42 / 67
第四話 深夜水溶液
3
しおりを挟む
八月末。私はバンドメンバーの健次と上京のための荷造りをしていた。
「ずいぶんと荷物あるな……」
段ボールを積み上げながら健次がぼやいた。確かに一ヶ月だけの上京にしては多いかも知れない。
「仕方ないやろ? 女は色々と物入りなんやから」
「そういうもんかな? まぁええわ」
健次は納得したような、しないような微妙な返答をした。この人は昔からこうだ。よく言えば理解がある。悪く言えば適当だ。
お盆が明けてから季節は少しずつ秋に傾いていった。あれほど地上を焼いていた太陽もようやく一息をついたようでだいぶ過ごしやすくなった。
「そういえば栞から電話あったで! 直木賞内定したみたい……。あ! これオフレコな」
「え! マジか!? すごいな栞……」
健次は予想通りのリアクションをした。驚き、そして気まずそうにする。まぁ、健次と栞の関係を考えれば当然だけれど。
「ほんまにな。すっかりあの子も作家先生やで」
川村先生……。もしかしたら栞はみんなにそう呼ばれているのかもしれない。
「それで? お前お祝いしに行くんか?」
「行くで! ウチ来月から東京やし都合ええからな」
「そうか……」
健次はそれだけ言うと気まずそうに項を掻いた。
「ケンちゃんさぁ。もうええやろ? アレは中二の頃の話やで? みんなガキンチョやったんやから」
「それは……。そうやけど。でもあれ以来一回も栞に会うてないんやで? さすがに気ぃ使うわ」
健次はそう言うと深いため息を吐いた――。
中学時代の彼氏彼女。それが健次と栞の関係だ。付き合った期間はせいぜい三ヶ月程度……。あの頃は私もまだガキンチョだったので彼らに心を引っ掻き回されたものだ。栞は親友だったし、健次は……。まぁアレだ。私の想い人……。だった。
私と栞は健次のことが好きで健次が選んだのは栞。そんな関係だった。詰まるところ私は三角関係の負け犬だった。まぁ、結論だけ言うと彼らは別れたわけだ。別れた理由はちょっと込み入ってはいるけれど――。
健次の手伝いのお陰でどうにか荷造りを夕方までに終わらせることができた。窓の外から覗く日の光もすっかり茜色に染まっている。
「今日はありがとうな。飯でも奢るわ」
「お! ええんか? したらお言葉に甘えて」
私に対して遠慮が無い。健次はこういう男だ。栞にはあんなに気を遣うのに私に遣う気は持ち合わせていないらしい……。まぁ、なので遠慮が無いのは信頼の証拠と思うようにしている。そう思わないとやってられない。
「何がええ? 和洋中何でもええで」
「俺も何でもええで! スポンサー様に任せる」
「ふーん……。したら」
何でも良いなら何でもいいものにしてやろう。私は思いきり悪ふざけした店を選ぶことにした――。
「ずいぶんと荷物あるな……」
段ボールを積み上げながら健次がぼやいた。確かに一ヶ月だけの上京にしては多いかも知れない。
「仕方ないやろ? 女は色々と物入りなんやから」
「そういうもんかな? まぁええわ」
健次は納得したような、しないような微妙な返答をした。この人は昔からこうだ。よく言えば理解がある。悪く言えば適当だ。
お盆が明けてから季節は少しずつ秋に傾いていった。あれほど地上を焼いていた太陽もようやく一息をついたようでだいぶ過ごしやすくなった。
「そういえば栞から電話あったで! 直木賞内定したみたい……。あ! これオフレコな」
「え! マジか!? すごいな栞……」
健次は予想通りのリアクションをした。驚き、そして気まずそうにする。まぁ、健次と栞の関係を考えれば当然だけれど。
「ほんまにな。すっかりあの子も作家先生やで」
川村先生……。もしかしたら栞はみんなにそう呼ばれているのかもしれない。
「それで? お前お祝いしに行くんか?」
「行くで! ウチ来月から東京やし都合ええからな」
「そうか……」
健次はそれだけ言うと気まずそうに項を掻いた。
「ケンちゃんさぁ。もうええやろ? アレは中二の頃の話やで? みんなガキンチョやったんやから」
「それは……。そうやけど。でもあれ以来一回も栞に会うてないんやで? さすがに気ぃ使うわ」
健次はそう言うと深いため息を吐いた――。
中学時代の彼氏彼女。それが健次と栞の関係だ。付き合った期間はせいぜい三ヶ月程度……。あの頃は私もまだガキンチョだったので彼らに心を引っ掻き回されたものだ。栞は親友だったし、健次は……。まぁアレだ。私の想い人……。だった。
私と栞は健次のことが好きで健次が選んだのは栞。そんな関係だった。詰まるところ私は三角関係の負け犬だった。まぁ、結論だけ言うと彼らは別れたわけだ。別れた理由はちょっと込み入ってはいるけれど――。
健次の手伝いのお陰でどうにか荷造りを夕方までに終わらせることができた。窓の外から覗く日の光もすっかり茜色に染まっている。
「今日はありがとうな。飯でも奢るわ」
「お! ええんか? したらお言葉に甘えて」
私に対して遠慮が無い。健次はこういう男だ。栞にはあんなに気を遣うのに私に遣う気は持ち合わせていないらしい……。まぁ、なので遠慮が無いのは信頼の証拠と思うようにしている。そう思わないとやってられない。
「何がええ? 和洋中何でもええで」
「俺も何でもええで! スポンサー様に任せる」
「ふーん……。したら」
何でも良いなら何でもいいものにしてやろう。私は思いきり悪ふざけした店を選ぶことにした――。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる