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第10話:推しからの告白

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 年が明け、私を取り巻く環境は大きく変わった。
 家ではお父様が「いつ求婚書を出せばいいんだ」と毎日のように聞いてくるし、特に仲が良いわけでもない令嬢達からはお茶会の招待状がたくさん届くし、侯爵領のソドレニアを歩けば「クリスト兄弟を侍らす女」として視線を浴びるようになった。
 異世界でも逞しく推し活をしていただけなのに……何でこうなっちゃったんだろう。
 もちろん推しから好意を寄せられて嬉しくないわけがない。キスできるかと聞かれたらもちろんできる。ただ、彼の気持ちを受け止めるということはつまり、彼と結婚するということになってしまう。いろいろすっ飛ばして結婚なんて、耐性がなくて心臓が持たないに決まってる。
 
「婚約すればいいじゃん」
「ははは、何をおっしゃっているのやら」

 サムエル兄さんはそんなこともわからないのか。
 久しぶりに兄妹水入らずでご飯でも食べようと誘われたと思えば、「婚約すればいい」なんて……そんなこと軽々しく言わないでほしい。

「"推し"ってやつとは結婚しちゃいけないわけ?」
「いけないわけじゃないけど、私は恐れ多くて無理」
「ていうか結婚したら見放題だし触り放題じゃん」

 た、確かに結婚生活ではお風呂上がりの姿や寝起きの姿も拝みたい放題……いやいや、そうとも限らない。騙されないぞ。
 
「わ、私のことより! 兄さんはティナとどうなのよ!」
「うっ……」

 こうやって私のことばかりつついてくる時は、大抵自分のことがうまくいってない時だ。聞いてみると兄さんは言葉を詰まらせた。

「……喧嘩した」
「はあ? 何で?」
「騎士団を辞めてほしいって言ったら怒られた」
「何でそんなことを言ったの?」

 道理で最近話を聞かないと思った。
 そんなこと言ったら怒るに決まってるのに。

「ティナの体に生傷が増えてくのが嫌なんだよ」
「……」
「爵位なんてなくても俺が父さんを説得してみせるって言ったのに……」

 騎士団の訓練は決して生半可なものではない。ティナの体に傷が絶えないことは私も知っている。
 兄さんの気持ちもわからなくはないけど……私はティナの覚悟を尊重したいと思う。
 お互いを思いやるが故の喧嘩だし、とりあえず私は介入しなくて大丈夫だろう。

「おい、モニカ……」
「?」
「シュレフタ嬢、こちらの方はどなたですか」
「!?」

 急に兄さんの様子がおかしくなったと思ったら、私の背後からクリスト騎士団長がぬっと現れた。
 何でシュレフタ子爵領の小さなサンドイッチ屋さんにクリスト騎士団長がいるの。服装を見る限り今日は非番みたいだ。私服も素敵……。

「あ、兄です……」
「サムエル・シュレフタと申します」
「あ……すみません、勘違いをしました」
「いえいえお気になさらず!」

 兄さんを紹介した途端、クリスト騎士団長から出ていたピリピリした雰囲気が和らいで、バツが悪そうに頭を下げた。もしかして……兄さんと私が男女の関係だと思ったんだろうか。

「あ、あ~……急用を思い出したな~! クリスト卿、妹を家まで送っていただけませんか?」
「はあ? 何言って……」
「わかりました。命に替えてもお護りします」
「はい!?」

 兄さんが変な気を利かせて席を立った。大根役者にも程がある。露骨すぎて恥ずかしいくらいなのに、クリスト騎士団長は真顔で兄さんの提案を受け入れた。
 いや……家すぐそこなんですけど。

「……すみませんでした」
「い、いえ! 何で謝るんですか」
「俺とは食事に行ってくれないのに、何であの男とは食事しているんだと……嫉妬しました」
「!」

 そうなのかなとは思っていたけど、本人からこうもはっきり「嫉妬した」と言われるとどう反応していいかわからない。

「お送りします」
「あ……ありがとうございます」

 エスコートのために差し出されたクリスト騎士団長の手に、自分の手をそっと重ねる。素肌に触れているという事実をなるべく直視しないように心がけた。


***


 ていうかそもそもサンドイッチ屋さんは家から歩いて10分もかからない距離にある。送ってもらう程の距離ではない。
 それでもクリスト騎士団長のエスコートを受けて歩く数分はとてつもなく長く感じた。
 無口でクールと言われているはずのクリスト騎士団長は終始饒舌だった。会話の内容は私に対する質問ばかりだったけど。

「ありがとうございました」

 ようやく家の前まで到着した。
 
「……」
「……え!?」

 いつまでも別れの言葉を口にしないクリスト騎士団長を不思議に思っていたら、ぐっと肩を掴まれた。痛くはないけど、彼が本気を出せば私の骨なんて軽くバキバキにできちゃうんだろうなと一瞬思った。
 そしてクリスト騎士団長の端正な顔が近づいてきて、ようやく事態の深刻さを理解する。え、嘘、近い近い……!

「やっぱり駄目だ……!」

 パニックで動けないでいると、クリスト騎士団長は真っ赤な顔を逸らして縮めた距離を一気に戻した。

「キスは駄目だ……」
「!?」

 本当にキスしようとしたの!?
 クリスト騎士団長がそんなことをしようと思うはずがない……きっと誰かがいらんことを吹き込んだに違いない。おそらくアプソロン卿かユーリ様だろう。
 でも、ちゃんと自分の意思で止まってくれた。こういうところも素敵だと思う。

「ふふ、そうですね」
「!」
「え!?」

 思わず笑ってしまったら、何を思ったのかクリスト騎士団長は私をぎゅうっと力強く抱きしめてきた。
 逞しい胸板と腕の筋肉に囲まれて圧迫感は感じるものの、強すぎる力で私を潰してしまわないように精一杯優しく包んでくれているのがわかる。

「好きです」

 そしてはっきりと告げられた言葉に息が止まった。

「あ、あの……」
「……すみません。我慢できませんでした」

 胸の中で口をもごもご動かすと、クリスト騎士団長は私を解放し、眉を下げて笑った。

「俺との婚約は嫌ですか?」
「……」

 そんな悲しそうな顔はしてほしくない。かといって、今の私に彼を笑顔にする覚悟はなかった。
 正直……私がクリスト騎士団長に抱く感情は明らかに変化している。さっき抱き締められた時も、恐れ多いという気持ちよりきゅんとした感覚が勝ってしまっていた。
 花束を貰って、ダンスに誘われて、こうやってエスコートを受けて笑顔を向けてもらって……私はどんどん欲張りになってしまっているようだ。

「な、何で私なんですか……? クリスト騎士団長を応援している人はたくさんいます」

 私にとってクリスト騎士団長は特別な人。でも、彼にとって私はただのファンの一人にすぎない。クリスト騎士団長を慕って応援している人は他にもいっぱいいるし、女性からのアプローチも受けているはずだ。
 何で私なんかに目を向けてくれるのかがわからなかった。

「初めて会った時、俺に『ありがとう』って言いましたよね」
「はい」
「あの時、愛の告白を受けてるような気がしました」
「……!」
「とても情熱的な言葉に聞こえたんです」

 確かに初めて会った時に伝えた「ありがとうございます」には、私の7年分の想いが込められていた。まさか伝わっていたなんて。

「応援してもらえるのはすごく嬉しいです。でも……剣を握れなくなった時、あなたに見てもらえなくなるのは嫌です」

 騎士という職業は、一生涯続けられるような仕事ではない。
 でも、私はクリスト騎士団長が現役を退こうがファンをやめるつもりなんてない。確かにきっかけは剣技だったけど、私が彼に惹かれる大きな要因はその人柄だ。

「私は……クリスト騎士団長のことを一生応援するつもりです。だから別に結婚しなくても……」
「俺はあなたに触れたいと思っています。肌にも……唇にも」
「!?」
「あなたと家族になりたいです。あなたとの子どもがほしいです。一緒に朝を迎えて、同じものを食べて、同じ景色を見て日々を送って……そして、俺が死ぬ時は手を握っていてほしい」

 クリスト騎士団長の方が何倍も情熱的な言葉を畳み掛けてきた。
 彼の生涯を一番近くで見守る権利をくれると言うのだ。最期の瞬間を共にしたいと言われて涙が出そうになった。
 嬉しいはずなのに、いろんな気持ちがぐちゃぐちゃだ。クリスト騎士団長がここまで言ってくれているのに……こんなにも彼のことが好きなのに……素直に頷けない自分が情けない。
 
「じ……時間をください」
「……期待してもいいですか?」
「は、はい……」

 私は……ラドミール・クリストという男性の人生が幸せであってほしいと思っている。
 そのために私が出来ることを、今一度見直してみよう。

 
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