59 / 59
特別回 まひるとお父さん。
しおりを挟む特別回を追加します。時系列的には「第31話 お墓参り」前後のエピソードです。
(ここから本編)
わたしには父がいない。
なぎくんのお父さんのように、亡くなってしまったわけではない。
わたしが幼い頃に両親は離婚した。
そして、それから一度も会わせてもらえなかった。
だから、わたしには父の記憶がない。
大きな身体で優しい、なぎくんのお父さん。
太い指で手が温かい、なぎくんのお父さん。
これは、そんな凪くんのお父さんと、わたしのお話だ。
中2の頃、わたしはなぎくんに酷いことをした。
本当は大好きなのに、あの子にイジメられるのが怖くて、酷いことを言ってしまった。
それから、なぎくんに避けられるようになった。
謝ろうとしても、話を聞いてくれない。
学校では目も合わせてくれない。
だから、また前みたいに一緒に登校できるかなって思って。朝、なぎくんの家にいきピンポンを押す。
「なぎくーん」
出てきてくれないと分かってるけれど。
もしかしたら、と期待してしまう。
でも、わたしが悪いんだ。
悲しい気持ちになって、1人で学校に行く。
だけれど、時々、お父さんが出てきてくれる。
……今日はお仕事お休みなのかな?
お父さんはお話が苦手みたいで、あまり話してくれない。でも、すこしバツが悪そうに頭を掻いて、決まってこういうのだ。
「ごめんな。なぎはまだ準備ができてないんだ。先に行っててな」
そして、わたしに、みかんを一つくれる。
指が太くて大きくて温かい手。
その手を添えて、わたしにみかんをくれる。
その度に、父を知らないわたしは。
みんなのお父さんって、こんななのかな?
わたしのお父さんも、こんななのかな?
そう想像してしまう。
その日は朝から暑くて。
蝉がみんみん鳴いていた。
でも、わたしは。
今日もまたナギくんの家に行く。
「なぎくーん」
いつものように玄関前で待つ。
もう、ずっとずっとナギくんとお話できてない。
待ってる間に、わたしは泣いてしまった。
すると、扉が開く。お父さんが出てきてくれた。
お父さんは、申し訳なさそうな顔をして。
「ごめんな。あいつなら、いつか分かってくれると思うから。嫌わないでやってくれな」
その日のお父さんは、いつもより、もっと優しかった。
わたしの涙が止まらないから、タオルを渡してくれた。飾り気のない手拭いみたいなタオル。お日様の匂いがした。
そして、お父さんは。
いつものように、みかんをくれる。
あれ?
夏なのにみかんってあるのかな。
すると、お父さんが教えてくれた。
「これは夏のみかんなんだ。普通のみかんは冬だろう? あれは夏に太陽をいっぱい浴びて冬に出荷される。これは、冬の厳しい季節を乗り越えて、夏に収穫されるんだ。でも、元気いっぱいなオレンジ色だろ? 冬みかんにも負けないくらい甘い。いまは辛いかもしれないけれど、真夜ちゃんも元気なオレンジ色でいてくれな。ナギならいつか、必ず分かってくれるから」
お父さんがこんなにお話してくれたのは、初めてだった。
学校からの帰り道。
わたしは夏みかんを食べる。
すっごく甘かった。
わたしは、また泣いてしまった。
ナギくんと再会できたとき。
またお父さんにも会えるのかな、って思ってた。
お父さんが亡くなったって聞いて、ショックだった。
わたしが憧れた父親だったから。
だから、お墓参りに行くって聞いて。
わたしは、お父さんへのお土産は、絶対にみかんにしようと決めていた。
なぎくんが、すこし寂しそうな顔をしている。さっき、お母さんと話して、色々と思い出しちゃったのかな?
なぎくんは、自分のことを親不孝だって言ってたけれど、そんなことはないよ。
お父さんは、ナギくんのこと信じていたし。
お父さんが、わたしに謝ってくれるときの顔。
ナギくんのことを大切に思ってるのが、たくさん伝わってきたもん。
それに、そうやって頭を掻く仕草。
君は、お父さんにそっくりだよ?
でも、まだそのお話はできない。
もしかしたら、いまのナギくんなら、わたしを許してくれるのかもしれない。
でも、でも。
もし、会えなくなっちゃったらと思うと。
怖くて。
……ごめんね。もう少しだけこのままで。
だから、せめて。
わたしは、カバンをごそごそする。
そして、なぎくんに、みかんを渡すのだ。
わたしを元気にしてくれた、お父さんのみかん。
なぎくんにも伝わるといいのだけれど。
それと、もう一つ。
君に謝らないといけないことがあるんだ。
いつも、玄関で「なぎくーん」って呼んでごめんね。
ちょっと迷惑そうな顔をされてるけど。
わたしはやめないよ。
だって。いまは。
中学の頃と違って。
「なぎくーん」って呼ぶと、出てきてくれるんだもん。
嬉しくって、やめられないよ。
————————————————
俺セフを応援してくださってありごとうございます。完結して随分経つのに、気づけばたくさんご支持をいただけていて。
感謝の気持ちをこめて、特別回を追加しました。
これは完結後に修正していて、本編で書けば良かったなぁ、と思ったエピソードです。
時期としては「第31話 お墓参り」前後のエピソードですので、そのへんとあわせて読んでいただけるといいかも知れません。
では、また違う作品で。
これからも宜しくお願いいたします。
2
お気に入りに追加
190
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
学校の空き教室へ仕掛けた防犯カメラにマズい映像が映っていた
したらき
恋愛
神坂冬樹(かみさかふゆき)はクラスメイトに陥れられて犯罪者の烙印を押されてしまった。約2ヶ月で無実を晴らすことができたのだが、信じてくれなかった家族・幼なじみ・友人・教師などを信頼することができなくなっていた。
■作者より■
主人公は神坂冬樹ですが、群像劇的にサブキャラにも人物視点を転換していき、その都度冒頭で誰の視点で展開しているのかを表記しています。
237話より改行のルールを変更しております(236話以前を遡及しての修正は行いません)。
前・後書きはできるだけシンプルを心掛け、陳腐化したら適宜削除を行っていきます。
以下X(Twitter)アカウントにて作品についてや感想への回答もつぶやいております。
https://twitter.com/shirata_9 ( @shirata_9 )
更新は行える時に行う不定期更新です。
※《小説家になろう》《カクヨム》にて同時並行投稿を行っております。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる