私はただのガチファンなのに、推しがグイグイきます

itoma

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第9話:推しとダンス

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(ユーリ視点)

 
 弟が恋をした。
 相手はモニカ・シュレフタ子爵令嬢。幽霊のフリをしてナンパを撃退した時点で面白い女性だと思っていたけど、まさかラドの好きな女性だったとは。
 
 ただ、彼女の言い分はよくわからなかった。
 どう考えてもラドのことが好きなはずなのに、何故か彼女はラドと接点を持ちたがらない。「応援するだけでいい」と言い張るのだ。
 家族でも気付かないような細かいところまでラドのことを見てくれるモニカさんなら、弟の結婚相手に相応しいと思った。何より、彼女の言動に一喜一憂するラドを目の当たりしたんだ。弟にはぜひ好きになった女性と結ばれてほしいと思う。

 小さい頃、婚約者候補の女の子に虫をプレゼントして泣かせてしまうくらい、ラドには女心というものがわからなかった。結婚適齢期の今でも不器用なのは変わらない。そんなラドが一人の女性を振り向かせようと頑張っているなんて……兄としてとても感動した。

 弟の力になりたい。とはいえ、人の気持ちばかりはどうしようもない。
 兄として僕にできることは、結婚を見据えた時に大きな壁になり得る存在を味方につけることだ。そう……父上を。
 逆に言えば、父上さえ味方につければ話はトントン進んでいくだろう。

「クリスト侯爵、久方ぶりですな」
「ランバルト公爵。ご無沙汰しております」

 今日は皇室の舞踏会。今年最後のイベントになることもあって、多くの貴族が集まっている。
 僕と父上も久しぶりに皇宮にやってきた。来年の夏に父から爵位を受け継ぐため、今年は忙しくてなかなか領地から離れられなかった。
 忙しなく挨拶をする父上と皇族の護衛にあたっているラドを横目に見つつ、僕はモニカさんを捜した。

「モニカさん」
「!」

 窓際の壁に寄りかかっているのを見つけて声をかけると、近くをうろついていた男がそそくさと去っていった。
 調べたところ、彼女は社交界で目立つような存在ではなかった。しかし皇女様の刺繍の先生になったことで、彼女とお近づきになりたいと思う男がチラホラ出てきたようだ。

「ユーリ・クリスト卿……ご挨拶申し上げます」
「堅苦しいなぁ。お義兄様と呼んでくれていいんだよ」
「……」
 
 僕の軽い冗談に何て返したらいいのかわからず、モニカさんは口を開けて狼狽えた。
 弟の好きな人だからか、なんだか可愛く見えてきた。妹ができたみたいで嬉しいなぁ。

「シュレフタ子爵はどちらに?」
「父は……あ、こっちに来ます」
「これはこれは……ユーリ・クリスト卿。娘とお知り合いだったのですね」
「はい。先日は美味しいケーキ屋さんに連れていっていただきました。弟も一緒に」
「そうでしたか……!」

 シュレフタ子爵は、魔石を活用した生活用品の事業で成功して爵位を貰った商人だ。
 この反応を見る限り、子爵はクリスト侯爵家との縁談には食いつくだろう。こっちは心配なさそうだな。
 
「シュレフタ子爵が行う事業や投資はハズレがないと評判ですよ」
「いえいえ、運が良いだけです」
「魔石の力を日々の生活用品に応用するとは素晴らしい着眼点です。市民の生活が豊かになったのはシュレフタ子爵の功績が大きいでしょう」
「ありがとうございます。クリスト侯爵家の業績があってこそです」

 子爵が手掛ける事業は上位貴族の間でも評判が良い。本人もなかなか世渡り上手な性格をしているらしい。家業的にも、シュレフタ子爵家との婚姻はプラスになりそうだ。

「ユーリ、勝手にフラフラ出歩くでない」
「迷子になんてなりませんよ」

 迷子になるような歳でもないのに。父上の過保護っぷりもなかなか直らないな。
 しかしそのおかげてごく自然にシュレフタ子爵と鉢合わせることができた。

「そちらは?」
「ダミアン・シュレフタと申します。こちらは娘のモニカです」
「ご挨拶申し上げます」
「……」

 政略結婚に敏感な父上は警戒しているのか、モニカさんをジロジロと観察した。
 
「シュレフタ嬢よ……我が息子の長所は何だと思う?」
「ユーリ様のですか?」
「うむ」

 どうやらモニカさんが僕と結婚したがっているんだと勘違いしてしまったようだ。まあこの状況なら仕方ないか。
 誤解を解くよりも好奇心が勝った。父上の質問に対するモニカさんの答えを聞いてみたい。
 
「自分の手の内は明かさずに相手から情報を聞き出すのがお上手だと思いました」
「では短所は?」
「お顔立ちの良さに少し頼りすぎかもしれません」
「ははは、手厳しいなぁ」

 僕とはまだ2回しか会っていないのに、なかなか的を射たことを言われた。ラドのことについても的確だったし、モニカさんには洞察力があるようだ。
 
「ハッハッハ! 確かにな」
 
 父上も、歯に衣着せぬモニカさんのことを気に入ったように見える。

「私は子爵と話がある。お前達は踊ってきなさい」

 勘違いは後で解けばいいか。きっとモニカさんに夢中になっているラドの姿を見れば、父上もすぐに理解するはずだ。
 
「父上に気に入られたみたいだね」
「緊張しました」
「その割には的を射た意見だったよ」
「恐縮です」

 口では緊張したと言っていても、圧力のある父上の前で立派な振る舞いだったと思う。
 弟の結婚相手としていいところしか見つからないなぁ。
 
「僕と踊ってくれますか?」
「足を踏んでしまうかもしれませんよ?」
「子うさぎが足に乗るくらいどうってことありません」
「……」

 キザな言い回しには慣れていないのか微妙な顔をされた。その反応も可愛らしい。

「!」
 
 僕の手を取ろうとしたモニカさんの手が別の者に取られた。この前と同じような展開だ。
 もちろん、彼女の手を掴んだのはラド。少し息を切らしているということは、ここまで急いで来たんだろう。
 皇族の席を見てみると、12歳の皇女様が腕を組んでうんうんと頷いていた。ちゃんと許可は貰っているらしい。
 人前ではあまり表情を変えない騎士団長がここまで焦る姿を見せるとは。周りの貴族達が注目しているのがわかる。
 
「シュレフタ嬢、俺と踊ってください」
「!?」

 ラドは強引に掴んでしまったモニカさんの手を一度放し、改めて片膝をついてダンスの申し込みをした。
 周囲がザワつく。ラドが女性に対してダンスを申し込んだのはこれが初めてだからだろう。
 
「だ、だめです! もし足を踏んでしまったら……!」
「ははは、僕の時と随分態度が違うね」

 足を踏んでしまうかもしれないという心配具合が僕の時の比ではない。モニカさんもわかりやすい人だ。
 
「丈夫な靴を履いています。落石にも耐えたことがあります」
「ラド、その言い分は……」
「さすがです……!」
「あ、いいんだ」

 こういう時は「レディは重くありませんよ」と遠回しに伝えてフォローするのが一般的なのに、不器用なラドにはその方便がわからなかったようだ。「重くても大丈夫」と聞こえかねない言い回しにヒヤっとしたが、モニカさんは全然気にしていないみたいだ。

「まあ……クリスト騎士団長があんなに優しく微笑んでいらっしゃるわ」
「シュレフタ子爵令嬢とご婚約されたのだろうか」

 フッフッフ……きっと明日には帝国中に今日のことが知れ渡っていることだろう。
 
「ユーリ……これはどういうことだ?」
「見たまんまですよ。幸せそうですね」
「……」

 騒ぎを耳にしたのか、父上がやってきた。
 モニカさんを愛おしそうに見つめながら踊るラドを目の当たりにして、全てを理解したようだ。


***

 
「兄さん……」

 踊り終わった後、緊張のせいか足取りがフラフラになってしまったモニカさんをソファ席へ送って、僕の元にやってきたラドは少し拗ねてるように見えた。
 もしかして、僕がモニカさんにダンスを申し込んだことに対して物申したいんだろうか。
 
「おいおい、兄ちゃんはモニカさんと踊る口実を作ってあげたんだぞ?」
「……ありがとう」

 モニカさんをダンスに誘ったのは、ラドが護衛を離れてモニカさんと踊るきっかけを作るためだ。それ以上の理由はない。
 僕が弁明すると、ラドは素直に聞き入れてお礼を言った。我が弟ながらいい子だ。

「ラドミール、護衛に戻りなさい」
「はい」
「……彼女は今度、家に連れてきなさい」
「!」

 いくら許可を貰ったとはいえ、これ以上皇族の護衛を離れるわけにはいかないだろう。
 父上は厳格な態度で諭しながらも、しっかりラドの気持ちを汲み取ってくれていた。息子のあんなにも幸せそうな顔を見たら、無下にはできないよなぁ。

「父上もモニカさんを気に入ったみたい」
「……」
「まあ……今のモニカさんは家に来てくれなさそうだけど」
「!」

 せっかく父上が認めてくれたけど、現状モニカさんを家に連れてくるのは難しいだろう。誘ったところでよくわからない言い訳を並べて断固拒否するはずだ。

「モニカさんみたいなタイプは押して押して押しまくるのがいいと思う」
「押す……」

 ラドに対して好意がある以上、押しに押されたら心を揺さぶられることは間違いない。これでもかって程ドキドキさせてあげれば、モニカさんだって恋愛感情を認めざるを得ないんじゃないかな。
 
「強引にキスぐらいしちゃってもいいかもな」
「……」
「はは、さすがにキスは……」
「わかりました」
「……え?」

 キスはちょっと言い過ぎたと思って撤回しようとしたのに……。まさか、本当に実行するつもりだろうか。強引にキスされたらさすがのモニカさんも嫌がるだろうか。
 ……面白いことになりそうだから、まあいっか!

 
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