私はただのガチファンなのに、推しがグイグイきます

itoma

文字の大きさ
上 下
14 / 18

第14話:モニカの告白

しおりを挟む

「……」

 まだしっとりと濡れている唇を指でなぞる。ついさっきまでここがクリスト騎士団長と触れ合っていたのを実感して、今更ながらに恥ずかしさが込み上げてきた。
 薬の症状をやり過ごすためとはいえ……クリスト騎士団長とあんなにねちっこいキスをしてしまった。しかもそのおかげで恋心を自覚することになるなんて。
 ちなみにクリスト騎士団長はキスを終えてすぐ「ちょっと落ち着いて来ます」と言って出ていってしまった。

「申し訳ありませんでした……!」
「や、やめてください! 全然、大丈夫ですから……!」

 1,2分で戻ってきたと思ったら、クリスト騎士団長は深々と頭を下げた。90度の最敬礼なんてする必要ないのに。頭を上げるように説得してもなかなか上げようとはしてくれなかった。

「しかし……あなたとのキスはもっと……ちゃんと……」
「じゃあ……今してくれますか?」
「!?」

 ようやく上げてくれたクリスト騎士団長の顔は真っ赤だった。"無口でクール"なクリスト騎士団長がこんなに動揺する姿を目にした人が、いったい今までにどれだけいただろうか。もしかしたらいないかもしれない。
 私の言動によって彼の表情がコロコロと変わることが嬉しい。さっきの熱っぽい顔も素敵だけど、目を見開いて驚く表情も好きだ。全部愛おしい。全部、私が独り占めできたらいいのに。

「好きです」
「!」

 こんな自分勝手な独占欲を抱いている時点でもう明確だった。

「私も……あなたに触れたいです」
「!」
「あなたと家族になって、あなたとの子どもと暮らせたら、とても幸せだと思います」
「はい……」
「嬉しいことや楽しいこと、全てをあなたと分かち合いたいです」
「はい」
「あなたの人生を、私が幸せにしてあげたい」

 彼が私との未来に望むもの全てに応えたい。そう思ったら、クリスト騎士団長に負けず劣らず情熱的な告白になってしまった。
 相槌を打つ度にキラキラと輝いていく彼の瞳は、まるで宝石のようだと思った。

「!」

 言い切ったところで照れ臭くてはにかむと、クリスト騎士団長に抱きしめられた。彼の身体から喜びが伝わってくるような気がした。
 どんな表情をしているんだろう。気になったけど、大人しく背中に手をまわすことにした。

「俺よりかっこいいことを言わないでください」
「ふふ、クリスト騎士団長よりかっこいい人なんて存在しません」
「好きです。愛しています」

 真っ赤になりながらも凛々しくて真剣な表情。それが私の目に映ったのは一瞬で、すぐに視界に収まらなくなった。唇が柔らかくて温かい感触に包まれるのを感じて、私は目を閉じた。


***


「……ふふ」

 あれから2日経ってもクリスト騎士団長の唇の感触が忘れられない。熱っぽい顔、驚いた顔、そして目を細めて微笑んだ顔……一つ一つ思い返すと自然と笑みが溢れた。
 こういう状態を、客観的に見て「惚気てる」と呼ぶんだろうか。

「いい加減にしなさい」

 浮かれて家の廊下を歩いていたら、お父様の執務室から穏やかじゃない声が聞こえてきた。声を荒げて怒鳴りつけるような人じゃないけど、明らかに怒気を含んでいる。

「アメリアは伯爵と結婚し、モニカだって侯爵のご令息と結婚するんだ。長男のお前がそんなでは示しがつかないだろう」
「お父様は子どもの幸せより爵位の方が大切なようですね」
「長い目で見た時どちらが幸せか、よく考えるんだ」

 お父様はサムエル兄さんと言い争っていた。
 そうだ……この問題があった……!!私がクリスト侯爵家に嫁いだら、いよいよ兄さんとティナの逃げ道がなくなってしまう。
 「私が爵位を継いでもいい」だなんて大口を叩いたけれど、次男といえど侯爵家のご子息を子爵家に婿入りさせるわけにはいかない。
 ていうか、お父様にはクリスト騎士団長とのことはまだ話していないのに、なんかもう私達が結婚する気でいるんですけど……。

「大人になりなさい」
「そうよサムエル、こんなに求婚書を戴いてるのよ……」
「俺はティナ以外の人とは結婚しない!!」
「サムエル!」

 ドアを勢いよく開けた兄さんは、驚く私に気付く様子もなく走り去っていった。

「うーん……」
 
 どうしたものか……。


***


 翌日、私は居ても立っても居られなくてチェルナー騎士団の訓練場に赴いた。

「おや、シュレフタ嬢。今日は授業はないはずでは?」
「すみません、お邪魔します」
「大歓迎ですよー! あ、団長とデートっすか?」
「い、いえ……」

 目立たないところで訓練が終わるのを待ち構えている私を見つけたのは……確かシモン・バーレク卿だ。
 私がクリスト騎士団長目当てで来たと思われてることが恥ずかしい。騎士団の皆さんは、私とクリスト騎士団長のことをどこまで知っているんだろう。なんだかやけに皆さんの視線が生暖かいような……

「モニカさん!」
「!」

 訓練場に続く皇宮の廊下から、クリスト騎士団長がこちらに向かってきた。使節団の護衛任務は終わったんだろうか。
 告白するちょっと前から名前で呼ばれるようにはなっていたけど、まだまだ慣れなくてドキドキしてしまう。

「団長の求婚を受け入れたんですよね?」
「! 何で……」
「団長のあの嬉しそうな顔見たらわかりますって~」

 私を目指して小走りする彼はとても嬉しそうだ。
 確かにこの様子を見たらわざわざ報告するまでもなくバレるか。

「勤務はもう終わりました」
「えっと……」

 どうしよう、クリスト騎士団長も私がデートしたくてこごまで来たと思ってるみたい。期待でキラキラと輝く瞳を直視できない。

「すみません、今日はティナに用があって……!」
「え」

 自分ではなくてティナに会いに来たんだとわかったクリスト騎士団長は、わかりやすく落ち込んでしまった。


***
 

「モニカ、本当に私でよかったの?」
「うん」

 確かにクリスト騎士団長の期待を裏切ってしまったことには胸が痛んだ。でも……こんなに元気がないティナを放っておくことはできない。
 私はティナと庭園を歩き、隅のベンチで話を聞くことにした。
 
「最近元気ないけど、何かあったの?」
「……私、剣士に向いてないかも」
「な、何で!? ティナの剣はすごいよ!」
「結局は井の中の蛙だったのよ。ここには私なんかよりすごい人達ばかり……」
「ティナだって……!」
「来月の北部魔獣討伐部隊に、私は選ばれなかった。同期のカルラは選ばれたのに……」
「!」

 チェルナー騎士団は定期的に各地をまわって魔獣討伐を行っている。20人くらいの討伐部隊に選ばれるのは皆実力者だ。そこで功績を上げて、陛下から褒賞金を貰った者もいるという。
 
「爵位を貰えるくらい強くならなきゃいけないのに……!」

 爵位を望むティナにとって討伐部隊に選ばれることは第一関門のようなものだ。その壁の高さ、更に実力のある同期の存在によってかなり焦ってるように見える。
 こんなに苦しんでいる友達を前にして、何も力になれない自分が嫌になった。


***
 

「はあ……」
「どこか具合が悪いんですか?」
「いえ、元気です!」

 昨日の埋め合わせ(?)として今日はクリスト騎士団長とお昼休憩を一緒に過ごす約束をした。
 庭園が見える皇宮の一室で好きな人と食べるランチはとても美味しいけれど、ふとした瞬間にティナと兄さんのことを考えてはため息をついてしまう。
 
「あの、クリスト騎士団長から見てティナはどうですか?」
「どう、とは?」
「剣士としての素質というか……」

 剣術の試合はよく見てきたけれど実践とはまた違う。実際ティナは剣士として爵位を貰える希望があるんだろうか。

「……瞬発力や追い込まれた時の判断力はいいものを持っていると思います。ただ……」
「ただ?」
「魔力の使い方が他の者とは少し違う感じがします。一般的には掌から魔石にブワっと込めるんですけど、彼女の場合……シュルシュルっていう感じです」
「……??」

 運動能力は良いけど魔力の使い方が剣士らしくない……ということだろうか。具体的にどう違うのかはクリスト騎士団長の説明を聞いてもよくわからなかった。

「失礼しまーす……」
「アプソロン卿いいところに!」
「すみません書類を取りに来ただけなので。お二人の空間に入るつもりは毛頭ないので」
「お願いです聞きたいことがあるんです」
「ええ~……」

 身を縮ませて部屋に入ってきたアプソロン卿を呼び止める。
 アプソロン卿がチラチラとクリスト騎士団長の顔色を窺っているけど、彼がこのくらいのことで怒るわけないのに。

「アプソロン卿はどういった経緯で爵位を貰ったんですか?」

 アプソロン卿は平民出身だ。ソドレニアの剣術大会でクリスト騎士団長にスカウトされて、チェルナー騎士団に入団した。
 そしてクリスト騎士団長が団長に就任する少し前に爵位を授かっている。

「運が良かっただけですよ」
「運?」
「休みの時、街で暴漢から助けた女性がたまたま陛下の妹君だったんです」
「へえ……」

 確かに素晴らしい功績ではあるけど……もっとドラゴンを倒したとか悪い組織を壊滅させたとかを想像してた。
 陛下の私情に関することなら警察に表彰状を貰うくらいのことでも爵位を貰えるのか……。だとしたら、苦しい思いをしてまで剣士にこだわらなくてもいいのかもしれない。

「アプソロン卿は、ティナが剣士に向いてないと思いますか?」
「うーん……向いてないわけじゃないけど……ティナはもっと繊細に魔力を使う職業の方が向いてるかもですね」
「繊細に魔力を使う職業……」

 なるほど、さっきのクリスト騎士団長の「シュルシュル」という擬音は、ティナの魔力の使い方が繊細だって言いたかったんだ。

「それこそ魔法薬師とか……」
「!!」

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

【完結】身勝手な旦那様と離縁したら、異国で我が子と幸せになれました

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
腹を痛めて産んだ子を蔑ろにする身勝手な旦那様、離縁してくださいませ! 完璧な人生だと思っていた。優しい夫、大切にしてくれる義父母……待望の跡取り息子を産んだ私は、彼らの仕打ちに打ちのめされた。腹を痛めて産んだ我が子を取り戻すため、バレンティナは離縁を選ぶ。復讐する気のなかった彼女だが、新しく出会った隣国貴族に一目惚れで口説かれる。身勝手な元婚家は、嘘がバレて自業自得で没落していった。 崩壊する幸せ⇒異国での出会い⇒ハッピーエンド 元婚家の自業自得ざまぁ有りです。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/07……アルファポリス、女性向けHOT4位 2022/10/05……カクヨム、恋愛週間13位 2022/10/04……小説家になろう、恋愛日間63位 2022/09/30……エブリスタ、トレンド恋愛19位 2022/09/28……連載開始

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

処理中です...