世界も人もこんなにも優しいのに

こしょ

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第14話

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 メグが少しあっけに取られて見ていると、男の子か女の子かもわからないその子は、不器用そうにトコトコ歩いて湯船に入った。身体を洗った方が……とメグは思ったが、言いそびれてしまった。まあ猿よりは清潔だろう。
 近くで顔を見ると天使のような美しい子供であると感じた。
「ボク、どうしたの? 一人で来たの?」
 メグが尋ねると、「うん」とうなづいた。
「この近くに家があるの?」
 やはりうんと答える。意思疎通はできるようなので少し安心した。とりあえず一緒に湯に浸かり、上がると身体を洗ってあげた。不思議なことにまだ男の子か女の子かよくわからない。じっくり見るのも良くないと思って気にしなかったのもあるが。

 浴場から出て身体を拭いてやった。輝くような美しい少年だが、服を持っていない。
「本当にどうやってここへ来たの……?」
 ハルトが今頃にのこのこやってきたので、どうにかしてよというと、とりあえず服を作って着せてあげていた。
「この子は人間じゃありませんね。神とか精霊とか……そういった存在です」
「えっ、そんなのがいるの?」
「どうやら元々この地に住んでおられたのが、私達につられて温泉に入りにきたようです」
「なんと非科学的で幻想的な……」
「意外とそういうのあるもんなんですね……」
 性別もない存在であるが、一応少年と呼ぶことにする、その少年はたぶん、身体的には7歳とか8歳とかそのくらいだろう。言葉も話せないし、名前もないらしい。いったい今までどうしていたのかまったく謎で、本人もわからない。
 ハルトなら話せなくても能力で意思の疎通ができるので、それで多少のやり取りをした。
「わたしも街まで連れて行って下さい」
「戸籍とかどうするの……」
「うーん、行けるとしたら私のところしかありませんが」
 ハルトが言ったが、少年は嫌がってメグにしがみついた。
「あら、私が良いの?」
 もう完全にぴったりぎゅーとしがみついて離れようとしない。「迷惑になりますから」とハルトが軽く引っ張っても効果がない。
「メグさん、こう言ってはなんですが、この子は子供に見えて神様なので、非常に危険です。どんな力があるか、私にもよくわからないのです」
「力を抑えるような措置ができないの?」
「どういう力があるかわかればいいんですけども……やはり、責任が持てません。悪いんですが、ここに置いておいた方がいいでしょうね。今までのように」
 言葉もわからないはずだが、その子供はしくしく泣き始め、メグはよしよしとそれをあやした。見た目は子供同士の非常に美しい光景だったが……魔法少女と神か精霊というわけだから、どちらもすごい力の持ち主ではある。
「仕方がないわ、せめてこの温泉と建物を家にしてあげるということね」
「いいえ、ここは実は誰かの土地なので勝手に立てるわけにはいかず……実はもう取り壊して元通りにしようかと思っていたんです」
「ハルトくんって本当にクールな人ねえ」
 せめてと祠を作ってあげた。これくらいは許してもらおうと、逆に神に対してそれすらもしないようでは災害が起きるなんてこともあるかもしれないから。
 それでその子は満足したのかわからないが、見ている前で姿を消した。二人は安心し、それぞれの家に帰った。殺人犯を懲らしめ、温泉にもいって大変な一日だった。

 翌朝にメグが目を覚ますと、ベッドの中に何者かがいて驚いた。
「な、なに?」
 驚いて立ち上がると、子供だった。いや、昨日の神様だ。相変わらず天使のように美しいのだが、神であるならば天使のようにという表現は失礼かもしれない。しかしこれを嫌いになる人おる?というほどのそのかわいいあどけなさに性別の無さ。あまりにも好き。ただ、本当に彼女の心だけでそれを思っているのかはわからないが。
「どうして、こんなところにきみがいるの?」
 思わず話しかけてみたが、相手はまだ寝ている。
「というより言葉が通じないか……」
 つぶやいて、困ったなと思う。ハルトに連絡した方がいいだろうが、ただ、そうすると彼はすぐに来る。まだ起こすのは可哀想だし、朝食でも食べてからにしようかと思った。
 パンを焼いたらいい匂いがする。まあそんなことは当たり前なのだが、その匂いにつられて天使が起きてきた。
「おはよう」
 声をかけると、その子がニコッと笑って、可愛すぎてメグの呼吸が止まった。しかしすぐに意識を取り戻した。
「顔を洗ってこられる?」
 ついそう言ったものの、いったい顔を洗う必要があるのかと自分で不思議に思ったが、この子は今、自分の肉体を持っているのでそういうこともできる。それができるということか、それともめんどくさいものなのかは表と裏の話かもしれない。身体があるがゆえに。
(ハルトなら顔なんて洗わないだろうな、何か不思議な力で綺麗にしてしまうのだろう。そういう魔法ってよく聞くし。なんなら、私も変身すれば綺麗にはなるけど、今のこの標準の姿が汚いままになっちゃうし。汚いのを隠すために変身する魔法少女なんて嫌すぎる)
 それはそれとして、その子について洗面所で顔を洗わせた。ますます輝いて見えるようになった。
「あなたは人前には出せないわねえ(色んな意味で)」
 古在さん、子供がいたんですか、とか思われたら大変だ。
「あ、パン食べる?」
 聞いたらうなづいたので、二人で食卓を囲んだ。
「いただきます」
 メグが言うと、驚いたことにその子も唱和した。
「いただきます」
「きみ、しゃべれたの!?」
「はい、勉強しました」
「ほわー、びっくり……すごい頭がいいんだね。頭がいいというより、何らかの力かな、やっぱり神様だから」
「神様なんてそんな……」
 その子は照れて笑った。おいしそうに朝食を食べてくれた姿を見て、メグの心に愛が溢れてきた。
「でも、今日はね、実は私は仕事に行かないといけないのよ、仕事ってわかる? どうしようかなあ」
 仕事となると古在千華の姿になる必要があるのだが、なんだかこの子にその姿を見せたくなかった。それはともかくとしても、一人にはできないから、やはりハルトに連絡するしかない。
「あの男の人には内緒にしてもらえませんか」
「えっ、どうして?」
 この子は俯いてぽつりと話し出す。
「あの人は怖いんです。あの人は……すごく力が強くて……わたしも消滅させられてしまうかもしれません」
「理由もなくそんなことしないと思うけど」
「例えるなら、すごく強い武器をいつも背負っているのが見えるようなものなんです。どれだけ力があるかわかってしまうのですから、姿を見るだけで震えてしまいます」
「ああ、それは……わからないでもない。確かにあの人は桁違いで……何かがおかしいわ」
「いい子にしますから、少しの間お姉さんのところに置いて頂けませんか。人間の里で暮らしてみたかったんです。お願いします」
「困ったわね……ところで、きみのお名前はなんていうの?」
 メグが尋ねるとこの子はすごく長い名前を言った。とても憶えられそうにないというより、聞きながらもうわからなくなってしまった。
「簡単にいうとあの山がある土地に由来しているんです。長ければミコトと呼んで下さい」
「わかった、ミコトくんね。それともミコトちゃん? きみは、男の子? 女の子?」
「わたしは人間ではありませんので、どちらでもいいんですが、呼び捨てでもいいです。でも、どっちか選ばないといけないなら、ミコトくんでいいですよ、メグさん」
「ああもうかわいい」
 メグはミコトの頭を撫でた。ミコトは嬉しそうにしていた。
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