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【二十三話】あなたたち三人は私だけなの
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後ろからイバンとアーロンの声が聞こえてきて、蘭はトマスに抱きついたまま、振り返った。
「あなたたち二人も、わたしだけなの」
「……嬉しいけど、なかなか強烈だな。こんな場所でなければ、すぐに抱けるのに、辛いな」
「ランは意外な顔を見せてくれるよね」
蘭だってこんなに重たくて嫉妬深くて独占欲が強かったなんて、思いもしない。
「では、帰りは私が抱えていきますか」
トマスに横抱きにされて、蘭たちは部屋へと戻った。
喪服を脱ぎ、着替えることなく四人はベッドになだれ込み、いつものように抱かれる。
そしてそんな生活をして半年──。
蘭の妊娠が判明した。
長かったような短かったような。
「ラン、嬉しいです」
「俺たちの子、か」
「眩しいね、ランのお腹が金色に輝いてる」
安定期に入るまで、毎日、三人がお腹の子に魔力を注ぐという。そうすることで、安定するだけではなく、子どもの魔力も増えるというのだ。
父親の胤が優秀だと、自動的に子どもも希本能力が優秀になるということらしい。
「ラン」
「ぁっ、はっ、はっ、ぁぁぁ」
のだが。
三人に魔力を注がれると、気持ちが良すぎて困る。
「気持ちいい?」
「ぁ……ん、いい、の」
「お腹が変な感じになったら止めますから、無理をしないで教えてくださいね」
「ぁ……んっ」
三人の手と、魔力が気持ちいい。
そして、かなりお腹が大きくなってきた頃。
──中央棟の幹部全員が、惨殺された。
その事件に、聖域全体が大騒動になった。
中央棟は他の国で言えば政治の場であり、国の要であった。
そこにいた幹部が一人残らず殺されたというのだから、驚きだ。
どうやって、とか、犯人が誰、というのはまだ分からないという。
「──それで」
「ラン、朗報です。幹部がいない今、私たちはバラバラにはされないみたいですよ」
「……え?」
「あなたが勇者を産んだ後、やはり私たちはバラバラにされることになっていたみたいです」
「…………」
「ですが、それにはやはり、上層部の承認というのが必要みたいで、しかし、それを承認できる人たちは全員、殺されてしまいました」
「……まさか。そのっ、殺して……?」
「ないですよ。ご安心ください。確かに殺しても憎い相手ですが、実行しませんし、できません」
「……そう、なの?」
もちろん、蘭は三人がなのか、三人の誰かなのはともかく、殺したとは思っていない。でも、もしかしてという気持ちがあって聞いてしまったのだが、殺してないと言う。
「私たちには枷があるのですよ」
「枷?」
「俺たちはそれなりに力を持っている。だから徒党を組まれ、反乱されるのを恐れたんだろう」
「殺せない、んだよ、おれたちは」
ということは。
大聖女を殺したあの黒い男は……どこから来た、の?
「っ!」
蘭の中で出たその答えに、愕然とした。
もちろん、今まで内部の犯行と思ったことはない。だからそれが実証された、という点には安心したのだが、その先にあるのは──。
「外部の、犯行……」
外部とはどこまでを指すのか。
この国の人ではないのは確かだ。
だけど、外部の国でこの国・サフラ聖国が邪魔だと考える国があるかというと、成り立ちを考えれば、ない。
ここ、サフラ聖国がなくなれば、大異変へ対抗する手段がなくなる。そうなるとサフラ聖国だけではなく、この世界全体が亡くなるわけで、それは世界の終わりを指すことになる。
となると──……。
「え……」
答えは自ずと導かれる。
「ま……さか、大異変、が?」
「ラン?」
「ねえ! 大異変はここに入って来られるのっ?」
蘭の問いに男三人は顔を見合わせ、トマスが口を開いた。
「正直に申し上げましょう。……入ってくることは出来ます」
「っ!」
「焦らないでください。ただし、という前提があるのです」
ただし、がなんなのか分からない蘭はジッとトマスを見た。
「この国は一応、結界に護られている、ということになっていますから、それを破らなければ入ってこられない」
「一応……?」
「はい。その結界なのですけど、大聖女が結界を張っていると言われてまして。……実態は大聖女を中心に集められた三人の乙女が保持しているのです」
大聖女は亡くなったが、その三人の乙女がいるから結界はある、ということだろうか。
「……となっているのですがね。その三乙女、今は不在のようなんですよ」
「えっ?」
「なぜ、重要な三乙女が今、不在なのか。それは大聖女しか分からないのですが、推測はできます」
トマスはそこで区切り、蘭を見た。
蘭は目を丸くしてトマスを見た。
「ふふっ、ランはかわいいですね」
「っ! なっ、なんで、いきなり」
「ランがかわいいのは当たり前だろう!」
「ランはかわいい!」
イバンとアーロンも追随してきて、蘭は赤くなった。
「もっ、もう! そっ、それはいいから! トマス、推測できるって?」
「この国の今までのことを思えば、答えは簡単ですよ」
「?」
「三乙女は無駄だと思ったから、ですよ」
「え? ……む、無駄?」
「大異変は、百年周期でしか動かない。今は前に倒されてから八十年。まだ大異変は動かない、動けない、と。だから結界など今は必要ない、と」
「あ!」
なるほど、確かに今までのことを思えば、この国は無駄を嫌がる。
大聖女は聖女を集めるために必要だが、結界は今は不要、だから三乙女は要らない、と。
「聖女を集めたのなら、大異変が動いていようといまいが結界は張っておくべきだったと、私は思いますけどね」
「……そうすれば、大聖女は死ななかった、と?」
「えぇ。……今から結界を、と言っても鍵となる大聖女は死んでしまいました。そして今回の件」
「犯人は、大異変……と?」
「それ以外は考えられないです」
あの黒髪の男が大異変の化身だというのなら、蘭に『勇者を産ませない』と言った意味が通じる。
だけど今のところ、なんの異変も感じられない。
「……怖い」
蘭の言葉に、三人の男は顔を見合わせた。
「『勇者を産ませない』って」
蘭は大きくなったお腹を撫で、それから顔を上げた。
「私の命に代えてでも、この子は産みます!」
「ラン……」
「だって、この子が勇者である前に、アーロン、トマス、イバンとの愛の結晶だから……」
蘭のその言葉に、男三人は同時に蘭に抱きついた。もちろん、お腹を庇って、だ。
「ランが命と引き換えにってならないようにしないとね」
「俺たち四人でこの子を育てられるんだから」
「大異変も、しばらく動かない……と思いたいですね」
そうして迎えた、産み月。
蘭のお腹の中で、子どもがバタバタと暴れているのが分かる。お腹の中を蹴られて、蘭は激しく痛い。赤ん坊というのは、ここまで暴れるものなのだろうかと疑問に思っていると、トマスが楽しそうに蘭のお腹を撫でた。
「本当に暴れん坊ですね。お腹の形が変わるのが分かるなんて」
「本当に」
「この子の名前なんですけど」
「あぁ、名前。先に決めてしまいますか?」
「わたし、色々悩んだんです。三人に決めてもらうってのも考えたんだけど、ひとつ、思い浮かんだ名前があって」
「ほう?」
近くにいた、アーロンとイバンも呼んで、蘭は口を開いた。
「この子が男の子でも女の子でも、律(りつ)という名前にしたい、と思ったんです」
「リツ?」
「私がいた世界では、律という言葉は『おきて・さだめ』『律する』という意味があるんです」
蘭は一度、口を閉じた。
本当は、三人からの最初の贈り物として名前を付けてもらおうと思っていたのだ。だけど急に『律』という言葉が浮かんできたのだ。響きの良さに蘭はこの言葉の意味を考え、これ以上にない名前だと確信して、選んだ。
「この子は、勇者になるために産まれてきます」
「正確に言えば、お腹に宿った瞬間から勇者なんだがな」
「それならば、やはり、この名前が最適です。勇者ならば、約束をきちんと守る、自分を律することが出来る子になってほしい。……やっぱり重たい?」
「重たくない。大丈夫、おれたちとランの子だから、それくらいなんてことないよ」
期待を一身に背負って産まれてくる子。
その期待はとても重たいと思うけれど、きっとこの子なら乗り越えられる、大丈夫。
「それなら、律、で決まりね」
「リツとは、ラン以上に不思議な響きを持っているが、どちらの性別でも問題ない名前なんだな?」
「うん。どちらでも問題ないわ」
名前も決まったし、服などの準備も終わっている。
いつ産まれてきても問題ない状態になっているのだが、お腹の中で思いっきり暴れているにもかかわらず、まだ産まれてくる気配がない。
蘭は顔をしかめながらも、お腹の中の子が愛しくて仕方がない。
髪の色は何色なのか、瞳の色は? 見た目は? 性別は?
毎日、空想しては楽しくて仕方がない。
「あなたたち二人も、わたしだけなの」
「……嬉しいけど、なかなか強烈だな。こんな場所でなければ、すぐに抱けるのに、辛いな」
「ランは意外な顔を見せてくれるよね」
蘭だってこんなに重たくて嫉妬深くて独占欲が強かったなんて、思いもしない。
「では、帰りは私が抱えていきますか」
トマスに横抱きにされて、蘭たちは部屋へと戻った。
喪服を脱ぎ、着替えることなく四人はベッドになだれ込み、いつものように抱かれる。
そしてそんな生活をして半年──。
蘭の妊娠が判明した。
長かったような短かったような。
「ラン、嬉しいです」
「俺たちの子、か」
「眩しいね、ランのお腹が金色に輝いてる」
安定期に入るまで、毎日、三人がお腹の子に魔力を注ぐという。そうすることで、安定するだけではなく、子どもの魔力も増えるというのだ。
父親の胤が優秀だと、自動的に子どもも希本能力が優秀になるということらしい。
「ラン」
「ぁっ、はっ、はっ、ぁぁぁ」
のだが。
三人に魔力を注がれると、気持ちが良すぎて困る。
「気持ちいい?」
「ぁ……ん、いい、の」
「お腹が変な感じになったら止めますから、無理をしないで教えてくださいね」
「ぁ……んっ」
三人の手と、魔力が気持ちいい。
そして、かなりお腹が大きくなってきた頃。
──中央棟の幹部全員が、惨殺された。
その事件に、聖域全体が大騒動になった。
中央棟は他の国で言えば政治の場であり、国の要であった。
そこにいた幹部が一人残らず殺されたというのだから、驚きだ。
どうやって、とか、犯人が誰、というのはまだ分からないという。
「──それで」
「ラン、朗報です。幹部がいない今、私たちはバラバラにはされないみたいですよ」
「……え?」
「あなたが勇者を産んだ後、やはり私たちはバラバラにされることになっていたみたいです」
「…………」
「ですが、それにはやはり、上層部の承認というのが必要みたいで、しかし、それを承認できる人たちは全員、殺されてしまいました」
「……まさか。そのっ、殺して……?」
「ないですよ。ご安心ください。確かに殺しても憎い相手ですが、実行しませんし、できません」
「……そう、なの?」
もちろん、蘭は三人がなのか、三人の誰かなのはともかく、殺したとは思っていない。でも、もしかしてという気持ちがあって聞いてしまったのだが、殺してないと言う。
「私たちには枷があるのですよ」
「枷?」
「俺たちはそれなりに力を持っている。だから徒党を組まれ、反乱されるのを恐れたんだろう」
「殺せない、んだよ、おれたちは」
ということは。
大聖女を殺したあの黒い男は……どこから来た、の?
「っ!」
蘭の中で出たその答えに、愕然とした。
もちろん、今まで内部の犯行と思ったことはない。だからそれが実証された、という点には安心したのだが、その先にあるのは──。
「外部の、犯行……」
外部とはどこまでを指すのか。
この国の人ではないのは確かだ。
だけど、外部の国でこの国・サフラ聖国が邪魔だと考える国があるかというと、成り立ちを考えれば、ない。
ここ、サフラ聖国がなくなれば、大異変へ対抗する手段がなくなる。そうなるとサフラ聖国だけではなく、この世界全体が亡くなるわけで、それは世界の終わりを指すことになる。
となると──……。
「え……」
答えは自ずと導かれる。
「ま……さか、大異変、が?」
「ラン?」
「ねえ! 大異変はここに入って来られるのっ?」
蘭の問いに男三人は顔を見合わせ、トマスが口を開いた。
「正直に申し上げましょう。……入ってくることは出来ます」
「っ!」
「焦らないでください。ただし、という前提があるのです」
ただし、がなんなのか分からない蘭はジッとトマスを見た。
「この国は一応、結界に護られている、ということになっていますから、それを破らなければ入ってこられない」
「一応……?」
「はい。その結界なのですけど、大聖女が結界を張っていると言われてまして。……実態は大聖女を中心に集められた三人の乙女が保持しているのです」
大聖女は亡くなったが、その三人の乙女がいるから結界はある、ということだろうか。
「……となっているのですがね。その三乙女、今は不在のようなんですよ」
「えっ?」
「なぜ、重要な三乙女が今、不在なのか。それは大聖女しか分からないのですが、推測はできます」
トマスはそこで区切り、蘭を見た。
蘭は目を丸くしてトマスを見た。
「ふふっ、ランはかわいいですね」
「っ! なっ、なんで、いきなり」
「ランがかわいいのは当たり前だろう!」
「ランはかわいい!」
イバンとアーロンも追随してきて、蘭は赤くなった。
「もっ、もう! そっ、それはいいから! トマス、推測できるって?」
「この国の今までのことを思えば、答えは簡単ですよ」
「?」
「三乙女は無駄だと思ったから、ですよ」
「え? ……む、無駄?」
「大異変は、百年周期でしか動かない。今は前に倒されてから八十年。まだ大異変は動かない、動けない、と。だから結界など今は必要ない、と」
「あ!」
なるほど、確かに今までのことを思えば、この国は無駄を嫌がる。
大聖女は聖女を集めるために必要だが、結界は今は不要、だから三乙女は要らない、と。
「聖女を集めたのなら、大異変が動いていようといまいが結界は張っておくべきだったと、私は思いますけどね」
「……そうすれば、大聖女は死ななかった、と?」
「えぇ。……今から結界を、と言っても鍵となる大聖女は死んでしまいました。そして今回の件」
「犯人は、大異変……と?」
「それ以外は考えられないです」
あの黒髪の男が大異変の化身だというのなら、蘭に『勇者を産ませない』と言った意味が通じる。
だけど今のところ、なんの異変も感じられない。
「……怖い」
蘭の言葉に、三人の男は顔を見合わせた。
「『勇者を産ませない』って」
蘭は大きくなったお腹を撫で、それから顔を上げた。
「私の命に代えてでも、この子は産みます!」
「ラン……」
「だって、この子が勇者である前に、アーロン、トマス、イバンとの愛の結晶だから……」
蘭のその言葉に、男三人は同時に蘭に抱きついた。もちろん、お腹を庇って、だ。
「ランが命と引き換えにってならないようにしないとね」
「俺たち四人でこの子を育てられるんだから」
「大異変も、しばらく動かない……と思いたいですね」
そうして迎えた、産み月。
蘭のお腹の中で、子どもがバタバタと暴れているのが分かる。お腹の中を蹴られて、蘭は激しく痛い。赤ん坊というのは、ここまで暴れるものなのだろうかと疑問に思っていると、トマスが楽しそうに蘭のお腹を撫でた。
「本当に暴れん坊ですね。お腹の形が変わるのが分かるなんて」
「本当に」
「この子の名前なんですけど」
「あぁ、名前。先に決めてしまいますか?」
「わたし、色々悩んだんです。三人に決めてもらうってのも考えたんだけど、ひとつ、思い浮かんだ名前があって」
「ほう?」
近くにいた、アーロンとイバンも呼んで、蘭は口を開いた。
「この子が男の子でも女の子でも、律(りつ)という名前にしたい、と思ったんです」
「リツ?」
「私がいた世界では、律という言葉は『おきて・さだめ』『律する』という意味があるんです」
蘭は一度、口を閉じた。
本当は、三人からの最初の贈り物として名前を付けてもらおうと思っていたのだ。だけど急に『律』という言葉が浮かんできたのだ。響きの良さに蘭はこの言葉の意味を考え、これ以上にない名前だと確信して、選んだ。
「この子は、勇者になるために産まれてきます」
「正確に言えば、お腹に宿った瞬間から勇者なんだがな」
「それならば、やはり、この名前が最適です。勇者ならば、約束をきちんと守る、自分を律することが出来る子になってほしい。……やっぱり重たい?」
「重たくない。大丈夫、おれたちとランの子だから、それくらいなんてことないよ」
期待を一身に背負って産まれてくる子。
その期待はとても重たいと思うけれど、きっとこの子なら乗り越えられる、大丈夫。
「それなら、律、で決まりね」
「リツとは、ラン以上に不思議な響きを持っているが、どちらの性別でも問題ない名前なんだな?」
「うん。どちらでも問題ないわ」
名前も決まったし、服などの準備も終わっている。
いつ産まれてきても問題ない状態になっているのだが、お腹の中で思いっきり暴れているにもかかわらず、まだ産まれてくる気配がない。
蘭は顔をしかめながらも、お腹の中の子が愛しくて仕方がない。
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