10 / 18
第10話:推しからの告白
しおりを挟む年が明け、私を取り巻く環境は大きく変わった。
家ではお父様が「いつ求婚書を出せばいいんだ」と毎日のように聞いてくるし、特に仲が良いわけでもない令嬢達からはお茶会の招待状がたくさん届くし、侯爵領のソドレニアを歩けば「クリスト兄弟を侍らす女」として視線を浴びるようになった。
異世界でも逞しく推し活をしていただけなのに……何でこうなっちゃったんだろう。
もちろん推しから好意を寄せられて嬉しくないわけがない。キスできるかと聞かれたらもちろんできる。ただ、彼の気持ちを受け止めるということはつまり、彼と結婚するということになってしまう。いろいろすっ飛ばして結婚なんて、耐性がなくて心臓が持たないに決まってる。
「婚約すればいいじゃん」
「ははは、何をおっしゃっているのやら」
サムエル兄さんはそんなこともわからないのか。
久しぶりに兄妹水入らずでご飯でも食べようと誘われたと思えば、「婚約すればいい」なんて……そんなこと軽々しく言わないでほしい。
「"推し"ってやつとは結婚しちゃいけないわけ?」
「いけないわけじゃないけど、私は恐れ多くて無理」
「ていうか結婚したら見放題だし触り放題じゃん」
た、確かに結婚生活ではお風呂上がりの姿や寝起きの姿も拝みたい放題……いやいや、そうとも限らない。騙されないぞ。
「わ、私のことより! 兄さんはティナとどうなのよ!」
「うっ……」
こうやって私のことばかりつついてくる時は、大抵自分のことがうまくいってない時だ。聞いてみると兄さんは言葉を詰まらせた。
「……喧嘩した」
「はあ? 何で?」
「騎士団を辞めてほしいって言ったら怒られた」
「何でそんなことを言ったの?」
道理で最近話を聞かないと思った。
そんなこと言ったら怒るに決まってるのに。
「ティナの体に生傷が増えてくのが嫌なんだよ」
「……」
「爵位なんてなくても俺が父さんを説得してみせるって言ったのに……」
騎士団の訓練は決して生半可なものではない。ティナの体に傷が絶えないことは私も知っている。
兄さんの気持ちもわからなくはないけど……私はティナの覚悟を尊重したいと思う。
お互いを思いやるが故の喧嘩だし、とりあえず私は介入しなくて大丈夫だろう。
「おい、モニカ……」
「?」
「シュレフタ嬢、こちらの方はどなたですか」
「!?」
急に兄さんの様子がおかしくなったと思ったら、私の背後からクリスト騎士団長がぬっと現れた。
何でシュレフタ子爵領の小さなサンドイッチ屋さんにクリスト騎士団長がいるの。服装を見る限り今日は非番みたいだ。私服も素敵……。
「あ、兄です……」
「サムエル・シュレフタと申します」
「あ……すみません、勘違いをしました」
「いえいえお気になさらず!」
兄さんを紹介した途端、クリスト騎士団長から出ていたピリピリした雰囲気が和らいで、バツが悪そうに頭を下げた。もしかして……兄さんと私が男女の関係だと思ったんだろうか。
「あ、あ~……急用を思い出したな~! クリスト卿、妹を家まで送っていただけませんか?」
「はあ? 何言って……」
「わかりました。命に替えてもお護りします」
「はい!?」
兄さんが変な気を利かせて席を立った。大根役者にも程がある。露骨すぎて恥ずかしいくらいなのに、クリスト騎士団長は真顔で兄さんの提案を受け入れた。
いや……家すぐそこなんですけど。
「……すみませんでした」
「い、いえ! 何で謝るんですか」
「俺とは食事に行ってくれないのに、何であの男とは食事しているんだと……嫉妬しました」
「!」
そうなのかなとは思っていたけど、本人からこうもはっきり「嫉妬した」と言われるとどう反応していいかわからない。
「お送りします」
「あ……ありがとうございます」
エスコートのために差し出されたクリスト騎士団長の手に、自分の手をそっと重ねる。素肌に触れているという事実をなるべく直視しないように心がけた。
***
ていうかそもそもサンドイッチ屋さんは家から歩いて10分もかからない距離にある。送ってもらう程の距離ではない。
それでもクリスト騎士団長のエスコートを受けて歩く数分はとてつもなく長く感じた。
無口でクールと言われているはずのクリスト騎士団長は終始饒舌だった。会話の内容は私に対する質問ばかりだったけど。
「ありがとうございました」
ようやく家の前まで到着した。
「……」
「……え!?」
いつまでも別れの言葉を口にしないクリスト騎士団長を不思議に思っていたら、ぐっと肩を掴まれた。痛くはないけど、彼が本気を出せば私の骨なんて軽くバキバキにできちゃうんだろうなと一瞬思った。
そしてクリスト騎士団長の端正な顔が近づいてきて、ようやく事態の深刻さを理解する。え、嘘、近い近い……!
「やっぱり駄目だ……!」
パニックで動けないでいると、クリスト騎士団長は真っ赤な顔を逸らして縮めた距離を一気に戻した。
「キスは駄目だ……」
「!?」
本当にキスしようとしたの!?
クリスト騎士団長がそんなことをしようと思うはずがない……きっと誰かがいらんことを吹き込んだに違いない。おそらくアプソロン卿かユーリ様だろう。
でも、ちゃんと自分の意思で止まってくれた。こういうところも素敵だと思う。
「ふふ、そうですね」
「!」
「え!?」
思わず笑ってしまったら、何を思ったのかクリスト騎士団長は私をぎゅうっと力強く抱きしめてきた。
逞しい胸板と腕の筋肉に囲まれて圧迫感は感じるものの、強すぎる力で私を潰してしまわないように精一杯優しく包んでくれているのがわかる。
「好きです」
そしてはっきりと告げられた言葉に息が止まった。
「あ、あの……」
「……すみません。我慢できませんでした」
胸の中で口をもごもご動かすと、クリスト騎士団長は私を解放し、眉を下げて笑った。
「俺との婚約は嫌ですか?」
「……」
そんな悲しそうな顔はしてほしくない。かといって、今の私に彼を笑顔にする覚悟はなかった。
正直……私がクリスト騎士団長に抱く感情は明らかに変化している。さっき抱き締められた時も、恐れ多いという気持ちよりきゅんとした感覚が勝ってしまっていた。
花束を貰って、ダンスに誘われて、こうやってエスコートを受けて笑顔を向けてもらって……私はどんどん欲張りになってしまっているようだ。
「な、何で私なんですか……? クリスト騎士団長を応援している人はたくさんいます」
私にとってクリスト騎士団長は特別な人。でも、彼にとって私はただのファンの一人にすぎない。クリスト騎士団長を慕って応援している人は他にもいっぱいいるし、女性からのアプローチも受けているはずだ。
何で私なんかに目を向けてくれるのかがわからなかった。
「初めて会った時、俺に『ありがとう』って言いましたよね」
「はい」
「あの時、愛の告白を受けてるような気がしました」
「……!」
「とても情熱的な言葉に聞こえたんです」
確かに初めて会った時に伝えた「ありがとうございます」には、私の7年分の想いが込められていた。まさか伝わっていたなんて。
「応援してもらえるのはすごく嬉しいです。でも……剣を握れなくなった時、あなたに見てもらえなくなるのは嫌です」
騎士という職業は、一生涯続けられるような仕事ではない。
でも、私はクリスト騎士団長が現役を退こうがファンをやめるつもりなんてない。確かにきっかけは剣技だったけど、私が彼に惹かれる大きな要因はその人柄だ。
「私は……クリスト騎士団長のことを一生応援するつもりです。だから別に結婚しなくても……」
「俺はあなたに触れたいと思っています。肌にも……唇にも」
「!?」
「あなたと家族になりたいです。あなたとの子どもがほしいです。一緒に朝を迎えて、同じものを食べて、同じ景色を見て日々を送って……そして、俺が死ぬ時は手を握っていてほしい」
クリスト騎士団長の方が何倍も情熱的な言葉を畳み掛けてきた。
彼の生涯を一番近くで見守る権利をくれると言うのだ。最期の瞬間を共にしたいと言われて涙が出そうになった。
嬉しいはずなのに、いろんな気持ちがぐちゃぐちゃだ。クリスト騎士団長がここまで言ってくれているのに……こんなにも彼のことが好きなのに……素直に頷けない自分が情けない。
「じ……時間をください」
「……期待してもいいですか?」
「は、はい……」
私は……ラドミール・クリストという男性の人生が幸せであってほしいと思っている。
そのために私が出来ることを、今一度見直してみよう。
54
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない
エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい
最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。
でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。
【完結】シャロームの哀歌
古堂 素央
恋愛
ミリは最後の聖戦で犠牲となった小さな村の、たったひとりの生き残りだった。
流れ着いた孤児院で、傷の残る体を酷使しながら懸命に生きるミリ。
孤児院の支援者であるイザクに、ミリは淡い恋心を抱いていって……。
遠い国の片隅で起きた哀しい愛の物語。
マルタン王国の魔女祭
カナリア55
恋愛
侯爵令嬢のエリスは皇太子の婚約者だが、皇太子がエリスの妹を好きになって邪魔になったため、マルタン王国との戦争に出された。どうにか無事に帰ったエリス。しかし戻ってすぐ父親に、マルタン王国へ行くよう命じられる。『戦場でマルタン国王を殺害したわたしは、その罪で処刑されるのね』そう思いつつも、エリスは逆らう事無くその命令に従う事にする。そして、新たにマルタン国王となった、先王の弟のフェリックスと会う。処刑されるだろうと思っていたエリスだが、なにやら様子がおかしいようで……。
マルタン王国で毎年盛大に行われている『魔女祭』。そのお祭りはどうして行われるようになったのか、の話です。
最初シリアス、中明るめ、最後若干ざまぁ、です。
※小説家になろう様にも掲載しています。
悪役令嬢に転生したと思ったら悪役令嬢の母親でした~娘は私が責任もって育てて見せます~
平山和人
恋愛
平凡なOLの私は乙女ゲーム『聖と魔と乙女のレガリア』の世界に転生してしまう。
しかも、私が悪役令嬢の母となってしまい、ゲームをめちゃくちゃにする悪役令嬢「エレローラ」が生まれてしまった。
このままでは我が家は破滅だ。私はエレローラをまともに教育することを決心する。
教育方針を巡って夫と対立したり、他の貴族から嫌われたりと辛い日々が続くが、それでも私は母として、頑張ることを諦めない。必ず娘を真っ当な令嬢にしてみせる。これは娘が悪役令嬢になってしまうと知り、奮闘する母親を描いたお話である。
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
私の婚約者は6人目の攻略対象者でした
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。
すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。
そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。
確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。
って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?
ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。
そんなクラウディアが幸せになる話。
※本編完結済※番外編更新中
悪役令嬢予定でしたが、無言でいたら、ヒロインがいつの間にか居なくなっていました
toyjoy11
恋愛
題名通りの内容。
一応、TSですが、主人公は元から性的思考がありませんので、問題無いと思います。
主人公、リース・マグノイア公爵令嬢は前世から寡黙な人物だった。その為、初っぱなの王子との喧嘩イベントをスルー。たった、それだけしか彼女はしていないのだが、自他共に関連する乙女ゲームや18禁ゲームのフラグがボキボキ折れまくった話。
完結済。ハッピーエンドです。
8/2からは閑話を書けたときに追加します。
ランクインさせて頂き、本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ
お読み頂き本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ
応援、アドバイス、感想、お気に入り、しおり登録等とても有り難いです。
12/9の9時の投稿で一応完結と致します。
更新、お待たせして申し訳ありません。後は、落ち着いたら投稿します。
ありがとうございました!
転生不憫令嬢は自重しない~愛を知らない令嬢の異世界生活
リョンコ
恋愛
シュタイザー侯爵家の長女『ストロベリー・ディ・シュタイザー』の人生は幼少期から波乱万丈であった。
銀髪&碧眼色の父、金髪&翠眼色の母、両親の色彩を受け継いだ、金髪&碧眼色の実兄。
そんな侯爵家に産まれた待望の長女は、ミルキーピンクの髪の毛にパープルゴールドの眼。
両親どちらにもない色彩だった為、母は不貞を疑われるのを恐れ、産まれたばかりの娘を敷地内の旧侯爵邸へ隔離し、下働きメイドの娘(ハニーブロンドヘア&ヘーゼルアイ)を実娘として育てる事にした。
一方、本当の実娘『ストロベリー』は、産まれたばかりなのに泣きもせず、暴れたりもせず、無表情で一点を見詰めたまま微動だにしなかった……。
そんな赤ん坊の胸中は(クッソババアだな。あれが実母とかやばくね?パパンは何処よ?家庭を顧みないダメ親父か?ヘイゴッド、転生先が悪魔の住処ってこれ如何に?私に恨みでもあるんですか!?)だった。
そして泣きもせず、暴れたりもせず、ずっと無表情だった『ストロベリー』の第一声は、「おぎゃー」でも「うにゃー」でもなく、「くっそはりゃへった……」だった。
その声は、空が茜色に染まってきた頃に薄暗い部屋の中で静かに木霊した……。
※この小説は剣と魔法の世界&乙女ゲームを模した世界なので、バトル有り恋愛有りのファンタジー小説になります。
※ギリギリR15を攻めます。
※残酷描写有りなので苦手な方は注意して下さい。
※主人公は気が強く喧嘩っ早いし口が悪いです。
※色々な加護持ちだけど、平凡なチートです。
※他転生者も登場します。
※毎日1話ずつ更新する予定です。ゆるゆると進みます。
皆様のお気に入り登録やエールをお待ちしております。
※なろう小説でも掲載しています☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる