私はただのガチファンなのに、推しがグイグイきます

itoma

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第6話:推しからの花束

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「お嬢様、いつまで寝てるんですか!」
「フランカ……私生きてる??」
「生きてますよ」

 翌日。ちょっと寝坊したけど、私はいつも通り目を覚ました。
 昨日あれだけ幸せな体験をしたというのに、五体満足でいられるなんて。等価交換の摂理が機能していないようだ。

「旦那様がお呼びです。お支度しますよ」
「はーい」

 刺繍コンテストに優勝して皇女様の刺繍の先生にスカウトされたことは、昨日帰ってすぐお父様に報告してある。
 生粋の商人であるお父様はお金を稼ぐことの大変さをよく知っている。私が名誉ある職を貰ってきたことをとても喜び、褒めてくれた。
 ちなみに賞金のことは伝えていない。何故なら……昨日はテンパって逃げてしまったから、お金の入った鞄はクリスト騎士団長が持ったままだったのだ。
 まあ、私のお金は推し活……つまりクリスト騎士団長のために使うものだから、直接貢げたと思うことにした。

「おはようございます、お父様」
「ああ。そこに座りなさい」
「はい」
 
 お父様に促されてソファに座ると、机の上に置かれた何枚かの書類が目に入った。

「そろそろお前にも婚約者が必要だろう」
「……」

 ああ……ついに来たか。アメリア姉さんがフランセン伯爵と婚約したのも私ぐらいの歳だった。

「私が3人候補を出しておいた。一人ずつ実際に会ってみて決めなさい」

 この世界では政略結婚が当たり前だ。選択肢と決定権を与えられてるだけ、私は恵まれている方なのかもしれない。候補の3人も写真を見る限り私と同年代のようだし。

「……3人とも嫌だったら?」
「私が納得する男を連れてきなさい」

 結婚相手の第一条件は、私の推し活を理解してくれる人。果たしてこの3人は私がカメラを手に入れてクリスト騎士団長のブロマイドを自作することを許してくれるだろうか……。

「旦那様! お嬢様! た、大変です……!!」
「何事だ。入れ」

 執務室の外から執事の慌てた声が聞こえてきた。いつも落ち着いている人なのに。ここまで取り乱す姿は初めて見た。

「モニカお嬢様宛に、クリスト騎士団長からお届け物が……!」
「「!?」」

 執事が手に持っていたのは、昨日貰った1万イエンが入った鞄だった。

「モニカ……いつの間にクリスト侯爵のご令息と……!」

 やばい、変な期待をされてる……!

「これは刺繍コンテストの賞金です! わざわざ届けてくれるなんて……」
「花束と手紙もあります」
「!?」
「手紙には何と!?」

 執事の背後に大きな花束を持った侍女が控えていた。
 男性が女性に花束を贈るのは、基本的に求愛の意味合いを持つ。いやでもそんなはずない。きっと優勝祝い的な物だろう。

『コンテスト優勝おめでとうございます。
 今度一緒にお食事でもいかがでしょうか』

 花束に添えられたメッセージカードには飾り気のない簡潔な文章が書かれていた。簡潔だからこそ、わかりやすかった。食事に誘われていることが。

「モニカ……!!」
「!? ち、違うのお父様……」

 お父様はとうとう目に涙を浮かべ始めた。
 やめて、そんなにキラキラした目で見ないで……!

「そうか……心に決めた相手がいたのだな! ハハハ、いらぬお節介をやいてしまったな!」

 誤解は深まっていくばかり。違うと弁明したところで、花束と食事のお誘いまで戴いてしまったこの状況では聞く耳を持たないだろう。
 お父様は穏やかに笑いながらお見合い候補の書類を丸めて投げ捨てた。

「違うってばーーー!!」


***


 結局誤解は解けなかった。
 ただ少し接する機会があっただけで、お付き合いをしてるわけじゃないとは伝えたけど……。あの日からお父様と執事の視線が生温かい。17歳にして遅めの反抗期を迎えてしまいそうだ。

「モニカ先生、どうですか?」
「とてもお上手です」

 今日はラウラ皇女の初授業の日。
 皇宮に出向くということで、クリスト騎士団長と会ってしまわないか心配したけど大丈夫だった。この広い場所で特定の人を捜し出すのは難しいことだ。

「来週は今日習ったステッチを使って植物の刺繍をしましょう」
「もう終わりなのね……とても楽しかったです。ありがとうございました」

 今日は刺繍の基本ステッチを3つ教えて終わった。皇女様は手先が器用だし集中力もあって飲み込みがとても早かった。
 そして子爵令嬢である私をちゃんと先生扱いをしてくれるあたり、しっかりした教育を受けてきたんだろうなと思った。

「モニカ先生この後ヒマ? 一緒にお茶しませんか? 一応先生の分もケーキを用意してもらったの」
「いいんですか? ぜひよろしくお願いします」
 
 授業が終わった後は皇女様も年相応の女の子に戻ったような気がした。こんな可愛らしいお誘いを断れるわけがない。

「この時間はいつも庭から騎士団の訓練を見ながらおやつを食べるの!」
「へぇ~……え!?」

 ティータイムはお部屋の中でするものだと思っていたのに。どうしよう、いつもの私だったら喜んでついていっただろうけど、今はクリスト騎士団長に会わせる顔がない。
 でも一度お誘いを受けてしまった以上、今更断れるわけがない。どうしたものかと狼狽えてるうちに、有能なメイドさん達に部屋から出されてしまった。
 
「モニカ先生は結婚してる?」
「いえ」
「婚約者は?」
「いえ……」
「じゃあチェルナー騎士団でいい人を見つけてもいいのよ!」
「あはは……」

 皇女様のおませな質問に答えながらも私は気が気じゃなかった。小さい歩幅に合わせていても少しずつ、着実に庭へと近づいていく。
 どうか……どうか、私の存在がバレませんように……!

「皇女様いらっしゃい……あれ、シュレフタ嬢!?」
「ご、ごきげんよう……」

 そんな私の祈りはすぐに打ち砕かれた。
 庭と言っても、訓練場のすぐ近くに皇女様専用のスペースが用意されていた。更に出迎えてくれたのはアプソロン卿。私の姿にアプソロン卿は目を丸くして驚いた。 

「モニカ先生のこと知ってるの?」
「先生?」
「皇女様に刺繍を師事することになりまして……」
「そうなんですね! いやー、それは喜ばしいですね!」

 アプソロン卿がいるということはきっと……

「!」

 奥に見える訓練場にこっそり目を向けると、私の審美眼は真っ先にクリスト騎士団長を見つけてしまった。
 
「や、やっぱり私は帰ります……!」
「いやいやそんなこと言わずに! 団長も会いたがってますよ」
「はい。ぜひ見ていってください」
「っ!」

 さっきまで柵の向こうにいたクリスト騎士団長が私の目の前に現れた。速すぎるんですけど。

「あ……お花、ありがとうございました」
「いえ。お好きな花がわからなかったので花屋に任せたのですが、大丈夫でしたか?」
「は、はい。素敵でした」
「よかったです」

 この距離で会話してる時点でやばいのに、この笑顔……!!
 人前で笑わないクリスト騎士団長が、こんなに優しく笑うなんて反則だ。そんな国宝級の笑顔を向けられているのが自分だという事実が信じられない。
 遠目だったらガン見してたのに、今は近すぎて直視できなかった。

「それで、食事の……」
「く、訓練の邪魔をしてしまってすみません! みなさんを待たせてしまっているようなのでどうぞお戻りください」

 食事の件に触れられる前に、少し強引にクリスト騎士団長を送り返した。
 今ここで直接誘われたら断れないもん。推しと食事を共にするなんて、私のポリシーに反する。

「先生、ラドミールの恋人なの?」
「ち、違います!!」

 クリスト騎士団長とアプソロン卿が去った後、皇女様が興味津々に詰め寄ってきた。
 どうしよう、皇女様はクリスト騎士団長を気に入ってるのに……気分を害されていたら……

「でもでもっ、ラドミールはモニカ先生のことが好きみたいだわ!」
「へっ」

 私の心配はよそに、皇女様の口ぶりはとても楽しそうだった。

「ラドミールは私もオススメよ。だって強いもの!」
「え、あの……」
「オトメ心にはちょっと鈍いけど……剣を握る姿はかっこいいもんねっ」
「皇女様……」

 皇女様がクリスト騎士団長を気に入ってることは有名な話だったから、「私のラドミールに近づかないで」くらい言われるかと思ったのに、何故かオススメまでされてしまった。
 
「モニカ先生はラドミールのどこが好きなの?」
「か、顔……ですね……」
「わかる~!」
「あと、剣を振る時の脇の締め具合とか……」
「うんうん」
「受け流す時の流し目とか……」
「モニカ先生……! わかるクチね!?」

 その後、私と皇女様はクリスト騎士団長の魅力について小1時間くらい語り合ったのだった。

 
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