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第55話 最期に見えたもの。
しおりを挟む俺は、駅で立ち尽くしていた。
会うことはない、か……。
これは本格的に終わったな。
もうアメリカ行くしかないのかな。
明日は、またあおいの手伝いをしなければならない。
『寝とかないと』
俺はトボトボと家に向かって歩きはじめた。
すると、あおいからメッセージが入る。
「わたし、生きている価値あるのかな。どうしていいか分からないよ。ナギさん。わたしを見つけて」
これって……。
大丈夫か?
まさか、自殺とかしないよな。
嫌な予感がする。
その足で、あおいの家に戻る。
インターフォンを押すが、出てこない。
鍵が開いていたので、中にはいる。
すると、中は真っ暗で静まり返っていた。
静かすぎる。
2階に駆け上がる。
右の部屋か?
左の部屋か?
右の部屋に入った。
すると、スナックやペットボトルが散乱する薄暗い部屋に、テレビだけがつけっぱなしになっていた。
すぐに分かった。
ここは先輩の部屋だ。
すぐに左の部屋に向かう。
その刹那、横目にその乱雑な部屋を見て思った。
『最期の日、この部屋で先輩の瞳には何が映っていたのだろう』
左の部屋のドアを開ける。
部屋は真っ暗だった。
だが、すすり泣く声が聞こえる。
あおいは、電気もつけずにベッドで毛布に包まっていた。
俺は最悪のケースじゃなかったことに安堵した。
『生きてる。よかった』
俺に気づくと、あおいは抱きついてくる。
そして子供のように泣きながら言った。
「最後のとき、おにーちゃんはボーッとテレビを見ていたんだ。わたしに何かを訴えるでもなく、ただボーッと。あの時、わたしが鈍感だから。おにーちゃんが本当に辛いの分からなかったから。だから……」
俺には分からない。
先輩が何を思ったのか。
だけれど、あおいが先輩の姿を見た時には、もう決めていたのではないのかと思う。決めていたから、足掻くこともなく、助けを求めていなかった。
……外から分かるわけがない。
ただ、俺は、先輩は未来に思いを馳せていたのではないかと思う。自分がいなくなった後の家族の未来。あおいの将来。
自分が見届けることはできぬ、家族の幸せを願っていたのではないか。俺の知っている先輩なら、極限であってもそうだったはずだ。
『だけれど、自分は退場する。ごめん』と。
きっと、そう思っていたのではないかと思う。
あおいが俺の首元に擦り寄ってくる。
「こんな時に不謹慎っていうのは分かってるけれど、1人じゃ頭が変になりそうなの。今日だけでいいから、わたしをナギさんの特別にして欲しい……」
そう言うと、あおいは着ていたジャージのパンツをショーツごとずりさげる。
そして、四つん這いで、俺によじ登るようにしてキスをしようとする。
俺は……。
まひるとは、きっともう無理だ。
俺も1人きりになるのは怖い。
まひると会えなくなる不安を紛らわせたい。
そんな衝動にかられた。
だったら、この子とセックスしてしまい、付き合った方が楽なのではないか。
あおいに入れ込めば、この不安な気持ちも紛れるのではないか。
顔も、身体も、性格も申し分ない。
あの先輩の妹だ。信用もできる。
いや、むしろ俺にはもったいないくらいの子だ。
俺の脳裏に、さっき見たテレビがつきっぱなしの部屋が浮かぶ。
でも……。
俺は、あおいの肩をもって抱きしめる。
そして、少し身体を離して言った。
カッコつけではない、いつわらざる気持ち。
醜い自分のそのまんまの気持ち。
「今日はあおいと一緒にいるつもりだよ。でも、ごめん。いまそういう事はできない。俺には好きな子がいるし、今そういうことになるのは、その子にも、先輩にも、あおいにも不誠実すぎる。ごめん」
あおいは、寂しそうな顔をして、俺のシャツの胸の辺りを強く握る。そして、俺から上半身を離すと言った。
「……そうだよね。ごめん。こんなときにわたし最低だよね」
俺は首を横に振った。
俺はそうは思わない。
心にぽっかりと大きな穴が空いてしまった時、何か他の物で埋めたくなるのは、仕方ないことなのではないか。
もしかしたら、あおいと付き合う未来はあるのかも知れないけれど、少なくとも、それは、こういうキッカケではないはずだ。
おれは何も言わずに、あおいの頭をポンポンとすると、コーヒーを淹れて、一緒に飲むことにした。
リビングのソファーに並んで座り、コーヒーをすする。
そのうち、あおいも少し落ち着きを取り戻してくれた。朝になってから警察に事情を説明し、その後の手続きは、ご両親が戻ってからということにしてもらった。
夕方になり、あおいのご両親が戻ってきたので、ご挨拶をして、あおいを引き渡す。
もう、あおいが自殺するような心配はないだろう。
ご両親は、何度も俺に頭を下げた。
でも、お礼を言わなければならないのは、俺の方だ。なにせ、先輩は俺の命の恩人なのだ。先輩と出会ってなかったら、俺もどうなっていたか分からない。
すると、俺も気が抜けたのだろう。
先輩の部屋のことを思い出して、先輩がどういう気持ちで、あの部屋で数年を過ごしたのかと思うと涙が止まらなくなった。情けないことに、泣いてしまった。
玄関から出ようとすると、あおいが追いかけてくる。
「ナギさん、ありがとう。本当は大切な用事あったんじゃない? ごめんなさい」
俺はあおいの頭をポンポンとする、
すると、あおいは続けた。
「そういえばね。あの日のゴスロリっぽい服。おにいちゃんのアドバイスなんだよ。ナギさんに会ったって話をしたの。助けられたって。そうしたら、おにいちゃんすごく嬉しそうな顔をした。あんな顔を見たのは久しぶりだった。そして、デートなら、あの服を着ていけって」
その話を聞いていて、俺はまた泣いてしまった。そうか。先輩は喜んでくれたのか。
……よかった。
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