7 / 13
第1章:池の霊コーディ
第6話:コーディの仇
しおりを挟む「待たせてごめん」
「ううん、時間通りだよ」
土曜日の朝。待ち合わせ場所はアカデミーの東門。デートに身構えていると思われたくなくて約束の時間5分前に寮を出たルイスだったが、結局はフィオナを待たせてしまって後悔することになった。
(次は絶対早めに来よう)
(ついてきてくれた……)
人知れずルイスが決意する一方で、フィオナは彼の背後にちゃんとコーディがついてきていることを確認して安堵していた。
「行きたいとこってどこ?」
「王立図書館」
「……」
行き先は若い男女がデートをするような場所ではなかった。買い物だとか美術館だとかを予想していたルイスは、目的地を聞いて正直テンションが下がった。
(何か企んでんのか……?)
そして何故図書館に行くのにわざわざ自分を誘ったのか、その理由が気になった。
ルイスの立場上、命を狙われる可能性は常に念頭に置いている。ただ、フィオナが敵であるとはどうしても思えなかった。胸元の赤いオーラが、はっきりとルイスに対する好意を示しているからだ。
「……あ!」
微妙な距離感で歩いていると、前方を横切る男性にフィオナが駆け寄った。
「エイマーズ卿、こんにちは」
「きみはこの前の……」
(コイツと俺を会わせたかったのか……?)
社交的なイメージのないフィオナがこの状況でわざわざ彼に近づいたのには理由があるはずだとルイスは考えた。エイマーズ卿と呼ばれた男性をじっくり観察したが、もちろん見覚えはなかった。
「彼は友達のルイスです」
「ルイス・ブローンです」
「こんにちは。クリス・エイマーズです。王立図書館の司書をやってます」
『……』
フィオナはルイスを紹介しながらチラチラとコーディの表情を窺うが、なかなか感情を読み取れない。少なくとも喜んでいるようには見えなかった。
「今日はお休みですか?」
「ああ。毎年コーディの誕生日と命日にはお墓に花を供えに行くんだ」
「そうなんですね……」
私服で花束を手に持つクリスが向かう先はコーディのお墓。偶然にも今日はコーディの誕生日だった。生きていたら22歳になるが、霊は歳をとらない。コーディの見た目は学生の時のまま変わっていなかった。
「あの……私達も一緒に行っていいですか?」
「え……でも、どこか行くところがあったんじゃないのかい?」
「大丈夫です。ね、ルイス」
「俺は別にどこでもいいよ」
「ほ、本当に??」
友達だと紹介されたものの、この年頃の男女が二人で出掛けるなんてそうあることではない。二人の関係を"いい感じ"だと思い込んでいたクリスは、デートの行き先がお墓で本当にいいのかと気が引けて何度も聞き返した。
『何か企んでるとは思ってたけど……余計なことをしてくれたな』
「このにおい……レモングラスですか?」
自分とクリスを引き合わせるためにルイスを連れ出したのだと知ったコーディは文句を口にした。予想外の反応に内心戸惑いながらも、反応するわけにもいかずフィオナは会話を続ける。
「ああ。これを嗅ぐと集中力が増すって言って、試験前によく置いていたよ」
「リラックス効果もありますね」
「よく知ってるね。僕も最近紅茶で飲んでるんだけど、寝つきがよくなったんだ」
『……紅茶飲めなかったくせに』
コーディの眉間に深く刻まれていたシワが少し和らいだ。
余計なことだと小言を言ったものの、コーディはクリスに対して憎しみを抱いているわけではない。
4年が経った今でもコーディに関する思い出話をしてお墓に足を運んでくれる友人はクリスだけだろう。嬉しくないわけがなかった。
「クリス……? クリスじゃないか!」
「……!」
『!!』
大通りから小道に入ったところで見知らぬ男が寄ってきた。金髪のオールバックに無精髭。そして手や首にジャラジャラと重ねられたアクセサリー……正直、クリスと仲が良いタイプの人間には見えなかった。
男はクリスの名前を親しげに呼んだが、クリスは眉間に皺を寄せて険しい表情を見せた。
「俺だよデリックだよ!」
「ああ……久しぶり」
男の名前はデリック・カルヴァート。4年前、クリスを脅してコーディを池に突き落とした張本人である。
「お前今何してるんだ? 教師か?」
「いや、司書だよ」
「へーえ……」
デリックはクリスの背後にいるフィオナとルイスに視線を向けたが、クリスはそれを遮るように前に出た。
「なあ、稼いでるなら10万リルくらい貸してくれないか?」
「……」
「すぐ返すさ! 10倍にして返してやる!」
クリスがデリックと顔を会わせたのは卒業以来だったが、彼が今日までどんな人生を歩んできたかは大まかに知っていた。
卒業してすぐ、デリックは病に臥せた父の代わりに侯爵家の当主代理を務めることになった。最初こそ大胆な経営戦略を称賛されていたものの、1年も経たずに投資に失敗。赤字が続きついには領地を手放すまでに至ったと新聞に載っていた。
アクセサリーで着飾ってはいるが、見る人が見れば高価な物じゃないとすぐわかるだろう。今や高位貴族の面影はなく、お金に困っていることは容易に想像できた。
『クズが……!!』
「絶対に嫌だ」
不躾なデリックの態度に、コーディは怒りが爆発する寸前だった。
今にも力を使いそうなコーディにフィオナがハラハラしていると、クリスがキッパリと断った。その語気は強く、明確に拒絶を示していた。
「君に貸す金は1リルたりともない」
「何だと……!」
「暴力で解決するのかい? あの時みたいに」
「ッ!」
「その結果が今の君の姿だろう」
怒りを露わに詰め寄ってきたデリックに対してクリスは一歩も引かなかった。
気弱で自分の言いなりになっていたクリスが真っ向から反抗してくるとは思わなかったんだろう。デリックは思わず怯んだ。
「ここで騒ぎを起こしたとして、浮浪者の君と司書の僕……治安隊はどちらの言葉を信じるかな」
「クソッ」
今となっては社会的な地位はクリスの方が上だと言える。治安隊を呼ばれたら分が悪いのは間違いなくデリックの方だった。勝ち目がないと判断したデリックは逃げるように去っていった。
「……あんな大人になっちゃダメだよ」
「はい」
振り返ったクリスは苦笑して言った。
「彼は侯爵家の長男だったんだけど、今じゃあの有様だ」
侯爵家の長男と聞いて、先程の男がコーディを池に突き落とした張本人だったんだとフィオナは察した。
「報復しようとは思わなかったんですか?」
「……過らなかったわけじゃないけど……あんな奴のことを考えるより、コーディと自分のために勉強していた方が有意義だろう?」
「……そうですね」
『……』
コーディの意志を継いで司書になり、デリックを前に気丈に振る舞った友の姿が、コーディにはどう映っただろうか。フィオナは背後にいるコーディの表情が穏やかであることを祈った。
***
「今日はありがとう。気を付けて帰るんだよ」
「はい」
その後、フィオナとルイスはコーディのお墓の掃除を手伝って祈りを捧げた。コーディはその間もブツブツと文句を言っていたが満更でもない様子だった。
「図書館は行かなくていいの?」
「あ……うん。連れ回してごめんね」
「別にいいよ」
『まったくだ! 彼からしてみたら知らない人の墓参りとか意味わかんないだろ』
フィオナはコーディの言う通りだと思った。図書館に行きたいと連れ出したくせに、結局訪れたのは他人の墓地。
元はと言えばルイスのよからぬ噂を払拭するためだったが、ファーノン教授やクリスの話を聞くうちに、コーディが抱く憎しみや憤りを少しでも軽くしてあげたいと考えるようになったのだ。
(変に思われたよね……)
こういう行動が人から気味悪がられるということはよくわかっていた。フィオナはルイスの顔色を窺う。普段と変わらない態度のように見えたが、その心中はわからない。
「えっと……ルイスはどこか行きたいところある?」
「……」
「ルイス?」
時刻はお昼前。どうせならお昼ご飯を一緒に食べるくらいはしたいとフィオナは考えて、ルイスに声をかけるも返事はない。無視してるわけではなく、前方を注視しているからだった。
「おー、マジで超可愛いじゃん」
「へへへ、でしょう? 紹介料を……」
「ほらよ」
「ありがとうございます!」
ルイスの鋭い視線の先には4人の男がいて、そのうちの1人はデリックだった。
どうやら午前中に会った時、容姿の整ったフィオナに目を付けたらしい。デリックが連れてきた男達は裏社会で人身売買を生業としている犯罪者達だ。
「ルイス、逃げて……!」
「友達を見捨てるわけねーだろ」
「!」
フィオナはルイスに逃げるように促したが、彼はフィオナを庇うように前に出た。
ルイスの口から当たり前のように出てきた「友達」という単語に、フィオナの胸がドクンと高鳴る。意味不明な行動で振り回した直後に、こうもはっきり「友達」と言ってもらえたことが予想外で、嬉しかったようだ。
「ダサい男は需要ねーんだよ」
「さっさと消えグハッ!!」
「なッ……!?」
ルイスに詰め寄った男が吹っ飛んだ。一瞬の出来事に、この場にいた全員が唖然とする。
「この……ッ!」
「うぐッ!!」
続いて同時に襲いかかってきた残りの二人も、ルイスはいとも簡単に返り討ちにしてみせた。
振りかざされた拳を最小限の動きで避け、一人は脇腹に、もう一人には鳩尾に一発ずつ蹴りを入れた。学校で「ダサい」と言われているルイスからは想像できない身のこなしだった。
男達は全員地面にひれ伏し、ピクリとも動かない。気を失っているようだ。
「ひいい……」
『救いようのないクズだな……』
「うわああ!?」
予想外の展開に狼狽え、金を持ってこっそり逃げようとしたデリックだったが、コーディがそれを許さなかった。
路地裏でゴミを漁っていたカラスにデリックを襲わせる。彼がジャラジャラと付けているアクセサリーはカラス達のお気に召したようで、コーディが能力を使わずとも次々とカラスが集まってきた。
呪いでもかけられたかのような状況に恐怖心を煽られ、デリックは気絶した。
「あ……ありがとう。強いんだね……」
「……護身術だよ。俺はコイツら縛っとくから、治安隊呼んできてくれる?」
「わかった」
護身術にしてはすごすぎる気がしたが、フィオナは突っ込んだ質問はやめておいた。
「……コーディさんもありがとう」
『俺は長年の鬱憤を晴らしただけだ。あースッキリした』
ルイスと離れて、後ろについてきたコーディに対してもお礼を伝えると彼はニカっと笑った。その表情から彼の晴れやかな気持ちが伝わってくる。
『ここを曲がってすぐ右側にパン屋がある』
「?」
『そこで売ってるたまごサンドがすごく美味しいから食べてみるといい。……クリスとよく、一緒に食べたんだ』
「……!」
その情報は土地勘のないフィオナにとってありがたかった。左手に見える路地に可愛らしい看板を確認して、フィオナは小さく頷いた。
10
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい
春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。
そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか?
婚約者が不貞をしたのは私のせいで、
婚約破棄を命じられたのも私のせいですって?
うふふ。面白いことを仰いますわね。
※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。
※カクヨムにも投稿しています。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?

白い結婚をめぐる二年の攻防
藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」
「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」
「え、いやその」
父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。
だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。
妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。
※ なろうにも投稿しています。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる