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第2章:学友
第8話:リサ・パジェット
しおりを挟む「リサ久しぶり。もう大丈夫なの?」
「うん、ありがと。ねえ、あの人達誰?」
赤髪の女子生徒、リサは教室にいる見慣れない人物たちを指差して友人に尋ねた。
彼女は体調不良で2週間ほど休んでいたため、留学生が来たことを知らなかったのだ。
「ルゼオン帝国からの留学生よ。あまり関わらない方がいいと思う」
「何で?」
「女子の方はクレアに目をつけられてるの」
「ああ……クレアより美人だもんね」
「ちょっと、聞こえないように気を付けてよ」
友人は状況を知らないリサのために簡潔に教えてやった。
クレアの目立ちたがり屋で高飛車な性格から考えて、何故目をつけられたのかは聞かなくてもわかった。フィオナの容姿がずば抜けて整っていたからだ。
「でも病弱なフリをして男子に媚びてるって話よ。あのルイスにまで色目使ってるんだって」
「ルイスって……あんな感じだっけ?」
「まあ、正直ちょっとイイわよね……」
リサの視界に見慣れない姿がもう一人。ルイスといえば、没落貴族の養子でモサモサしたいじめられっ子……それがリサの持っていたイメージだった。
しかしフィオナの隣に座るルイスの髪はさっぱり短くなっていて、その目鼻立ちは凛々しく、整っている。
「だからって近づきたいとは思わないわ。見た目はマシになっても家柄はどうしようもないもの」
「ふーん……」
それでもルイスに対する周囲の評価はあまり変わらなかった。もちろんルイスはそんなこと気にも留めていないのだが。
リサも家柄は気にしない性分だ。友人の言葉に空返事をしつつ、フィオナとルイスが並んで談笑する様子を、ぱっちりとした瞳でじっと見つめた。
***
「ねえ!」
「!」
昼休み、リサは小屋に向かうフィオナを呼び止めた。
午前中観察した限りでは、フィオナが男子に対して色目を使ってるようには見えなかった。果たしてフィオナは噂のような人物なのか……リサは自分の目で確かめないと気が済まなかったのだ。
「私はリサ・パジェット。同じ1学年よ。よろしく」
「フィオナ・ロートレックです。よろしく」
「食堂で食べないの?」
「食堂は……人が多くて酔っちゃうの」
「わかる! 私もあそこは苦手」
急に話しかけられてフィオナは戸惑いながらもきちんと受け答えた。
人とのコミュニケーションに慣れていない様子を見て、リサは噂の情報を切り捨てた。男を誑かす計算高い女だとは思えなかったのだ。
「ねえ、私も一緒にご飯食べていい?」
「うん。ルイスもいるけどいい?」
「それは……逆に私がお邪魔しちゃっても大丈夫?」
「? うん」
入学してから1ヶ月間、ルイスに友達と呼べる存在はいなかった。周囲が蔑んでいたのはもちろん、彼自身が人と関わりを持たないようにしているんだとリサは感じ取っていた。
そんなルイスが気を許したのだから多少は色恋沙汰が絡んでいるんだと思ったが、少なくともフィオナの方はそういうわけではなさそうだ。
「あれは……」
二人が小屋に近付いていくと、そこにはルイスともう一人別の人影が見えた。
「アレ大丈夫かな……」
「え?」
「ルイスと一緒にいる金髪の男子……ネイトっていうんだけど、有名な不良で新学期早々暴力沙汰を起こして停学してたのよ」
「そ、そうなんだ……」
ルイスの前に立っているのはネイトである。彼はアカデミーでは不良として認識されていた。
確かに、整髪料で逆立てた髪、つり眉つり目のネイトの風貌は威圧感があった。リサは心配そうな視線を送るが、フィオナはそこまで心配しなかった。ルイスが、成人した男3人を簡単に倒せる程の実力者であることを知っているからだ。
「あ……」
ルイスとフィオナの目が合うと、ネイトは軽くお辞儀をして速やかに去っていった。
「あんたネイトと友達なの?」
「……家同士の繋がりがあるだけだ」
「ふーん……」
「……あんたは?」
「私はリサ・パジェット。1ヶ月以上経つんだから同級生の名前くらい覚えなさいよ」
「興味ないことは覚えない」
「あんたって結構ふてぶてしいのね」
フィオナはハラハラしながら二人の会話を見守った。険悪な雰囲気を感じたようだが、実際にはルイスもリサも率直な性格なだけで、お互いに敵意はまったくなかった。
「で、二人は付き合ってるの?」
「なっ……」
「ううん、友達よ」
「ふーん?」
リサの唐突な質問に焦るルイスと平然と答えるフィオナ。それぞれの反応を見て、ルイスとフィオナの関係性をリサは瞬時に理解した。人間観察は彼女の得意とするところだ。
「ってことは私とも友達よね、フィオナ」
「!」
「こんなにたくさんお喋りしたんだもの。ね?」
「……うん」
リサがフィオナの腕をぐいっと引っ張って体をくっつける。
最初から偏見なくフィオナに声をかけてくれた女子はリサが初めてだった。そんなリサに友達と言ってもらえて、フィオナは控えめにはにかんだ。
『お、カワイイ子はっけーん!』
「!」
突然、見知らぬ男が間に入ってきた。
フィオナは反応しそうになるのをグッと堪える。ルイスが無反応ということは、霊である可能性が高いからだ。
「ふあ……っくしゅん!」
「大丈夫?」
「な、なんか寒くなってきちゃった! 私戻るねっ」
「あ……うん」
リサの反応はどうだろうかとフィオナが横目で確認してみると、彼女は豪快に大きなくしゃみを一つした。霊に視線を向けてはいないが、どこか様子がおかしい。
慌てて行ってしまったリサの背中を見送りながらフィオナは一つの疑念を抱いた。
(もしかして……リサにも視えるのかな……?)
***
「くしゅん!」
「まだ体調悪いんじゃないの?」
「うーんそうかも。私次の授業やめとこうかな」
友人と話しながら歩くリサを遠目に見るフィオナ。
昼休み以降リサの様子を窺ったところ、霊が近くにいるところではよくくゃみをしていた。
フィオナやレナルドのように霊の姿が視える人は稀だが、その気配を感じ取れる人はたまにいる。リサはそういう体質なのかもしれない。
『あ、お昼のカワイイ子!』
「くしゅん!」
先程の霊がリサに再び近寄っていくのがフィオナの視界に映った。悪意はなくただリサのことが気に入っているだけのようだが、リサにとってはたまったものじゃないだろう。
「リサ、こっち!」
「フィオナ!?」
フィオナはリサの手を引き、霊から逃げるように走った。
廊下を歩く生徒たちの間をすり抜けながら、二人は必死に駆け抜ける。何事かと多くの視線が向けられたが、フィオナにその視線を気にする余裕はなかった。
「ど、どうしたの……?」
「あ……ごめん」
裏庭までたどり着き、霊が追ってきていないことを確認してようやく止まると、戸惑った様子のリサと目が合った。
(せっかく友達になってくれたのに……)
いきなり引っ張って走り出すなんて、変に思われたに違いない。とはいえ、「霊がいたから」と説明するわけにもいかず、フィオナは気まずさに目を逸らした。
「もしかして……フィオナは視える人?」
「!」
しかし、リサの反応は軽蔑ではなかった。ストレートに聞かれて、フィオナの心臓はドクドクと警鐘を鳴らす。何と答えればいいのかわからず、フィオナは一歩後ずさった。
「待って! 私、視えはしないんだけど、感じとれる体質なの」
「!」
「霊が近くにいるとくしゃみとか蕁麻疹が出ちゃうんだよね。食堂が苦手なのもそのせい。あそこは特に霊が多いでしょ?」
「……」
リサは自分の不調の原因が霊であることを理解していた。そしてフィオナが視える人間であっても偏見は持っていないようだ。
リサのいつもと変わらない様子に少し安心したのか、フィオナは小さく頷いた。
「急に引っ張ってごめんね」
「ううん。霊から遠ざけてくれたんでしょ? ありがと!」
リサの屈託のない笑顔を見て、フィオナは鼻の奥がツンとするのを感じた。泣きそうになるのを、キュッと口を結んで堪える。
今まで散々「気味が悪い」と言われてきた自分の言動を、理解してもらえたことが嬉しかったのだ。
「……イータ族を調べてるのは霊について知りたいから?」
「!」
「本持ってるのが見えたの」
「……うん」
フィオナがイータ族についての本を抱えてるのを見た時から、実はリサは見当をつけていた。イータ族が霊と深い関わりを持つ民族であることを、リサはよく知っていたからだ。
「私のママ、イータ族なんだけど……」
「え!?」
「会ってみる?」
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