聖霊の祝福をあなたに

itoma

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第3章:教会の陰謀

第12話:司祭イライアスとの遭遇

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 テスト期間が終わると、アカデミーは約1ヶ月の長期休暇に入る。12月の最後の週ともなれば、寮に残っている生徒はほとんどいなくなっていた。
 そんな閑散としたアカデミー構内から、鞄一つを手にしたフィオナが出てきた。彼女は今日から2週間、リサの家で過ごす予定だ。
 西門から出てまっすぐ進んで10分程の場所にリサの家はある。以前行ったことがあるため、フィオナは迷いなく歩いていった。
 ちなみに女好きの霊はついて来たそうなそぶりを見せたが、リサには近づかないという約束があるためアカデミーに残っている。

「こんなに肩が軽くなったのは初めてだ……!」
「おおお!!」

 人々の歓声が聞こえ、フィオナは足を止めた。目を向けると、広場に人だかりができているのが見えた。

「ありがとうございます司祭様……!!」
「神からの祝福がありますように」

 群衆の中心にいるのは教会の司祭だった。何度も頭を下げる男性に対して、司祭はにっこりと物腰柔らかな笑みを浮かべていた。
 司祭にしては若く、20代前半に見える。顎のラインまで伸びた紺色の髪は白い服によく映えており、彼の中性的な顔立ちを際立たせていた。

「……ッ!」

 フィオナがその脇を通り抜けようとした時、急に寒気に襲われた。続いて視界がくらくらと歪み、彼女は街灯に手をついた。

『助けて……』

 フィオナの耳に悲痛な声が届く。しかし近くに苦しそうな人は見当たらない。
 声の主を探しながら視線を動かしていると、人だかりの中心にいる司祭と目が合った。彼はフィオナの様子を見て心配そうに駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか?」
『嫌だ……出して……!』
「だ、大丈夫です」

 司祭が近づくと、助けを求める声が一層大きくなり、フィオナの頭がズキズキと痛み始めた。強い力を持った霊の気配を感じるが、やはりそれらしき姿は視えなかった。

「もしよろしければこちらをどうぞ。神のご加護が込められたブレスレットです」
「……!」

 司祭が懐からブレスレットを出した瞬間、フィオナは強烈な霊気を感じた。

『出せ……出せよ!!』

 不思議なことに、声はブレスレットから聞こえてくる。その悲痛な声はどんどん大きくなり、やがて憎悪を感じさせる強い語気へと変わっていくのがわかった。

(あの中にいるの……?)
 
 一見何の変哲もないシンプルなブレスレットだが、フィオナはその中に霊がいることを直感した。

「大丈夫です。急いでいるので失礼します」

 フィオナはブレスレットを受け取るべきではないと判断し、ふらつく足を奮い立たせてこの場を後にした。

「……」

 そんなフィオナの後ろ姿を見つめる司祭の瞳は、好奇心に満ちて怪しく光っていた。


***


 その後、フィオナは5分くらいでリサの家に到着した。悪霊と離れたことで、悪寒や頭痛はすっかり回復したようだ。
 
コンコン

「……?」

 玄関のドアをノックするがしばらく経っても返答がない。フィオナは壁に耳を寄せ、中から話し声が聞こえるのを確認してからそっとドアを開けた。

「お邪魔しま……」
「そうですか、なら支援だけしてください。結婚する必要はないです」
「そ、そんなぁ……」

 中に入ってまず目に入ったのはカリンとボルジャー教授の姿だった。
 ボルジャー教授がカリンに猛アプローチをしていることは既にリサから聞いていたため、フィオナはそこまで驚かなかった。

「『私には3000万リルの貯金があります』って通帳を持って来たのよ」
「そうなんだ……」
「伝え方が大事なのに……ほんと男ってバカよね」

 2階からリサが降りてきて、ぽかんとするフィオナに説明した。
 どうやら期末試験でリサが書いたレポートの内容を実践しに来たようだ。しかしただ彼の貯金額を聞いたところで、カリンが「結婚しましょう」となるわけがなかった。

「いらっしゃいフィオナ。気づくのが遅れてごめんなさいね」
「いえ……」
「教授はいい加減帰ってください」
「えええ~……食事だけでも……」

バン!

「酒! この店で一番度数が高いやつをくれ!」

 ボルジャー教授が追い出されそうになったその時、ドアが荒々しく開き、大柄な男が入ってきた。男の顔は赤く染まっていて、瞼は半分下がり、虚げな目をしている。酒を求めているが、既に酔っ払った状態であることは一目瞭然だった。

「うちは宿泊のお客さんにしかお酒は提供してないよ」
「そこにあるじゃねーか!!」
「フィオナ、部屋に案内するよ」
「う、うん……」

 高圧的な男に対してカリンは怯まずに言い返した。
 リサの方も落ち着いていて、カリンの目配せを読み取り、冷静にフィオナを2階へと誘導した。

「狭くて悪いけど掃除はちゃんとしてあるから!」
「ありがとう」

 建物自体がそこまで大きくないため客室は3部屋のみで、フィオナは一番奥の部屋に案内された。
 リサは狭いと謙遜したが寮よりは少し広く、家具も必要最低限揃っていた。しかしフィオナはカリン達が気がかりで、とてもくつろぐ気にはなれなかった。

「カリンさん、大丈夫かな……」
「大丈夫よ。ママは強いし、ああいうのたまに来るの」

ガシャーン!

「「!?」」

 突然1階から大きな物音がして、リサとフィオナは急いで下に駆けつけた。
 階段を半分ほど降りたところから、カリンを庇うように立つボルジャー教授と、肩で息をする男が対峙している様子が見えた。両者の間に割れた花瓶が飛散しているが、カリン達に怪我はないようだ。

「クソッ……何で誰も酒をくれないんだ!?」

 男はダンダンとテーブルを叩きつけた。赤く腫れる拳なんてまるで気にしていない。酒に酔っているとはいえ、あまりにも様子がおかしかった。

「!」

 張り詰めた緊張感の中、男の拳から黒いモヤのようなものが出てくるのがフィオナの目に映った。よく見てみると、男が腕に着けているブレスレットの宝石部分に亀裂が入っており、そこから出てきているようだった。

(あれは……!)

 小さな宝石のついたシンプルなブレスレットは、先程フィオナが遭遇した司祭が勧めてきたものと全く一緒だった。

『壊せ……ぶち壊してしまえ……!!』
「ウウウ……」

 黒いモヤはやがて憎悪に顔を歪めた人の形となり、男の耳元で囁いた。すると男は獣のような低い唸り声をあげ始め、額に青い血管の筋が浮かび上がった。
 
「私、治安隊を呼んでくる……!」

 いつもの"めんどくさい客"レベルではないことを察したリサが、深刻な表情で玄関へと走った。

「余計なことすんじゃねえ!!」
「「リサ!」」
 
 男の血走った目がリサに向けられ、フィオナとカリンの緊迫した声が重なる。

「ガハッ!!」

 ズンズンとリサに迫ってきた男が、吹っ飛び、仰向けに倒れ込んだ。リサは何もしていない。男を突き飛ばしたのは、玄関から入ってきた人物だった。
 リサの前に一人と、ドアの手前に一人。二人ともローブに付いているフードを目深に被っていて顔はよく見えない。

「リサ、大丈夫?」
「うん」

 フィオナは呆然とするリサに駆け寄った。
 男は喉元に剣を突きつけられ、起き上がれないようだ。

『な、何だコイツ……!? 嫌な感じがする……!』

 男に憑いていた悪霊は、目の前の人物に怯えていた。その恐怖の対象は剣ではない何かのようだ。悪霊はそれに耐えられない様子で、壁をすり抜けて外へと逃げていった。
 
「ひっ……ひいぃ、許してくれぇ!」
「!」

 悪霊の影響が消え、少し正気を取り戻した男は慌てふためき、千鳥足であちこちにぶつかりながら逃げていった。
 ローブを着た二人はアイコンタクトを交わし、玄関前にいた一人が男の後を追いかける。あの様子ならすぐに捕まえられるだろう。

「……修理代は後日送ります」
「は、はい」

 残ったもう一人も剣を納めるとすぐにこの場から去っていった。

(ネイト……?)

 去り際に、フードの隙間から明るい金髪がサラリと流れた。それを目にしたフィオナは、フードの人物がネイトなのではないかと推測した。
 いつもは整髪料で髪を逆立てている彼だが、下ろしたらあのくらいの長さになるだろう。そして何より、彼と対峙した悪霊が「嫌な感じがする」と言って逃げていったのが気になっていた。
 霊を寄せ付けないという体質を持つ人間が多くいるとは考えにくい。一言発した声質も、ネイトと似ているように聞こえた。

「あの人……」
「!」

 彼が出ていった後も扉をぼうっと見つめるリサ。彼女も、突如現れ場を収めてくれた彼に何か思うところがあるらしい。
 
「かっこいい……」
「え……?」


***


「クソッ……!!」
「大人しくしろ!」

 その頃、宿から300メートル程離れた路地裏で、男は騎士に取り押さえられていた。

「……」
「何なんだよテメーら……!」

 ローブを着た人物はフードを外し、その青い瞳で冷静に男を見下ろした。黒い髪が風に靡く。
 フィオナ達を助けたのはルイスだった。彼はしゃがんで、男の右腕からブレスレットを取り外した。

「……それですか?」
「ああ」
「特に何か仕掛けてあるようには見えませんね」

 そこに遅れて来たもう一人が合流した。
 一緒にブレスレットを観察するが、特別な装飾や仕掛けが施されているようには見えなかった。

「製造元を調べてくれ」
「はい」

 ルイスはブレスレットを隣にいた騎士に預けた。騎士の胸元にはバラをモチーフにしたバッジが付けられていた。これは彼が王室騎士団に所属しているという証である。

「……バレてないよな?」
「大丈夫です」

 ローブを着たもう一人の正体は、フィオナの予想通りネイトだった。フードを取ると金髪がサラサラと流れた。髪を下ろしているネイトは一見爽やかな好青年で、アカデミーで不良と恐れられている姿とはかけ離れていた。

「……念のため長期休暇中はリサの家に護衛をつけてくれ」
「わかりました」

 ルイスはネイトにそう伝えると、もう一度フードを目深に被り直して息を潜めた。その青い瞳は大通りを歩く男を追っていた。

「イライアス・フィーラン……1週間ほど前からこの辺りで布教活動をしているようです」

 ネイトも同様にフードを被り直し、小声で話す。

「男が着けていたブレスレットはヤツが配布したものです」
「他に被害は?」
「今日だけで強盗が1件、喧嘩が2件です。他の加害者も同じブレスレットを着けていたようです」

 ルイスとネイトは、最近この辺りで暴力事件が頻発していると聞き、騎士団を率いて調査をしていたようだ。

「捕らえますか?」
「いや……証拠がないし、教会と表立って対立するのは避けたい」
「では引き続き監視します」

 霊を視ることができなければ、司祭が配布しているのはただのブレスレット。街で起きている暴力事件の黒幕が司祭だという主張は通らないだろう。

(絶対護る……)

 ルイスは奥歯に力を入れ、にこやかな笑みを浮かべる司祭を見据えた。


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