世界も人もこんなにも優しいのに

こしょ

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第7話

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 すぐに千華がハルトに電話したら眠そうな声で普通に出た。夜遅くまで人助けというのをやっているのもあるが、元々彼はあんまり朝に強くない。冒険者としては致命的な気もするが、どうしても睡眠というのがぐちゃぐちゃになりがちで、たまに遅寝できるのが最高の贅沢だったのだ。それが今はしょっちゅう遅寝だが……。実は普段お手伝いしているラーメン屋の仕事も早朝に限っては本体が眠っていて、分身のシャドウハルトがやっていることもある。能力の悪用である。
「ハルトさん! 身体が小さくなっちゃったんですけど!」
 千華はのっけから目が覚めるような切羽詰まった声で喋った。
「え、ええ……お望み通りにしたつもりでしたが……」
「これじゃ元の服も着れないし仕事にもいけないよ! どうしたらいいの?」
「あー……私がやったのは、あなたの肉体をその姿が標準であるようにしたことなんですが、もう一つは魔法がそのままで使えるようになったはずです。今までは魔法少女でなかったら使えなかったでしょう? もう普段から魔法少女のようなものなので、変身できるはずですよ」
「マジかっ!」
 驚き叫び、つい千華の口が悪くなりそうになるが、テンションが上りすぎていて仕方ない。確かに、魔法少女はそれになるということが大変で、なってしまえば魔法少女らしい色んなことができる。特に変身は最もメジャーな能力である。
「わあ、ありがとう、あんたやっぱりヒーローなんだ。神様? 悪魔じゃないよね」
「私は惰眠をむさぼる最低の悪魔です……」
「ああ、こんな朝早くからごめん。じゃあおやすみ」
 千華は電話を切って、変身すると元のOLの姿になった。でも、今日からはこっちじゃなくてあっちが元の姿なんだ。昨日からか? そう思うとやっぱり嬉しくて鼻歌も飛び出す。鏡を見るのも嬉しい。初めて身だしなみをこんなに念入りにしたかもしれない。まあまあ今日は美人の日だ。ただ、この顔を忘れないようにしないと、変身できなくなったら困る。

 職場でも「どうしたの、今日は機嫌がいいね」と言われた。「ちょっといいことがあってね」と答えた。
「もしかして、昨日の彼の……?」と聞かれたので否定したが真っ赤な顔になった。
「違うよ、あんな若い子と。絶対そういうのじゃないから」
「それは残念」

 夕方になり退社すると、冷静にもなるし疲れもあって少し浮かれた空気が抜けてきた。
(いったい、青春を取り戻すには何をすればいいんだろう)
 ネカフェに寄って、少女漫画を読んでみた。特に何も考えなく良さそうな漫画を手に取った。青春を改めて勉強しようと思ったからだ。
 だが、まずいことに、意図しないはずが大人同士の恋愛ものだったので、慌ててもう少し若い……学生同士のものを持ってきた。しかしどうもときめかない。なんだか青臭すぎて見ててはずかしい。
(いざどうぞとなると困るなあ……でも困ってるばかりじゃ、何のためにこうなったのかわかんないわね)
 千華が子供の頃に読んで憧れていた古い作品を探して読んでみると、子供の頃と同じように泣いた。20年も前の作品だが……千華とこんな恋愛に付き合ってくれる男の子がいるのだろうか?
 男の子というのを思い至って彼女は愕然とした。男の子との恋愛! 姿は14歳になったけど、心は……もしかしてこれって犯罪なんじゃないだろうか。逮捕されたら十分犯罪になる……ような気がする。だって戸籍はアラサーだし。プラトニックでもダメなのかしら。私は……。ずんと気が重くなってきた。記憶をすべて消してやり直したい。ライトノベルで異世界転生してる子たちはこんな気持ちにならないのだろうか。
 千華の家への帰り道に公園があって、そこのブランコに座って揺られた。もう日は暮れて少し肌寒い。なんでこんなことしてるんだろう。誰か王子様が私に声をかけてくれるのを期待してるのか。一人でこんなことやってて馬鹿みたいだ。胸が苦しくなってきたし、怒りも湧き上がってきた。
「おい!敵出てこいよ! 相手になってやる! 叩きのめしてやるからよ!」
 普段はこんなこと口に出したりしないのだが、様々な環境の変化が影響してかおかしなことばかりやっている。敵といえば、ハルトが仕事をしているせいか、出てこないのだ。正確にはどうも出てきてはいるらしく、一瞬だけ気配を感じたかと思ったらすぐに消える。ハルトは能力の格が違いすぎるし、味方としてこの上なくありがたい。だけど、私にも敵がいなければいないで不安になってしまうのだ。
 彼女は自分の汚い部屋に帰ってきた。忙しかったり負担が大きいせいで部屋を片付ける余裕がない。と言いたいところだが、敵がいなくなっても別に片付けてない。誰にも見せるわけでもないし、女の一人暮らしでなんで綺麗にしていないといけないのか、と本当は言いたいのだが、開き直ったようでそれを言うのもまた心苦しい。言い訳がなくなってしまった! 言い訳だけじゃない、私という人間が存在している理由としての敵との戦い。それができないのは、心に穴が空いたような気がする。

 千華の考えは、おそらく自分に対して厳しすぎるだろう。今までの人生があまりにも厳しすぎたために、普通の人生すらも怠けているように感じているのか。しかしそういう彼女でなければこの世界の平和が守られなかったのだ。だいたい、ハルトがいついなくなるとも限らない。
(やっぱりあいつのこと信用できないわ)

 ずっと変身を解き忘れててそのまま寝たせいで、朝起きたら魔法力がゼロになっていた。普通はなくなることはないのだが、魔法力が要するに精神や心の辺りの調子から生まれる力だとすれば、底を尽きても仕方がないかもしれなかった。何しろ戦わなくてもいいのだ。誰が死ぬわけでもない。寝ていようが酔っていようが。
 彼女は何もかもがめんどくさくなって、会社を休むことにした。幸い有給がある。そもそもめんどくさいと思わなくても、少女の姿で会社になんて行けない。電話をかけたら声がおかしいね、お大事にと言われていたが、かわいい声になる風邪があるわけもない。探せばあるかもしれないが。

 ハルトにも例の怪しい番号を使って電話をかけた。ここで彼女が頼れる知り合いは今やひとりだけしかいない。かけるとコール一回未満で出たのが若干怖いと感じた。あくまで反射神経とスピードが死ぬほど速いだけのことだが。
「ハルトさん! 魔法力が尽きちゃったわよ、どうしたらいいのよ」
「えっ、そうなんですか。……今まではどうされていたんですか?」
「それはあの……」千華は少し赤面した。「愛とか、勇気の心とかが……」
「それが今は足りなくなったんですか?」
「そうよ!」やけくそ気味に答えた。
「そうですか……効果があるかわかりませんが、ポーションをお渡ししておきます。MPが回復するかもしれません。効かなかったらまた相談して下さい。体調に問題が出るかもしれませんから、少しずつ飲んで下さいね」
 ハルトがそういうとチャイムが鳴って驚いた。電話の先からも同じチャイムが聞こえた。慌てて出るとハルトがいて、どうぞ、とビンのたくさん入った箱を渡された。これを飲めということだった。
「あ、ありがとう……助かるわ」
「重くないですか? さすが身体がお強いですね、で、ではこれで失礼します」
 ハルトもなぜか照れたようにこっちをまともに見ないようにして帰っていった。というか消えた。箱を部屋に入れてから千華は気が付いたが、少しぶかぶかな寝間着のままで、なんなら下着も見えていた。
「今から行きますって行ってくれたらよかったのに。準備もできたのに……」
 千華は穴があったら入りたいくらいはずかしかったが、これはこれでもしかして青春かなとは少し思った。
 待て待て、いったい誰に対する読者サービスだ? あの男は何しろラノベの世界から来たっていうから、いわゆるその、ラッキースケベ体質なのかもしれない。その証拠に、私が魔法少女姿だから来たけど、元のOL姿なら来なかったに違いない!
 そこまで考えて千華は苦笑する。こっちは現実なんだ、誰かが見ているはずはない。

 とにかくもらったのを飲んでみるかと箱からひとつ手に取った。匂いはないし、エナジードリンクよりはマシな色をしている。野菜ジュースみたいな感じ。たぶん、あっちの薬草か何かからできているんだろう。
「まあ、死にはしない……でしょう!」
 異常があれば助けてくれるらしいし。本当は横にいてもらいたかったけど、なんか追い返した形になってしまったから。というわけでぐっと飲んだ。不味くはない。無味無臭だ。はたして回復するのか……。
 回復しなかった。魔法力は回復しなかったが、代わりに体内がぽかぽかする感じになった。またか。前もあったな、この感じで癒やされて回復しろというのか。千華はハルトに電話した。
「効果なかったよ! 魔法まだ使えない」
「それは申し訳ありませんでした……また伺ってもいいですか?」
「ご、五分待って」
 千華はハルトを部屋に入れて、座布団に座らせた。コーヒーを出したが、どうもあまり苦いのが好きではないらしい。そうは言わないけど。
「どうやら、なんですけど、見させてもらったところ」
「ああ、はい。何を見てるの?」
「ステータスです」
「ステータス!?」
 改めて驚いてしまったが、確かにそんなものがあっても不思議ではないなあと千華は思った。
「変なこと書いてないでしょうね?」
「いえいえ、単に表層から見える部分だけですよ。プライバシーがありますからね」
「そもそも人間がステータスなんてもので測れるの?」
 そう聞くと、ハルトは意表を突かれた顔をした。
「なんでですか?」
「なんでってこっちが聞いてるんだけど、だってその、そもそも何を基準に測ってるの」
「100なら100の強さってことですよ」
「そ、それが!わからない」
「最初はわからなくてもたくさん見ているうちにわかってきますよ。あの人は120だったからこの人はそれよりは弱いんだなとか」
「じゃなくて、えっと……」千華はうまい言い方がないか考えながら話す。「ああ、例えば得意不得意とか相性とかあるじゃない? 数字で表せない部分とか」
「それは確かにありますね。そこは相手を観察するのも必要です。もっとも見た目の強さなんてまるっきり役に立たないことの方が多いですけど。後は精密に測ることもできますけど。右手は100で左手が150とか、高度なスキルになってきますけどね」
「世界観が違うのかなあ……」
 気にはなるが、それよりも大事な話の途中だったことを思い出した。
「古在さんはMPが回復しているんです。間違いなく」
「MPってのが魔法力?」
「まあそれが名前の呼び方は色々ありますけど、この際肝心なのはどうも私の世界のMPが回復していて、古在さんが使っている魔法の力とは違うようです」
「するとどうなるの」
「それが回復しても古在さんの魔法は使えないという……。その代わり私の世界の魔法は使えますよ、古在さんは少し訓練したらすごく上手になると思います」
「いや、そういうのはもういいわ……」
 話しているうちに千華はとにかく疲れてしまったようで、喜ぶ気にもならないばかりか、人の体に何してくれてんのとすら思ってしまった。せっかく休むことにしたのだから、今日はもう休養したい、と彼女がハルトに言うと、すまなそうにして彼は帰った。
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