深夜水溶液

海獺屋ぼの

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第四話 深夜水溶液

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 栞が来るまでの間、私は駅の近くを散策した。雑貨屋や本屋を見て回るくらいの散策。雑貨屋の化粧品コーナーでピンクのマニキュアを。書店で推理小説を買った。寝る前に読めば一ヶ月で読み終わると思う。
 本屋での買い物を終えてから少しだけ店内を見て回った。特に何かを探しているわけではない。単なる暇つぶし。
 店内を物色しながら、作家名の「か行」に目を遣った。そこには当たり前のように「川村栞」の文庫本が並んでいた。まぁ、地元だし当然かもしれない。
「一角獣と私」
「銀狼の夜」
「カーバンクルの冒険」
 そんなファンタジーなタイトルが並ぶ。どれもファンシーな装丁だ。
 そんなファンシーな装丁の中に問題の作品が混ざっていた。
『みっつめの狂気』
 今回、栞が直木賞を貰う予定の作品だ。その本だけは他のファンタジーな本たちとはまるで違って見える。
 栞の出した本は全部読んだけれど『みっつめの狂気』だけはかなり異質な作品だと思う。異質を通り越して異様だと言ってもいいかもしれない。
 いつもの栞の作品は良くも悪くもパターンが決まっているのだ。ワンパターンというわけではないけれど形式が決まっている。そんな感じの作品群……。
 それが川村栞の持ち味であり、同時に弱点……。なのだと思う。まぁ、私は文芸作家でもないし、あまり評論家みたいなことを言っても仕方ないけれど。
 だから。そんな読み慣れた栞の文章だからこそ『みっつめの狂気』はかなり衝撃的だった。どうやったらこんな話が書けるのだろう? 本気でそれが知りたくなるぐらいにはとち狂っていた。クレイジーでルナティック。ロックの世界での褒め言葉を投げかけたくなる。そんな作品だった。
 そんなことを考えていると携帯から着信音が鳴った。
「もしもし?」
『もしもーし! 三茶着いたよ』
「ん? ああ、ごめんごめん。駅前の本屋で暇つぶししとった」
『あ! じゃあそこに居て! 今から行くから』
 栞は明るく言うと電話を切った――。
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