終焉を迎えそうな世界で、君以外はなんにもいらないんだ

朱月野鈴加

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【三十一話】とんぼ返り

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 それもだが。

「いやいや、ちょっと待てよ。それをやったのが内部の人間、だと?」
「うん。だってさ、不自然なんだよ。大異変はなんで大聖女を殺したのか、その後、幹部が殺されて、補充されていない。でもこれが、すべて内部の人間の仕業ならば、説明はつく」
「幹部ではない人間で、大聖女に近い立場の者、ですか?」
「そんな人、いるのか?」

 そもそも、そんなことをして利益を得るのは一体だれなのか。

「……怪しいのが多すぎて絞り込めないな」
「単純に利益を得るためだけではない、というのを考えたら……余計に分からないな」
「難しく考えすぎだよ。ほら、よく考えてみて。この状況になって、一番得してるのは?」
「……聖女?」
「聖女は得はしてないですよね。損しなくなっただけです」
「──となると? ……え?」
「たぶん、アーロン兄さんが思っている人たち、だよ」
「……俺たち、か?」
「正確には、おれたち以外の聖女の相手である男のだれか、だ」

 アーロンとトマスは男たちの中で黒髪を持つ者を考えた。だが、該当者はいない。

「犯人自体は黒髪とは限らないよ。それに、どこまで関わってるのか、それもはっきりしない」
「だが、封印を緩めるなんて芸当、だれにでも出来るわけではないよな?」
「うん。──で、そこで、さっき話に出た、『勇者の因子』が出番になります」
「あぁ。……確かに俺たち、勇者の因子を持っている、らしいが。それ、俺たちには使えない代物なんだよな?」
「本来ならね。でも、もしも勇者の血も引いていたら?」
「勇者でなくても使える可能性がある、のか?」
「推測だけど、使えると思うよ」

 となると、勇者の血を引いている者を探せば、犯人に行き当たる?

「だが、聖女の相手の男に幹部を補充させないとかいう権限はないよな?」
「ないよ。ないけど、外部と通じていれば、できるよね?」
「……自分の立場でしか考えられないんだが、俺は外部との交流はない。あったとしても、それほどの権限を持てるとは思えないんだが」

 アーロンとトマスはうーんと唸っているが、イバンは少し黒い笑みを浮かべて口を開いた。

「ヒントだよ。勇者の血を引くってところ」
「勇者の、血……? ん? ……あっ! そういうことか!」
「そういうとは? ……あぁ、なるほど。──勇者の血を引いているから外から連れて来られた、と?」

 改めて、なぜ、聖女だけ外に出されるのかを考えてみると、聖女は『勇者の因子』を持っていないからではないか。
 そう考えれば、外にいる『勇者の因子』を持っている者を探し出して連れ戻すという行動も納得がいく。
 だが、サフラ聖国はどうしてそこまで『勇者の因子』にこだわるのか?

「勇者も元をたどれば、スルバランの血も併せ持つ。聖女の相手は充分に勤まる」
「年の頃もちょうど良かった、と?」
「そうだろうな」
「年齢的に勇者の子というより孫に当たるか?」

 男三人は、律を幼い頃は遊ばせるため、長じてからは訓練のために中央棟を使っていた。できるだけ他の聖女と被らないような時間を選んでいたが、完全に排除できるわけがなく、否応なく交流しなければいけない場面があった。
 しかし、それ故に聖女全員と知り合えたし、男たちも知っている。
 その中に犯人がいる、と言われても、なかなか特定は難しい。

「そんなに難しく考えなくても、すぐに答えは出るよ」
「は?」
「え?」
「おれの考えだけど。……というとズルいか。たぶん、この三人の中でおれだけが知ってることだと思うんだけど」

 イバンは一度、そこで区切ってアーロンとトマスを見た。

「犯人は、アナスタシアの父親だ」
「なんだって?」
「それは……」
「レジェス、と言ってもピンと来ないだろうけど、栗色の髪の一番若い男だよ」
「どうして言い切れる?」
「レジェスと二人で話す機会があって、その時、外にいたと言ってたんだ。その後、マズいって顔してた。思わず言ってしまったみたいだね」

 それはイバンしか知らない情報だ。

「他には外から連れて来られた男は?」
「それ以外は知らないな」
「私も分かりません」
「俺も知らないな」
「……それだけでは確定とは言えないですね」

 かなり怪しいが、有力な情報という位置づけでしかない。

「しかし、もしも大異変の封印を緩めた犯人がレジェスだとしたら」
「リツは大丈夫か?」
「そこは大丈夫」
「どうして言い切れる?」
「ちょっと今、思ったんだけど。大異変の封印が緩んだのが、もしも事故だったら? って」
「事故?」
「意図的にされたのではなくて、事故だったと?」
「そう。『勇者の因子』を持ち、かつ、それが使える者がなんらかの理由で封印に接触して、意図せず緩んでしまった、と」
「だから勇者を作り、育てた?」
「うん。それと、大異変の封印が緩んだ時期に関してなんだけど、それははっきりしないんだよね。でも、もしかしたらおれたちが思っていたより早い時期だったのかもしれない」

 さすがにそれが聖女召喚の一年や二年といった前ではないと思うが、蘭が召喚される以前である可能性は高い。

「二十年前、最初の聖女が召喚されて蘭が召喚されるまで、時間差はある」
「最後に召喚されたランにだけ問題があったから、ランが召喚される前と考えるのが自然ではあるが」
「緩んだと同時にすぐには力は使えないと思うんだよね」
「……もう二十年前の話だし、今さら調べてもって感じだが、時期は気になるな」
「それもだけど、一体どこに封印されているのか」
「あー」
「封印されている場所は?」
「大聖女しか知らない」
「え?」
「だから大聖女は殺されたのか?」
「たぶんね。それで、大聖女殺しと幹部惨殺に関しては、封印が緩んで出てきた大異変単独犯行だとにらんでる」
「大異変単独犯行って言われると、なんか変な感じだな」
「レジェスは関係してないと言いたかっただけだから」

 とそこで、トマスは疑問を口にした。

「大異変が封印されている場所は大聖女しか知らないと言いますが、じゃあ、なんでレジェスは封印に触れることが出来たんですか?」
「さすがトマス兄さん、いいところに気がついたね」
「……すごく馬鹿にされてる気持ちになるのですが」
「馬鹿にはしてないです。……で。大異変が封印されている場所だけど」

 そう言って、イバンは地面を指さした。

「下? 地面?」
「あくまでも推測。ここの中央棟の下に封印されているのではないかと」
「……はぁぁあ?」
「イバン、それはいくらなんでも馬鹿にしすぎですよ」
「おれだって、嘘だろ? と思ったけど、よく考えて欲しい。ここの国以外に封印されているとしたら、どこの国がふさわしい?」
「……確かに、そうなんだが」
「じゃあ、リツたちが旅立つ必要は?」
「あるよ」
「あるのか?」
「大異変による天変地異、魔物の大繁殖、その魔物による各地の被害、それらを治めるために勇者は各地に派遣される」
「だけど今回は、それがないじゃないか」
「ランのおかげかと」

 ランのおかげ? とトマスは口の中で呟き、それから天井を見上げた。

「まるで人身御供みたいな……!」
「みたいではなくて、事実」
「……ちょっと待て? 大異変の封印が中央棟の地下にあるのなら」
「ランはずっと側にいたと?」
「それが本当なら、俺たち、めちゃくちゃ間抜けじゃないか!」
「この事実に気がついたのは、さっきなんだけど。おれ、めちゃくちゃ絶望したよ」
「こんなに近くにいたなんて……!」
「いや、それよりもだ。ここの下に封印が……というか、ランが囚われているというのなら、今すぐ行くぞ!」

 アーロンが飛び出そうとしたため、イバンが止めた。

「アーロン兄さん、そんなに早まらないで」
「のんびりしていられるか!」
「行っても、おれたちではなにも出来ないよ」
「それなら、どうしろと!」
「リツを急いで呼び戻しましょう」
「どうやって?」
「こんなこともあろうかと、リツに水晶を持たせている」
「さすがイバン、そういうところは抜かりないな」

 イバンは部屋に置かれている水晶に近寄り、律に連絡をしているようだった。

「すぐ戻るって」
「……さっき、感動の別れをしたばかりなのに」
「なんだろう、この茶番感」
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