聖霊の祝福をあなたに

itoma

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第3話:美人留学生

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「ルゼオン帝国からの留学生を紹介します」
「レナルド・ベアトリクスです。よろしくお願いします」
「フィオナ・ロートレックです。よろしくお願いします」

 30人程の生徒がいる教室の前で、フィオナとレナルドは自己紹介をした。
 男子生徒達はフィオナの容姿に目を奪われ、女子生徒達はレナルドの爽やかな印象に好感を抱き、「ステキね」とヒソヒソと話した。

(あの時の……)

 方々から視線が集まる中、フィオナは右端の一番後ろの席から自分を凝視する青い瞳に気がついた。ネオローザで出会った黒髪の青年である。

(レナルドにも見えてるのかな……)

 チラリと隣のレナルドを見上げてみると、彼と目が合ってにっこり微笑まれた。

(……やっぱり聞けない)

 レナルドにも姿がはっきり見えているのであれば、彼は霊ではなく人間ということになる。しかし大事な友人であるレナルドに余計な心配はかけたくない。フィオナはレナルドには聞かず、自分で直接確認することに決めた。
 

***


「俺はグレン・ホワイトリー、よろしく」
「俺はハーマン・ディクソン!」
「よろしく」

 最初の授業が終わってすぐ、レナルドとフィオナは同級生に囲まれた。彼らが話しかけたのはレナルドだったが、奥に座っていたフィオナは出るに出られなくなってしまった。

「あの……フィオナさんって呼んでいいかな」
「え……う、うん」

 レナルドと挨拶を交わしていた一人がフィオナにも声をかけた。実のところ、レナルドへの挨拶はただの建前で、彼らの本命はフィオナの方だったようだ。

「肌が白くてとても綺麗だね」
「か、髪も綺麗な色だと思う!」
「そうかな……」

 頬を赤らめて容姿を誉めてくる男子達。こういう時どう対応すればいいのか、社交界を避けてきたフィオナには全くわからなかった。
 恥ずかしさから視線を逸らしてしまったが、そんな初々しい反応も男性陣の目には可愛らしく映った。

「次は民族学の授業だよね。場所はここ?」
「民族学は2階なんだ。案内するよ」
「ボルジャー教授すげー変わり者だからビックリするぜ」

 困惑するフィオナを見かねて、レナルドがさりげなく話題を逸らしてくれた。彼の優しさに救われたフィオナは安堵の息をつく。しかし、ふと目的を思い出し後ろを振り返った。

(いない……)

 黒髪の青年は既にその場から姿を消していた。


***


 その後の授業中や休み時間、フィオナは隙あらば黒髪の青年にチラチラと視線を送ったが、未だに彼が人間かどうかは判別できずにいた。
 授業では毎回隅っこの席に一人で座っているし、休み時間も友人と会話する気配が全くないのだ。
 
「フィオナ、顔色が悪いけど大丈夫?」
「ちょっと……ここは特に多いみたい……」
「うん……僕もちょっと感じるよ」

 それに、アカデミーにはただでさえ霊が多かった。特に昼食のためにやってきた食堂にはあちらこちらに霊と思われる姿が確認できた。
 霊が視えるからといって、フィオナが霊に対して何かできるというわけではない。むしろ普通の人より影響を受けやすく、強い霊気にあてられると体調を崩すこともある。実際今も頭痛を感じるようで、眉間に皺を寄せて側頭を押さえていた。

「パンだけ貰って外で食べるね」
「僕も行こうか?」
「食堂のご飯楽しみにしてたでしょ。大丈夫だよ」
「……わかった」

 フィオナはパンを一つ持って、一人食堂を後にした。
 

***


(小屋……)

 食堂から裏庭を抜けて外壁の方に向かって歩いていると、フィオナは小屋を見つけた。
 小さな窓から中を確認する。どうやら清掃員の簡易休憩所のようで、中には掃除用具とソファと机が置いてあるだけだった。清掃員は今教室の掃除をしているため、人の気配は感じられない。
 
「!」

 念のため小屋を一周してみると、裏の木陰で寝転ぶ黒髪の青年を見つけた。近づいてきたフィオナに対して反応はない。どうやら寝ているようだ。

(今なら触れそう……)
 
 霊かどうかを判断する確実な方法は、触れるかどうかである。もし彼が霊であれば伸ばした手は体をすり抜け、地面に触れることになるだろう。
 周囲には他に人の気配はない。今が絶好のチャンスだった。

「っ!」
「……なに?」

 フィオナが青年の柔らかそうな黒髪に手を伸ばした瞬間、その手首を掴まれ、鋭い眼光を向けられた。
 髪に触れることはできなかったが、彼が霊ではないことは確認できた。少し痛いくらいの手首の感触が何よりの証拠だった。

「は、葉っぱが付いてて……」
「……」
 
 フィオナは自分でも無理のある言い訳だと思ったが、彼は訝しげな視線を送るだけで特に問い詰めようとはしなかった。

「邪魔してごめんなさい」

 ラウルにそっくりな彼に聞きたいことは山ほどあったが、とても聞けるような雰囲気ではない。とりあえずの目的は成し遂げたため、フィオナは深々と頭を下げて去っていった。
 

***


「留学生の女子ってどの子?」
「ほら、あの薄茶色の髪の……」
「うわ、マジですげー美人……!」
「ルゼオン帝国レベルたけぇ~」

 午後になると、美人留学生の噂は学校中に広まっていた。
 廊下を歩くだけで、フィオナの一挙手一投足に生徒たちの視線が集まる。自分が注目の的になることに慣れていないフィオナは、居心地が悪そうに俯いていた。

「フィオナさん今日の放課後ヒマ? よかったら僕が構内を案内しようか?」
「だ、大丈夫」

 そんなフィオナをわざわざ覗き込んで声をかけたのは、同じ1学年のジャスパー・ベンフィールドという男子生徒だった。

「まあ。ジャスパーったらこの前までクレアを口説いていたのに」
「軟派な人ね」

 キラキラと輝く明るい金髪と鼻筋の通った顔を持つジャスパーは1学年で一番の男前だと言われている。しかし1ヶ月が経つこの頃は彼の軟派な性格が露呈し、彼の評判は徐々に落ち始めていた。
 近くにいた女子生徒がヒソヒソと陰口を囁いているが、フィオナの耳には届いていない。別のことが気になってそれどころじゃないようだ。

(憑いてる……)

 ジャスパーの隣にぴったりくっついて歩く女性が、すごい剣幕でフィオナを睨んでいた。これだけ近い距離でジャスパーが無反応ということは、彼女は霊なんだろう。

『彼に近づかないで』
「ッ……」
「だ、大丈夫!?」

 女性の霊が言葉を発すると、フィオナは強烈な霊気に襲われた。
 フラついたフィオナの腰をジャスパーが支える。役得なシチュエーションに思わず鼻の下が伸びるジャスパーに対して、フィオナの顔色はどんどん悪くなっていった。

『離れて! 触らないで!』
「!」

 ジャスパーとフィオナが接近したことが気に入らなかったのか、霊が大声で叫んだ。彼女の怒りに比例して霊気は強まり、フィオナの頭痛もますます酷くなった。
 
「ごめんなさい、大丈夫だから……」
「でも辛そうだよ。医務室に……」
「僕が連れてくよ」

 一人で歩くこともままならなくなったフィオナを支えたのはレナルドだった。安心して身を任せられる存在を確認して安堵し、フィオナは意識を手放した。
 

***
 

 その後、フィオナはレナルドによって医務室へ運ばれた。 
 医務室には簡易ベッドが二つあり、その一つにフィオナが横たわっていた。
 開けた窓から風が吹き込み、間仕切りの白いカーテンが揺れる。その隙間から見える彼女の寝顔は眉間に皺が寄っていて、穏やかだとは言えなかった。それでも起きる気配はない。

(刺客にしてはあまりにも無防備か……)

 間仕切りを挟んで立っていたのは黒髪の青年だった。

(フィオナ・ロートレック……)

 青年の重ための前髪が風に靡き、その隙間から覗く海のように深い青色の瞳がフィオナを見下ろす。
 彼にとってフィオナは不思議な存在だった。初めて顔を合わせた時に涙を見せたというのもあるが、理由はそれだけじゃない。

(赤かった……)

 黒髪の青年……ルイスにもまた、普通の人には見えないものが視えていた。
 それは人の"好意"である。ルイスのことを好意的に思っている人の胸元には、ぼんやりとオーラのようなものが視えるのだ。その色は温かみのあるオレンジ色。好意が強い程濃く、鮮明になる。赤色は最上級の好意を示す。"好意"というよりは"愛情"の域である。
 能力が発現してから、赤色のオーラを持つ者は今までに一人しか見たことがなかった。それは5年前に初めて会った祖父。今となってはたった一人の肉親である。
 血の繋がった家族が持つような愛情のオーラを、初対面の女子が持っていることにルイスは困惑していた。

コンコン

「失礼します」
「!」

 作法通りのノックの後、医務室に入ってきたのはレナルドだった。ルイスは彼が入ってくる前にベッドから三歩離れた。
 レナルドは二つの鞄を手に持っていた。どうやらフィオナを寮に送るために迎えに来たようだ。

「君は……」
「鍵閉め任せていい?」
「あ、うん」

 ルイスは同級生と必要以上に関わる気がないようで、医務室の鍵をレナルドに託すと静かにその場を後にした。


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