月不知のセレネー

海獺屋ぼの

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第四章 月の墓標

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 それから私はここ数日のことを順序立てて話した。冬木さんの家に行った日のことから遠藤さんの傷害事件まで。京極さんの過去については……。触れなかった。あれは彼女が秘密にしていることだし、いくら信頼できる人相手だとしても軽々しく話して良い話題ではないと思う。
 話している間に京介は片手間で洗い物をしてくれた。きちんと耳はこちらに傾けてくれているようで時折水音に混じった相づちが返ってきた。毎度のことながら京介は器用なのだ。家事と悩み相談を並行してできるのは地味だけれど特殊技能だと思う。
「何だろう……。予想してたよりずいぶん濃い二日だったんだね」
 京介はそう言うと洗い物の手を止めた。そしてタオルで手を拭いくとリビングに戻ってきて私の向かいに座った。
「うん。……正直しんどかったわぁ。ただでさえ仕事が多いのにさ」
「だよね。本当にお疲れ様」
「ありがと……。ま、仕事だから仕方ないんだけどさ。それより遠藤さんのことが心配かな。今日も連絡なかったしさ」
「そっか……。あ、ちょっと待って」
 京介はそう言うと口元に手を当てた。そしてテーブルの端に避けてあったノートPCを手に取ると何やら調べ始めた。
「……あったあった! これじゃない?」
 京介はそう言って私にパソコンの画面を向けた。画面にはネットニュースの『甲府駅で暴行事件』という記事が表示されている。
 記事の内容はこうだ。
 
『六月二二日午後二時頃、男が甲府駅のホームで女性に対して突き飛ばすなどの暴行を加えた。そして現場に居合わせた女性の身内の男性が間に入ると金属バットでその男性の頭部を強打。重傷を負わせた。男はその場で駅員に取り押さえられ、その後山梨県警に引き渡された。現在県警が男に事情聴取をしている。被害者男性は病院に搬送されたが意識不明の重体――。』

 ――とそんな内容だ。
「……やっぱり事件性あったんだね。犯人のことまでは気が回らなかったけど」
「みたいだね。通り魔なのか、それとも怨恨なのか……。それはまだ調べてる途中っぽいね」
 京介はそう言うと再びパソコンを操作した。そして匿名掲示板で何やら調べ始める。
「もしかしたら……。なんかあるかも知れないからね」
 どうやら京介は今回の事件のスレを探しているようだ。確かに盲目のピアニストの襲撃事件であればスキャンダラスなスレも立っているかも知れない。
 部屋の中にキーボードの打鍵音が響き渡る。それは普段聞き慣れた事務作業の音と違って軽快なリズムだった。ネットの海からの情報選別。もしかしたら京介はこの手のことが得意なのかも知れない。
「あ、コレ」
「何かあった?」
「うん。ちょっと見てみて」
 京介はそう言うと匿名掲示板を私に見るように促した。ノートPCの画面上部に『美少女ピアニスト襲撃事件について考察しようぜ』とスレタイトルが書かれている。
 私はそのスレを上から舐めるように読み進めた。まぁ信憑性があるかどうかはかなり微妙なのだけれど。
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