私はただのガチファンなのに、推しがグイグイきます

itoma

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第13話:惚れ薬

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(ヴィート視点)

 
 フィルムンド王国からの使節団が来てからというもの、目まぐるしい日々を送っている。
 連日、王女様達の護衛にあたっているというのもあるけど……大きな要因は一人の魔法薬師である。
 ニコ・モットーラ。ボサボサの髪の毛と常に重たそうな瞼からは想像できないが、フィルムンド王国でもトップレベルの魔力を持ち、今までに数多くの魔法薬を開発してきた人物だ。
 交際も結婚もせず研究に没頭してきた彼が、先日のパーティーでシュレフタ嬢にプロポーズ(のような発言)をしたことは、フィルムンド王国の者達も全員驚いていた。
 そして何より……あんなに焦った団長を見たのは初めてだった。せっかく最近いい感じだと思っていたのに、思わぬところからのライバルが現れてしまった。
 もちろんシュレフタ嬢があんな陰気な男に靡くとは思わないが……変に拗れてしまわないようにフォローしなければ。

「ごきげんよう。今日もよろしくお願い致します」
「こちらこそよろしくお願い致します」
「……モットーラ卿の姿が見えませんが」
「それが……」

 今日は皇宮内にある芸術品をご案内することになっている。王女様ご一行を出迎えると、モットーラ卿の姿が見当たらなかった。

「多分モニカさんを捜してるんだと思うわ」
「「!」」

 今日は皇女様の刺繍の授業がある。モットーラ卿がシュレフタ嬢に近付かないように、朝方団長自ら送迎をしたというのに……公務を疎かにしてまでシュレフタ嬢に執着するとは……。

「ごめんなさい。モニカさんは騎士団長様の恋人なのよね?」
「はい」
「!?」

 いやまだ恋人じゃないでしょ。平然と嘘ついてるこの人……。

「ニコは何か一つこだわりができると、とことん追求する性格なの」
「……」
「欲しいもののためなら手段を選ばないところもあるから……アレを使わなければいいんだけど……」
「アレとは?」
「……惚れ薬よ」
「「!」」

 王女様の含みのある言い方が気になって聞いてみると、小声で教えてくれた。惚れ薬って……

「そんなものが……」
「あるのよ。上得意様のみと取引している高級魔法薬が……」
「……」
「魔法薬を飲んで一番最初に見た相手に、燃えるような恋心を抱くようになるわ」
「!!」

 もしシュレフタ嬢がその薬を飲まされてモットーラ卿に惚れてしまったら……!
 俺が動くよりも先に、団長は走り出していた。
 
「あっ、団長……!」
「副団長様は私達のご案内をしてくださいな」
「リリヤ王女殿下……楽しんでますね?」
「ふふ、男女の色恋沙汰はお金の次に大好きなの」

 団長の後を追おうとした俺を、王女様が引き止めた。
 おそらく極秘情報である惚れ薬の存在までチラつかせたのは、団長を焚き付けるためだろう。王女様は修羅場をお望みらしい。
 団長……ご武運を……!!


***(モニカ視点)


 今日は朝から幸せだった。授業に向かおうとしたらクリスト騎士団長が家まで迎えに来てくれて、同じ馬車に乗って出勤した。モットーラ卿に攫われるんじゃないかと心配してくれたらしい。
 皇宮に到着してからもきっちり中までエスコートして、別れ際に「帰りも送ります」と言ってくれた。まさかこの世界で登下校を一緒にする高校生カップルみたいなことが体験できるなんて思ってもみなかった。
 
 そんな幸せを噛み締めながら、私は皇宮内にある図書室をウロウロしていた。いい馬車に乗ったおかげで授業の時間より結構早く到着してしまったのだ。

「モニカさん」
「!」

 暇つぶしになる本を探す私の背後にぬっと現れたのはモットーラ卿。私は防衛本能で距離を取った。

「警戒しないで。先日のお詫びとマッサージのお礼をしたいと思って……」
「……?」

 また「マッサージ師になってくれ」と強要されるかと思いきや、なんだかやけに物腰が低い。口角を上げてにこやかな表情ではあるものの、どこかぎこちなく見えるのは私の気のせいだろうか。

「キャンディは食べたことありますか?」
「え、かわい~」

 モットーラ卿が開けた缶の中にはカラフルで可愛らしい飴玉が入っていた。
 この世界にも一応飴はあるけど、飴というよりは「砂糖の塊」って表現した方がしっくりくるようなものだ。

「フィルムンドのキャンディは甘くて美味しいですよ」
「じゃあ……いただきます」

 まあ、くれるというんだったら貰っておこう。
 飴玉を一粒口に含んだその瞬間。

バァン!!

「!?」

 図書室の扉が荒々しく開けられた。
 
「来たな騎士団長……だが遅い!」
「へっ?」

 モットーラ卿が悪い笑みを浮かべているのも気になるけど、それ以上にすごい剣幕で近づいてくるクリスト騎士団長に圧倒されてしまった。
 真っ直ぐ私の前までやって来たクリスト騎士団長は、私の肩をぐっと掴んだ。

「クリスト騎士だっ……ん!?」

 いつかの帰り道とシチュエーションが重なる。あの時は思いとどまってくれたけど、今日のクリスト騎士団長は迷わず私にキスをした。

「ん、う……」

 好きな人との初めてのキスはドキドキと胸が高鳴る、甘く切ないものだと思っていた。
 でも実際は胸が高鳴る暇も切なさを感じる暇さえもなかった。飴のおかげてかろうじて甘くはある。
 私の口内あちこちをなぞってくるクリスト騎士団長の舌に、ゾクゾクと身体が震える。酸素を求めて唇を離そうとしても、後頭部をグッと押さえこまれてしまって叶わない。

「っ……」

 クラクラしてきたところでようやく唇が離された。腰が抜けて倒れそうになった私をクリスト騎士団長が支えてくれた。
 涙目の視界の中に、床に転がる飴玉を見つけた。そういえばさっき口に含んだ飴玉がなくなってる。クリスト騎士団長を見上げたら、濡れた唇を手の甲で拭っていた。え、えろい……。
 
「チッ、あと少しだったのに……!」

 少し冷静になった頭で考えて状況を理解した。
 おそらくモットーラ卿がくれた飴玉はヤバいやつで、それに気付いたクリスト騎士団長が助けてくれたんだろう。やり方はちょっと、強引だったけど。

「あ、あの……」
「……」

 なんだかクリスト騎士団長の様子がおかしい。胸を押さえて俯いたかと思えば、片膝をついてうずくまってしまった。

「だ、大丈夫ですか!?」
「ッ……」
「さっきの飴は何だったんですか!」
「惚れ薬だ」
「ほっ!?」

 予想の斜め上の答えが返ってきた。痺れ薬とか睡眠薬あたりだと思っていた。
 え、てことはこの人、私に惚れ薬を飲ませようとしてたの……!?

「魔法薬は潜在魔力が大きい者ほど強く作用する。少し舐めただけで効いてしまったみたいだな」

 なるほど。私は魔力がほぼゼロだからなんともないのか。
 でも……惚れ薬だとしたら、何でこんなに苦しそうなんだろう。顔も熱でもあるんじゃないかってくらい赤いし……。
 それに、自分で言うのもなんだけど……クリスト騎士団長は既に私に惚れているから、特に効果はないのでは……
 
「ちなみに既に相手に好意を持ってる場合は発情する」
「何でやねん!!」

 衝撃すぎて思わずコテコテな関西弁ツッコミが出てしまった。
 
「解毒剤的なものは……」
「ない。舐めたのは少しだし、せいぜい5分くらいだろ。じゃあな」
「ちょっと、このまま行く気!?」
「他人の ≪ピーーー≫ なんて見てられるか」
「なッ……!!」

 この状態のクリスト騎士団長を放って行くなんて。しかも私に惚れ薬を使おうとしたことを悪びれる様子もない……ニコ・モットーラ、なんてヤツだ……!

「……」

 人のいない図書室でクリスト騎士団長の熱っぽい視線が絡んでくる。
 どうしたらいいんだろう。正解がわからなくて目を逸らしてしまった。

「すみません……出ていきます……」
「ま、待ってください!」
 
 ゆらっと立ち上がって出て行こうとするクリスト騎士団長を呼び止める。
 
「でも、ここにいたら何をしでかすか……」
「こ、この状態のクリスト騎士団長を他の誰かに見られるのは嫌です」

 わかってる。ここを去ろうとしたのは私への配慮だと。でも……この色気ムンムンな状態の彼が、私以外の視界に入ってしまうと思うと送り出せなかった。
 
「お、治まるまで私に出来ることがあれば……」

 大胆なことを言っているのは自覚している。これじゃあ「手を出してもいいですよ」と言っているようなもんだ。
 
「……どこまでならいいですか?」
「へっ」
「もう一度、キスしてもいいですか」
「!」
 
 私が頷いたのとほぼ同時に、クリスト騎士団長の唇が再び触れた。いや、触れたと言うより喰らいついてきたと言った方が正しいかもしれない。
 
「んっ……」

 クリスト騎士団長の唇も、舌も吐息も全てが熱い。「もう一度」と言ったくせに全然一回では終わらなかった。
 なんだかのぼせてしまいそうだ。でも不快だとは思わない。それどころか、キスをしたことで益々彼への恋心を実感してしまったのだ。

(好き……)

 キスの合間に告白の言葉が出てしまわないように必死に我慢した。この言葉を伝えるタイミングは今じゃない。
 とにかく今は、彼の熱を受け止めることに集中した。


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