には無理だよ。あんなに短い中に全部込めるなんて」
「小説の方がすごいて! ウチは何十万文字も話書けんし」
 作詞と小説。おそらくその両方とも難しいのだ。私はたまたま作詞の適性があった。それだけに過ぎない。まぁ、単純に分量だけ考えれば小説の方が何倍も大変だとは思うけれど……。
 それから私たちは商業施設を見て回った。中学時代の延長線のようなウインドショッピング。
「なぁ? もしアレやったらウチのアパート来るか? お茶ぐらい煎れるから」
「そうだね……。じゃあお邪魔しようかな」
 栞との久しぶりの家デート。懐かしい。何年ぶりだろう。
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