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【二十六話】子どもは自然と大きくなる
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蘭がさらわれて、一年が経った。
ということは、律も一歳になるということで。
つかまり立ちが出来るようになってから歩き出すのは早かった。
歩けるようになると行動範囲が広がり、ますます目が離せなくなってきた。
そして、一語ではあるが、話せるようになってきた。
蘭を含む四人でいたときも思ったが、律が歩けるようになるとそれはますます顕著になってきた。それは部屋の広さだ。この部屋は狭い。
「改装……したいですね」
「そうだよなぁ。狭いよな」
「それもだけど、リツの部屋もないよね」
「リツは……ランの部屋を間借りしましょう」
「まぁ、ここはそもそも、勇者を作るためだけに作られたからな。育てるようにはなってない」
色々と問題は浮上してきてはいたが、それでも順調ではある。
「今はまだ良いが、もう少し大きくなったら色々と仕込むんだよな?」
「その予定です」
「この建物の中では教えられないよな?」
「そうですね……。どうしましょうか。ここから出ますか?」
「それな。悩ましいんだよな。ここを出て、俺たちはまだ一緒にいられるのかどうか。それもあるが」
「……ランとの思い出の場所を捨てるようで嫌、と」
「そう、それが一番大きい」
蘭との思い出は、この建物内にしかない。
そこを捨てるのは、とても辛い。
「……だからといって、今さらリツを手放すなんて、とてもではないが出来ないよな」
「無理です、そんなこと。ランもいない、リツまでいなくなるなんて……考えられない」
「じゃあ、どうにかするしかないな」
「……となれば、だ」
アーロンはそう言って、トマスとイバンを見た。
「中央棟を使おう」
「……はっ?」
「え?」
「あそこの、大聖女の葬儀をした部屋。そこそこ広かったよな」
「えぇ、そうですね」
「あそこを使って、訓練、出来ないか?」
「出来なくないとは思いますが、許可が下りるとは……」
「許可なんて要らない。というか、許可を下ろすヤツが未だにいないんだ、使っても問題ないだろう」
そう、あの事件から一年以上経つというのに、未だに中央棟には管理者がいなかった。
ただ、この中に人がいないわけではない。聖女たちのために外から運ばれる食材や日用品などを受け取ってくれる人たちはまだ存在していて、地道に働いてくれていた。
その人たちがいなければ、今頃、ここで暮らすことは不可能になっていただろうから、感謝しかない。
そして、中央棟の管理も残っている人たちが行っていてくれる。
「……となると」
「使わない手はない、か」
「大きくなって、あそこが狭く感じてきたらまた別の場所を検討しなければならないが、しばらくは使えるだろう」
となると、善は急げ、と律を連れて、初めての外出、となった。
律は三人に懐いていたが、特にトマスが気に入っているようだ。トマスが抱っこして、中央棟へと向かった。
そして、大聖女の葬儀で使った部屋に訪れると……。
先客がいた。
向こうは聖女と男三人、そして律より大きい子ども連れ。
やはり考えることは一緒のようだ。
「リツ、初めての外はどうですか?」
部屋の中では大暴れの律だが、初めて出た外、しかも初めて見る広い場所に驚いているようだった。かなり大人しくトマスに抱かれている。しかも怖いのか、トマスの服にしがみついていた。
「怖いのか?」
アーロンの問いに、律は小さくうなずいた。
「そういうところはランに似て素直だな」
「……ラン?」
「リツのお母さんの名前ですよ」
「おかー?」
と部屋の隅で様子を見ていたら、先に来ていた聖女たちがこちらに気がついたようだ。髪の毛は茶色で、緑の服を着た聖女だけが一人でこちらにやってきた。
「ごきげんよう」
思わず身構える三人だが、聖女は笑った。
「挨拶に来ただけよ」
「……そうですか。失礼しました」
「あなたたち、聖女を連れてないみたいだけど」
「少し不在にしてます」
「……お手洗い、かしら?」
「まぁ……そうだな。似たようなもんだな」
馬鹿正直にさらわれたなんて言えば、この聖女を不安にさせるだけだ。だから聖女に言われた言葉を肯定した。
「ざーんねんっ! 挨拶をしたかったんだけど!」
「それはわざわざ、ありがとうございます」
いくら男たちに愛されていても、やはり異世界から来たという他の聖女と話をしたいのだろう。もしかしたら同郷と会えるかもしれないわけだし。
「かわいい子ね。男の子?」
「えぇ、そうです」
「うちは女の子なの。仲良くしてね」
律は初めて見る人に人見知りをして、トマスの胸に顔を埋めてしまった。聖女はその様を見て、くすくす笑っている。
「今日はあたしたちだけだけど、普段はもっと人がいるのよ。そうね、もっと早い時間なら、たくさんの聖女に会えるわ」
「そうなのですね」
詮索されたくないので、この時間より遅めに来るのがいいという情報をもたらされ、トマスは笑みを浮かべた。
「っ! あっ、あたし、これで、しっ、失礼、するわ!」
トマスの笑みに赤くなった聖女はそれだけ告げると、バタバタと駆けて戻っていった。
「……トマス、おまえ、自分の笑みの破壊力を自覚しろ」
「…………?」
「分かってないな。そんなだからランが心配するんだぞ」
「良く分かりませんが、ランに心配はかけたくないので、自重します」
「そのかわり、リツにはたくさん、笑いかけろ」
「……はい?」
アーロンの言葉に、隣で聞いていたイバンがツッコミを入れてきた。
「そういうアーロン兄さんも、色々と自覚した方がいいんじゃないの?」
「なにをだ?」
「すぐに睨まない」
「いいだろ、別に。ランに睨んだことはないはずだし!」
「睨まれたけど、なにか悪いことをした? って相談、訓練所にいるとき、よくされたんだけど」
「それを言ったらトマスとイバン。おまえらも『笑いかけられたけど、脈があるのか?』って聞かれ続けた俺の身にもなれ!」
「とーた?」
アーロンの声に、律が声をかけてきた。それで状況を思い出した。
「……っと。そうだった。リツ、ここでちょっと遊んでみないか? 部屋と違って広いからきっと楽しいぞ」
「あそぶ?」
トマスの腕の中でもぞもぞとしていたが、ようやく場慣れしてきたのか、いつもの表情が戻ってきた。
「あそぶっ!」
律はトマスの腕の中から飛び降りた。かなり高いところからだが、少しよろけたくらいだった。
「よーしっ! じゃあ、追いかけっこ、するか?」
「するー!」
律はどうやら、アーロンは遊び相手、と認識しているようだった。
怖がられるよりもそれはそれでいいか、とアーロンは思っている。
アーロンと律が追いかけっこをしているのを、トマスは目を細めて見ていた。
イバンはトマスの横に立ち、同じように見ている。
「ここに来るのはもう少し遅い時間がよさそうですね」
「うん、それはおれも思った」
「本当はリツを他の子たちと遊ばせたいのですが」
「……どちらを取るか、だよな」
「下手に他の聖女に不安を抱かせたくないですし」
「後は……まぁ、ランは病に伏せっていることにする、とか?」
「だれか一人、部屋に残して偽装する、と?」
「それもありかと」
「……なるほどね。さすがイバン、悪知恵が働きますね」
毎回、蘭がいないままで三人がここに来るのは得策ではない。となると、イバンが言うように偽装するしかなさそうだ。
「病に伏せってるとなると、私の治癒の力を疑われそうで嫌ですが、仕方がないですね」
「治癒魔法ですべての病気が治るわけではないだろう?」
「そうですが。……なんというか、癪に触ります」
「まぁ、分かるけど。ここはリツのために、我慢するしかないよな」
「それを言われると、弱いですね」
きっと三人は、蘭の次に律に弱くて甘い。
それだけ、三人にとって大切ということだ。
しばらく追いかけっこをしていたが、飽きたのか、それともはしゃぎすぎて疲れたのか、アーロンが律を抱っこして戻ってきた。
「寝ましたか」
「いやー、参ったね。こいつ、俺に追いつくために魔法を使ったんだぜ」
「えっ?」
「まだ教えていませんよね?」
「あぁ。俺はそもそも魔法は苦手だから教えてない」
「私は癒し系しか使えませんよ」
「おれは基本、攻撃魔法だぞ。補助系は使えないことはないが、苦手だ」
「……となると」
「自力、か?」
「……そうだとすれば、末恐ろしい」
気がつけば、先ほど声をかけてきた聖女たちはいなくなっていた。戻ったのだろう。
「我々も戻りますか」
「リツも珍しく寝てしまったしな」
「やはり運動量が足りてなかったのですね」
「まぁ、そりゃそうだろう」
そんな話をしながら、帰路に就く。
そして──異変が起こる。
蘭がさらわれて、一年が経った。
ということは、律も一歳になるということで。
つかまり立ちが出来るようになってから歩き出すのは早かった。
歩けるようになると行動範囲が広がり、ますます目が離せなくなってきた。
そして、一語ではあるが、話せるようになってきた。
蘭を含む四人でいたときも思ったが、律が歩けるようになるとそれはますます顕著になってきた。それは部屋の広さだ。この部屋は狭い。
「改装……したいですね」
「そうだよなぁ。狭いよな」
「それもだけど、リツの部屋もないよね」
「リツは……ランの部屋を間借りしましょう」
「まぁ、ここはそもそも、勇者を作るためだけに作られたからな。育てるようにはなってない」
色々と問題は浮上してきてはいたが、それでも順調ではある。
「今はまだ良いが、もう少し大きくなったら色々と仕込むんだよな?」
「その予定です」
「この建物の中では教えられないよな?」
「そうですね……。どうしましょうか。ここから出ますか?」
「それな。悩ましいんだよな。ここを出て、俺たちはまだ一緒にいられるのかどうか。それもあるが」
「……ランとの思い出の場所を捨てるようで嫌、と」
「そう、それが一番大きい」
蘭との思い出は、この建物内にしかない。
そこを捨てるのは、とても辛い。
「……だからといって、今さらリツを手放すなんて、とてもではないが出来ないよな」
「無理です、そんなこと。ランもいない、リツまでいなくなるなんて……考えられない」
「じゃあ、どうにかするしかないな」
「……となれば、だ」
アーロンはそう言って、トマスとイバンを見た。
「中央棟を使おう」
「……はっ?」
「え?」
「あそこの、大聖女の葬儀をした部屋。そこそこ広かったよな」
「えぇ、そうですね」
「あそこを使って、訓練、出来ないか?」
「出来なくないとは思いますが、許可が下りるとは……」
「許可なんて要らない。というか、許可を下ろすヤツが未だにいないんだ、使っても問題ないだろう」
そう、あの事件から一年以上経つというのに、未だに中央棟には管理者がいなかった。
ただ、この中に人がいないわけではない。聖女たちのために外から運ばれる食材や日用品などを受け取ってくれる人たちはまだ存在していて、地道に働いてくれていた。
その人たちがいなければ、今頃、ここで暮らすことは不可能になっていただろうから、感謝しかない。
そして、中央棟の管理も残っている人たちが行っていてくれる。
「……となると」
「使わない手はない、か」
「大きくなって、あそこが狭く感じてきたらまた別の場所を検討しなければならないが、しばらくは使えるだろう」
となると、善は急げ、と律を連れて、初めての外出、となった。
律は三人に懐いていたが、特にトマスが気に入っているようだ。トマスが抱っこして、中央棟へと向かった。
そして、大聖女の葬儀で使った部屋に訪れると……。
先客がいた。
向こうは聖女と男三人、そして律より大きい子ども連れ。
やはり考えることは一緒のようだ。
「リツ、初めての外はどうですか?」
部屋の中では大暴れの律だが、初めて出た外、しかも初めて見る広い場所に驚いているようだった。かなり大人しくトマスに抱かれている。しかも怖いのか、トマスの服にしがみついていた。
「怖いのか?」
アーロンの問いに、律は小さくうなずいた。
「そういうところはランに似て素直だな」
「……ラン?」
「リツのお母さんの名前ですよ」
「おかー?」
と部屋の隅で様子を見ていたら、先に来ていた聖女たちがこちらに気がついたようだ。髪の毛は茶色で、緑の服を着た聖女だけが一人でこちらにやってきた。
「ごきげんよう」
思わず身構える三人だが、聖女は笑った。
「挨拶に来ただけよ」
「……そうですか。失礼しました」
「あなたたち、聖女を連れてないみたいだけど」
「少し不在にしてます」
「……お手洗い、かしら?」
「まぁ……そうだな。似たようなもんだな」
馬鹿正直にさらわれたなんて言えば、この聖女を不安にさせるだけだ。だから聖女に言われた言葉を肯定した。
「ざーんねんっ! 挨拶をしたかったんだけど!」
「それはわざわざ、ありがとうございます」
いくら男たちに愛されていても、やはり異世界から来たという他の聖女と話をしたいのだろう。もしかしたら同郷と会えるかもしれないわけだし。
「かわいい子ね。男の子?」
「えぇ、そうです」
「うちは女の子なの。仲良くしてね」
律は初めて見る人に人見知りをして、トマスの胸に顔を埋めてしまった。聖女はその様を見て、くすくす笑っている。
「今日はあたしたちだけだけど、普段はもっと人がいるのよ。そうね、もっと早い時間なら、たくさんの聖女に会えるわ」
「そうなのですね」
詮索されたくないので、この時間より遅めに来るのがいいという情報をもたらされ、トマスは笑みを浮かべた。
「っ! あっ、あたし、これで、しっ、失礼、するわ!」
トマスの笑みに赤くなった聖女はそれだけ告げると、バタバタと駆けて戻っていった。
「……トマス、おまえ、自分の笑みの破壊力を自覚しろ」
「…………?」
「分かってないな。そんなだからランが心配するんだぞ」
「良く分かりませんが、ランに心配はかけたくないので、自重します」
「そのかわり、リツにはたくさん、笑いかけろ」
「……はい?」
アーロンの言葉に、隣で聞いていたイバンがツッコミを入れてきた。
「そういうアーロン兄さんも、色々と自覚した方がいいんじゃないの?」
「なにをだ?」
「すぐに睨まない」
「いいだろ、別に。ランに睨んだことはないはずだし!」
「睨まれたけど、なにか悪いことをした? って相談、訓練所にいるとき、よくされたんだけど」
「それを言ったらトマスとイバン。おまえらも『笑いかけられたけど、脈があるのか?』って聞かれ続けた俺の身にもなれ!」
「とーた?」
アーロンの声に、律が声をかけてきた。それで状況を思い出した。
「……っと。そうだった。リツ、ここでちょっと遊んでみないか? 部屋と違って広いからきっと楽しいぞ」
「あそぶ?」
トマスの腕の中でもぞもぞとしていたが、ようやく場慣れしてきたのか、いつもの表情が戻ってきた。
「あそぶっ!」
律はトマスの腕の中から飛び降りた。かなり高いところからだが、少しよろけたくらいだった。
「よーしっ! じゃあ、追いかけっこ、するか?」
「するー!」
律はどうやら、アーロンは遊び相手、と認識しているようだった。
怖がられるよりもそれはそれでいいか、とアーロンは思っている。
アーロンと律が追いかけっこをしているのを、トマスは目を細めて見ていた。
イバンはトマスの横に立ち、同じように見ている。
「ここに来るのはもう少し遅い時間がよさそうですね」
「うん、それはおれも思った」
「本当はリツを他の子たちと遊ばせたいのですが」
「……どちらを取るか、だよな」
「下手に他の聖女に不安を抱かせたくないですし」
「後は……まぁ、ランは病に伏せっていることにする、とか?」
「だれか一人、部屋に残して偽装する、と?」
「それもありかと」
「……なるほどね。さすがイバン、悪知恵が働きますね」
毎回、蘭がいないままで三人がここに来るのは得策ではない。となると、イバンが言うように偽装するしかなさそうだ。
「病に伏せってるとなると、私の治癒の力を疑われそうで嫌ですが、仕方がないですね」
「治癒魔法ですべての病気が治るわけではないだろう?」
「そうですが。……なんというか、癪に触ります」
「まぁ、分かるけど。ここはリツのために、我慢するしかないよな」
「それを言われると、弱いですね」
きっと三人は、蘭の次に律に弱くて甘い。
それだけ、三人にとって大切ということだ。
しばらく追いかけっこをしていたが、飽きたのか、それともはしゃぎすぎて疲れたのか、アーロンが律を抱っこして戻ってきた。
「寝ましたか」
「いやー、参ったね。こいつ、俺に追いつくために魔法を使ったんだぜ」
「えっ?」
「まだ教えていませんよね?」
「あぁ。俺はそもそも魔法は苦手だから教えてない」
「私は癒し系しか使えませんよ」
「おれは基本、攻撃魔法だぞ。補助系は使えないことはないが、苦手だ」
「……となると」
「自力、か?」
「……そうだとすれば、末恐ろしい」
気がつけば、先ほど声をかけてきた聖女たちはいなくなっていた。戻ったのだろう。
「我々も戻りますか」
「リツも珍しく寝てしまったしな」
「やはり運動量が足りてなかったのですね」
「まぁ、そりゃそうだろう」
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そして──異変が起こる。
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