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第8話
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ハルトの能力には限度があり、それは何にしても認識して理解した上でそれを為そうとしなければできない。つまり普通の人間が行動するのと変わらない。だから千華の魔法力を回復することも本来はできるのだが、理解ができていないために行使できない。ハルトは考えが柔軟な方ではない、むしろ頑固で良く言えば意志が強いために、できないことも多い。そもそも気が付かないことや発想の外のことではどうしようもない。
だから、ハルトの世界の作者にもなかなか会えない。諦めたわけでも、忘れたわけでもないが、出版社を訪ねても作者を教えてくれるわけもない。作者はSNSもやっていないから、連絡の取りようがない。また、自分自身を晒すことであまり自分を有名にしたくない。とはいえ最終的にはハルトもそれら手段を選ばなければどうにでもなると思ってはいた。しかし急ぐことはない。
悲しいことだが彼にはわかっている。もはや元の世界に戻ることはできないことを。急ぐとかどうという以前に、何をやるのも虚しいというのが彼の本心でもある。それでも作者ならもしかしたらという一縷の望みにすがっている。でも、急ぎたくない。すでに一回絶望した彼が、また絶望するのは嫌だった。
お金は結構入ったので、戸籍さえあれば吉野宅の厄介にならずとも一人暮らしもできるはずだが、それが難しい。力を使うべきか使わないべきか。悩んでいたが、結局は力を使うことにした。
「お世話になりました。そろそろ独り立ちできそうな確信が持てまして」
夕食を頂きながらハルトは吉野家一同に話を切り出した。
「どっか部屋を借りれる当てが見つかったのかい?」吉野のご主人が尋ねる。
「ええ、まあ、立派なものでもないんですが、まず大丈夫だろうというのがありまして」
「ふーん、まあ、それなら元気でな」
「ハルトさん行っちゃうの寂しいなあ」
一弘は結構ハルトに懐いていて、というより尊敬・畏敬のようなものがあって、ものすごい能力やそもそものハルトの出自に対して、知れば知るほどそう感じないわけにもいかない。信行もなんだかよくわかっていないがこいつは異常だというのは感じている。ひとみだけが呑気なもので、彼の能力を見ても最近のドローンはすごいとか思って納得している。ハルトも別にひけらかしたいわけじゃないので、だんだんその能力は人前で使わなくなっていた。正確に言うと、使うけどそれはカモフラージュしたり見せないように使っている、その結果だった。
「それでその新しいとこはどこなの?」と一弘が聞いた。「会いに行きたいよ」
「そうですね……7丁目の公園の辺りですね」
「ああ、あそこですか、よく買い物の時に通りますよ」とひとみが言った。
といってあんまり賑やかな場所ではない。子供すらほとんどいない公園だ。
「そうそう、電話を持つようになりましたので、もし御用や困りごとがありましたら気軽にかけてください、番号はこれです」
「変わった番号だね。本当に通じる?」
「今かけてみてもいいですよ」
一弘が電話をかけると目の前のハルトが出た。
「こら、そういうのは食べた後にしなさい!」
ふたりともひとみに怒られてしまった。
翌朝、荷物はアイテムボックスに入れて、ほとんど手ぶらで吉野家を発ち、公園に来た。あろうことかハルトは公園に住むつもりなのだ。ただし、公園の地下だ。彼が思い描いた通りの部屋を、地下の地面を組み替えることで創り出す。そうすれば後はそこにテレポートすればいいわけだ。入口を作ろうとするとそれは非常に怪しくなってしまうし、多分違法だ。地下に勝手に作るのも違法なのだが、そうするとハルトの存在そのものが不法滞在でどうにもならない。強制送還されるならしてほしいくらいだが、あっちの世界に戻るのは不可能だし、そもそもの誕生を考えれば彼は日本出身といえなくもない。生んだ責任は取ってほしいものだ。
仮初の自分の城を手に入れたが、彼の目標はあくまで自分の小説の作者を探すことだった。しかし、それが難しく、出版社に手紙を送っても返事もない。取っ掛かりがなさすぎる。なので直接行こうと思った。ただ、それが決心がつかないのだ。会ったからといって元の世界に戻してもらえるのかわからないし、戻ったからといってあの悪魔王に勝てるかというと、全然無理だ。そもそも仲間もみな死に負けてここに落ちたのだ。落ちたというか、浮上したというか。戻ったとて見込みがないし、勇者でありながら恐ろしかった。死にに行くようなものだ。わざわざ仲間もいないあの地獄に。ましてこの平和な世界が彼には居心地が良すぎた。
彼はこの世界で人を助けて生きている。彼が元の世界に戻って死ねば、もう人を助けることはできなくなる。特に魔法少女、千華は困るかもしれない。施した奇跡は定着しているから、それでOLの姿に逆戻りということはないが、相談に乗ることはできなくなる。
「そういう状況なんです。古在さんはどう思いますか?」
喫茶店で彼女と会って、そんな話をした。愚痴のようなものだ。千華としてはそんなこと言われても知らないよなのだが、どうしても自分に関係があるから聞くだけは聞くしかない。
「もうこの世界から戻らない、ではだめなのかな。だって亡くなった人も戻ってこないんでしょう? 時間も経過してるのかしてないのかわからないけども」
「小説が進んでいないから経過していないかもしれません。だいたい私自身も小説の中でどうなっているか。なにしろ異世界に行ったなどという描写はありません」
「ちょっと混乱してきた。えーつまり……二人のハルトくんがいるってこと?」
「小説は所詮小説、ですから。と言いたいんですが、実際そこから出てきた私としてはどうなっているかは気になりますが……」
「まあ、何にしても、私のことは気にしなくていいよ、私はどうなってもやっていけるから」
「しばらくは大丈夫ですが敵を抑えられなくなってまた戦わないといけないようになるかもしれません」
「いいって、いいって、私は今の姿でいられるならそれだけで嬉しいしまた戦えるわ」
「生活はうまくいってますか?」
「今のところはね」
表面上は何も千華の生活は変わらずアラサーの姿になって仕事しているが、お休みの日にはこうやって街を歩いたりする。それが嬉しい。焦る気持ちも消えた。そのことはまた彼女の求めていた青春から遠ざかるような気もするが……。
「私のことはもちろん気にしなくていいよ、だけど……できれば死なないで。すぐに決めないで、またこうやって私に話してよ」
「ありがとうございます。あなたと出会えて良かったです」
おかげで決心がついた。ハルトは出版社に向かった。洗脳とか記憶を読むとかせずとも、書類を盗み見ればよいこと。簡単なことだ。悪いことという自覚はあるが世界のためにやむを得ない。ハルトは出版社のでかいビルに侵入した。でかいだけに、いくらでも隙間がある。なくても全然問題ないが。いざ入ってみると、逆に心配になるほど簡単にその情報を得られた。
(つまり厳しくしなくても人のモラルが高いということなんだろう)とハルトは思った。自分の世界では悪魔に情報を渡す人間までいた。
住所がわかれば行くのは一瞬だ。だがどうやって会えばいいのだろう……知らない人間なんて当然警戒されるだろう。出版社が疑われて迷惑がかかるのもよくない。こじんまりとした一軒家に御夫婦で暮らしているようだ。ペンネームはロールキャベツという、男女のわからない名前だが、本名は龍神丸子(りゅうじん・まるこ)というそうだ。その夫は龍神ポールという名で、元々イギリス人だが帰化して妻の姓に合わせたようだ。丸子は三十代、ポールも四十手前というくらいの年齢だ。ハルトはポールの方から攻めた方がいいと判断した。話しかけるなら同性の方がいいだろうと。
それでわざと思いっきり異世界での装備をして、ポールが家を出るのに合わせて通りがかった。ポールは驚いてつい声に出した。
「ハルト!」
彼も妻である丸子の小説は読んでいる。それどころか最も熱心な愛読者の一人だ。だから驚いてしまった。完全にイメージ通りの、いや、それ以上のハルトがそこにいたのだから。そこをハルトは捕まえた。
「おや、あなたもSP(小説の愛称)のファンですか?」
「え、ええ」そう答えてポールは陽気に笑った。「大好きですよ」
ポールとしては作家の、ロールキャベツの家であることをあまり知られたくない。これは丸子が隠すようにと求めているからだ。内心まずいなと思いつつ、興味もあるというところだ。
ポールは日本語を自由に話せるが英語の方が得意である。ハルトは外国語はあまり話せないが意思は通じる。自らの言いたいことを、相手の得意な言葉で喋っているかのような錯覚を起こさせることができる、という実質テレパシーのようなものだ。その能力の影響で、ハルトの言葉が非常に快いように対象には聞こえてしまう。暗示や洗脳というほどではないが、ギリギリ合法というところ。ハルト自身は実はその効果に気が付いていないのだが。
ともかく軽い立ち話ながら、小説の話をしてポーズを構えたりしてみせるとポールは喜んで手を叩いたり写真を撮ったりした。
「実は私、魔法も使えるのですよ」
「ご冗談でしょう?」
「本当です、例えば作中で使っている魔法ですが……」
ハルトはふたりの身体を少しだけ地上から浮かべてみせた。ちょっと歩くのが楽になる代わりにMPを使う。この場合MPの方がたいてい貴重なため、無駄な魔法である。それでもポールは驚いた。
「手品か魔法か? ううむ、すごい、あなたはまるで本物のハルトのようだ」
さらに、手を振ることで風の力でその辺の雑草を切り裂いてみたり、氷を手から生み出してみたりアイテムボックスを開けてみたりとやったらすっかり彼は参ってしまったらしい。
「あなたは私に対して何か目的があったのですか」
「ええ、実は私は本物のハルトです。どういうわけか、別の世界、本に書かれている世界からこの世界に来てしまったのです……。そこで、作者様にお会いしたい」
本来なら信じるはずもないが、なぜかポールとしても初めて会った気もしない不思議な親近感があり、信じられるような気がした。仮に言うことが事実でなくても、何か深い大事な理由があるのではないかと。
「まあ、そうは言っても私は当人じゃないんで、どうしようもない。でもあなたは何を期待されてるのかわかりませんが、妻は特別な人間でもなんでもないですよ。偉大な作家ではあるけど……」
「それでも……それでもなんです」
「なら……話を伝えておきます。それで良ければ連絡しますよ。なかったら、ダメだったと思って下さい。じゃあ、私は今から買い物に行くので……」
「あ、何でも屋をやってるから必要なものがあれば請け負います。早いですよ。料金は……これくらいで」
「安いなあ。でも私の仕事がなくなっちゃうから今日はやめとくよ。また機会があればよろしくね」
だから、ハルトの世界の作者にもなかなか会えない。諦めたわけでも、忘れたわけでもないが、出版社を訪ねても作者を教えてくれるわけもない。作者はSNSもやっていないから、連絡の取りようがない。また、自分自身を晒すことであまり自分を有名にしたくない。とはいえ最終的にはハルトもそれら手段を選ばなければどうにでもなると思ってはいた。しかし急ぐことはない。
悲しいことだが彼にはわかっている。もはや元の世界に戻ることはできないことを。急ぐとかどうという以前に、何をやるのも虚しいというのが彼の本心でもある。それでも作者ならもしかしたらという一縷の望みにすがっている。でも、急ぎたくない。すでに一回絶望した彼が、また絶望するのは嫌だった。
お金は結構入ったので、戸籍さえあれば吉野宅の厄介にならずとも一人暮らしもできるはずだが、それが難しい。力を使うべきか使わないべきか。悩んでいたが、結局は力を使うことにした。
「お世話になりました。そろそろ独り立ちできそうな確信が持てまして」
夕食を頂きながらハルトは吉野家一同に話を切り出した。
「どっか部屋を借りれる当てが見つかったのかい?」吉野のご主人が尋ねる。
「ええ、まあ、立派なものでもないんですが、まず大丈夫だろうというのがありまして」
「ふーん、まあ、それなら元気でな」
「ハルトさん行っちゃうの寂しいなあ」
一弘は結構ハルトに懐いていて、というより尊敬・畏敬のようなものがあって、ものすごい能力やそもそものハルトの出自に対して、知れば知るほどそう感じないわけにもいかない。信行もなんだかよくわかっていないがこいつは異常だというのは感じている。ひとみだけが呑気なもので、彼の能力を見ても最近のドローンはすごいとか思って納得している。ハルトも別にひけらかしたいわけじゃないので、だんだんその能力は人前で使わなくなっていた。正確に言うと、使うけどそれはカモフラージュしたり見せないように使っている、その結果だった。
「それでその新しいとこはどこなの?」と一弘が聞いた。「会いに行きたいよ」
「そうですね……7丁目の公園の辺りですね」
「ああ、あそこですか、よく買い物の時に通りますよ」とひとみが言った。
といってあんまり賑やかな場所ではない。子供すらほとんどいない公園だ。
「そうそう、電話を持つようになりましたので、もし御用や困りごとがありましたら気軽にかけてください、番号はこれです」
「変わった番号だね。本当に通じる?」
「今かけてみてもいいですよ」
一弘が電話をかけると目の前のハルトが出た。
「こら、そういうのは食べた後にしなさい!」
ふたりともひとみに怒られてしまった。
翌朝、荷物はアイテムボックスに入れて、ほとんど手ぶらで吉野家を発ち、公園に来た。あろうことかハルトは公園に住むつもりなのだ。ただし、公園の地下だ。彼が思い描いた通りの部屋を、地下の地面を組み替えることで創り出す。そうすれば後はそこにテレポートすればいいわけだ。入口を作ろうとするとそれは非常に怪しくなってしまうし、多分違法だ。地下に勝手に作るのも違法なのだが、そうするとハルトの存在そのものが不法滞在でどうにもならない。強制送還されるならしてほしいくらいだが、あっちの世界に戻るのは不可能だし、そもそもの誕生を考えれば彼は日本出身といえなくもない。生んだ責任は取ってほしいものだ。
仮初の自分の城を手に入れたが、彼の目標はあくまで自分の小説の作者を探すことだった。しかし、それが難しく、出版社に手紙を送っても返事もない。取っ掛かりがなさすぎる。なので直接行こうと思った。ただ、それが決心がつかないのだ。会ったからといって元の世界に戻してもらえるのかわからないし、戻ったからといってあの悪魔王に勝てるかというと、全然無理だ。そもそも仲間もみな死に負けてここに落ちたのだ。落ちたというか、浮上したというか。戻ったとて見込みがないし、勇者でありながら恐ろしかった。死にに行くようなものだ。わざわざ仲間もいないあの地獄に。ましてこの平和な世界が彼には居心地が良すぎた。
彼はこの世界で人を助けて生きている。彼が元の世界に戻って死ねば、もう人を助けることはできなくなる。特に魔法少女、千華は困るかもしれない。施した奇跡は定着しているから、それでOLの姿に逆戻りということはないが、相談に乗ることはできなくなる。
「そういう状況なんです。古在さんはどう思いますか?」
喫茶店で彼女と会って、そんな話をした。愚痴のようなものだ。千華としてはそんなこと言われても知らないよなのだが、どうしても自分に関係があるから聞くだけは聞くしかない。
「もうこの世界から戻らない、ではだめなのかな。だって亡くなった人も戻ってこないんでしょう? 時間も経過してるのかしてないのかわからないけども」
「小説が進んでいないから経過していないかもしれません。だいたい私自身も小説の中でどうなっているか。なにしろ異世界に行ったなどという描写はありません」
「ちょっと混乱してきた。えーつまり……二人のハルトくんがいるってこと?」
「小説は所詮小説、ですから。と言いたいんですが、実際そこから出てきた私としてはどうなっているかは気になりますが……」
「まあ、何にしても、私のことは気にしなくていいよ、私はどうなってもやっていけるから」
「しばらくは大丈夫ですが敵を抑えられなくなってまた戦わないといけないようになるかもしれません」
「いいって、いいって、私は今の姿でいられるならそれだけで嬉しいしまた戦えるわ」
「生活はうまくいってますか?」
「今のところはね」
表面上は何も千華の生活は変わらずアラサーの姿になって仕事しているが、お休みの日にはこうやって街を歩いたりする。それが嬉しい。焦る気持ちも消えた。そのことはまた彼女の求めていた青春から遠ざかるような気もするが……。
「私のことはもちろん気にしなくていいよ、だけど……できれば死なないで。すぐに決めないで、またこうやって私に話してよ」
「ありがとうございます。あなたと出会えて良かったです」
おかげで決心がついた。ハルトは出版社に向かった。洗脳とか記憶を読むとかせずとも、書類を盗み見ればよいこと。簡単なことだ。悪いことという自覚はあるが世界のためにやむを得ない。ハルトは出版社のでかいビルに侵入した。でかいだけに、いくらでも隙間がある。なくても全然問題ないが。いざ入ってみると、逆に心配になるほど簡単にその情報を得られた。
(つまり厳しくしなくても人のモラルが高いということなんだろう)とハルトは思った。自分の世界では悪魔に情報を渡す人間までいた。
住所がわかれば行くのは一瞬だ。だがどうやって会えばいいのだろう……知らない人間なんて当然警戒されるだろう。出版社が疑われて迷惑がかかるのもよくない。こじんまりとした一軒家に御夫婦で暮らしているようだ。ペンネームはロールキャベツという、男女のわからない名前だが、本名は龍神丸子(りゅうじん・まるこ)というそうだ。その夫は龍神ポールという名で、元々イギリス人だが帰化して妻の姓に合わせたようだ。丸子は三十代、ポールも四十手前というくらいの年齢だ。ハルトはポールの方から攻めた方がいいと判断した。話しかけるなら同性の方がいいだろうと。
それでわざと思いっきり異世界での装備をして、ポールが家を出るのに合わせて通りがかった。ポールは驚いてつい声に出した。
「ハルト!」
彼も妻である丸子の小説は読んでいる。それどころか最も熱心な愛読者の一人だ。だから驚いてしまった。完全にイメージ通りの、いや、それ以上のハルトがそこにいたのだから。そこをハルトは捕まえた。
「おや、あなたもSP(小説の愛称)のファンですか?」
「え、ええ」そう答えてポールは陽気に笑った。「大好きですよ」
ポールとしては作家の、ロールキャベツの家であることをあまり知られたくない。これは丸子が隠すようにと求めているからだ。内心まずいなと思いつつ、興味もあるというところだ。
ポールは日本語を自由に話せるが英語の方が得意である。ハルトは外国語はあまり話せないが意思は通じる。自らの言いたいことを、相手の得意な言葉で喋っているかのような錯覚を起こさせることができる、という実質テレパシーのようなものだ。その能力の影響で、ハルトの言葉が非常に快いように対象には聞こえてしまう。暗示や洗脳というほどではないが、ギリギリ合法というところ。ハルト自身は実はその効果に気が付いていないのだが。
ともかく軽い立ち話ながら、小説の話をしてポーズを構えたりしてみせるとポールは喜んで手を叩いたり写真を撮ったりした。
「実は私、魔法も使えるのですよ」
「ご冗談でしょう?」
「本当です、例えば作中で使っている魔法ですが……」
ハルトはふたりの身体を少しだけ地上から浮かべてみせた。ちょっと歩くのが楽になる代わりにMPを使う。この場合MPの方がたいてい貴重なため、無駄な魔法である。それでもポールは驚いた。
「手品か魔法か? ううむ、すごい、あなたはまるで本物のハルトのようだ」
さらに、手を振ることで風の力でその辺の雑草を切り裂いてみたり、氷を手から生み出してみたりアイテムボックスを開けてみたりとやったらすっかり彼は参ってしまったらしい。
「あなたは私に対して何か目的があったのですか」
「ええ、実は私は本物のハルトです。どういうわけか、別の世界、本に書かれている世界からこの世界に来てしまったのです……。そこで、作者様にお会いしたい」
本来なら信じるはずもないが、なぜかポールとしても初めて会った気もしない不思議な親近感があり、信じられるような気がした。仮に言うことが事実でなくても、何か深い大事な理由があるのではないかと。
「まあ、そうは言っても私は当人じゃないんで、どうしようもない。でもあなたは何を期待されてるのかわかりませんが、妻は特別な人間でもなんでもないですよ。偉大な作家ではあるけど……」
「それでも……それでもなんです」
「なら……話を伝えておきます。それで良ければ連絡しますよ。なかったら、ダメだったと思って下さい。じゃあ、私は今から買い物に行くので……」
「あ、何でも屋をやってるから必要なものがあれば請け負います。早いですよ。料金は……これくらいで」
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