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特別回 まひるとお父さん。

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 特別回を追加します。時系列的には「第31話 お墓参り」前後のエピソードです。
 

 (ここから本編)



 わたしには父がいない。
 なぎくんのお父さんのように、亡くなってしまったわけではない。

 わたしが幼い頃に両親は離婚した。
 そして、それから一度も会わせてもらえなかった。

 だから、わたしには父の記憶がない。

 大きな身体で優しい、なぎくんのお父さん。
 太い指で手が温かい、なぎくんのお父さん。

 これは、そんななぎくんのお父さんと、わたしのお話だ。



 中2の頃、わたしはなぎくんに酷いことをした。
 本当は大好きなのに、あの子にイジメられるのが怖くて、酷いことを言ってしまった。

 それから、なぎくんに避けられるようになった。

 謝ろうとしても、話を聞いてくれない。
 学校では目も合わせてくれない。

 だから、また前みたいに一緒に登校できるかなって思って。朝、なぎくんの家にいきピンポンを押す。

 「なぎくーん」

 出てきてくれないと分かってるけれど。
 もしかしたら、と期待してしまう。

 でも、わたしが悪いんだ。
 悲しい気持ちになって、1人で学校に行く。

 だけれど、時々、お父さんが出てきてくれる。
 ……今日はお仕事お休みなのかな?

 お父さんはお話が苦手みたいで、あまり話してくれない。でも、すこしバツが悪そうに頭を掻いて、決まってこういうのだ。

 「ごめんな。なぎはまだ準備ができてないんだ。先に行っててな」

 そして、わたしに、みかんを一つくれる。

 指が太くて大きくて温かい手。
 その手を添えて、わたしにみかんをくれる。

 その度に、父を知らないわたしは。
 みんなのお父さんって、こんななのかな?
 わたしのお父さんも、こんななのかな?

 そう想像してしまう。



 
 その日は朝から暑くて。
 蝉がみんみん鳴いていた。

 でも、わたしは。
 今日もまたナギくんの家に行く。

 「なぎくーん」

 いつものように玄関前で待つ。
 もう、ずっとずっとナギくんとお話できてない。

 待ってる間に、わたしは泣いてしまった。
 すると、扉が開く。お父さんが出てきてくれた。

 お父さんは、申し訳なさそうな顔をして。

 「ごめんな。あいつなら、いつか分かってくれると思うから。嫌わないでやってくれな」

 その日のお父さんは、いつもより、もっと優しかった。

 わたしの涙が止まらないから、タオルを渡してくれた。飾り気のない手拭いみたいなタオル。お日様の匂いがした。

 そして、お父さんは。
 いつものように、みかんをくれる。
 

 あれ?
 夏なのにみかんってあるのかな。

 すると、お父さんが教えてくれた。

 「これは夏のみかんなんだ。普通のみかんは冬だろう? あれは夏に太陽をいっぱい浴びて冬に出荷される。これは、冬の厳しい季節を乗り越えて、夏に収穫されるんだ。でも、元気いっぱいなオレンジ色だろ? 冬みかんにも負けないくらい甘い。いまは辛いかもしれないけれど、真夜ちゃんも元気なオレンジ色でいてくれな。ナギならいつか、必ず分かってくれるから」

 お父さんがこんなにお話してくれたのは、初めてだった。

 学校からの帰り道。
 わたしは夏みかんを食べる。

 すっごく甘かった。
 わたしは、また泣いてしまった。

 
 
 ナギくんと再会できたとき。
 またお父さんにも会えるのかな、って思ってた。

 お父さんが亡くなったって聞いて、ショックだった。
 わたしが憧れた父親だったから。

 だから、お墓参りに行くって聞いて。
 わたしは、お父さんへのお土産は、絶対にみかんにしようと決めていた。


 なぎくんが、すこし寂しそうな顔をしている。さっき、お母さんと話して、色々と思い出しちゃったのかな?

 なぎくんは、自分のことを親不孝だって言ってたけれど、そんなことはないよ。

 お父さんは、ナギくんのこと信じていたし。
 お父さんが、わたしに謝ってくれるときの顔。
 ナギくんのことを大切に思ってるのが、たくさん伝わってきたもん。

 それに、そうやって頭を掻く仕草。
 君は、お父さんにそっくりだよ?

 でも、まだそのお話はできない。
 もしかしたら、いまのナギくんなら、わたしを許してくれるのかもしれない。

 でも、でも。
 もし、会えなくなっちゃったらと思うと。
 怖くて。

 ……ごめんね。もう少しだけこのままで。


 だから、せめて。

 わたしは、カバンをごそごそする。
 そして、なぎくんに、みかんを渡すのだ。

 わたしを元気にしてくれた、お父さんのみかん。
 なぎくんにも伝わるといいのだけれど。


 それと、もう一つ。
 君に謝らないといけないことがあるんだ。

 いつも、玄関で「なぎくーん」って呼んでごめんね。
 ちょっと迷惑そうな顔をされてるけど。

 わたしはやめないよ。

 だって。いまは。
 中学の頃と違って。

 「なぎくーん」って呼ぶと、出てきてくれるんだもん。

 嬉しくって、やめられないよ。




 ————————————————

 俺セフを応援してくださってありごとうございます。完結して随分経つのに、気づけばたくさんご支持をいただけていて。

 感謝の気持ちをこめて、特別回を追加しました。

 これは完結後に修正していて、本編で書けば良かったなぁ、と思ったエピソードです。

 時期としては「第31話 お墓参り」前後のエピソードですので、そのへんとあわせて読んでいただけるといいかも知れません。
 
 では、また違う作品で。
 これからも宜しくお願いいたします。
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