世界も人もこんなにも優しいのに

こしょ

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第11話

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 蘇生させるのはやや懲りたので、ハルトは大人しくタクシードライバーになって過ごしていた。この仕事は気楽で楽しく感じる。勇者の仕事はひとつのミスで自分が死ぬ、自分だけならいいが、仲間も死ぬし、そうなれば人類が滅亡する。そんなプレッシャーがないのはありがたい。そもそも極端なんだ、話が。 しかも大抵の場合、お客さんが感謝してくれる。元の世界は人を助けても手遅れのことが多くて……。
 ある日、そんな山奥に人間が住めるのかという場所への仕事が来た。こんなところじゃモンスターが出てきて危ないんだがなあ……などというのはこっちの世界ではありえないが、それでも何か野生動物が出てこないとも限らない。
「このような山道で普段、危険はありませんか?」
「危険って、どんなこと?」
 乗客の、父親と男の子の、男の子の方が聞き返した。
「いえ、なければいいのですが、何か出てきたり……」
「そんなの見たことないよ、でも車で鹿をはねたりしたこともあったんだって」
「なるほど、確かに生き物より自動車の方が強いですよね」
 ハルトが運転してるのは車の形をした、ただの部屋だ。すべて彼自身の能力で動かしている。もし大きな物と直接ぶつかったら強度的には凹むかもしれないけど、バリアもあるし、そもそもレーダーのように周囲を広く探知しているので、ぶつかるということは絶対にない。いざとなれば空も飛ぶし瞬間移動もする。
「熊が住んでたりするかもしれないけど、それより落石の方が怖いですよ」と父親が言った。「生き物は車のライトで逃げるけど、石はお構いなしですからね」
「確かに、今日はいい天気だけど雨風が強かったら……」
「そんな日は帰れないですね」
「帰れないでいいよ」男の子が言った。「だってうちってWi-Fiもないしテレビも少ないんだもん」
「それがいいんだよ」
 父親は本心からそう言っているようだが、ハルトの感覚としては、やはり人里から孤立した場所で暮らすのは恐ろしく見える。それに、元の世界もネットやテレビなんかあるわけもなかったが、なんだかんだと人が多い場所は刺激も娯楽も多い。モンスターというのも、それはそれで刺激ではある。たぶん、都会の刺激が合わなくて田舎で暮らそうとしているのだろうが、子供は退屈だろうな……。しかも、田舎も田舎すぎるのだ。
「ここで大丈夫ですか?」
 指定の場所に到着したものの、本当に山の奥も奥である。家自体は恐ろしく綺麗で、ソーラーパネルもついていて発電もできるらしい。しかし水道もガスもない。まったくただの山の中腹で、他に何もない。隣家もない。オーケストラの演奏をしても苦情が来ないだろう。よく大工さんがここに来られたなとすら思う。
「はい、すごい場所だと思われたでしょうけど、道も(かろうじて)通じてますし、ここは昔からパワーがあって特別な縁起のいい場所なのですよ」
「確かにそんな力を感じますね……」
 これはハルトが話を合わせたのではなく、実際にそんな力があるのがハルトにはわかった。どうやら、中に住む者を助け守る力を持っているらしい。この世界は意外と不思議な力があちこちにある。だが、残念ながら途中まではその加護がないので、確かに岩でも落ちてくればあえなく即死となる。
 ここまでの料金を聞かれ、ハルトはお気持ちでと答えた。すると結構な額を頂いたが、たぶん帰りのことを考えられていないので、相場よりは全然安い。しかしハルトはそれで十分だった。
 二人は一度に持てないほどの食材をタクシーの後ろに積んでいて、ハルトも協力してそれを家に運んだ。それを見るといざという備えは万全らしい。
「ありがとうございます」と二人は頭を下げた。「もしよければ夕食ご一緒にどうですか」
 家の中には妻であり母がいるようで、夕食の準備ができているとのこと。
「せっかくですがご遠慮します。この度はご利用ありがとうございました」
 あまり深入りせず、ほどほどで引いておきたい。彼らのこと、心配な部分もあるが、強力な加護もついているし、それに金持ちのようだからどうにでもなるだろう。だからそこで別れた。

 帰り道というのはハルトだけなら一瞬である。急ぐでもないが、魔法少女の古在千華との約束があったので、それもあって帰った。
「最近はどんな様子ですか」
 ハルトが彼女に尋ねる。お高めのレストランで料理が来るのを待っているところ。
「相変わらず、ものすごくのんびりした毎日が過ごせていますわ。敵と戦うこともないし、やりたかったこともちょっとずつできてるの」
 そういう彼女は14歳くらいの少女の姿である。現在はその姿が標準だが、魔法少女なのでどんな姿にも変身できる。14歳姿ではお酒が飲めないが、それもまた嬉しいらしい。とにかく、昔を取り戻したいようだ。
「あなたは……本当に、みんなのために自分を殺して今まで頑張ってこられて……」
「何よ、また急に、その話?」
「ごめんなさい、古在さんと会うたびに感動してしまうんです」
「そういえばね……私、名前も変えようかと思ってるの。変えるというより、この姿のための名前をね。だって変でしょ? 全然姿が違うのに、名前が同じなんて」
「そうかもしれませんね」
「メグでどうかしら?」
「どういう由来があるんですか?」
「単に響きが昔から好きだったから。実はたまにそう名乗ったりもしてたのよね。最近ははずかしくて名乗らなくなったけど」
「いいと思います。メグさんですね」
「メグちゃんでもいいわよ」
 機嫌が良さそうにメグは言った。まだ名字は考えてないらしい。そうしたら古在メグとなるかもしれないが、それはもうそのままで、知り合いに出会ったりした時は姪のふりでもすることにしようかと思っている。こんな姪ができる歳なのか?と思うと少し傷つくが。

「ところで、ねえ、あなたはニュースは見てる?」
「新聞とかテレビってやつですか? めったに見てないですね」
「これ、あなたが関係するかと思って……これなんだけど」
 メグはハルトにスマホの画面を見せてくる。ニュースの映像だ。つい何時間か前、白昼堂々と殺人事件が起きたらしい。
「これが私と関係が?」
「ああもちろん、確証があるわけじゃないんだけど……」
 通り魔的な事件と見られ、犯人は死体にメッセージを残していて……『ハルト』という人物を名指しして、会いに来てくれと言っているようだ。
「これが私なのですか」
「わかんないけど……」
「実は、この間、私は懲りたことがありまして、すごく死にたがる人がいて何度も蘇生させられたんです。だから、無関係ならなるべく関わりたくないのですが……」
「亡くなった人を助けてあげたりもしないの?」
「まさにそこから巻き込まれたのですよ。まあどうしても私と関係あるっていうのなら後からでもどうにでもなりますから」
「火葬とかされちゃっても大丈夫なの」
「その時は時間を巻き戻せばたぶん大丈夫かと……やったことないですけど」
「人の魂はどうなるんだろう」
「ああそうか、魂がどこか遠くへ行ってしまったらもうだめかもしれませんね……治った身体に引っ張られてくれればいいんですが。身体の方に生きる力があるなら戻るはずです」
「そもそも魂は実在するの?」
「え、するに決まってるじゃないですか」
 当然のようにハルトは答えたが、メグからしたらあまりにも確信しすぎた答えのようでありすぎて信じられない。なにしろ彼は異世界から来た人だから、宗教観も同じかどうか怪しい。しかし宗教に関して話をするのは良くないのではという気がして、メグはその話題を避けた。
 メグもハルトの小説を改めて読んだので、日本神話やギリシア神話のように神様がたくさんいる世界観というのは知っている。魔法とか超能力もその神の力を借りて発動されるはずなんだが、なぜこの男はこっちの世界でこれが使えるんだ? しかしいらんことに疑問を持ってやぶ蛇をつつきたくないとメグは切実に思っていたので、考えるのはやめた。

 ハルトは気にするつもりがないらしいので、彼にはそれ以上は言わなかったが、メグ的には殺人事件は気になる。メグは時間と力が結構余るようになっているので、自力で調べてもいい。
 そこで翌日、殺人事件を調べている警察署にまで来て、そこの偉い人に変身した。そしてさらに……まあ……ごにょごにょという手段で情報を得たのだ。謎の敵と戦う必要性からたまにこういう潜入はやっていたので、手法はわかっていた。マスコットが生きていた頃に習ったものだ。倫理的にはかなりまずいものだが、目的が手段を正当化するのだと、絶対に必要な時しかやらないし、そもそも魔法力は常に足りなくて余計なことをしている暇が無い。逆にいえば今回は目的が興味本位であるとも言えるから、あんまり良くないのだが、心も子供に戻ったのか、ワクワクが優先してしまった。
 ……だが、ここまで血なまぐさいのはそういう軽い気持ちで見るべきではなかったかもしれない。あのハルトを指定しているらしいのは間違いない。その呼び出し手段に使ったのがあまりにも残酷な遺体である。人間の遺体を見るのは初めてではないのだ。しかし人間が人間を殺したのは見たことがなかった。
 メグは義憤を燃やしたが、犯人が誰かは検討もつかない。だからハルトに電話をかけた。
「ハルトさんっ! 今すぐ犯人を捕まえて!」
 許せない! 私は半生をかけて人の生活を守ってきたつもりだった。それをいとも簡単に殺してしまうなんて! しかも三人も。三人というのは、今日で二人も被害者が増えたばかりだったんだ。
 殺人のペースが簡単に上がっているのだ。男一人に女二人。場所はそれぞれかなり離れているが、とにかくハルトを呼んでいる。これで動かなければむしろハルトに対しても怒りが沸くほどの気持ちだった。
「嫌な予感がして気が乗りませんが……仕方ないですねえ」
「もっと本気出して! 怒りを燃やして!」
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