6 / 16
第6話 とんぼ玉。
しおりを挟む俺はそれからもしばらく、とんぼ玉を探し続けた。
空は茜色から深青色になり、暗幕のような漆黒に近づいていく。仄暗くなるにつれ、どんどん望みがなくなっていくのを感じた。
凛は暑さで体調が悪くなってしまい、隣で見ている。1時間くらいたった頃だうか。凛が言った。
「もう、いいよ」
だけれど、地面に突っ伏してしまいそうなほど落ち込んでいて。ずっと、手元に残ったブレスレットの革紐を握っていて。
見ていられなかった。
2人で肩を落として、家まで帰った。
会話は一言もなかった。
玄関に入ると、凛はそのまま部屋に直行してしまった。あんなに汚れているのに、お風呂も入らないし、ご飯も食べない。
部屋に入ってしばらく経つと、枕に顔を押し付けているのだろう。凛のくぐもった泣き声が聞こえてきた。
今は雫さんもいないし、余計に辛いよな。
俺が冷蔵庫の前で、飲み物を飲んでいると、親父が話しかけてきた。
「凛ちゃん、なんか様子が変だけど、何かあったのか?」
俺は事情を説明した。
とんぼ玉がなくなってしまったこと。俺が悪いこと。
すると、親父は、少しためらった様子で、ぽつりぽつりと口をひらいた。
「これは雫さんに聞いた話なんだがな。凛ちゃんには昔、弟がいて。あれはその子から貰ったものらしい」
そうか。
俺は、自分がとんでもないことをしてしまったと思った。
俺も母さんにもらったキーホルダーをまだ持っている。なんてことないキーホルダーだが、俺にとってはかけがえの無いものだ。
だから、兄弟はいないけれど、それがどんなに大事なものであったかは想像がつく。
皆んなが寝静まった頃、俺は家を抜け出してさっきの場所に向かった。懐中電灯で側溝を照らしながら、流れの先をずっと追っていく。
側溝が曲がっているところなら引っかかっているかもしれない。あたりをつけては、泥水の中を掬い、無さそうならまた次のポイントを探す。
2時間くらい経った頃、心配した親父がやってきた。
「俺も手伝うよ。1人で探すよりはいいだろ。見つからなかったら俺も一緒に謝ってやるからさ」
親父なりの慰めなのだろう。
気遣いは有り難い。
だけれど、俺としては、俺が恨まれることなどどうでもよかった。とんぼ玉がないことが問題なのだ。
夜が明ける頃まで続け、側溝掬いは数百メートルに及んだ。やがて、川の支流に落ちる水門まで到達してしまった。
もうここで見つからなかったら、無理だろう。
水門の手前側にはゴミ止めの柵があり、そこのゴミを引き上げては、地面に広げてとんぼ玉を探す。
だが、見つからなかった。
俺は、勝手に流れ出る涙を二の腕で拭いながら、ポケットに入っているキーホルダーを握る。
凛。ごめん。
見つけられなかった。
その時、親父が声をあげた。
「おい。レン。あそこの端にあるのそうじゃないか?」
すると、側溝から支流に水が流れ落ちるギリギリのところに、ビー玉のようなものがあった。朝焼けに照らされてキラキラしている。
とんぼ玉だった。
……よかった。
家に帰ると、凛の部屋をノックする。
すると、しばらくして凛が出てきた。
きっと一睡もしていないのだろう。
髪はぐしゃぐしゃで目も腫れあがって。
美人が台無しのひどい顔をしていた。
俺はとんぼ玉を差し出した。
「……これ」
凛の視界にとんぼ玉が入る。
すると、くすんでいた瞳に、どんどん輝きが戻るのがわかった。
俺も凛も。
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、とんぼ玉が戻ってきたことを喜んだ。
しばらくして、気分が落ち着いた頃。
今度は必死だったお互いが滑稽になって、2人で笑った。
凛は、とんぼ玉を両手で大切そうに持って言った。
「れん、あんた臭いよ」
え。自分のお腹のあたりを見てみる。
確かに汚水まみれの汗まみれで、ひどい状況になっている。そして、臭い。
俺が挙動不審になっていると、凛はいつもの冷ややかな目で言った。
「お風呂入ってきなよ。それと出たら、わたしの部屋に寄って」
そういうわけで、俺は今、浴槽に浸かっている。とんぼ玉は見つかったけれど、そもそも、なくなった原因は俺だ。
凛の部屋に行ったら、どんな誹謗中傷を受けるのだろう。殴る蹴るもあるかもしれない。
でも、仕方ないよな。俺が悪いんだし。
俺は風呂を出て、凛の部屋をノックする。
「ちょっと待って」
何か部屋の中でゴソゴソしている。
ドアが開いた瞬間に殴られるのかもしれない。
ドアが開いた。
俺は肩をすくめる。
すると、凛は言った。
「あんた、何ビクビクしてるの。ださっ。いいから部屋に入って」
凛の部屋に入る。
すると、ぬいぐるみや本などが綺麗に並んでいた。
凛の服は部屋着だが、さっきと替わっていて、髪の毛も整っていたし、少しメイクしているように見えた。
そして、いつものいい匂いがする。
そこは俺の部屋の隣にあるとは思えない、格別の女子空間だった。
俺がキョロキョロしていることに気づいたらしい。凛が眉間に皺を寄せていう。
「あまりジロジロ見るなよ。変態」
いつものようにあたりがきつい。
だけれど、いつもの毒がないような気がした。
凛はテーブルの前で正座をする。
そして、太もものあたりをパンパンと手のひらで叩いた。
「ここに寝て」
えっ。膝枕??
あの凛が?
もしかして、これから、俺の初体験的な?
「あの、俺。まだ心の準備が……」
凛はいつもの見下すような目になって言った。
「ナニ勘違いしてるの? しね。変態」
いつもの凛だ。
俺は、何故かほっとする。
凛は続けた。
「あんた、首もと怪我してるじゃん。気づいてないの? 薬塗ってあげるから、ここに寝て」
なんだ。そういうことか。
でも、自分が怪我していることに気づかなかったよ。
俺は凛に膝枕してもらう。
すると、凛の髪の毛が顔にかかった。
凛の髪は、ツルツルしていて軽やかで。シャンプーの匂いがした。
そして、膝から見上げる凛は、やっぱり可愛かった。
前に成瀬が、真の美人は下から見ても美しいって言ってたけれど。その意味が今初めて、わかった気がした。
俺と目があったことに気づいたのか、凛は俺の顔を、ぐいっと強引に横に向けた。
「こっち見るな。目を瞑る」
ちょっと、こっちは怪我人なんだけれど。
もうちょっと優しくしてくれよ。
すると、凛は無言で。
だけれど、優しく、首元に薬を塗ってくれる。
誰かに膝枕なんてしてもらったの何年ぶりだろう。俺は目を瞑ると、母さんの膝枕を思い出していた。
温かくて。柔らかくて。優しくて。
気づくと俺は寝てしまったらしい。
……。
『ごめん、寝ちゃった』そう言おうとすると。
頬のあたりにポタポタと水滴が落ちてきた。
それは、温かくて、ちょっとしょっぱかった。
凛、もしかして、泣いているのか?
きっと、俺が起きていることに気づいていないのだろう。
俺の頭を撫でながら、凛は呟く。
「……ありがとね」
礼なら起きてる時に言ってくれよ。
……でも、よかったな。
(後日談)
次の日、朝食で呼ばれて階段を下りると、凛と目が合った。昨日、あんなに優しくしてくれたんだ。
きっと、少しは仲良くなれたよね?
俺が凛の言葉を待っていると、凛が口を開いた。
「邪魔」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

手が届かないはずの高嶺の花が幼馴染の俺にだけベタベタしてきて、あと少しで我慢も限界かもしれない
みずがめ
恋愛
宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。
葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。
なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。
その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。
そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。
幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。
……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる