終焉を迎えそうな世界で、君以外はなんにもいらないんだ

朱月野鈴加

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【四十三話】訣別

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 *

 それから律は結局、まだ蘭たちのところにいる。
 アナスタシアに子どもが出来たのもあるし、そろそろ自立しようと思うと伝えると、まず、蘭に泣かれた。
 まさか泣かれるとは思っていなかった律は、父たち三人の挙動にまずビクビクした。いくら律が強いとはいっても、向こうは三人だし、律の父たちだ。勝負をする前から勝敗は決まっている。
 それだけなら律は説得をしたかもしれないが、まさかの父たち三人からも反対された。
 本心ではどう思っているのかはともかく、一番大きいのは蘭が泣いたから、である。
 あ、これ、秘かな報復? と思ったけど、思うだけに留めた。
 というわけで、律は絶賛、両親認定のニート状態だ。
 ……いや、それを考えたら、父たちもニー……いやいや、それはともかく。

 律は時間を作っては、アナスタシアの元に足しげく通った。
 最初のうちは中央棟の通路まで出てきてもらっていたが、お腹が大きくなるにつれ、アナスタシアの父たちがあれこれと理由を付けて出てこなくなったので、律は敵の本陣……ではなく、アナスタシアたちが暮らす建物に乗り込んだ。
 かなり押しかけ感が強かったけど、アナスタシアに会えないのが嫌だったのだ。
 そして、分かっていたけどこの建物も律たちが暮らす建物とまったく同じで、違うのは色だけでそれは戸惑った。
 来客室で監視付きの中でしか会えなかったけど、律はそれでも幸せだった。
 アナスタシアは毎回、不満そうではあったが。

 そして、偶然にも出産に立ち会うことが出来た。
 律はずっと、アナスタシアの手を握っていた。

 産まれたのは女の子で、律が蘭と一緒に考えて、玲(れい)と名づけられた。
 そしてそれから遅れて数日後。
 こちらも律は立ち会えたのだが、律から見たら妹になる子が産まれた。
 蘭によって、寧(ねい)と名づけられた。

 子どもが産まれると、その子中心の生活となる。
 律もまた、寧のお世話に明け暮れた。
 もちろん、時間を作っては、玲の面倒も見ていた。
 だけど夜はすっかり任せっきりになるわけで。
 ある日、アナスタシアに泣きつかれた。

「リツぅ、レイの夜泣きがすごくて……辛いの」
「夜泣きか……」

 寧は男三人いわく、律のときより手が掛からない、らしい。律はとにかく元気すぎて、大変だったという。その点、寧は女の子だからなのか、性格の差なのか、大人しい。
 玲はどうやら、律に似たのか? でも、夜泣きがひどかったとは聞いてないからどうなんだ?

「……ここでいいから、泊まらせてもらえないかな?」
「はっ?」

 今日も今日とて、律はアナスタシアの元に来ていた。
 アナスタシアの腕の中で玲は大人しく抱かれていて、アナスタシアの髪の毛の先をバシバシ叩いて遊んでいる。
 うん、寧に比べると元気だ、と思う。

「寝るのは床の上でいいから」

 今日の監視役のルーベンにそう訴えれば、審議してくると言われ、部屋を出ていった。
 久しぶりにアナスタシアと、玲もいるけど、二人っきりだ。
 律はアナスタシアに近寄ると、抱きしめてキスをした。
 さすがに監視があると無理なので、本当に久しぶりだ。
 玲も一緒に抱きしめて、アナスタシアの唇に重ねるだけのキスをする。
 すると、アナスタシアはポロポロと泣き始めた。
 まさか泣かれるとは思ってなくて、律はギョッとした。

「あっ、アナ?」
「リツぅ。会えなくて、淋しいし、辛いよぉ」

 そう言って泣くアナスタシアに、律はかなり嬉しい。
 子どもが出来たと言われた日に好きと言ってもらって以来、アナスタシアからは特にそういった類の言葉を聞けていなかったから、それは好きと言われる以上に嬉しかった。
 そうして慰めていると、来客室の扉がバンッ! と音を立てて開かれた。
 その音にびっくりした玲が泣き出したのを見て、アナスタシアは目をつり上げた。

「駄目だ!」
「駄目だ、じゃないわよ」

 静かに怒るアナスタシアを見て、あ、これ、本気で怒ってるヤツだと律は悟って、そっと玲を引き取った。
 玲はそれで泣き止み、嬉しそうに律の頬をペタペタと叩いてきた。幸せだ、と律は感じていた。

「父さんたち?」

 アナスタシアの周りに魔力が集まってくるのを律は肌で感じていた。だから律はとっさに自分の周りにかなり強固な結界を張った。

「いい加減に、しろーっ!」

 ドッカーンと音が聞こえたような気がするが、それはアナスタシアの怒りが爆発したからなのか、実際に三人を吹き飛ばした音なのか、分からない。
 だけどアナスタシアは器用にも三人にだけ魔法をぶち当てていた。たぶんあれ、風魔法を凝縮したヤツで、当たっただけでも相当痛いはず。身体が吹っ飛んで壁にぶち当たっていて、それも痛そうだ。

「ア……アナスタシア……?」
「本当にいい加減にしてよ! あたし、ここを出る!」
「え?」

 出るのはいいけど、どこに行くんだ?

「リツ、いいわよね?」

 アナスタシアがすごい目をして睨んできたので、律はうなずくしかなかった。

「あ……はい」

 律の了承に、アナスタシアの行動は早かった。というか、最初からそのつもりだったとしか思えない準備の良さに苦笑するしかない。
 アナスタシアの父たちが立ち上がったときにはすでに時は遅かった。

「今まで育ててもらった恩は忘れないわ。ありがとうございました」

 それだけ告げると、アナスタシアはもう振り向きもしないで歩き出していた。
 律はとりあえず三人に一礼をして、玲をしっかり抱っこしてアナスタシアの後を追った。

「アナスタシアぁぁぁ!」

 三人の情けない声が聞こえたが、アナスタシアの母である聖女は、

「自業自得よね!」

 と、ケラケラ笑っていた。

 とりあえず律はアナスタシアを蘭たちのところに連れていくことにした。
 事前に準備をしていたのならいざ知らず、いきなりで、しかも赤子連れなのだ。
 それによくよく考えてみたら、四人にまだ玲を見せていなかった。
 お披露目がこんな形になるとは、と思わず苦笑が洩れる。

「そういえば、アナってまだ、ランに会ってないんだっけ?」
「ランって、聖女さま?」
「あー、うん。ぼくの母さん」
「そうね、まだお会いしてないわ」

 アナスタシアの母は律の中では笑い上戸な人というイメージしかない。さっきも笑っていたし。
 その点、蘭は微笑むことはあるけど、あんなに笑わない。同じ聖女でもこんなに違うのか、と思う。

 律は予告なくアナスタシアと玲を伴って帰ったので、さすがに驚かれたけど、歓迎された。
 四人は玲を見て、父たち三人が声を上げて笑った。

「うっわー。赤ん坊の頃のリツにそっくりだね!」
「思い出しますね、本当に」
「ほんと、リツだな!」

 しかも蘭は、

「女の子なのになかなかイケメンね!」

 と言っていた。

 そして、蘭とアナスタシアの初対面は……。

「初めまして、アナスタシアと申します」
「律の母の蘭です」

 となぜかお互いが緊張した面持ちで固い挨拶を交わしていた。

「なんでそんなに二人とも、緊張してるの?」

 思わず律が突っ込むと、二人して同時に反論してきた。

「律の好きな子でしょう? 緊張するわよ」
「まっ、幻の聖女さまよ? 緊張しないわけ、ないじゃない! しかもリツのお母さまでしょう?」

 律には蘭が律が好きな子だから緊張するのが分からなかったけど、アナスタシアの言う後半は分かった。

「いや、それより幻の聖女って?」
「ずっと病で伏せっていてだれも姿を見たことがなかったから……」
「あー……」

 そういえば、そういう設定にしていたと律は言われて思い出した。

「あれ? ぼく、アナに話してなかった?」
「なにを?」
「ランが大異変に攫われてたってこと」
「……え?」
「え? あれ?」

 言ってなかった? と律は悩んで、言い忘れていた……というか、みんな、知っているものと思っていたことに気がついた。

「これって……内緒だったの?」
「内緒というか、他の聖女に不安がらせないために隠してた」
「もう終わったことだし、アナスタシアなら知っても問題ないよ」

 ということでホッとしたが。

「でも、なんで大異変のところにランがいたのを不思議に思わなかったの?」
「思ったけど、しっ、質問する前に!」
「あー……」

 うん、終わったと思って、即、アナスタシアを襲った。
 質問する暇も確かになかった。
 アナスタシアは思い出したのか、真っ赤になって俯いているし。
 そんなアナスタシアを見て、律はムズムズしてきたが、襲うに襲えないこのもどかしさ。
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