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第12話
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メグちゃんに言われたら仕方がない。ハルトは動き出した。といっても、どういうことなのかと思う。この世界にここまでして自分に会いたい者がいるのか、と。ともかく現場に向かった。メグが待っていた。
「さあ、早く早く捕まえないと、犠牲者が増えるばかりなんですよ!」
めちゃくちゃ燃えている。これは頑張らないといけない。
「でも、犯人を捕まえる前に生き返らせて来ましょうか?」
「あ、それも……そうね……生き返らせるって良いことなのかわからなくて……」
「今回は特に、私のために人が死んだのであれば、やはり義務があるような気もしますし、それに被害者が顔を見ていたら犯人がすぐわかるかもしれません」
「できるのならお願いしたいわ」
メグは無関係のはずだが、随分と気持ちが入り込んでしまっている。
一応、現場にも行き、わかることを確認した上で、遺体安置所に向かった。男は鈍器で殴られていた。女二人は刃物で滅多刺しである。どちらも、最初の一撃の時点で即死だし、それに気づきもしなかっただろう。
「とりあえず起こしますね」
「頼みますわ」
遺体の時間を巻き戻すと、みるみるうちに血色が良くなって、というのも飛び散った血などがここでない場所から戻って来るという過程も含むのだが、なんとも気持ち悪い光景だった。戻って来るといっても、空を飛ぶなどではなく、それもまた時間を戻すという手法の関係で、異次元を通ってきているのか、とにかく普通の物理でわかるものではない。なんか知らんが血が身体に戻って血色が良くなる。人類が研究したところで何百年かかるか、あるいは永遠によくわからない現象かもしれない。こう言った方がいいのだろう。神の御業。奇蹟だと。ついでに吐き気を催していたメグちゃんも治した。
「お前ら何をやってる!」
警察官にバレてしまった。でもそれは仕方がない。だって、バレなかったら遺体泥棒が出たとしか思われないから。生き返った人が社会復帰することもできない。
起こした被害者からはすでに話を聞いたので、後は任せることにした。警察がうまくどうにかしてくれるだろう。内々に。
「薄々そうじゃないかと思っていましたが、ほぼ犯人だろうという人間の情報が得られました」
「本当に? いや、それよりあれはあのままで良かったの?」
「仕方がないです。説明するのも洗脳するのも大変ですから」
「まあ……そりゃ……良いことをしたのだからいいのよね……そうよね」
自分に言い聞かせるようにメグは呟く。非日常には慣れているつもりだったのだが……。
「あなたにしたって、こんなこと、やったことないのではないの? 元の世界でこんなことできなかったでしょう!」
ハルトも戸惑いはあるようで、考えながら答える。
「どうしてでしょうね、私も……自分という人間がよくわからなくなっているんです。どうしてでしょうか。元々私が私だったのか……」
しかし悩むより今は犯人を捕まえなくてはならない。新たな被害者が増える前に。
「余計なこと言っちゃったけど、今は私がハルトくんを支えてあげるわ。さあ、行きましょう」
どっちが支え、支えられる立場なのかわからなくなった。どっちにしろ人間は一人では生きられないものだ。
ハルトとメグは石田誠の家に入った。
「ここが犯人の家なの? 誰もいないわ!」
といってメグはあちこち広くもないそのアパートの部屋を探したが、やはりいなかった。
「どうする? どこに行ったかわかる? 次の犯罪を企てているのかも……」
話していたらノック音がして「宅配便です」と声が聞こえた。
「困ったわ、どうしよう、私が喋っていたのが聞こえたかな」
迷った様子もあったが、何を考えたのかメグは出てしまった。宅配のお兄さんが小包を手に持っていた。
「どうも。着払いのお届け物です。音響機器ですね。〇万円ですが……」
「あ、どうもこんにちは……えっ、着払い? そんなお金ないわ、悪いけど」
「それは困りましたね……。他のご家族はおられませんか?」
見た目中学生くらいのメグに、お兄さんはそのままそんな子供に接するような態度で話す。
「あのね、今、その買った人がいないから、また時間を変えて来てもらってもいい?」
迷惑だったろうが、お兄さんも仕方がなくそれで帰った。
「ああ焦った」
「出なければよかったのに……」
ハルトに言われてメグはばつの悪そうな顔をした。
「今思えばそうだったんだけど、つい動揺して出ちゃった。こういう経験なかったから」
「まあ、問題はないでしょう、どうやらそのお金はここに用意していたみたいですね」
机の上の可愛らしい封筒にお金が入っていて、小銭まで一致したので間違いない。受け取ったところで後々混乱の種だから、それはまあいいだろう。
「しかし、石田さんは随分と金遣いが荒いのですね、督促状も来ていますし……」
「本当だわ。あら、電気もつかないわね。電気もないのに高いヘッドホンなんか買ってどうするのかしら」そのおかしさに一瞬笑いそうになったが、状況を思い出して止めた。「殺人の理由は、もしかしてお金? 金目当ての犯行だったのかな」
「それはまだわかりませんね。それに犯人かどうかもまだ断定ではありません、極めて高い確率ですが」
「ああ、そうなんだ。じゃあ、早く本人を探しましょう? ねえ、ハルトくんちゃんと捕まえてくれるのよね?」
「もちろんです、私にも責任があるかもしれませんし……」
まだ、被害者が生き返ったことはニュースになっていない。あるいは報道を伏せられるかもしれない。だがいずれ知られるだろう。犯人がどんな行動に出るかわからない。
石田誠を発見した時、彼は街の銭湯に入っていた。
「なんて呑気なやつなんだろう」
メグは呆れた。ガスが止まっているから、家の風呂に入れなかったのかもしれない。
「上がるまで待ちましょうか」
「いいや、突っ込む!」
メグが宣言して、ハルトが時間を止めた。男湯に入ると、湯に浸かっていた石田がキョロキョロ周囲を見て焦っていた。まあ、突然自分以外の時間が止まれば驚くというもの。しかし水は流れるし息は吸える。少し寒々しい。そんな中に二人が突撃してきた。
そこには無関係の全裸の男衆の群れがいるが、メグは気にしない。気にする歳じゃあないわよ!と本人は思っている。見た目は少女だが、百戦錬磨の戦士であるから……。
「石田誠! あなたが殺人事件の犯人なの?」
「わ、わあ! なんですかいきなり、男風呂ですよ」
そう言いながら、石田は前を隠さない。メグが子供と思って侮っているのか、単にこの状況についていけずに固まっているのか。
「石田さん、私が来た理由がわかりますか?」
ハルトが尋ねると、石田は困った顔をした。
「ああ、ハルトさん、俺が会いたかったわけじゃないんだよ、ちょっと上がるまで待つか、女湯の原さんのとこに行って下さい」
「どうします?」
「どうしますったって、そっちも捕まえましょうよ、どっか入れておける異次元とかないの」
「入れておきましょうか」
「せめて服を着せて……!」
石田が喋っていたが、構わず押し込んだ。犯人なら1秒たりとも自由にはさせておけない。
「とはいうものの、女風呂にハルトくんを入れるのは気が引けるわ」
「メグさんは男風呂に入ったじゃないですか」
「だって、犯人だっていうから、緊急だったんだもの。でも女湯にいる方は犯人なの?」
「犯人かと言われればすでに犯人ですが、実際に話を聞かないとわかりませんね……まあ、この針を渡しますから、これを相手に向ければ勝手に飛んでいってまたあっちの世界に入れてくれますので、メグさんにお願いします」
「待ってよ、裸で送り込むの?」
「適当な服を着せておきますよ」
それじゃあとメグが女湯に入ると、一人だけ動いている人間をすぐに見つけたのでやはり同じように送り込んだ。
それからメグはロビーで待っているハルトの元へ戻った。
「考えてみたら、私達、中に入ったのに料金を払っていないわ」
「時間を止めてますし、お風呂には入っていないのだからいいんじゃないですか?」
「そうねえ……まあいいわ、あの二人と話をしましょう!」
異次元に行くと、先に連れて行かれた二人は喧嘩をしていた。
「一生ここから出られなかったらどうするの! あんたのせいで! あんだけハルトさんに会えて!」
「お前が望んだ結果だこれが! 俺は巻き込まれたよ! 俺は別に会いたくもなかった!」
「なんという醜い争い」
メグが呟くとこの何もない異次元に声が響いて、相手に聞こえてしまった。
「女? どういうこと? ハルト様! 迎えに来てくださったのですね。やっとお会いできました、でも、どうして? ハルト様のそばにいるのはナタリーというわけでもないようですが」
ナタリーというのはハルトの恋人の名前だが、その名を他人に出されるとハルトもさすがに不愉快になった。
「あなたには関係がないでしょう、どういうつもりですか」とハルトが問うた。
「何がどういうつもりだ?」と石田がとりあえず言い返す。
「あなた二人が連続殺人事件の犯人でしょう?」
メグが詰め寄ろうとしたが、それも不気味だと思い、足を止めた。こんな人達に近寄りたくない。
ハルトが服は適当に着せておくといっていたが、お揃いの、ねずみ色の飾りのない全身がすっぽり入るだけのつなぎのようなものを着ていた。
「こんな格好でお会いしたくなかった、いつでもお会いできるようにずっととっておきの服を着ていましたのに……まさかこんな時に」
「原さん、いったい何を言っているんです?」
「原ではなく、智美と呼んでくださいませ」
ハルトにすがるようにして彼女は言う。
「あのですね、私は心に決めた方がいますから、そういうのはやめてください」
「私以外にも? そこの女ですか? 私は何人かの一人でも構いませんよ」
「想い人を殺そうとするくせに何言ってんだ」
原に指摘したのは石田だった。ゴミを見る目で原はそれを睨み返す。石田も激昂する。
「どっちが人を殺したの?」
と聞くメグの言葉にはお互いがあっちだという。
「ハルトくん、なんとかしてよ」
メグの勢いは得体のしれない人間への恐怖でだめになってしまった。
ハルトに泣き縋るメグに怒りをあらわにし、引き剥がそうとする原だが、外見だけ見れば子供に怒る大人の図である。さすがに良くないと思ったハルトは、バリアを張って原をさらに狭い場所に閉じ込めてしまった。ついでに石田も別のその個室に入れた。
「なんで俺まで」
「あなたは暴れたりしないかもしれませんが、ついでです。原さんには少し冷静になってほしいので時間を置くとして、まず石田さんに伺いますが、この数日あなたがやったことを教えて下さい」
なるほど、原は何か言っていても声も聞こえなくなっている。石田は悩んだ仕草を見せつつ、話し始めた。
「どうせ、ハルトさんにはわかるんだろうが……いや、すでに知っているんじゃないのか?」
「知りませんから聞かせて下さい」
「それなら言うけど、俺はやりたくてやったんじゃないよ、原に言われてやった、だから俺は悪くない、被害者だ」
「でも、どんな理由があったとしても、やったのはやったんでしょう? ……殺人を」
メグがまっすぐにに尋ねる。
「あの、ですね……かわいいお嬢さん、仕方がなかったんです。でなければ俺が原に殺されるんだ、ねえ、ハルトさんはわかるでしょう?」
「まあ、確かに」
「じゃあ、何? 無罪なの?」
「原さんからも聞いてみましょう」
石田の音声を切って、原の方を開けた。
「誠の言うことはでたらめよ!」
「あ、そっちには聞こえてたのね……」
原は閉じ込められた透明な部屋の壁を、神経質そうに、小刻みに金槌を打つようにその拳で叩いている。いったいどんな素材のバリアなのやら、プラスチックのような音が鳴っている。
「私に話を持ちかけてきたのは彼なのよ。ハルト様に会いたくないか、って! その対価を請求してきたから、私は貯金をはたいたわ。こんなことをするなんて思いもしなかった」
「こんなこと、というのは、原さん、人を殺すということですよね? 軽いものではないんですよ、わかっていますか」
「原ではなく智美とっ……ええ、そうですわ。私は何も知りませんでした」
「石田さんは高い買い物をいくつもしていたようですね」
「相手は殺人をためらわない人なのですわ。その要求に逆らうことなどできませんでした」
「でも、なんで一緒に銭湯なんかに着ていたの? まあ、石田の家がガスが止まってるのはわかるとして、どうして一緒に」とメグが疑問を呈した。「いつハルトくんが来ても会えることを狙って一緒にいた……というわけなんでしょ?」
「だまりなさいこのブスガキ! 気安いのよ!」
「ぶ、ブス……」
その言葉でメグは口を閉じた。悲しそうになって喋れなくなったようだ。
「暴言はやめなさい」
ハルトがかすかに怒りを見せた。
「さあ、早く早く捕まえないと、犠牲者が増えるばかりなんですよ!」
めちゃくちゃ燃えている。これは頑張らないといけない。
「でも、犯人を捕まえる前に生き返らせて来ましょうか?」
「あ、それも……そうね……生き返らせるって良いことなのかわからなくて……」
「今回は特に、私のために人が死んだのであれば、やはり義務があるような気もしますし、それに被害者が顔を見ていたら犯人がすぐわかるかもしれません」
「できるのならお願いしたいわ」
メグは無関係のはずだが、随分と気持ちが入り込んでしまっている。
一応、現場にも行き、わかることを確認した上で、遺体安置所に向かった。男は鈍器で殴られていた。女二人は刃物で滅多刺しである。どちらも、最初の一撃の時点で即死だし、それに気づきもしなかっただろう。
「とりあえず起こしますね」
「頼みますわ」
遺体の時間を巻き戻すと、みるみるうちに血色が良くなって、というのも飛び散った血などがここでない場所から戻って来るという過程も含むのだが、なんとも気持ち悪い光景だった。戻って来るといっても、空を飛ぶなどではなく、それもまた時間を戻すという手法の関係で、異次元を通ってきているのか、とにかく普通の物理でわかるものではない。なんか知らんが血が身体に戻って血色が良くなる。人類が研究したところで何百年かかるか、あるいは永遠によくわからない現象かもしれない。こう言った方がいいのだろう。神の御業。奇蹟だと。ついでに吐き気を催していたメグちゃんも治した。
「お前ら何をやってる!」
警察官にバレてしまった。でもそれは仕方がない。だって、バレなかったら遺体泥棒が出たとしか思われないから。生き返った人が社会復帰することもできない。
起こした被害者からはすでに話を聞いたので、後は任せることにした。警察がうまくどうにかしてくれるだろう。内々に。
「薄々そうじゃないかと思っていましたが、ほぼ犯人だろうという人間の情報が得られました」
「本当に? いや、それよりあれはあのままで良かったの?」
「仕方がないです。説明するのも洗脳するのも大変ですから」
「まあ……そりゃ……良いことをしたのだからいいのよね……そうよね」
自分に言い聞かせるようにメグは呟く。非日常には慣れているつもりだったのだが……。
「あなたにしたって、こんなこと、やったことないのではないの? 元の世界でこんなことできなかったでしょう!」
ハルトも戸惑いはあるようで、考えながら答える。
「どうしてでしょうね、私も……自分という人間がよくわからなくなっているんです。どうしてでしょうか。元々私が私だったのか……」
しかし悩むより今は犯人を捕まえなくてはならない。新たな被害者が増える前に。
「余計なこと言っちゃったけど、今は私がハルトくんを支えてあげるわ。さあ、行きましょう」
どっちが支え、支えられる立場なのかわからなくなった。どっちにしろ人間は一人では生きられないものだ。
ハルトとメグは石田誠の家に入った。
「ここが犯人の家なの? 誰もいないわ!」
といってメグはあちこち広くもないそのアパートの部屋を探したが、やはりいなかった。
「どうする? どこに行ったかわかる? 次の犯罪を企てているのかも……」
話していたらノック音がして「宅配便です」と声が聞こえた。
「困ったわ、どうしよう、私が喋っていたのが聞こえたかな」
迷った様子もあったが、何を考えたのかメグは出てしまった。宅配のお兄さんが小包を手に持っていた。
「どうも。着払いのお届け物です。音響機器ですね。〇万円ですが……」
「あ、どうもこんにちは……えっ、着払い? そんなお金ないわ、悪いけど」
「それは困りましたね……。他のご家族はおられませんか?」
見た目中学生くらいのメグに、お兄さんはそのままそんな子供に接するような態度で話す。
「あのね、今、その買った人がいないから、また時間を変えて来てもらってもいい?」
迷惑だったろうが、お兄さんも仕方がなくそれで帰った。
「ああ焦った」
「出なければよかったのに……」
ハルトに言われてメグはばつの悪そうな顔をした。
「今思えばそうだったんだけど、つい動揺して出ちゃった。こういう経験なかったから」
「まあ、問題はないでしょう、どうやらそのお金はここに用意していたみたいですね」
机の上の可愛らしい封筒にお金が入っていて、小銭まで一致したので間違いない。受け取ったところで後々混乱の種だから、それはまあいいだろう。
「しかし、石田さんは随分と金遣いが荒いのですね、督促状も来ていますし……」
「本当だわ。あら、電気もつかないわね。電気もないのに高いヘッドホンなんか買ってどうするのかしら」そのおかしさに一瞬笑いそうになったが、状況を思い出して止めた。「殺人の理由は、もしかしてお金? 金目当ての犯行だったのかな」
「それはまだわかりませんね。それに犯人かどうかもまだ断定ではありません、極めて高い確率ですが」
「ああ、そうなんだ。じゃあ、早く本人を探しましょう? ねえ、ハルトくんちゃんと捕まえてくれるのよね?」
「もちろんです、私にも責任があるかもしれませんし……」
まだ、被害者が生き返ったことはニュースになっていない。あるいは報道を伏せられるかもしれない。だがいずれ知られるだろう。犯人がどんな行動に出るかわからない。
石田誠を発見した時、彼は街の銭湯に入っていた。
「なんて呑気なやつなんだろう」
メグは呆れた。ガスが止まっているから、家の風呂に入れなかったのかもしれない。
「上がるまで待ちましょうか」
「いいや、突っ込む!」
メグが宣言して、ハルトが時間を止めた。男湯に入ると、湯に浸かっていた石田がキョロキョロ周囲を見て焦っていた。まあ、突然自分以外の時間が止まれば驚くというもの。しかし水は流れるし息は吸える。少し寒々しい。そんな中に二人が突撃してきた。
そこには無関係の全裸の男衆の群れがいるが、メグは気にしない。気にする歳じゃあないわよ!と本人は思っている。見た目は少女だが、百戦錬磨の戦士であるから……。
「石田誠! あなたが殺人事件の犯人なの?」
「わ、わあ! なんですかいきなり、男風呂ですよ」
そう言いながら、石田は前を隠さない。メグが子供と思って侮っているのか、単にこの状況についていけずに固まっているのか。
「石田さん、私が来た理由がわかりますか?」
ハルトが尋ねると、石田は困った顔をした。
「ああ、ハルトさん、俺が会いたかったわけじゃないんだよ、ちょっと上がるまで待つか、女湯の原さんのとこに行って下さい」
「どうします?」
「どうしますったって、そっちも捕まえましょうよ、どっか入れておける異次元とかないの」
「入れておきましょうか」
「せめて服を着せて……!」
石田が喋っていたが、構わず押し込んだ。犯人なら1秒たりとも自由にはさせておけない。
「とはいうものの、女風呂にハルトくんを入れるのは気が引けるわ」
「メグさんは男風呂に入ったじゃないですか」
「だって、犯人だっていうから、緊急だったんだもの。でも女湯にいる方は犯人なの?」
「犯人かと言われればすでに犯人ですが、実際に話を聞かないとわかりませんね……まあ、この針を渡しますから、これを相手に向ければ勝手に飛んでいってまたあっちの世界に入れてくれますので、メグさんにお願いします」
「待ってよ、裸で送り込むの?」
「適当な服を着せておきますよ」
それじゃあとメグが女湯に入ると、一人だけ動いている人間をすぐに見つけたのでやはり同じように送り込んだ。
それからメグはロビーで待っているハルトの元へ戻った。
「考えてみたら、私達、中に入ったのに料金を払っていないわ」
「時間を止めてますし、お風呂には入っていないのだからいいんじゃないですか?」
「そうねえ……まあいいわ、あの二人と話をしましょう!」
異次元に行くと、先に連れて行かれた二人は喧嘩をしていた。
「一生ここから出られなかったらどうするの! あんたのせいで! あんだけハルトさんに会えて!」
「お前が望んだ結果だこれが! 俺は巻き込まれたよ! 俺は別に会いたくもなかった!」
「なんという醜い争い」
メグが呟くとこの何もない異次元に声が響いて、相手に聞こえてしまった。
「女? どういうこと? ハルト様! 迎えに来てくださったのですね。やっとお会いできました、でも、どうして? ハルト様のそばにいるのはナタリーというわけでもないようですが」
ナタリーというのはハルトの恋人の名前だが、その名を他人に出されるとハルトもさすがに不愉快になった。
「あなたには関係がないでしょう、どういうつもりですか」とハルトが問うた。
「何がどういうつもりだ?」と石田がとりあえず言い返す。
「あなた二人が連続殺人事件の犯人でしょう?」
メグが詰め寄ろうとしたが、それも不気味だと思い、足を止めた。こんな人達に近寄りたくない。
ハルトが服は適当に着せておくといっていたが、お揃いの、ねずみ色の飾りのない全身がすっぽり入るだけのつなぎのようなものを着ていた。
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「原さん、いったい何を言っているんです?」
「原ではなく、智美と呼んでくださいませ」
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「私以外にも? そこの女ですか? 私は何人かの一人でも構いませんよ」
「想い人を殺そうとするくせに何言ってんだ」
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と聞くメグの言葉にはお互いがあっちだという。
「ハルトくん、なんとかしてよ」
メグの勢いは得体のしれない人間への恐怖でだめになってしまった。
ハルトに泣き縋るメグに怒りをあらわにし、引き剥がそうとする原だが、外見だけ見れば子供に怒る大人の図である。さすがに良くないと思ったハルトは、バリアを張って原をさらに狭い場所に閉じ込めてしまった。ついでに石田も別のその個室に入れた。
「なんで俺まで」
「あなたは暴れたりしないかもしれませんが、ついでです。原さんには少し冷静になってほしいので時間を置くとして、まず石田さんに伺いますが、この数日あなたがやったことを教えて下さい」
なるほど、原は何か言っていても声も聞こえなくなっている。石田は悩んだ仕草を見せつつ、話し始めた。
「どうせ、ハルトさんにはわかるんだろうが……いや、すでに知っているんじゃないのか?」
「知りませんから聞かせて下さい」
「それなら言うけど、俺はやりたくてやったんじゃないよ、原に言われてやった、だから俺は悪くない、被害者だ」
「でも、どんな理由があったとしても、やったのはやったんでしょう? ……殺人を」
メグがまっすぐにに尋ねる。
「あの、ですね……かわいいお嬢さん、仕方がなかったんです。でなければ俺が原に殺されるんだ、ねえ、ハルトさんはわかるでしょう?」
「まあ、確かに」
「じゃあ、何? 無罪なの?」
「原さんからも聞いてみましょう」
石田の音声を切って、原の方を開けた。
「誠の言うことはでたらめよ!」
「あ、そっちには聞こえてたのね……」
原は閉じ込められた透明な部屋の壁を、神経質そうに、小刻みに金槌を打つようにその拳で叩いている。いったいどんな素材のバリアなのやら、プラスチックのような音が鳴っている。
「私に話を持ちかけてきたのは彼なのよ。ハルト様に会いたくないか、って! その対価を請求してきたから、私は貯金をはたいたわ。こんなことをするなんて思いもしなかった」
「こんなこと、というのは、原さん、人を殺すということですよね? 軽いものではないんですよ、わかっていますか」
「原ではなく智美とっ……ええ、そうですわ。私は何も知りませんでした」
「石田さんは高い買い物をいくつもしていたようですね」
「相手は殺人をためらわない人なのですわ。その要求に逆らうことなどできませんでした」
「でも、なんで一緒に銭湯なんかに着ていたの? まあ、石田の家がガスが止まってるのはわかるとして、どうして一緒に」とメグが疑問を呈した。「いつハルトくんが来ても会えることを狙って一緒にいた……というわけなんでしょ?」
「だまりなさいこのブスガキ! 気安いのよ!」
「ぶ、ブス……」
その言葉でメグは口を閉じた。悲しそうになって喋れなくなったようだ。
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