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第6話

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 ドキドキするこの気持ちは、恋なんかではなく実際には命の危険に対するものかもしれない。
(生きた心地がしない)
 どこかのお店で話しましょうというハルトの後ろに、ついて歩いている千華だがどんな顔をして歩けばいいのかわからない。自分がこんな子と並んで歩くなんてしていいのか?と思えば浮ついた気持ちに……じゃなくて!周りの通行人は誰もわからないだろうが、この男は危険なんだ!今まで私が戦ったどの敵よりも! でも、この子私の歩幅に完璧に合わせてくれる……紳士……。
「古在さん、どうされましたか? お疲れですか? 身体だけでも癒やしましょう」
 ハルトはそういうと本当に回復魔法を唱えたので、千華はHPが回復した。
(足りないのはMPなんだよなあ……)
 しかも、身体全体がほんのり光るのでちょっとはずかしかった。温泉に入ったみたいにぽかぽか温まるし特に目の疲れが消えたので、結果精神も癒やされる気はした。
「えっと、ハルト……さん、これ、これだけでお金が取れますよ」
「本当ですか?」ハルトは嬉しそうにした。「癒やしの魔法は普通は免許がいるんですよ、冒険の時は別として、街でやるとやっぱり、既得権益ってあるじゃないですか。確かに身体をいじくるのは責任も重大だし、事故を起こしたら大変だと思いますけど、癒やすぐらいしてもいいですよね」
「さあ……よくわからないんですけど」
 わからないというのは本当なので千華は慎重に返事をしたが、内心すごい面白い話でもっと聞きたいと思った。
「魔法は特殊技能だから、学校なり誰かに師事するなりは必要なんですよ。でも、正規の学校を出ないと免許がもらえないんです。許してもらえれば冒険者にも貴重な金策手段になるのに……とにかくお金がないから」
「それは困った話ね。あなたも苦労したの?」
「私は、恵まれた方でしたので……国の援助もあって、お金にはそこまで困りませんでした。あくまでお金には、ですが」
「お金以外だと何が困ったの?」
「やることが多すぎましたね。やらねばならないことなのですが。モンスターが発生し、人を襲うのは日常茶飯事です。しかも日ごとに強くなっていきます。それも世界中で」
「大変ね……私も似たようなものだけど」
「なんなら移動の馬車に乗ってる方が長いですからね、お尻が痛くなって、はたして馬車の中での回復魔法は町中か、それとも冒険かというのが議論になったこともありましたね。でももうそういう免許とか言ってられる場合じゃなくなったんで、勝手にやるし関係ない命が大事って感じでした」
 話に夢中になってたらふたりいつの間にかレストランに入ってあまつさえすでに席についていた。ずいぶん高級そうなお店で千華は不安になった。
「ああ、気になさらないで下さい、私がお誘いしたので、お金は払いますよ。結構稼いでいるし、私には本質的にお金は必要ないですから」
「でも、悪いですよ……」
「いいんですよ、あんまり上品じゃないけど、見て下さい。これだけお金あるので」
 そういうとアイテムボックスを千華に見えるようにして少し開いた。確かに札束がどっさり入っているのが見えたが、その奥に金銀財宝レアアイテムめいたものが余計に迫力がすごかった。あれらはどれほどの価値があるのだろうか……。
 何にしても彼は何もかも桁違いなのだと千華は諦め、遠慮するのはやめた。出された料理は本当においしかった。異世界人のくせにいい店を知っている。
 それからお互いそれぞれのことを話した。特に千華は、本当の自分のことを人に話せたのは初めてで、涙ながらに自分の人生を話した。ハルトは穏やかにそれを聞いた。
「でも本当の自分がどっちなのかわからないんです。魔法少女の私は、歳も取らなくて、かわいくて、なりたかった自分です。でも、現実はこっちです。一人ぼっちで自分語りで泣いてしまうようなダメな人間なんです」
「……あなたはずっと一人戦ったのではないですか。私より……私は仲間にもみんなにも支えられていましたよ。まあみんな死んでしまいましたけど」
「私は失ってはいないけど、最初からいない……。まだ、私の方が幸せだったのかしら?」
「比べても仕方のないことかと思いますが……私から見ると、あなたが頑張れたのは本当にすごいことで、大変だったと思いますよ。私は仲間と過ごした時間が確かにあって、今でも残っているんですから。それは私にとって……永遠の財産です」
「じゃあ私にはそんな財産なんてないんだ! 知ってましたけど、私なんてずっとこうして枯れていくんだ。青春を取り戻すなんて手遅れ、もう永遠に戻らない。私の人生は!」
 ハルトは沈黙し、少し考えていた。彼としては自分の言葉、それ以前に感性に自信がなく、あまりにも人間の気持ちをわかっていない言葉にならないかと心配していた。それでもやはり言うことにした。勇者なので。
「これから楽しいことをすればいいじゃないですか。私がもう戦わなくていいようにして差し上げますから」
「でももう……こんな歳なのよ? 同い年の子ももう大勢結婚してるし」
「うーん、私の世界だと10代で結婚してる女の子が多かったですね」
「さすが早いわね……」
「30代では亡くなってる子も多かったですね」
「ああ。じゃあ私もそっちだったらもうすぐ死ぬんだわ」
「でもこっちは平和な世界ではないですか。衣食住も困らないし」
「私にとっては全然平和じゃなかったわよ!」
 どうも自分の言葉がいまいち慰めにもなっていないようで、ハルトは困ってしまった。千華も普段はこんなぐちぐちしたことは言わないのだが、ハルトが自分がいるから敵が現れて暴れそうになっても絶対大丈夫とか言うものだからついお酒を少し飲んでしまった。酒を飲んだのはもう20になったばかりの頃にさかのぼり……いい思い出もないのだが、このレストランの雰囲気に当てられて少しだけ飲んだ。人生で一回飲むかどうかくらいの良いお酒だった。のだが、たった一杯でもう酔いが回ってしまった。
「だったら、あなたが私と恋人になってよ」
 その勢いで言ってしまったが、彼女は酔いが冷めた後でなぜあんなことを、と後悔する羽目になった。
「それはできません。私には恋人がいたのです。婚約者が」
「操を立ててるってこと?……そう。なら……私を若くて美人にしてよ。あの魔法少女のような姿に私をしてよ。変身してる時だけじゃなくてずっと、そっちが本当だったみたいに。こんな人生の方が夢だったみたいに!」
「だけど、あなたは……」
「そのままが素晴らしいっていうんでしょ? だったら私をもらってみてよ! それもできないのに言うな!」
「そうですか、わかりましたよ。まあ、試しにやってみましょう。困ったことがあったら言ってくださいね」
 そこからは千華の記憶が無い。気が付いたら正体を無くして自分の家のベッドで寝ていたようだ。肝心な部分だけは覚えていたから、千華は起き上がる勇気がなかった。頭も痛……痛くはない。回復してくれているようだ。余計なことをするんじゃないわよ、と思った。これじゃいつまでもぐだぐだと布団にくるまっているわけにもいかない。どうやらもう朝のようだ。
 それで起き上がると、すでに違和感はあった。何度も行きつ戻りつしながら、彼女は洗面所に行って……心臓が跳ねるほどに激しく動くのを抑えつつ、覚悟を決めて鏡を覗き込むと、見慣れた顔があった。そう、変身すると穴が空くほど見つめてしまう、魔法少女の可愛らしい自分の姿だ。身体も若返って、背が低くなった。たぶん、肉体年齢は半分になったくらいだろう。ハルトは千華の願い通りにしてくれたわけだ。
 彼女にやったー!と叫びだすほどの若さはない。だけど嬉しくて踊りだしたくなるのを必死で平静を装う。そもそも誰もいない部屋なのに。
 だけどそのうち気が付いてしまった。今日、仕事はどうするんだ……? いや、そもそもどうやって生活するんだ? 魔法で生成する魔法少女の衣装以外に服もないよ。やっぱりあいつ悪魔だったんじゃないのか?
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