9 / 67
第一話 白い灯台
9
しおりを挟む
銚子電鉄は銚子市内を走る路線だ。絵に描いたようなローカル線で『のどか』という言葉がとてもよく似合う。そんな電車だった。私の地元にも同じようなローカル線があったので少しだけ懐かしくなる。
電車から見える景色は地方都市の町並みと田園地帯。そんな生活の匂いが染みついたものだった。停車する駅一つ一つが良い意味で閑かで妙な安心感を覚えた。
一定のリズムで電車は進む。そのリズムは私を意識の奥に運んだ。無意識と意識の境目。そんな場所だ。そこには両親と妹がいて、私に手を振っている。白い灯台、岩礁から聞こえる潮騒、こじんまりとした水族館。その景色が混ざり合い、無意識の上を流れていく。
車窓から見える景色とその景色が重なった。おぼろげな記憶だけれどこの景色を見たことがある。それは記憶というにはあまりにも不確定なものだった。なんとなく見覚えがある。その程度。
ふと、社長と会った日のことを思い出した。彼は私たちに何を求めたのだろう? そんな疑問が浮かぶ。もしかしたら社長は私たちに何か伝えたかったのではないだろうか? そして何かをお願いしたかったのでは? そんな空想とも妄想とも言えないような疑問が浮かんでは消えていった。
おそらく何かしらの意図はあったはずだ。それがビジネスライクなことであれ、プライベートなことであれ――。
二〇分ほど走ると電車は目的地にたどり着いた。犬吠駅。白い灯台の最寄り駅だ。その駅舎はその場には似つかわしくないほど綺麗だった。真っ白な壁にチャペルのような外観の駅舎。駅前の広場に規則的に敷き詰められたタイル。そんな南国リゾートのような駅舎だ。駅からの海岸に延びる道には鬱蒼とした木々が生い茂っていた。そして……。木々の奥には記憶にある灯台が聳えていた。
それから私は木々の間を抜けて海へと向かった。一歩、また一歩と進むたびに潮騒が大きくなり、潮の匂いが強くなった。海の気配が濃くなる。そんな感じ。
やがて目の前に海が広がる。水平線はどこまでもまっすぐで視界の左端には漁港があった。
その景色を見て私は『やっと戻ってこれた』と思った。ようやく戻ってこれたのだ。記憶の残骸のようなこの場所に。
灯台は私の記憶のままそこに建っていた。まるで記憶をトレースしたかのようにそのままで、温度や風向きまであの日と同じように感じる。
私は記憶と実際の景色の差異を探すように辺りを散策した。灯台を真下から見上げ、周りのスロープを一周した。スロープの下には岩礁が広がっている。あの日と同じ。トレースされた波しぶき。
こんなことってあるのだろうか? 記憶がこんなに合っていることなんて……。いや、もし記憶通りだとしたら逆におかしい。幼少期の私がここを訪れたのは二〇年近く前の話なのだ。変わっていないなんてことはあり得ない……。
しかし私の目に映る景色は完全に記憶と一致していた。まるで昨日来たばかりのように。鮮明に。僅かな違いも無く。
それは本当に不思議な感覚だった。家に帰ったような安心感がそこにはあって、私を優しく包み込んでくれた。
欠けたパズルのピースが見つかった。その感覚に近いかもしれない。おそらくずっと欠けていたのだ。この場所での記憶も。家族との思い出も。
私はベンチに腰を下ろして瞳を閉じた。
優しい風と潮の匂い。それだけを感じながら。
白い灯台 終
電車から見える景色は地方都市の町並みと田園地帯。そんな生活の匂いが染みついたものだった。停車する駅一つ一つが良い意味で閑かで妙な安心感を覚えた。
一定のリズムで電車は進む。そのリズムは私を意識の奥に運んだ。無意識と意識の境目。そんな場所だ。そこには両親と妹がいて、私に手を振っている。白い灯台、岩礁から聞こえる潮騒、こじんまりとした水族館。その景色が混ざり合い、無意識の上を流れていく。
車窓から見える景色とその景色が重なった。おぼろげな記憶だけれどこの景色を見たことがある。それは記憶というにはあまりにも不確定なものだった。なんとなく見覚えがある。その程度。
ふと、社長と会った日のことを思い出した。彼は私たちに何を求めたのだろう? そんな疑問が浮かぶ。もしかしたら社長は私たちに何か伝えたかったのではないだろうか? そして何かをお願いしたかったのでは? そんな空想とも妄想とも言えないような疑問が浮かんでは消えていった。
おそらく何かしらの意図はあったはずだ。それがビジネスライクなことであれ、プライベートなことであれ――。
二〇分ほど走ると電車は目的地にたどり着いた。犬吠駅。白い灯台の最寄り駅だ。その駅舎はその場には似つかわしくないほど綺麗だった。真っ白な壁にチャペルのような外観の駅舎。駅前の広場に規則的に敷き詰められたタイル。そんな南国リゾートのような駅舎だ。駅からの海岸に延びる道には鬱蒼とした木々が生い茂っていた。そして……。木々の奥には記憶にある灯台が聳えていた。
それから私は木々の間を抜けて海へと向かった。一歩、また一歩と進むたびに潮騒が大きくなり、潮の匂いが強くなった。海の気配が濃くなる。そんな感じ。
やがて目の前に海が広がる。水平線はどこまでもまっすぐで視界の左端には漁港があった。
その景色を見て私は『やっと戻ってこれた』と思った。ようやく戻ってこれたのだ。記憶の残骸のようなこの場所に。
灯台は私の記憶のままそこに建っていた。まるで記憶をトレースしたかのようにそのままで、温度や風向きまであの日と同じように感じる。
私は記憶と実際の景色の差異を探すように辺りを散策した。灯台を真下から見上げ、周りのスロープを一周した。スロープの下には岩礁が広がっている。あの日と同じ。トレースされた波しぶき。
こんなことってあるのだろうか? 記憶がこんなに合っていることなんて……。いや、もし記憶通りだとしたら逆におかしい。幼少期の私がここを訪れたのは二〇年近く前の話なのだ。変わっていないなんてことはあり得ない……。
しかし私の目に映る景色は完全に記憶と一致していた。まるで昨日来たばかりのように。鮮明に。僅かな違いも無く。
それは本当に不思議な感覚だった。家に帰ったような安心感がそこにはあって、私を優しく包み込んでくれた。
欠けたパズルのピースが見つかった。その感覚に近いかもしれない。おそらくずっと欠けていたのだ。この場所での記憶も。家族との思い出も。
私はベンチに腰を下ろして瞳を閉じた。
優しい風と潮の匂い。それだけを感じながら。
白い灯台 終
0
あなたにおすすめの小説
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる