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第四章 月の墓標
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【20】
『私にとって大事なのはこの人の体温を感じることなんです。光のない世界でもそれだけが私の光だったから――』
その短編小説の書き出しは少女のそんな言葉から始まった。光のない世界。それは鍵山さんにとっての世界そのものだと思う。しかも書き手もこの世界に準ずる存在なのだ。それを知っているとこの言葉がとても重く感じられる。
小説のストーリーは盲目の少女(盲目だとは作中でそれは明言されていない)が一人の男性と秘密の恋をする話のようだ。結ばれることはない。それ故に互いに深く愛し合う。そして傷つくことのない優しい世界に墜ちていく。そんな悲恋の物語。かいつまんで言うとそんな話だ。
おそらくこの手の題材の話は世間に溢れていると思う。ハンディキャップを持つ少女との禁じられた恋。もしキャッチコピーを付けるとするなら『禁じられた二人の愛が世界を包む』みたいになるのではないだろうか。まぁ……。そんな風に考えてしまう私はすっかりエンタメ社会に毒されてしまっているのだけれど。
私はそんなある意味で使い古されたテーマの作品を黙って読み進めた。私が読んでいる間、冬木さんと茅野さんはずっと無言だった。おそらく私に気を遣ってのことだけれど、少しだけ居心地の悪さを覚える。
でも……。気がつくと私は作品の世界に完全に入り込んでいた。もう文章世界以外はまったく視界に入らない。私の目の前に広がるのは天上にあるはずの月を思い描く少女と草原を吹き抜けると風だけ。そして彼女の手を優しく握る男性の姿……。本当にそれだけだ。
少女は何を思い、何を願い、何を対価に支払い、何を得て、何処へ向かうのか。そんなことばかり考えてしまう。これ以上この話にのめり込んでしまったら私の大切な何かが持っていかれる。そう思うほどに――。
「素晴らしいです――」
最後まで読み終わると私はまたしても語彙力不足な感想を口にした。本当に素晴らしいのだ。あえて批評するには惜しい。そう思うほど彼女の書いた文章は儚くて美しいと思う。
「ありがとうございます」
彼女はそう言うと口に微笑みをたたえて頷いた。そして「普段書かないタイプの小説なのでそう言っていただけると本当に嬉しいです」と付け加えた。たしかに普段彼女の書くファンタジー作品とはかけ離れていると思う。
「……そういえば鍵山さんのこと聞きましたか?」
「ええ。一昨日に京極さんが連絡くれました。遠藤さん……。心配ですね」
冬木さんはそう言うと眉間に皺を寄せる。
「今のところ遠藤さんの容態ははっきりしないんですよね……。少しでも早く回復されると良いのですが」
「ですね。鍵山さん……。が心配ですね。あの子、遠藤さんのことすごく慕ってたから」
冬木さんはまるで何かを知っているような。察しているような。そんな言い方をした。いや、これは感づいていると言った方が正しいかも知れない。あの二人の関係はきっと……。と気づいているのだ。だからこその『月不知のセレネー』。もし二人のことに気づいていなければこの短編小説の内容はおかしいと思う。
ふと時計に目を遣ると正午を回っていた。さて……。早めに終わったしニンヒアに戻るとしよう。
『私にとって大事なのはこの人の体温を感じることなんです。光のない世界でもそれだけが私の光だったから――』
その短編小説の書き出しは少女のそんな言葉から始まった。光のない世界。それは鍵山さんにとっての世界そのものだと思う。しかも書き手もこの世界に準ずる存在なのだ。それを知っているとこの言葉がとても重く感じられる。
小説のストーリーは盲目の少女(盲目だとは作中でそれは明言されていない)が一人の男性と秘密の恋をする話のようだ。結ばれることはない。それ故に互いに深く愛し合う。そして傷つくことのない優しい世界に墜ちていく。そんな悲恋の物語。かいつまんで言うとそんな話だ。
おそらくこの手の題材の話は世間に溢れていると思う。ハンディキャップを持つ少女との禁じられた恋。もしキャッチコピーを付けるとするなら『禁じられた二人の愛が世界を包む』みたいになるのではないだろうか。まぁ……。そんな風に考えてしまう私はすっかりエンタメ社会に毒されてしまっているのだけれど。
私はそんなある意味で使い古されたテーマの作品を黙って読み進めた。私が読んでいる間、冬木さんと茅野さんはずっと無言だった。おそらく私に気を遣ってのことだけれど、少しだけ居心地の悪さを覚える。
でも……。気がつくと私は作品の世界に完全に入り込んでいた。もう文章世界以外はまったく視界に入らない。私の目の前に広がるのは天上にあるはずの月を思い描く少女と草原を吹き抜けると風だけ。そして彼女の手を優しく握る男性の姿……。本当にそれだけだ。
少女は何を思い、何を願い、何を対価に支払い、何を得て、何処へ向かうのか。そんなことばかり考えてしまう。これ以上この話にのめり込んでしまったら私の大切な何かが持っていかれる。そう思うほどに――。
「素晴らしいです――」
最後まで読み終わると私はまたしても語彙力不足な感想を口にした。本当に素晴らしいのだ。あえて批評するには惜しい。そう思うほど彼女の書いた文章は儚くて美しいと思う。
「ありがとうございます」
彼女はそう言うと口に微笑みをたたえて頷いた。そして「普段書かないタイプの小説なのでそう言っていただけると本当に嬉しいです」と付け加えた。たしかに普段彼女の書くファンタジー作品とはかけ離れていると思う。
「……そういえば鍵山さんのこと聞きましたか?」
「ええ。一昨日に京極さんが連絡くれました。遠藤さん……。心配ですね」
冬木さんはそう言うと眉間に皺を寄せる。
「今のところ遠藤さんの容態ははっきりしないんですよね……。少しでも早く回復されると良いのですが」
「ですね。鍵山さん……。が心配ですね。あの子、遠藤さんのことすごく慕ってたから」
冬木さんはまるで何かを知っているような。察しているような。そんな言い方をした。いや、これは感づいていると言った方が正しいかも知れない。あの二人の関係はきっと……。と気づいているのだ。だからこその『月不知のセレネー』。もし二人のことに気づいていなければこの短編小説の内容はおかしいと思う。
ふと時計に目を遣ると正午を回っていた。さて……。早めに終わったしニンヒアに戻るとしよう。
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