世界も人もこんなにも優しいのに

こしょ

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第18話

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 ミコトが調べるとハルトという妙な人間がいるという噂自体は結構あるのだ。例えばなんとなく知ってそうな人に街で声をかける。
「ああ、なんか聞いたことあるような」
 だいたいそう答えるから、詳しく聞いてみるものの、誰かに聞いた、ネットで見た。聞いた相手に電話をかけて確認してもらうというところまでやっても、相手も似たようなもの。5人くらいまで辿ったのが最高記録だが……あんなに平然と嘘をつくのにはミコトもびっくりした。まず嘘を付く必要性がないのに……。でも運良く今回はハルトのタクシーに乗ったという人に当たることができた。
「すごい速くて安かったよ」
「普通の自動車だったの?」
「普通なんてとんでもない!」
「何か変わったところがあった?」
「普通よりもはるかに快適だったよ! 振動も音もほとんどしないし、遠心力なんかも全然感じないんだ!」
「それはいくらなんでもすごすぎる話かも……」
 だけどこの人は嘘を言っていないので仕方がない。隠したり騙したり、そういう人なら本当のことを白状させることもできるが、実際にそれがこの人の真実であればそれ以上はもう裏がない。
「聞かせてくれてありがとう。それなりに参考になったよ」
 ミコトが彼に握手の手を伸ばすと、彼は遠慮がちに手を握り返してきた。ミコトは何もお礼をすることもできないのだが、こうしてあげると相手は喜ぶ。アイドルと握手をした気分になるらしい。
「頑張ってね、応援してるから!」
 何を応援しているのか相手はよくわかっていないだろう。ミコトはアイドルでも芸能人でもない。見た目はただの子供だ。単にひたすらかわいいというだけの。
 ハルトに負けない力を手に入れたい。ミコトは別に、ハルトに対して恨みがあるわけでもなんでもないが、あまりにも強い力は存在そのものが危険だと感じた。だが普通にやっても勝つのは不可能だ。勝ち負けの問題にすらならない。だいたいミコトは戦う能力なんて持っていない。けどハルトを弱体化させることはできるかもしれないと彼は気がついた。
 作者に会うことだ。作者が鍵を握っているのだとミコトは考えた。彼が本の影響を受けているのだとするならば、攻めるべきは本の方ではないか。

 毎日ミコトは、勝手に増えていくファンと同じだけの人数の人間に聞いて回った。結果、作者の家がわかった。作者は一向に特殊な能力もない普通の人間だ。同居人がいるようだがそっちも同様だ。ミコトは無造作にインターホンを押した。……その辺の歩いてた人に持ち上げてもらって。
「ありがとう」
「別にいいよ。他に何かやれることない?」
 大学生っぽい男性はミコトに構いたくて仕方がないような感じだったが、いられても邪魔なので帰らせた。
 作者であるロールキャベツの夫、ポールが玄関に出てきた。
「ぼく、どうしたの? 何かご用事? 一人で来たの?」
「うん。『SP』の作者さんに会いたくて来たんだよ。えっと、ロールキャベツさん」
「近所の子なの? よく知ってるね。ファンの? こんな小さい子も読んでくれてるなんて嬉しいなあ。(あんまりこの作品は教育には良くないかもしれないけど……)」
 話が長くなりそうで、ミコトは門の格子をつかんで少し音を立てた。
「もう、それはいいから早く合わせて!」
「ごめん、誰でも合わせるわけにはいかないんだよ。住所だって知られないようにしてる……つもりだから、一応……だけど」
 ミコトは能力を使った。
「まあ、住所を広めないと約束してくれるなら、いいよ」
「それは約束するよ。でも住所を漏らしたのはぼくじゃないけどね」
 ポールは結構背が高い方なのだが、ミコトは物怖じせずに彼の後についていった。
「丸ちゃん、ファンの女の子が来たよ、ぜひ会いたいって」
 仕事場でもあり自分の部屋から出てきた龍神ポールの妻、龍神丸子ことロールキャベツだが、いかにも胡乱げな視線を向けた。
「その子が? 男の子じゃないの?」
「どう見ても女の子でしょう」とポールは答えた。
 どっちでもいい。ミコトはそういうものがない存在だから。
「キャベツさん、始めまして」
「あら、ご丁寧にどうも」
 ぺこりとお辞儀したミコトに、本来は面倒くさい人間のキャベツが口元をほころばせた。珍しいなとポールは内心驚いた。まず、家に上げてしまったことをこっちが怒られるかとすら思っていた。
「サインがほしいの?」
「いや、お願いがあってきたんだよ。あのね……『SP』っていう小説なんだけど……終わらせてしまわない?」
「終わら……なんで? きみ、ファンじゃないの?」
「ハルトって人がいるの、知ってる? 人っていうか、化け物なんだけど……」
「ああ、私の主人公じゃなく、あの変な人か。君はあれの関係者? 君には……悪いけど……ね、私、今ちょっと不機嫌になったわ」
 キャベツが圧をかけてくるが、ミコトには何も感じない。所詮は人間に過ぎないのだから。
「あっちのハルト、迷惑だと思ってるでしょう? 世界にとっても良くない状況なんだよ、今」
「また似たようなことを言うわね。どうして私の世界に口を出してくるのよ。人権侵害、表現の自由でしょ。それとも私に何か世界の敵と戦えとでもいうの? しかもどうせ異世界でしょ」
「違う、この世界のことだよ」
「あ、そっかあ」
 キャベツは急にミコトの頭を撫でた。ミコトは気持ちよさそうに目を細めた。
「坊や、その歳で本を読むのってとってもえらいと思うわ。でも、あれは物語、作り話なのよ」
「いや、そうじゃなくてね」そこを勘違いされては困るとミコトは否定する。別に、子供扱いされたことなんかはどうでもいい。事実子供だし、そう思われるのは望むところなんだけど、大事な話はしなければいけなかった。
「現実に、ハルトが存在している! それもすごい力を持って! あれをほっておいたら大変なことになるかもしれないんだよ」
「別にどうなったっていいんじゃないの?」
「もうやだこのひと」
「でもね、きみ……私は人の世界より自分の世界の方が大事だから小説書いてるのよ、そんな私に何を求められてもね」
「じゃあ、あの人はなんなの」
 ミコトはポールを指さした。
「え、僕?」と彼はぎょっとした。
「だって……でしょ、他がどうだっていいなら、なんで一緒に住んでんの。邪魔なだけじゃないの?」
「か、彼は……私が創作だけに集中できるようにしてくれてるから。別にそれ以外は興味もない……ああ、悲しい顔しないでよ! わかったわかった、彼のことは愛してるわ、それがなんなのよ」
「おじさん、あの人にぼくの話を聞くように言ってください」
「もー! それはずるいわよ!」

 ミコトは言いたいことを喋ってから、出してもらったジュースとお菓子を口にした。わざわざポールが買ってきてくれたらしい。
「じゃあ、ハルトって別に異世界から来たわけじゃなかったんだ。私関係ないじゃない。ああ、私の厄介ファンってわけね。どっかの神様が」
「厄介だけど、実際に加護をもらってたのも事実だから、そんなこと言ったらばちが当たっちゃうよ」
「この世界ってそういうのあるの?」
「ぼく自身がそうだから」
「で、知らん神様が私の小説を好きすぎてその熱意が勝手にハルトを現世に本当に生み出しちゃったと、そうしたら、私の小説の人気も合わさって、勝手に信仰心のような力になって、異常な能力を身に着けちゃったと」
「まあそういうこと」
「じゃあ、あれは本当に、自分をハルトだと思い込んでるだけの異常者なの?」
「そう……ともいえるけど、本人自身は最初からそういう存在として生まれたものなので、異常者と呼ぶのはかわいそうかも」
「私の人気にタダ乗りしてたんだ! 神様が! 神様のくせに!」
「だからただじゃないよ、ばちが当たっちゃうよ、ぼくにまで塁が及ぶくらい。相手はすっごい方なんですから」
「ああ、本当にご利益があるのね……面白いじゃないの。なんか、新しい物語が書きたくなってきたわ」
「じゃあ、『SP』は終われる?」
「理屈はわかった。ハルトは私の小説の人気に乗っかって力を得ているから、終わればそれも弱くなると。いや、なんでよどうしてよ、私、自分の作品をそんなことで死なせるの嫌だわ」
「世界のためなんだけど……」
「でも神様ですら私のファンなんでしょ? 私だって自分の作品が好きだもん、止めたくないわ」言って苦笑いをする。「まあ、現状、止まってるけど。仕方なく詰まってるだけだから、それは!」
「おじさん」とミコトが助けを求めるようにポールを呼んだ。
「まあ、ミコトちゃんが言ってるんだから、そのようにしてやれば」
「あなたまでそういうの? それは違うでしょ? どうかしちゃったの? いくらミコトくんがかわいいからって、変よ」
 結局、ミコトの目の前でポールと喧嘩になってしまって、キャベツが自室に閉じこもった。ミコトはその日は諦めて帰った。帰り道はポールの運転する車に乗せてもらった。

「なんて強情なんだろう! ごめんね、ミコトちゃん、あれも悪い人間じゃないんだよ」
 ポールの言葉に、ミコトは申し訳無さそうにして答える。
「おじさん、ごめんね。ぼく、実はおじさんの心を少し操っちゃったんだ。おじさんから言ってくれればどうにかなるかと思って……でも、ぼくの能力もおじさんの言葉も効かなかった。キャベツさんのあの思いの強さは……すごい……よね」
「えっ、何かされてたの? それも不思議の力なの? いや、謝らないでいいよ、僕もきみの味方になりたかったから。ただ、帰ったら丸ちゃんの機嫌を取らないといけないけど……」
「ぼくのせいだったって言ってくれていいよ。事実だから。でも、ハルトのことだけは忘れないでほしいな」
「ミコトちゃんはどうしてそんなにハルトのことを気にしているの?」
「え、世界のために……」
「でも別にミコトちゃんはまだ子供だし、神様って他にいるんじゃないの? 警察みたいなのはいないの?」
「それは……そもそもハルトがすごく強いから、勝てる神様なんてそうはいなくて。強い上に、あんなに自由に動けるのも」
「ハルトくんって僕も会ったことあるけど、悪いやつじゃなさそうだったよ。案外、平和にやれるんじゃないかな。直接話をしてみてご覧よ」
「あの力がわかればそうはなかなか言えないんだけどなあ」
「そっか……まるで本当にお話の世界で……難しいね。でも、困ったことがあったら相談してね、また会いたいよ」
 千華の家についたので、そこでポールと別れた。昼間だとまだ千華は仕事に行っているので、家ではミコト一人でいることが多い。
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