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第22話 ピンクのカエル
しおりを挟む「というわけで、ダーウィル大森林にドラゴンを放ちに来たんだ。でも焦った焦った!卵抱えた瞬間動き出すからさ、コレ大丈夫?って聞いたら『もう今にも孵りそうな気配でございますね』なんて言われてさぁ。咄嗟に跳んで来ちゃったよね!」
ふぅーどうにか間に合ったー、と肩の力を抜いた俺の前には、久しぶりに顔を合わせた金色狼さんと茶黒狼さんの獣人二人が鎮座している。
勿論直接地べたの上、なんてことにはならないのは至れり尽くせりの俺の伴侶が一緒にいてくれるおかげだ。
ロイが収納魔法で取り出してくれた敷物をピクニックシートのように広げて、その上に膝を突き合わせて四人で座り俺とロイ、狼さんズの二対二で向き合っている形なのだ。
そんな俺たちの中央にあるのは、俺が抱えて持ってきたドラゴンの卵、その破片と、今生まれたばかりのドラゴン赤ちゃんが―――なんと四匹。
そう、このカモノハシドラゴンは一つの卵から三~五匹くらい生まれるのが普通らしい。ほんとツッコミが止まらない謎生物なんだよな。
ただそんな生物が、この世界の命運を握っているのだから何とも言えない。魔術師だけでは追いつかない負化魔力の浄化を、このドラゴンたちに各地で担ってもらわないといけないのだから。
なぜかドラゴンに詳しい元侍従長の兎耳爺様によれば、彼らは自分が生まれた土地から離れることは滅多にないらしい。大抵は卵が孵った地に根付き、まったりと生きていくそうな。
その上、初めに見た生き物の『魔力』を覚え、ある程度懐くという。
そこまで聞いて、そろそろ孵りそうな卵があると言われたら、迷わずダーウィルにお届けするって。俺がマーリちゃんやウーウルさんたちにどれだけお世話になったかを考えれば、いの一番にドラゴン直送するのも当然だ。
というわけで、多分もう知っているだろうけど負化魔力のことや、ドラゴンの必要性をざざっと二人に改めて説明していたところだ。
「うむ。私を忘れて行くほどの焦り様であったな。」
「ご、ごめんな?ロイ……」
俺の右隣でその長い足を縺れさせることなく胡坐を組んでいるロイが、そう淡々と口にしながらも微妙にご機嫌斜めなのは言葉通りだ。
つい昔の癖のようなもので、一人で転移するのが当たり前みたいな感覚が強くて、思わずロイを置いてきてしまったのだ。皇国の、ドラゴンのコロニーである大渓谷に。
すぐに追いかけて来てくれたものの、やはり普通の長距離転移魔法では魔力の消耗がきつかったみたいで、ロイはちょっとお疲れ気味である。本当に悪いことをしてしまった。
でもな…………?
「―――カナタ、言葉のわりに随分と愉し気であるな?」
紫色の瞳は決して笑わないまま、ゆるりと口元だけを吊り上げたロイの肩口に、掌大の白くモフモフした丸っこい、短足ドラゴン赤ちゃんがっっ!!!二匹もッッ!!!
ちなみに生まれたてのドラゴンは、あの淡いピンクではなく雪みたいに真っ白な羽毛をしていた。
「ヤバイヤバイヤバイ………ロイとドラゴン赤ちゃんが並ぶこの破壊力がヤバイ。ナニコレ、イケメンと可愛いが共存していいのか?ここは天国か?もしかして夢か?夢オチ久しぶりに来る?なにこの奇跡の共演、俺を殺しにきてる?え、萌え死?これが萌え死ってやつ?」
「………わかった、トリップ中なのだな。ならば、ダーウィル辺境伯、補足の話を私から―――」
「っ頭っ!よじよじ登ってるぅううぅう!!!」
ロイの短くなった金糸の髪にまん丸な手とそこから伸びるちっちゃな三本指を必死に絡ませ、真っ白な毛玉がにーにー鳴きながらその後頭部を移動していく。玩具みたいな白い蝙蝠翼が必死に羽搏くパタパタパタパタという音も、なぜか俺にはクリーンヒットした。
もうこの天国光景の直視に耐えられないッ!とロイから視線を逸らしたら今度は―――
ウーウルさんの黒と茶が入り混じる狼頭、その黒一色の鼻先いわゆるマズルの上に、だらーんと腹ばいになってぶら下がっている真っ白毛玉と、
マーリちゃんの豪奢な金の胸毛にすっぽり埋まって、カモノハシライオンと化したナニカに、
俺は過去最高に萌えた。
そうして俺が全く役に立たない状態、具体的には一人で敷物の上に顔から突っ伏して悶えているうちに、ロイが説明を引き継いでくれた。
赤ちゃんドラゴンの世話は基本放置でいいこと。ただ密猟者対策に、信頼できる人間の目が届く範囲に置いてほしいこと。人間の言葉はある程度は理解できるはずなので、色々話しかけてやってほしいこと。幼いうちは巨大化した後に酷く消耗するので、そんな時は保護してゆっくり休める環境に置いてやること等々。
「なるほどねぇ。ちらりと話には聞いていたけれど、まさか本当にドラゴンがもらえるなんて驚きだわ。この子たちは責任もって、アタシとこの駐屯地の者で預からせてもらうわね。」
初めてのペットの飼い方らしき話を終えたロイに、そう応えるマーリちゃんの声を聞きながらようやく落ち着いてきた俺も、こっそり居住まいを正す。相変わらずウーウルさんの口先にぶら下がってる命知らずは見ない振りだ。
そんな俺に、胸元にライオンカモノハシを装備したマーリちゃんがにっこりとその金色の瞳を細めて言った。
「それから遅くなったけど、お二人ともご結婚おめでとうね。」
「うっ、わ……ありがと…!なんか面と向かって言われると照れる………」
「祝意に深く感謝する。」
結婚、そっか結婚したことになるんだよなぁ、俺とロイ………。うん、俺が伴侶だからなって宣言しただけだけど。
うへへ、と思わず顔がにやけそうになるのを渾身の意思で耐えようとしたけど、隣から降ってくる甘く眇められた紫色の瞳と目が合えば、もう無理だった。
「…………皇国の皇帝の伴侶………魔術師…………ってーと……マジか…………」
俺が照れながらもにまにましている間に、ようやく鼻先をドラゴン赤ちゃんから解放されたウーウルさんのぼやく声が小さく聞こえた気がした。
そこで、ふと思い出したことを二人に尋ねてみた。
「そういえば、マーリちゃんとウーウルさんって『番』なんだよな?もうなが――」
「んなわけあるか!俺は独り身だが兄貴にはちゃんと細君がいるっての。」
「…………もうだいぶ昔に死に別れちゃってるけどねぇ」
「え!?」
はい、デリケートな話題に土足で踏み込みました、俺。
ウーウルさんは呆れたようにその長い口元を引きつらせているし、マーリちゃんはのほほんとしながらもどことなく寂しそうだ。
「あ、あ、じゃあマーリちゃんがウーウルさん咬んでたのは俺の気のせ――」
どうしよう、と焦りまくった俺、どうでもいい夢の話を出しかけたところで微妙に言い方を間違えたような気もする。が、それに気づく前に今度こそ、ウーウルさんの怒声が上がった。
「バッ!?なんでそれをお前が知ってやがる!?大体ッ、あんなガキの頃の話なんざ悪ふざけの延長みてぇなもんだろが!」
「…………………………へぇ?」
ぶわりと膨らんだウーウルさんの尻尾に、もふもふ白毛玉四匹が群がっていくなか、どことなく無機質なマーリちゃんの可憐な声が一言漏れた。
でもウーウルさんはそれにも、自分の横からジト―っと向けられているその金色の視線にも気づかないまま、俺に向かって言い聞かせる。
「いいか?どこで知ったのか知らねぇが、兄貴にはちゃんと番がいるんだよ。俺と兄貴はただの腐れ縁。わかったか?」
「…………ふむ、辺境伯も苦労していると見える。」
念を押す茶黒狼さんの言葉に頷こうとしたところで、俺の隣からそう愉し気な声音が小さく響くから、ちょっと混乱した。
「えと………」
チラチラとマーリちゃんとウーウルさんの二人を交互に眺めてみるが、マーリちゃんは未だにジトォーっと音が出そうな程に隣の従弟狼さんを見つめているだけで何も言わないし。
「大体な、番っていうのは人族でいうただの婚姻じゃねぇんだよ。一生に一人だけ咬むんだ。だから獣人同士でも婚姻はしても、番の契約まではしてねぇって奴もいるにはいるんだぜ?貴族とかややこしい血筋は特にな。でも兄貴はちゃんと良い家庭築いてたんだから、んなわけねぇだろ。な?」
俺が言い淀んでいると畳みかけるようにウーウルさんが言い募り、マーリちゃんにもそう同意を求めたところで
「咬んでねぇよ」
ドスの効いた最低音の野太い獣の声が小さく、でもはっきりと、そう唸った。
「「えっ」」
そう重なったのは、俺とウーウルさんの声。でも、マーリちゃんの視線の先にいる獲物は一人だけだった。
「キアラとは婚約中から取り決めてあった。オレは咬めねぇって。キアラもそれを了承してくれた。あいつも、心に『番』を飼ってるからってな。いわば、あいつとオレは戦友みたいなもんだ。」
「は?あ………そう、か………やっぱり兄貴はエーリアのことが…………その、わりぃ。俺がさっさと婚約解消してやってれば………」
「違うだろうがッ!!!こっっの鈍感馬鹿ガキがッ!!!あれか?テメェ俺があン時に言ったこと忘れてんのか?咬むのはお前だけだっつったろーが!!あぁ?!」
「んな冗談真に受けるわけねーだろ、六つのガキに何言ってんだよ。隠さなくてもいいって、兄貴はエーリアを番にしたかったんだろ?」
「ウールーぅ??本気か?まさか今までずっと本気でそう想ってたのぉ??」
「え?それ以外になんかあるのかよ???」
声音は低く恐ろしいままに、いつもの口調で話し出したマーリちゃん、目が笑ってない。
どうしよう、この狼さんちょっと怖い、色々な意味で。ウーウルさん、この調子で大丈夫かな?火に油注いでないか?今の会話だけでも、なんとなく俺でも事情がわかりそうなんだけど…………うん、ウーウルさんって鈍かったんだな………………ってマジか!俺にはあんな的確なアドバイスもしてくれたのに?!
今度はぶわりと逆立った金色の後頭部に四匹の白毛玉が突撃していくなか、俺はちらりとロイに視線をやった。
(ドラゴン赤ちゃんのせいでなんかシュールなんだけど!コレってもしかしなくても重要な話し合いだよな!?俺たちドラゴンごとちょっと席外した方がよくないか!?)
そう想いを乗せた俺の視線に、ロイは小さくこくりと頷いた後、そっと俺の手を取った。
「では、我らはこれで失礼する。辺境伯、話がまとまれば連絡を請う。祝いの品を贈ろう。」
マーリちゃんに詰め寄られているウーウルさんの顔が、えっ、と何か言いたげに俺たちの方を向いた瞬間、金色の光が視界を満たしたと思ったら、次に俺とロイがいたのはエベレント大陸で昔から隠れ家にしていた俺の拠点の一つ、だった。
さすがロイ、安定化してきたという元魔境でも俺みたいに気を抜かず、すぐに転移魔法を発動できるよう備えていてくれたらしい。ただ、今はその手際の良さを称える余裕が俺にはなかった。
「ど、どうしようロイ。俺、なんかかき回した挙句にとんずらして………ってなんで、ドラゴン残してきたんだ?!あいつらいたら、まとまる話もまとまらないんじゃっ!!」
「ドラゴンは幸運を齎すとも言われているのを忘れたか?長年こじれた話であれば、ドラゴンの手を借りるのもよかろう。」
こじんまりとした山小屋みたいな薄暗い部屋で、勝手知ったように脱いだローブを隅の衣装箱に突っ込むロイ。
小さな窓から見える夕暮れの空に、この辺りではそろそろ夜になるのかと思いながら、適当に魔術で小さな灯りを天井にばらまく。ベッド一つと、テーブルと椅子も一つずつしかない、相変わらず生活感のない空間が照らし出される中、俺は部屋の中で右往左往しながらしばらく悩む。
「どうしよう………俺、余計なことしたよなぁ……これで二人の仲が悪くなったりしたら申し訳なさすぎる……」
「カナタが思い悩む必要などなかろう。むしろ、良い切っ掛けになったと感謝されるくらいかと思うが。気になるならば、監視魔術で見届けたらどうだ?」
「無理っ!そんな出歯亀みたいなこと無理!俺の心臓がもたないっ!!」
ならば吉報を待てばよい、とロイに諭されて落ち着かない気分のまましぶしぶ頷いた。
「では、長距離転移で疲れ気味の私は、そろそろ伴侶に癒してもらっても?」
「………………俺の心臓が、もたない……」
粗末なベッドに腰かけても一向にキラキラ度の衰えない、後光でも背負っているのではないかというロイの意味深な微笑。それを直視したせいで心臓が慌ただしく動き始める中、マーリちゃんとウーウルさんに胸の内で深く深く謝った。
こっちの都合で突撃した挙句、色々かき回してすみません、と。
(なにか……俺になにか出来ることがあったら全力でやらせてもらおうっ……)
そう誓いながらも現金な俺は迷わずロイの胸元に抱き着いて、年代物のベッドを派手に軋ませた。
―――それから三日後。
俺とマーリちゃんたちの文通に使っていた、あの小型転移装置に一通の手紙が送られてきた。
そこには見慣れたマーリちゃんの綺麗な字で、こう綴られていた。
『ウルと再婚します♡いい切っ掛けをつくってくれて、ほんとーにありがとう♡♡』と。
後にこれが、《魔導の頂点》の縁結びとして特大の尾鰭をつけて世界中に知られることになるのは、また別の話。
【後書き】
狼さんズのちょっとした事情でした(*´▽`*)
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