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第11話:隣国の使節団
しおりを挟むクリスト騎士団長のことを異性として意識する自分を認めたはいいものの……ここ最近会えていない。
なんでも、先週から隣国であるフィルムンド王国の第二王女様が使節団を率いて滞在しているんだとか。クリスト騎士団長はその護衛で忙しいらしく、先週も今週も、騎士団の訓練場には顔を出さなかった。
「フィルムンド王国って、魔法製薬が有名ですよね」
「うん。お父様がお尻が良くなるお薬を貰ったって言ってたわ」
「あ……そうなんですね」
思いがけず皇帝陛下が痔を患ってることを知ってしまった……。
フィルムンド王国は魔法を薬学に応用する技術に長けていて、様々な種類の薬を開発しているらしい。痔を治す薬の他にも髪の毛を生やす薬や身長を高くする薬など、見栄っ張りな貴族が欲しがりそうな物も多く手がけている。
それ故、小国ながらも各地に太いパイプを持っているんだと、お父様から聞かされたことがある。
「モニカ先生すごい!」
「ちゃんと鷹に見えますか?」
「うん!」
来週には皇宮で使節団の歓迎パーティーが開かれる。その時に王女様に献上する刺繍入りのハンカチを作るように言われていて、当日は私も刺繍家として参加させてくれるらしい。
そのハンカチが今日ようやく完成した。鷹はフィルムンド王国を象徴する鳥で国旗にも描かれている。羽の一つ一つにまでこだわった甲斐あって、なかなか上手くできたと思う。
「あ、ほら! あれがリリヤ王女様よ」
「お出掛けになるみたいですね」
皇女様の部屋の窓から、馬車に乗り込む王女様御一行が見えた。
たくさんいる人の中で誰が王女様かはすぐにわかった。ブロンドの艶のある髪に白い肌……遠目からでも美人だと思った。
「この前お話したけど、素敵な女性だったわ」
「そうなんですね」
馬車に乗る王女様をエスコートするためにクリスト騎士団長が手を差し出した。その手に王女様の手が重ねられるのを見て、胸の奥がちくりと痛んだ。
「だ、大丈夫! いくら王女様が美人でもラドミールはモニカ先生一筋だから!!」
「わ、私は別に……!」
たったこれだけのことでヤキモチを妬いてしまった自分が恥ずかしい……!ちょっと前まで「推しの幸せを祝福してこそガチファン」だとか豪語していたくせに。
もしもクリスト騎士団長が王女様や他の誰かと結婚するとなったら……今の私にはとても祝福できそうもない。
***(???視点)
俺は生まれた時から天才だった。
生まれながらに大人並みの魔力を持ち、魔法学校は飛び級して12歳で主席卒業。その後王国最強の大魔法師様のもとで3年間修行を積み、魔法薬学の道へ。王室が直接運営する製薬事業団にスカウトされ、今日まで数々の魔法薬を開発してきた。
家族や周囲の人間は俺のエリート街道を称賛したり羨望したりした。しかし俺はこの仕事を辞めたくて仕方がない。
何故ならば……休みが少なすぎるからだ。特に事業団の責任者が第二王女に代わってからは寝る暇もないくらい忙しい。マジでそろそろ過労死しそう。
オーラント帝国に向かう使節団に志願したのも激務から逃げるためだった。
1ヶ月くらい滞在すると言うから都会の美味しいものを食べてのんびりできると思っていたのに、連日どこかしらに連れ回されて……もう我慢の限界だった。
痔を治す魔法薬を献上したら皇帝が「欲しいものがあったら何でも用意する」と言っていたけど、俺が欲しいのは休暇だよ、休暇。皇帝に言ったところでどうにもならないけど。
「副団長、この店にもいません!」
「まだ遠くには行っていないはずだ。必ず捜し出せ!」
「はい!」
突然消えた俺のことを血相を変えて捜す帝国の騎士達。その足元を、しっぽをユラユラ揺らしながら通り過ぎていくのは気分が良かった。
(ふふふ……まさかこの猫がニコ・モットーラであるとは夢にも思うまい)
猫に姿を変えられる魔法薬があることは王国の人間も知らない。仕事が嫌すぎて自由気ままな猫になりたいと思って、試しに作ってみたら出来てしまった。まったく自分の才能が恐ろしい……。
とはいえ効果はせいぜい2,3時間。それに姿を変えられるのは俺みたいに膨大な魔力を持つ者じゃないと不可能だ。魔法薬は服用者の潜在魔力によって調合が違ってくる。つまりこの変身魔法薬は俺専用のものなのだ。
さて、効果が切れるギリギリまで思う存分ゴロゴロしてやる……
「ねこちゃん……」
日陰のベンチに飛び乗って横になっていると、一人の女がジリジリと近づいてきた。女子供というのは小動物が好きなものだ。めんどくさいから無視しよう。
「ねこちゃん……」
女は俺の隣に腰を下ろし、手を伸ばしてきた。え、なんか怖い。
「前世で飼ってたトムを思い出すわ……」
(ちょ、やめ……)
そしてなんかよくわからんことを言いながら背中を撫でてきた。猫パンチで振り払ってやろうと思ったのにできなかった。
何故なら……
「はあ……やっぱ好きなのかな……」
(にゃ……にゃんだこの指遣いは……!)
俺の背中からお尻、お尻から後ろ脚にかけてゆっくりと動くその指遣いがとてつもなく気持ちよかったからだ。血流がよくなって、身体がポカポカしてきた。
「推しと結婚……かあ……」
(あ~~~そこそこ! 気持ち良すぎる……!)
気づけば脱力して彼女のマッサージに身を任せていた。
俺の気持ちいいところピンポイントに、ちょうど良い加減の圧力が与えられる。凝りがほぐれて、日頃の疲れが抜けていくような感じだ。
「くぅ~……」
(ヤバい……落ち……る……)
気付けば俺は寝落ちしていた。
***(モニカ視点)
フィルムンド王国使節団の歓迎パーティー当日。皇宮の宴会場には皇族と上位貴族、そして皇室関係者が集まった。人数はそこまで多くない。豪華な食事と歌や演奏などの催し物がメインの、落ち着いた雰囲気のパーティーだった。
私は皇女様の刺繍の先生として参加しているからお父様や兄さんは呼ばれていない。クリスト侯爵は引き継ぎで忙しいらしく欠席されたそうだ。クリスト騎士団長は会場の護衛にあたっている。
皇族の後ろに立つクリスト騎士団長についつい視線がいってしまう。クリスト騎士団長の方もチラチラ私を見ているようで、さっきから何回か目が合っている。
何だこの甘酸っぱい感じ……授業中に目が合ってドキドキしちゃう高校生かよ……!
「さあ、私達もそろそろ行きましょ」
「はい」
招待された貴族達はそれぞれ献上品を持って王女様や使節団の人達に挨拶をしている。私と皇女様も、刺繍のハンカチを持って王女様の元へ向かった。
「リリヤ・ムオトゥカ王女殿下にご挨拶申し上げます。ラウラ皇女に刺繍を師事しております、モニカ・シュレフタと申します」
「ごきげんよう」
「この度は……へっ!?」
「……」
下げた頭を元に戻したら、目の前に見知らぬ男性がいた。不躾な程の至近距離でジロジロと私を見てくる。
グレーの短髪は毛先がくるんとハネていてもっさりしている。重たそうな瞼に半分隠れている瞳は綺麗なエメラルド色だった。白衣に似た服を着ているから、おそらく魔法薬師なんだろう。
「あ、あの……??」
「あらニコ、どうしたの?」
彼は何も言わずにただただ私を見つめ、更には私の手をふにふにと触ってきた。何故??
「見つけた……」
「ごめんなさいね、ちょっと変わった人なの」
「いえ……」
王女様も彼の行動に驚いてるようだ。研究者っていうのは変わり者が多いらしいし、別に手を触られるくらいどうってことないんだけど……周りの視線が痛い。クリスト騎士団長もめっちゃ見てる。
「皇帝陛下……何でも欲しいものをくれるって言いましたよね」
「あ、ああ」
「俺は彼女が欲しいです」
「「「!?!?」」」
突然の爆弾発言に、会場全体が騒然とした。
私が欲しいってどういうこと??言葉はプロポーズのように聞こえるけど、指をさされているからか物扱い感が否めない。
「彼女のテクニックが忘れられないんです」
「はいぃ!?」
「指遣いに力加減にスピード……全てが完璧でした。あんなに気持ちいいのは人生初めてだったんです。もう彼女なしでは生きられません」
「あらま……!」
なんかとんでもないこと言い出した……!
彼に対してテクニックを披露したことなんてない。何のテクニックか知らんけど!この言い方はとんでもない誤解を招いてしまう。
「な……何のことでしょうか。誰かと勘違いなさっているのでは……」
「この手を忘れるわけがありません」
初対面だと主張しても聞く耳持たずで、私の手をぎゅうっと握ってきた。ええー……何なのこの人……。
ただ、恋愛感情を持ってこんなことを言ってるわけじゃないってことはわかる。私のことを本気で好きだと思ってくれている人の瞳を、私は知ってしまったから。
「女性に興味のないニコがここまで惚れ込むなんて……!」
「皇帝陛下、是非彼女を俺の……」
「だっ、だめーーー!! モニカ先生はラドミールのものなんだから!!!」
「「「!?」」」
誤解や憶測がポンポン生まれていく中、皇女様が叫んだ。それはそれは、とても大きな声で。
「彼女だけは譲れません」
「!」
しいんと静まり返る会場。そんな中、クリスト騎士団長が私と魔法薬師さんの間に割って入った。
うぐ……このシチュエーションはときめいてしまう……!
「やはりお二人はご婚約を……」
「それなら侯爵家から正式な発表があるはずだろう」
「シュレフタ子爵令嬢は騎士団長と魔法薬師様、どちらを選ぶのでしょう」
「明日の新聞の見出しは決まりましたね」
再び会場内がザワつき始めた。ヒソヒソ話は本人に聞こえないようにしていただきたい。
「さ、さすがに人は……本人の同意なしには許可できませんな……」
混沌と化した会場の中、皇帝陛下が苦笑して言った。いや、もっとはっきり「ダメだ」って言ってくださいよ。
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