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第2話:騎士を目指す者
しおりを挟む「わあ、本当に髪を切ったのね。とても似合ってる!」
「ふふ、でしょ?」
今日は久しぶりにティナに会いに来た。ティナはクリスト侯爵領であるソドレニアに住んでいる。子爵領からは馬車で3時間程かかるから1ヶ月に1回会えればいい方だ。
兄さんの言っていた通り、長かった髪がバッサリと短くなっている。ティナはずっとロングヘアだったけど、短いのも似合っていて可愛い。
「自分で切ったの?」
「うん」
「襟足がちょっとガタガタしてる。私が整えようか?」
「うん、お願い」
理容師に散髪を頼める平民はほとんどいない。自分では見えない後ろ側はどうしてもガタガタになってしまっていた。
「本当、モニカって器用ね」
「まあね」
「モニカの刺繍の実力なら嫁ぎ先には困らないわね」
「ははは……」
私は前世からそこそこ器用な方だった。推しのアクスタを作ったり応援うちわを作ったりしていたし、細かい作業は好きだ。
この世界において、女の結婚市場価値は身分と容姿、そして刺繍やダンスの上手さで決まる。
確かに私は刺繍が上手い方だ。それは他に娯楽がなかったのと、推しのグッズに飢えていたからだ。こっそりチェルナー騎士団の紋章を刺繍してその欲を満たしていたら、自然と腕前は上がっていった。
「ねえモニカ……」
「なに?」
「私ね、サムエルが好き……結婚したいの」
「! う、うん!」
急にティナが神妙な雰囲気で話し始めた。身構えたものの、ティナの口から出てきたのは私にとって喜ばしい告白だった。
いい感じだとは思っていた。まさかティナの方にも結婚の意志があったなんて。そうとなればサムエル兄さんに「早くプロポーズしろ」と伝えなきゃ。
「でも、私は平民でしょう?」
「それは……」
舞い上がる私に対してティナは冷静だった。
身分の違い……たったそれだけの理由で愛し合ってる二人が結ばれない社会なんておかしいと思う。
ただ、今の私がこの主張を叫んだとしても、きっと表立って賛同してくれる人はいないだろう。やっぱり二人には駆け落ちしてもらって、爵位は私が継ぐしか……
「ティナ、私が……!」
「だから私、騎士になるわ」
「……え!?」
「私が爵位を継いでやる!」とかっこよくキメるつもりだったのに出鼻を挫かれた。
騎士??ティナが??
「騎士になってある程度の業績をあげたら爵位をもらえるでしょ?」
「ほ、本気……?」
「うん。ほら、私って運動神経良いじゃない? 魔法も基礎的なものなら使えるし」
どうやら本気みたいだ。
この世界での強さは魔力に大きく左右されるため、女性でも騎士になったり爵位を貰うことはできる。
確かにティナは昔からサムエル兄さんより足が速かったし、力持ちでもあった。それに加えて魔法の素質もある。
「近所に昔チェルナー騎士団に所属していた人がいて、最近稽古をつけてもらってるの」
「え……まさかチェルナー騎士団を受けるの!?」
「爵位狙いなら皇室の騎士団が手っ取り早いからね」
ティナがここまで爵位にこだわるのは、きっと……
「髪を切ったのも、長いのが邪魔だったから」
「そこまでして……」
「うん。必ず爵位を貰ってサムエルにプロポーズしてやるんだから!」
「か、かっこいいぃぃ……!!」
身分の差が理由で結婚できないなら見合う身分を手に入れてやるということだ。
ティナのかっこよすぎる決心に私は感動した。兄さんには勿体ないくらい素敵な人だ。
いつか私も……ここまでして結婚したいと思える人に出会えるといいな。
***
稽古があるからと予定より早くティナと別れて時間ができた。この時間を無駄にはできない。そうだ、推し活をしよう。
何を隠そうここはクリスト侯爵領。つまり聖地である。私も12歳くらいまではここに住んでいた。
西の森に隣接するこの街がここまで繁栄できたのは、魔石の加工技術を発展させてきたクリスト侯爵家のおかげだ。
今では当たり前のように剣に魔石が埋め込まれ、そこに魔力を込めることで使い手の身体能力を向上させているが、これを最初に開発したのは先代のクリスト侯爵らしい。
ワアアアア――
「!」
大きな歓声が聞こえてきた。横手に見える建物は昔からある催事場で、毎年秋口に年齢・身分不問の剣術大会が開かれる。
私が初めてクリスト騎士団長を見たのもこの場所だ。彼は12歳で初めて参加し、3年後の大会で優勝して皇室の騎士団にスカウトされた。
久しぶりに覗いてみようかな。
「隣失礼します」
「おうねーちゃん! どっちが勝つか賭けようぜ!」
適当に入り口から違い席を選んだら、酔っ払いの隣に座ってしまったみたいだ。前世で例えるなら、ワンカップ片手に高校野球の観戦をして野次を飛ばすおじさんというところだろうか。
「私は……赤髪の女性が勝つと思います」
「じゃあ俺は黒髪の方に賭けるぜ!」
今は1つめの準決勝戦のようだ。さすがここまで勝ち上がってきただけあってレベルの高い勝負だと思う。
「「「おおお!!」」」
「……私の勝ちですね」
「うぐぐ……!」
結果は私の予想通り、赤髪の女性が相手の剣を場外に弾いて勝利した。
予想を外した酔っ払いおじさんは顔を真っ赤にして酒をあおった。
「失礼します」
「……!?」
空席だった私の前の席に人が座った。自然と視界に入ったその人物には見覚えがあった。短い茶髪に長身の身体、そしてニコニコと愛想の良い表情を浮かべている彼は……間違いない。チェルナー騎士団の副団長、ヴィート・アプソロン卿だ。いつもクリスト騎士団長の近くにいるから、もちろん彼のこともよく知っている。
彼も過去にこの剣術大会で優勝したことがある。見た感じ私服っぽいけど、スカウトしに来たのかな。
名実共にクリスト騎士団長の右腕として名高い彼……私が踏み込んでいい領域ではない。私は気付かないフリをすることにした。
「おいねーちゃん、この試合俺はでかい方に賭けるぜ!」
「……私は小柄な彼が勝つと思います」
アプソロン副団長に気を取られているうちに、もう一つの準決勝が始まったみたいだ。
今度の試合は大柄な成人男性と小柄な青年の対戦。一見身長が大きい方が優勢に見えるけど……私は何かの機会を窺うような青年の動きを見逃さなかった。
「あーーまた負けた!!」
「フッフッフ……」
大柄な男性が大きく剣を振りかぶった瞬間、青年は素早く懐に潜り込み強烈な突きをお見舞いした。
今回も私の予想が的中した。伊達に4年間ここに通っていたわけじゃない。剣の才能はなくても才能を見抜く目は培われたみたいだ。
「うーん……さすが決勝はいい勝負だな」
「ですね」
「ねーちゃんはどう思う?」
決勝戦は赤髪の女性と小柄な青年の闘いとなった。今のところどっちが勝ってもおかしくない戦況だ。
すっかり打ち解けてきたおじさんは予想に自信がないのか、先に私に聞いてきた。
「……女性が勝つと思います」
「よし! コレが当たったら10イエンやるよ」
「言いましたね?」
この世界での通貨はイエン。なんとも馴染みのある響きだ。物価は日本の昭和中期くらいと同じ感覚で、10イエンあれば3食はまかなえる。お小遣いとして十分魅力的な額だ。
「「「ワアアア!!」」」
優勝は……赤髪の女性だ。
「どうしてわかったんだ?」
「実力はほぼ互角だったので……動きがしなやかな方に賭けました」
「??」
彼女が勝つと予想したのは、動きがクリスト騎士団長と似ていると思ったからだった。
「完敗だ……ねーちゃんは見る目があるな」
「へへ、ありがとうございます」
私がおじさんから10イエンを受け取ったところで、前の席のアプソロン副団長が立ち上がって、こちらを振り返った。ばっちりと目が合う。彼もクリスト騎士団長に負けず劣らず綺麗な顔をしている。明るく社交的なワンコ系男子だと、私は勝手に思っている。
「図体がでかいので見にくくなかったですか?」
「い、いえ! 全然、綺麗な後頭部でした!」
「あはは、ありがとうございます」
まさか話しかけられるとは思わなくて変なことを口走ってしまった。そんなおかしな女に対してアプソロン副団長は引くわけでもなく、明るく笑いかけてくれた。神対応である。
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