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第1章:池の霊コーディ
第4話:友達になりたい
しおりを挟むイメンスアカデミーに通う生徒の過半数は親元を離れ、敷地内の寮で生活している。
校舎を挟んで西側に女子寮、東側に男子寮があり、基本的に2名同室で使うことになっている。しかしフィオナとレナルドは留学生という特別な立場から、それぞれ個室が用意されていた。
「ゴミ捨ては当番制で、今日はフィオナさんの番よ」
「……わかった」
早朝、フィオナの部屋に同級生3人が訪れてゴミ捨て当番のことを教えてくれた。しかしこれが純粋な厚意ではないことは、彼女達の表情を見れば明らかだった。
「ゴミは玄関の前に出してあるから」
「倒れないようにお気をつけて」
「ここには男子は来ないからね~」
3人の女子はクスクスと嘲笑を浮かべていた。フィオナを気遣うような言葉を並べてはいるが、上辺だけのものだ。
昨日フィオナが倒れたのを見て、病弱なフリをして男子からの関心を得ているのだと解釈したらしく、フィオナのことを快く思っていないようだ。
「……教えてくれてありがとう」
フィオナは3人に視線を向けつつ、彼女達の背後で意地悪く笑う女性の霊を視界に捉えた。昨日ジャスパーにぴったりくっついていたあの霊である。
霊は人間に対して物理的に危害を加えるようなことはできない。しかし、人間の持つネガティブな気持ちを助長させたり、病気の症状を悪化させたりすることは可能だ。
「……」
言われた通りに玄関先に行ってみると、ゴミ袋はズタズタに切り裂かれ、中のゴミが散乱していた。
(1限目は間に合わないかな……)
しかしフィオナは平気な顔をしていた。彼女からしたら、霊気を浴びるよりも嫌がらせを受ける方がまだマシだと思えたのかもしれない。
フィオナは制服の袖を捲り、黙々と掃除に取り掛かった。
***
結局1限目には間に合わず、2限目が始まるまでフィオナは敷地内を散歩して時間を潰すことにした。
(こんなとこに池があったんだ)
リラックスした表情で校舎裏を歩いていると、そこにひっそりと佇む池を見つけ、手を浸してみた。秋のひんやりとした水は、散策をして温まってきたフィオナにとってはちょうどいい冷たさだった。
「おい根暗!」
フィオナが水の感触を楽しんでいると、急に背後から穏やかではない声が聞こえてきた。
存在を悟られないように顔だけで振り返る。フィオナの視界に映ったのは校舎の壁際で対峙する男子生徒二人とルイスの姿だった。
「俺に肩がぶつかっといてゴメンで済むとは思ってないよな?」
「お前養子なんだろ? 元は平民か?」
「……」
どうやら男子二人組がルイスにいちゃもんをつけているようだ。
イメンスアカデミーには、試験に合格すれば身分に関係なく誰でも通うことができる。「学問において身分は関係ない」とし、校則で身分差別を禁止してはいるが、徹底できていないのが実情だった。
「申し訳ございません」
「この……ッ」
ルイスが改めて丁寧に謝ったのは決して怯んだからではない。その表情は淡々としていて、「めんどくさいから謝っておこう」という意思が感じられた。
その態度は二人にも伝わったようで、彼らは怒りに震え、顔を赤くした。
「……!」
一触即発の雰囲気に息を呑むフィオナの横を、一人の男子生徒が通り過ぎた。藍色の髪と瞳に、そこまで高くない身長。彼は真っ直ぐルイスの方へ歩いていった。
フィオナは彼がルイスを助けてくれるのかと期待したが、すぐに彼が霊であることを察した。かなり近づいても、誰一人として彼に視線を向けなかったからだ。
「平民が貴族に謝る時は土下座だろう?」
「早くしろよ」
フィオナが霊の動向を注視する中、彼はクイっと指を動かした。その瞬間、木にとまっていたカラス2匹が男子達に向かって飛んでいった。
『カァカァ!』
「うわ、なんだこのカラス!?」
『カァカァ!』
「いてっ!」
カラス達は男子二人の頭を執拗に突いた。いくら振り払ってもカラスは逃げていかない。男子達はだんだんと不気味に思えてきたようだ。
「何しやがった!?」
「俺は何も……」
「なんかヤベーよ、行こうぜ……!」
やがて、カラスに襲われず平然と立っているルイスに対しても恐れを抱き、男子二人は逃げるように走っていった。
ルイス本人も突然のことに唖然としている一方で、藍色の髪の霊は二人の背中に向けて嘲笑を浮かべていた。
(彼を護ってるの……?)
カラスを操ったのはおそらくあの霊だろう。動物に干渉できるとなると、かなり強い力を持っていることになる。
その霊が、確かに今ルイスを護ってくれた。しかし彼は、ルイスに対して特別な感情を抱いているようには見えなかった。
霊がルイスにとって害を及ぼさないかどうか確証を持てなかったフィオナは、しばらくルイスを見守ることにした。
***
「アイツ呪われてるらしいぜ」
「いや、ルイスはカラスを操る悪魔って聞いたぞ」
数日間観察してみたが、藍色の髪の霊は徹底してルイスを護っていた。ルイスに悪態をつく者を片っ端からカラスで撃退していったのだ。
その結果、生徒達の間で「ルイスは呪われてる」という噂が出回ってしまった。
(違うのに……)
結果的に余計に孤立することになったルイスを見て、真相を知るフィオナはもどかしく思った。
「レナルド……彼のこと何か知ってる?」
「ルイス? ほとんど話したことないなぁ」
レナルドは持ち前のコミュニケーション能力を活かし、すでに多くの同級生たちと親しくなっていた。しかし、そんな彼でもルイスとは友達と呼べるような関係には至っていないようだった。
「彼……憑いてるみたいだけど大丈夫なの?」
「あ、うん。嫌な感じの霊じゃないよ」
「そっか……あ、そういえばこの前フィオナが倒れた時、医務室にいたよ」
「え? ルイスが?」
「うん。だからフィオナの友達かと思ってたよ」
「……!」
レナルドの言葉を聞いてフィオナはハッと閃いた。
(私が友達になれば……!)
ルイスに憑いている霊は、悪意を持ってルイスに近づく者を攻撃している。
フィオナが友達になって、ルイスの傍にいても被害を受けないことを証明すれば、悪い噂も払拭できるのではないかと考えたのだ。
「ありがとう、レナルド」
「??」
***
「……」
小屋の裏に寝転ぶルイスを、こそこそと遠巻きに眺めるフィオナ。
(友達になるにはどうすれば……)
ルイスと友達になると決めたはいいものの、フィオナは友達のつくり方がわからなかった。
フィオナにとって友達と呼べる存在はレナルドのみ。レナルドと友達になれたのも、彼のリードがあったからこそだった。
(何であんなに見てくるんだ……?)
一方、ルイスは戸惑っていた。1限目が終わってから、やけにフィオナが熱い視線を送ってくることに気づいていたのだ。
そして昼休みの時間。いつもの小屋の裏で横になっているところをこそこそ覗くフィオナに、ルイスはついに堪えられなくなった。
「なんなの?」
「!」
ルイスに鋭い視線を向けられ、木陰から出てきたフィオナは「何で気づいたんだろう」と表情に出ていた。
「と……」
「?」
「友達になりたい……!」
「……は!?」
結局、ストレートに伝えることしかフィオナにはできなかった。
真っ赤な顔に切実な声。側から見たら愛の告白でもしているかのような雰囲気だった。
「な、何で俺となんか……」
「ダメかな……?」
ルイスからしてみれば、没落貴族の養子で、無愛想で根暗だと虐げられている自分と友達になりたいだなんて、にわかに信じられなかった。
しかしルイスにだけ視える胸元の赤いオーラが、フィオナに打算がないことを裏付けていた。
「わ、わかったよ」
「本当? ありがとう」
「!」
ルイスが頷くと、フィオナはふわっと笑った。
初めて見たフィオナの笑顔に、ルイスは顔が赤くなるのを抑えられなかった。
***
「今度はフィオナさんを洗脳したらしい」
「黒魔術が使えるんだって」
(何でそうなるの……!)
フィオナがルイスの傍にいるようになっても、悪い噂は一向に消えなかった。むしろ変な方向にどんどん誇張されていくばかりだった。
当の本人は全く気にしていないようだが、フィオナはやるせなくて仕方がなかった。
(どうすればいいんだろう……)
校舎裏の池の近くに座り込み、ゆらゆらと揺れる水面を見ながら途方に暮れる。
「……!」
ふと、水面に映る自分の顔の背後に人の姿が見えてフィオナはバッと振り返った。
至近距離で藍色の瞳と目が合う。ルイスに憑いている霊だった。霊の方も、まさかフィオナが振り返るとは思わなくて目を丸くしていた。
「……何でルイスを護ってるの?」
『!?』
なるべく霊に対しては反応しないようにしているフィオナだが、今回ばかりはそのルールを破ることにした。
『きみ……僕のことが視えるのか……!?』
「ええ」
『声まで聞けるなんて……!』
「そういう体質なの」
自分の姿が視えて、更に声まで聞ける存在に出会ったのは初めてだった。霊はより一層目を丸くして驚いた。
『……別にアイツを護ってるわけじゃない。いじめなんて卑劣なことをする奴が大嫌いなだけさ』
「あなたの力が原因でルイスが呪われてると噂されてるわ」
『構わない。俺はクズを懲らしめたいだけだ』
「……」
つまり、彼はルイスをいじめから救いたいわけではなくて、ただいじめっ子達に制裁を与えたいだけだった。
「きみ! そこで何をしているんだ」
「!」
フィオナが池を背後に霊と話していると、教授と思われる男性が駆け寄ってきた。
歳は20代後半。きちっと七三に分けられた茶色の前髪と、一番上まできっちりと留められたシャツのボタンから、彼の几帳面で真面目な性格が垣間見えた。
霊は教授を一瞥すると眉間に皺を寄せてこの場から離れていった。
「この池には近づかない方がいい」
「どうしてですか?」
「……4年前、生徒同士の喧嘩で、一人の生徒がここで溺死してしまったんだ」
教授は池を見つめながら、苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
「……どんな生徒だったんですか?」
「優秀な子だったよ。首席で卒業する予定で、王立図書館の司書試験にも合格していた」
「その……髪の色とかは……」
「髪も目も藍色だったけど……もしかしてコーディのことを知ってるのかい?」
「いえ、そういうわけじゃないんです」
「そうか……」
特徴が一致したことから、ここで溺死した生徒があの霊であるとフィオナは確信した。名前はコーディというらしい。
「君は留学生の子だよね」
「はい」
「僕はファーノン。もし……誰かに嫌がらせを受けたりしたら、僕に相談してくれ」
「? はい」
先程フィオナには「生徒同士の喧嘩で」と説明したファーノン教授だが、実は彼は当時の真相を知る数少ない人物だった。
実際にあの時起きていたのは、単なる喧嘩などではなかった。成績優秀だったコーディに嫉妬した生徒たちによる、嫌がらせ――つまりいじめだったのだ。
「家柄を気にして生徒同士のいざこざには関わりたがらない教授が多いけど……僕はもう見て見ぬふりをしたくないんだ」
ファーノン教授は水面に映った自分の姿を横目で見ながら、グッと握り拳に力を入れた。
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