月不知のセレネー

海獺屋ぼの

文字の大きさ
上 下
45 / 136
第三章 月不知のセレネー

しおりを挟む
 談合坂SAに到着すると京極さんはすぐに喫煙所に行ってしまった。脱兎のように。ニコチンを追い求めて。
「私たちもトイレ休憩にしましょう。冬木さんも半井さんも一応トイレ行っといて下さいね」
 私はバスガイドみたいにトイレ休憩の案内をしてから車を降りた。私に続き作家二人も降りる。
 女子たちがいなくなると急に静かになった。アラサーの音楽レーベル社員とそれより少しだけ若い男性ベーシスト。なんとも珍妙な組み合わせだ。まぁ前回二子玉川に行ったときもこの組み合わせだったのだけれど。
「ジュンくん運転お疲れ様」
 私はそう言って彼に缶コーヒーを差し出した。
「どうもです」
「ここからは運転代わるよ。流石にずっと運転してたら疲れちゃうでしょ?」
「大丈夫ですよ。今日は京極さんと僕とで運転するって決めてるんです。だから春川さんは彼女たちに付いててあげてください」
 彼はそう言うと大きく背伸びした。どうやら今回も彼らは私の専属運転手になってくれるらしい。
 私たちがそんな話をしていると京極さんが戻ってきた。黒いニット帽からはみ出したポニーテール。そして赤縁の大きな伊達眼鏡。ぱっと見どこにでもいるような女の子に見える。
「お待たせぇ。作家さんたちはお花摘み?」
「そうだよ。京極さんはトイレ行ってきた?」
「もちのろんだよ! いやぁ、サッパリしたサッパリした。やっぱ来る前にコーヒーがぶ飲みするもんじゃないね」
 京極さんはそう言うと自分のお腹をポンポン叩いて見せた。正直下品だと思う。まぁ今更言っても仕方ないけれど。
「ジュンは鍵山さんに会うの初めてだよね?」
 不意に京極さんがジュンくんにそう尋ねた。
「そうだね。面識はないかな」
「つーことは……。鍵山さんのこと知ってるのは私と陽子さんだけかぁ。ふむふむ」
 京極さんはそんな風に勝手に納得するとジュンくんに「車のキー貸して」と手を差し出した。ジュンくんは慣れた調子で「はい!」と言ってキーを手渡す。
「まぁアレだよね。鍵山さんってかなりデリケートじゃん? 陽子さんなら分かっと思うけど今日の顔会わせは気を遣った方がいいと思うよ」
 京極さんはキーを手の上でポンポン投げながらそんなことを言った。
「そうね」
「うん。マジでさ。なんつーかさぁ。私の女の勘がそう言ってるんだよね。伝わるかなぁ。この感じ」
 京極さんは言語化できない不安を訴えるかのような言い方をしてから「ね?」と私に同意を求めた。
「うん、分かるよ。きっと一筋縄ではいかないんじゃないかな……。まぁコレも女の勘だけど」
「だ! よ! ね! やっぱ陽子さんには伝わると思ったわぁ」
 京極さんはそう言うと嬉しそうに笑った。そして「覚悟した方がいいね」と付け加えた。
 言葉にはできない。でも確実に何かが起こる。そんな確信が私たちにはあった。おそらくそれは野生の勘だとか第六感に近いものだと思う。
 そんな話をしていると半井さんと冬木さんが戻ってきた。彼女たちの手にはバニラのソフトクリームが握られていた。
しおりを挟む

処理中です...