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第2章:学友
第10話:ネイト・カークマン
しおりを挟む「フィオナさん……」
放課後の空き教室に男女の生徒が二人きり。男子生徒は顔を赤くし、心臓が高鳴るのを感じながら、フィオナの前に立っていた。彼の汗ばんだ掌は緊張でぎゅっと握りしめられ、何度も練習した言葉が口の中で渦巻いている。
「初めて会った時から君の宝石のような瞳に心を奪われました。僕と結婚を前提に交際してください!」
「ごめんなさい」
「えっ」
ロマンチックに飾られた告白の台詞に対して、フィオナの返事は簡潔だった。たとえどんな情熱的な言葉を囁かれようと、フィオナの答えはこの一言一択だったのだ。
ショックのあまり硬直する男子生徒に軽くお辞儀をして、フィオナは教室をあとにした。
『これで3人目か。モテモテだねぇ』
廊下を歩くフィオナにぴったりくっついて声をかける青年がいる。茶色の前髪はセンター分けに整えられている一方で、後ろ髪は少しハネていて、彼が動く度にピョンピョンと揺れた。挑発的なつり目ではあるが、その上にある緩やかな弧を描く眉がその印象を和らげていた。
『とりあえず付き合ってみればいいのに。恋はいいぞ~』
「……」
『恋をすると女の子は綺麗になるんだ。まあきみは元々可愛いけど』
フィオナは隣でペラペラ喋り続ける彼に対して無視を貫いていた。
何故なら、彼が霊だからである。彼の姿は廊下を行き交う生徒達には見えていないし、声も聞こえていない。
どういうわけか、数日前までリサに付き纏っていた霊が今ではフィオナに付き纏うようになった。煩わしくはあるが、特別害はないからフィオナは無視してやり過ごそうと思っていた。
『きみ、俺のことが視えてるだろ』
フィオナが鞄を取りに誰もいない教室に入ったところで、霊の声が1トーン低くなった。
『……やっぱり赤髪の子のとこに行こうかな~』
「ッ!」
核心をつく問いかけにも反応しなかったフィオナだが、リサを引き合いに出されると表情が強張った。
『ハハ、声まで聞ける人間に会うのは二人目だよ』
「え!?」
ついに、フィオナは霊に視線を向けてしまった。
「しまった」と思った時にはもう遅い。霊はニヤリとしたたかな笑みを浮かべていた。
『やっと俺のこと見てくれたね』
フィオナの視線は、まるで捕えられたかのように彼の琥珀色の瞳から逸らせなくなった。もう言い逃れができないことを察して、フィオナは小さくため息をついた。
「……リサには近づかないで」
『ああ……俺が彼女に近づいたのはきみの能力を確かめるためだよ』
「!」
霊の狙いは最初からフィオナだった。リサに近づくことでフィオナの反応を観察して、フィオナに霊視能力があるという確信を得たのだ。
「……目的は何?」
『2学年の海での課外授業に、俺を連れていってほしい』
「連れていくだけでいいの?」
『場合によってはちょっと手伝ってもらうかも……?』
「……」
霊がフィオナに近づいてくる時には大抵理由がある。それは霊が抱える未練に関わることがほとんどだ。
この霊の頼みは簡単そうに聞こえたが、深入りするのは危険だとフィオナは直感した。
『もちろんタダでとは言わないよ。代わりにきみが知りたい情報をいろいろ教えてあげる』
「海に行きたい理由は?」
『愛した女に会いたいんだ。健気で好感が持てる理由だろう?』
「……」
海に行きたい理由は彼の未練が関係しているのだろうが、「女性に会いたい」という彼の言葉が本心なのかどうかはわからなかった。
「リサに近づかないことと……人に危害を加えないと約束してくれるなら」
『もちろんさ。取引成立だね』
条件を付け加え、フィオナは霊の要求をのむことにした。
「じゃあ早速だけど、あなたは霊の声が聞ける人間に会ったことがあるの?」
『ああ』
情報を教えてくれると言うので、フィオナは早速聞いてみた。先程の霊の『声まで聞ける人間に会うのは二人目だよ』という発言が、ずっと気になっていたのだ。
『でも詳しくは言えない。それに……アイツはもうこの世にいないんだ』
フィオナは自分と同じ能力を持つ人物に興味を抱き、期待を寄せた。しかし、その人物に会うことは叶わないようだ。
『お、口悪男が来たぜ』
(口悪男……?)
「フィオナ」
霊に人の気配を教えてもらい、フィオナは口を噤む。「口悪男」と呼ばれたのはルイスだった。
ルイスはフィオナを捜していたようで、廊下から目が合うとまっすぐ彼女のもとへ向かってきた。その表情は真剣で、どこか切羽詰まっているようにも見える。
「頼みがある」
「……?」
***
「よろしくお願いします」
「えっと……私もそこまで頭が良いわけじゃないんだけど……」
深々と頭を下げる金髪の男子、ネイトとそれに戸惑うフィオナ。
ルイスの頼み事は、「ネイトの課題を手伝ってほしい」というものだった。
「ネイトって留年してたのね」
「ああ」
図書室に向かう途中で会ったリサとレナルドも一緒に来てくれることになり、フィオナたちは図書室の学習スペースを借りて課題に取り組むことにした。
隅にある学習スペースでは多少の私語が許されている。テスト期間中ということで、今日はいつも以上に多くの生徒が集まり、図書室は賑やかな雰囲気に包まれていた。
「今年は絶対に単位を落とせないんだ……!」
「意外と真面目なのね」
ネイトは留年していたが、これはルイスの護衛に専念するために計画されていたことだった。去年はわざと単位を落としたが、今年はそれを避けなければならない。ネイトの橙色の瞳はやる気に満ちていた。
「何を教えてほしいの?」
「民族学だ」
「民族学って……レポートの課題よね」
「確か内容は……」
「"夫と死別したイータ族の女性に求婚したい時、あなたならどうしますか"、だね」
「「「……」」」
民族学ではテストは実施されず、レポートの提出によって単位の可否が判断される。
そして民族学を専攻しているボルジャー教授は、構内でも有名な変わり者だった。ボサボサの髪とくたびれた大きめのシャツで教壇に立つ姿がすぐに思い浮かぶ程、フィオナの記憶にも強く印象づいていた。
「まあ……普通にどうやってプロポーズするかを書けばいいんじゃないかな」
「イータ族の慣わしとか調べた方がいいんじゃないか?」
「いや、ボルジャー教授の課題は毎回こんな感じで、とりあえず書いて提出すれば単位はもらえるらしいよ」
それでも彼の授業が人気なのは、授業中に寝ていても怒られないし、単位を取るのが簡単だからだ。
課題の内容自体はよくわからないが、どんなことを書いても既定の文字数さえクリアしていれば単位を落とすことはないらしい。
「この課題私も進んでないんだよね。だって女性への求婚の仕方とか、女子学生のこと考えてないんだもん。ね、フィオナ」
「うん……私もまだやってない」
とはいえ、この課題にはリサもフィオナも手こずっていた。
「レナルドだったらどうする?」
「え……」
フィオナは男性の意見を参考にしたくて純粋に聞いてみたのだが、レナルドはためらった。どうやら気恥ずかしいようで、ほんのりと頬が赤くなっている。
「夫を亡くしてるわけだから……自分の気持ちを押し付けるよりまずはその悲しみに寄り添いたいかな」
「プロポーズの言葉は?」
「ええ……言わなきゃダメかな?」
「いいじゃない。本当に未亡人に求婚するわけじゃないんだから」
「うーん……」
この展開は面白くなりそうだと、リサも便乗してさらに掘り下げて聞いてみた。
「過去の悲しみを乗り越えるのは簡単なことじゃないけど、あなたの心が少しでも軽くなるように、全力で支えると誓います」
レナルドは顔を赤くしながらも、一生懸命考えたセリフを口にした。フィオナを見ながら言ったせいか、言い終えてからレナルドの顔はさらに赤くなった。
「ど、どうかな?」
「優しくて素敵だと思う」
「ありがとう」
「次、ルイス」
「は!?」
「フィオナも聞きたいでしょ?」
「うん」
同じ質問がルイスにも飛び火した。ルイスは嫌そうな反応をしたが、フィオナに振られたら無下に断ることができなかった。もちろんリサは確信犯である。
「俺だったら行動で示す」
「具体的には?」
「……どんなことがあっても護る」
「フィオナどう思う?」
「え? いいと思う」
(フィオナに聞くなよ!)
ルイスはレナルドのように優しい言葉をかけるタイプではない。クサいセリフは避けたものの、結局はなかなか照れくさいことを言ってしまって赤面した。そして、ニヤニヤしながらフィオナの感想を求めたリサを横目でキッと睨んだ。
「ネイトは?」
「俺には一生護ると決めた人がいるから、女を口説く暇なんてない」
「「「……」」」
「……はあ」
ネイトがこの課題に苦戦している理由がわかり、フィオナ達は言葉を失い、ルイスは深いため息をついた。
そう、ネイトは生真面目すぎて応用力というものが全くなかったのだ。いくらボルジャー教授といえども、この解答は許さないだろう。
「えっと……フィオナはどういうプロポーズされたいとか、ある?」
「え……」
レナルドは女性側の意見を参考にできないかと思い、フィオナに尋ねた。
その瞬間、図書室の空気がピンと張り詰めたように静まり返る。隣のテーブルで勉強していた男子や、近くの本棚で本を探していた男子達が、フィオナの返事に耳を澄ませていた。
「結婚するつもりがないから想像できない……」
しかしフィオナは、当たり前のように自分が結婚することはないだろうと思っていた。想像すらしたことがなかったのだ。
「えっと……イータ族は、告白する時に相手の瞳と同じ色の花をプレゼントするらしいよ」
自分も何か参考になる情報を出さなければと思ったのか、フィオナは苦し紛れに本で読んだイータ族の慣わしを説明した。
「フィオナは花を貰ったら嬉しい?」
「……うん」
レナルドに聞かれて、フィオナははにかんで頷いた。
(花屋から紫色の花がなくなりそうね……)
リサは聞き耳をたてていた男子たちの反応を見ながら思った。
明日以降、男子達がこぞって12月に咲く紫色の花を探し回ることだろう。
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