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第4話:一目惚れの相手
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「ヴィート……」
「何ですか?」
「ちょっと俺に『ありがとう』って言ってみて」
「……ありがとうございます」
「うーん……」
神妙な面持ちで何を言い出すかと思えば意味がわからなかった。とりあえず言う通りにしてみたけど、納得のいく結果にはならなかったようだ。
ラドミール・クリスト騎士団長。15歳の時にソドレニアの剣術大会で優勝し、皇室直属のチェルナー騎士団に入団。3年間ラウラ皇女の護衛騎士を務めた後、去年18歳という若さで騎士団長に就任した。
巷では無口でクールな男前だと言われている団長だが……実際の彼はそのイメージとはズレていると思う。素は割と自由奔放だし天然なところもあるし、こうやって突拍子もないことを言うのは珍しいことではない。
「何かあったんですか?」
「いや……フランセン伯爵家の森林で野外演習をしていた時に迷子を助けて……」
フランセン伯爵の森林を借りて野外演習をしたのは1週間程前のこと。確かにあの時、団長は迷子を見つけて送り届けるために一時席を外した。
「その子の叔母にあたる人に礼を言われたんだが、なんていうか……こう……グッと……いや、ギュンッときた」
「!!」
職業柄普通の人よりも「ありがとう」と言われる機会は多いはず。その言葉に胸を打たれたというよりは、その言葉を口にした人物に胸が高鳴ったということだろう。「ギュンッ」という擬音はそういう解釈で合っていると思う。
剣のことしか頭にない団長が女性に興味を示すなんて……!少なくとも、俺が団長と出会ってからは初めてのことだ。
団長自身、一目惚れの自覚はないようだけどこれはいい兆しだ。慎重に見守って、場合によってはフォローしなければ!
***
「では、合格者を発表する」
チェルナー騎士団では常に騎士の募集をかけていて、3ヶ月に一度の頻度で入団試験を行なっている。走り込みで基礎体力を確認し、現役騎士との模擬戦で力量をはかる。
「カルラ・ズーテメルク」
「はい!」
「コルネリス」
「はい!」
合格者は団長と俺が話し合って決める。今日の合格者は12名中4名だ。その内2人はソドレニアの剣術大会の優勝者と準優勝者で、俺が直接スカウトしてきた。
「マルコス・ペイルマン」
「は、はい!」
「ティナ」
「はいっ!」
「……以上だ」
いつもだったら合格者は1人出ればいい方だから今回は豊作と言える。残りの2人も、まだまだ荒削りなところはあるけど成長を見込んで合格にしようと、俺と団長の意見が合った。
「合格者には隊服を授与する」
「……」
「……団長」
「……ああ」
団長の一目惚れ(仮)が発覚してからというものの、心ここに在らずの団長をよく目にするようになった。
それでも剣を握っている時や人前に立つ時はしっかりしていたのに……今の団長は何かに気を取られているようだった。合格者に隊服を授与しながらも、視線はチラチラと演習場の外に向けられている。
演習場の外には受験者達の親族がいるくらいで、特別目を引くようなものはないはずだ。
「3日後から訓練に参加するように」
「「「「はい!」」」」
とりあえずこんな大勢の前で素の団長を晒すわけにはいかない。ボロが出る前に解散とした。
「団長……」
「ちょっと行ってくる」
「え!?」
そんな俺の思惑とは裏腹に、団長は演習場の外へ足速に向かって行ってしまった。周りの注目なんてものともせず向かった先には……一人の女性がいた。
「あの……ッ!」
「!」
団長が何かを伝える前に、女性は逃げるようにそそくさとその場を去っていってしまった。伸ばした団長の右手が虚しく宙に残る。
「団長、もしかして彼女が……」
あの女性には俺も見覚えがあった。2週間程前、ソドレニアの剣術大会を観戦していた時、俺の後ろに座っていた女性だ。
隣のおじさんとどっちが勝つかを賭けていたようで、驚くことに彼女は全ての予想を当てていた。(おそらく)初対面のおじさんから10イエンを巻き上げた女性がどんな人なのか気になって、帰るついでに声をかけたら何故か後頭部を褒められた。なかなか印象深い出来事だったからよく憶えている。
「団長、モニカって令嬢とお知り合いだったんですか?」
「!?」
試験用の剣を片付けながら声をかけてきたシモンに、団長と二人揃って勢いよく振り返った。どうやらシモンも彼女のことを知っているらしい。
「何でお前が彼女を知ってるんだ」
「あ、圧がヤバいっす団長……」
「団長、戻ってからにしましょう」
俺も気になるけどとりあえずここは人目が多すぎる。
***
「で??」
「だ、だから圧がヤバいですって……」
「団長、座ってください」
シモンを連れて執務室に入るなり団長は彼に詰め寄った。
シモンは2年前に入団した。騎士としての実力は申し分ないが性格に少々難がある。それは……女たらしであること。女性であれば誰にでも愛想を振り撒き、今までに関係を持った女性は数知れず。面倒事にならないような相手を選ぶ分別は持っているようで、今のところイザコザが起きたことはない。
しかしそんなシモンが団長の一目惚れの相手を知ってるとなると……団長は気が気じゃないはずだ。
「いや、この前とある令嬢とデートでカフェに行ったんですけどね、そこにあのモニカって令嬢もいまして……」
どうやらシモンがデートしていた令嬢と団長の一目惚れの相手は別人物のようだ。よかった。
「話してた内容が面白かったんで憶えてたんですよ!」
「その内容は?」
「フフフ……どうやら彼女、団長のことが大好きみたいっす!!」
「!!」
「『クリスト騎士団長と同じ時代に生まれてこれただけで幸せ~』って言ってましたよ!」
なんと……!めちゃくちゃ脈ありじゃないか……!
パッと団長を見たら周りに花が咲いてるんじゃないかというくらいホワホワした雰囲気が漂っていた。とても嬉しそうだ。
「……じゃあ何でさっきは逃げたんだ?」
「人目が気になったのでは?」
「……そうか」
さっき逃げたのはきっと場所とタイミングが悪かっただけだろう。そうだと信じたい。
「ちなみになんですけど……俺も彼女に会ったことがあります」
「!?」
「ソドレニアの剣術大会を観に来ていました。なかなか見る目がありましたよ」
「騎士志望ですかね?」
「剣を握るような手じゃなかった」
「どこの令嬢かはわからないのか?」
「家までは……」
今のところ彼女についてわかっていることは少ない。貴族であることは間違いないだろう。せめて家がわかれば今後コンタクトも取りやすいんだけどな……。
「あ! 刺繍が上手いらしくて、皇后様主催の刺繍コンテストに参加するって言ってました!」
「!」
今回ばかりはフットワークの軽いシモンに感謝した。
おそらく団長が見つけた迷子はフランセン伯爵の息子。その叔母にあたる人物がモニカという女性ということになる。……少し調べればわかりそうだな。
「彼女の素性については、俺が調べておきます」
「本当か!?」
団長に救われた身として、この恋、是非とも叶えていただきたいと思う。
***
彼女については調べたらすぐにわかった。
名前はモニカ・シュレフタ。首都の西隣に領地を持つ、商人出身の子爵家の次女。歳は17歳で団長の2つ下。姉はフランセン伯爵家に嫁いでいて、団長が助けた迷子は彼女の甥にあたる。
当主のシュレフタ子爵は商人としてかなりのやり手のようで、魔石を利用した生活用品の開発で大きな業績をあげた。上位貴族でも彼を一目置いている者が多いらしい。
家族含めて犯罪歴はなし。シュレフタ嬢に婚約者はなし。社交界では特に目立つ存在でもないが悪評もない。人柄も……まだ少ししかお会いしていないが素直で明るい印象を受けた。
団長のお相手として、今のところ不相応なところはないと言える。
「あの……」
「!?」
それでも、もう一度実際に会って確かめたかった。彼女がどういう人間で、団長のことをどう思っているのか。
刺繍コンテストに出場するためには役場に申請しなければならない。今日から受付期間が始まるため、近くで張りこんでいたら運良くシュレフタ嬢を見つけられた。
「えーと……お久しぶりです。俺のこと憶えてますか?」
「は、はい。ソドレニアの剣術大会で……」
「そうそう! 実は俺、チェルナー騎士団の副団長でして……」
「し、知ってます……」
「あれ、知ってましたか」
今日もこの前も隊服は着ていなかったのに。最初から騎士だということはバレていたのか。他人を装って団長のことを聞き出そうと思っていたのにな。
「では改めて……ヴィート・アプソロンです」
「あ……モニカ・シュレフタです」
「入団試験の時もいましたよね。ご家族が試験を受けたんですか?」
「家族ではなくて友人が受けました。ティナです」
「ああ……黒髪の女性ですね」
「はい。よろしくお願いします」
入団試験に来ていたのは団長に会うためじゃなくて、純粋に友人の応援に来ていたのか。いや、両方兼ねていたのかな。
ティナは合格者の一人だ。平民出身で、剣の扱いはまだまだ拙かったが身体の動かし方が柔軟で機敏だったから合格にした。
貴族の身分でありながら平民の彼女を堂々と「友人」と呼ぶとは……。シュレフタ嬢自身平民だった時期があるからかもしれないが、それでも彼女の義理堅い性格が垣間見えた気がした。
「ところで、団長とはお知り合いなんですか?」
「い、いえ! 私が一方的に知ってるだけです!」
「そうなんですか?」
「一方的に……その、応援していまして……」
「応援……」
「はい! 遠くから目立たないように……!」
団長のことが好きなら、副団長である俺との接触は喜ばしいはず。このチャンスを利用して団長にお近づきになりたいと考えるのが普通だと思う。
しかしシュレフタ嬢は俺とも一定の距離を保っているし、団長に会わせてほしいと要求してくることもなかった。
「では、これからも応援よろしくお願いします」
「は、はい」
遠くから応援するだけでいいだなんて……そんなはずないのに。シュレフタ嬢は謙虚な女性のようだ。
彼女なら、団長のお相手に相応しいかもしれない。
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