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第51話 やってみなきゃ分からない。
しおりを挟む「わたしから伝えられることは以上です」
どうなってしまうとしても、知らないままというのは良くない、と思ったとのことだった。
話がひと段落すると、ほのかは立ち上がった。
そして、去り際にこちらを振り向き、ためらうように言った。
「これは……、ナギさんに伝えるつもりはなかったことです。今でも言うべきか分からない。……ナギさんと別れてしまった日、相手の子のメッセージの『処女』という言葉をみて、自分にはないものだから、その子が、羨ましくて妬ましくて悲しくて、感情的になってしまった、と」
ほのかは一瞬、視線をそらす。
そして、俺の目をじっと見つめた。
「あの子。お母さんと2人じゃないですか。だから、きっと……。小さな頃から、お母さんに心配かけないように『元気じゃないといけない』、『誰かに嫌われてはいけない』と思って子供時代を過ごしたんじゃないかなって。そんなのなんだか切なくって。幸せになって欲しいって。これは、わたしの本音です」
そういうと、ほのかは去って行った。
話を聞いていて思った。
俺は、自分だけが裏切られて辛い思いをしたのだと思っていた。
俺は、そもそも学校から逃げ出して登校しなかった。だから、1人ぼっちでも、孤独に直面する必要はなく、自分の部屋に逃げ込んでいればよかった。
だけれど、学校で友達も作らず、ほとんど誰とも話さずに3年間を過ごしたまひるは違う。あの性格なら、なおさら辛かっただろう。
まひるの高校生活の方が、俺なんかより、よっぽど酷かったように思う。
それに、俺が大学に行かなかったのは、まひるのせいではない。俺自身が、大学受験という選択肢から逃げたのだ。
だから、俺は今でも自信がない。
仕事をしていることにも、いまいち誇りが持てない。
それは、まひるに責任転嫁しても、どこかで自分が逃げた事に気づいていたからだと思う。
……こんな卑屈な男。
まひるはとは関わらない方がいいのではないか。
まひるは、可愛く、賢く、きっとその将来は明るいのだ。
そう思っていると、クズ先輩からメッセージが入った。
「なぁ、どうせ暇してるんだろ? これから飲むぞ」
俺が返答するまでもなく、決定事項のようだ。
俺との話が終わったことを、ほのかから聞いたのだろう。
2人して優しいな。お似合いの2人だ。
さっき、ほのかに劣情を抱いてしまったことが恥ずかしい。
いつもの居酒屋で先輩と待ち合わせをした。
店に着くと、先輩は先にテーブルにいて、既にビールを飲んでいた。
「先輩、ひどいじゃないですか。1人で始めちゃうなんて」
「いやぁ、わりぃ。少し前まで、ほのかもいてな。バイトで帰るっていうから、暇つぶしにナギを呼んだんだ」
それからは、いつものように、勘違い社長の悪口、ハゲ部長・課長の陰口、その他、色々と愚痴って大いに騒いだ。
そろそろお開きかな、という頃、先輩が言った。
「お前、海外赴任の話、聞いてる?」
そんなことは初耳だ。
「え、なんすかそれ」
「そうか。うちの会社、無謀にもアメリカに進出しただろ? 賢くて語学堪能な俺が後任のプロジェクトリーダーになりそうだから、お前のことも、ついでに推薦しといたんだ。もうお前、四年目だろ? ちょうどいい頃合いかなって思ってな」
「それって、強制なんですか?」
先輩は首を横にふる。
「もちろん、断ることもできるぞ。行くとなると、それなりの期間になるからな」
そうか。まひるとダメなら、いっそ、海外に行ってしまうのも良いのかも知れない。
最後のビールを飲み干すと、先輩はジョッキをドンッとテーブルに置いて言った。
「なぁ、なぎ。お前のことだから、まひるちゃんのこと。ダメかも知れないとか、身を引こうとか思ってるんだろ?」
先輩は「チッ、チッ」と首を横に振る。
「話はもっと単純なんだよ。お前、まだまひるちゃんのこと好きか?」
俺は頷く。
それを見て、先輩は続けた。
「こういう時にな。アメリカでは『Nothing comes of nothing.』っていうんだ。何もしなけりゃ何も変わらない。ダメならアメリカ行っちゃえばいいんだよ。全力で当たって砕けてこい!!」
そうだな。
尊敬する先輩も応援してくれている。
「……って、先輩、砕ける前提で考えるのやめてください(笑)」
先輩は笑っている。
俺は思った。
『そうだよな。やるしかないよな!!』
俺のその様子を見た先輩はニヤリとして、俺の肩を叩いた。
「そういえば……、高咲くん。ほのかのことをイヤらしい目で舐め回すように見たそうじゃないか……。ほのか言ってたぞ? 怖くてメガネ外したって。アメリカに行ったら、俺が上長だ。どんなことになるか分かってるだろうね」
先輩に言われるってことは、ほのかからの情報か。
まぁ、いやらしい目で見たのは事実だが。
次にほのかに会う時、どんな顔したら良いんだ……。考えただけで頭が痛い。
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