月不知のセレネー

海獺屋ぼの

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第四章 月の墓標

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 その日の午後。私は各バンドのリーダーたちとミーティングするために彼らを会議室に呼び出した。西浦さんと柏木くんはいない。今回は私だけで彼らの相手をする。
「皆さんお忙しい中お集まりいただきありがとうございます」
 私は彼らにそう挨拶すると用意しておいた資料を配った。資料の内容はクリエイター発掘プロジェクトの流れと各アーティトの担当楽曲表。要は彼らのやるべきことが書かれている。
 今回集まった八人は全員私と面識があった。……正確には私が入社後にニンヒアのレーベルに入った子たちばかりで言うなれば戦友のような存在だと思う。
 『Lotus』の秋山くん。『ヘブンホール』の新倉くん。『WEB』の広田さん。『アングラスターズ』の矢野さん。『マーズ』の連田くん。『八卦』の足立さん。『すべては神様のせい』の上川くん。……そして『バービナ』の京極さん。呼び出してみるとすごい濃いメンツだと思う。特に上川くんと京極さんは並んでいるのを見るだけで胸焼けしそうだ。
「なんか同窓会みたいだね」
 上川くんはそう言って京極さんに絡んだ。京極さんはそれを「そうっすね」と適当に流した。この二人はいつもこうなのだ。一応は上川くんが先輩だけれど京極さんはあまり彼を尊敬していないらしい。
「さて……。今日は皆さんにお願いがあってミーティングにお呼びしました。まずお配りした資料の二ページ目をご覧ください」
 私の声に促されて全員がページを捲る。この子たちは案外真面目なのだ。
 それから私は順を追って今回の企画の概要を説明した。……と言っても内容は単純で鍵山・冬木ペアが作った楽曲を各アーティストに歌って貰うというだけだ。要はコンピレーションアルバムの制作……。ということになると思う。
「せんせー! わからないことがあります!」
 不意に京極さんがバカみたいに手を上げた。
「はい。京極さん。何がわからないのかな?」
 私も小馬鹿にした態度でそれに返す。
「たしかウチら八組で一六曲やるっていってたよね? どうみても一五曲しかないんだけど?」
「ああ……。そうだったね。それを説明するの忘れてたわ」
「ちょっとー! しっかりしなって」
 今度は私が京極さんに小馬鹿にされる。そんなやりとりをしていると他のアーティストたちに笑われた。私は気にせず続ける。
「ごめんごめん。最後の曲だけはまだ未完成なんだ……。その件で今柏木くんが動いてくれてるとこ」
「ふーん……。そうなんだ」
 京極さんは腑に落ちたのか落ちていないのか分からないような返答をするとけだるそうに机に頬杖を付いた。
「……とりあえず皆さんにはこの一五曲から二曲ずつ選んでいただきます。それで……。最後に残った曲に関しては話し合って決めましょう」
 私はそこまで言うと彼らに好きな曲を選ぶように促した。

 それから八人はそれぞれ歌詞と曲を聴きながら意見をすり合わせていった。そして概ね問題なく各々に会った楽曲を選んだ。ニンヒアの抱えるアーティストは意外と仲が良いのだ。まぁ……。言い方を変えれば衝突するほど互いが近い距離ではないとも言えるのだけれど。
 そして未完の一六曲目『月不知のセレネー』の担当が自ずと決まる。残り物担当は……。京極裏月。
「陽子さん……。とりあえず一曲は先に練習しちゃっていいよね?」
 ミーティングが終盤にさしかかった頃、京極さんにそう聞かれた。
「うん、そうして。鍵山さんと話せたら……。また連絡するよ」
「了解! んじゃ皆様よろしくお願いしますぅ」
 京極さんはそう言って先輩方七人に頭を下げた――。

 ミーティングを終えてクリエイター発掘部に戻ると西浦さんと柏木くんが何やら話し込んでいた。もうすっかり熱が冷めたのか二人とも口調が穏やかだ。
「おかえりなさい。どう? ミーティングの方は?」
「ひとまず担当は予定通り決まりました。……西浦さんの予想通り保留分は『バービナ』担当になりましたね」
「そう……。ここまでは予定通りね」
 西浦さんは「うん」と頷くと顔を上げてニッコリ笑った。午前中の鬼の形相が嘘のようだ。
「最悪の場合は一五曲でアルバム作ることになるけど……。極力それは避けたいわね。せっかく冬木さんが素敵な歌詞書いてくれたんだしね。……ねぇ春川さん。明日にでも遠藤さんの病院行ってきてくれないかしら? 彼の容態も気になるわ」
「そうですね。ちょうど私もお見舞い行こうと思っていたので。明日朝礼終わり次第行ってみます」
「うん。お願いね。あと……。柏木くんも一緒に連れて行ってあげて! もし曲作り引き継ぐなら挨拶しとかなきゃいけないからね」
 西浦さんはそう言うと天井を仰いで大きなため息を吐いた。やっと一段落――。そんなため息だ。
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