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Episode.3 恋のダンスステップとプッティの逆ギレ説教
第18話 プッティの決意、忍び寄る軍靴の足音
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それは、ルルーリアだった。
ズワルト・コッホ帝国の魔法少女は夜空の一隅からじっとトロワ・ポルムの祭の様子を見下ろしている。
そしてそれを見たとき、プッティは背筋が冷たくなるのを覚えた。
彼女は、今は自分が誰にも気づかれていないと思っているのに違いない。それをよいことに、ルルーリアの血走った目は喰い入る様にレディルとリーザロッテにひたすら注がれている。
それも尋常な見ようではない。その美しい顔を嫉妬に歪ませ、白銀と蒼穹のヘテロクロミアの瞳は張り裂けそうなほど見開かれて二人を睨みつけている。
握りしめた拳は震え、食いしばった唇からは血が滲み出ていた。あたかも拷問にでも掛けられて耐え忍んでいるかのように。
「リーザロッテ、よくも私のレディル様を……殺してやる……殺してやる……」
レディルに対しては伏し拝み、足元に這いつくばってでも添い遂げたいという一方、そのレディルへ慕い寄るリーザロッテに対しては嬲り殺しにしても飽き足らぬ……そんな狂おしい恋慕と憎悪が彼女の身体からめらめらと燃え立つようにさえ見える。
彼女は視線を感じて振り向き、そこに自分をじっと見る魔法人形の姿を認めた。
「……」
「……」
見交わした二人の視線の間に、激しい火花が散る。
憎しみに燃えるルルーリアの視線を受けてもプッティは大して動じた風もなく、唇の端を吊り上げ冷笑してみせた。
あの人々の温かい輪の中に、彼等を見下すお前など入れまい……と、嘲るように。
ルルーリアは「覚えてなさい! お前もいつか……」と言わんばかりの視線をプッティへ投げると、ふいっと姿を消した。
「プッティ、どうしたの? お空に何かいた?」
「……いんや、お月様が綺麗だなぁと思ってちょっと見てたのさ」
「あら、そういえばそうね……」
無邪気に満月を見上げるペルティニへ穏やかに笑ってみせたが、陰でプッティは唇を噛みしめた。
(リーザロッテ……)
その様子は特にいつもと変わらなかったが、瞳には何かあらたな想いと決意が浮かび、それは彼女の中で静かに固まり始めていた。
「ペルティニ。よかったら、もう一度あたいと踊らない? レストリア・ワルツ、楽しいな」
「まあ、嬉しくてよ。喜んで!」
プッティが小さな手を差し出すとペルティニはドレスの裾を摘まんで会釈し、その手を取った。
広場では曲が終わる度にパートナーを替え、村人達がレストリア・ワルツに興じていた。
壇上に上がる者は誰もいない。彼等はレディルとリーザロッテをずっと二人だけでいさせてくれた。
彼女にとって、それは生涯忘れえぬ夜になったに違いない。
恋する魔法少女は頬を染めたまま憧れの王子に手を取られ、繰り返し繰り返し、レストリア・ワルツを踊り続けるのだった……
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
「ムニャムニャ……レディルさまぁぁぁん♡」
翌朝。
手作りの「愛しのレディル様抱き枕」を抱きしめたまま、ようやく目を開けたリーザロッテは、窓の外でお日様が既に高く昇っていることを知って「はへ?」と、飛び起きた。
プッティが起こしに来ない。いつもなら朝ご飯くらいの時間になると朝寝を続けているリーザロッテの脳天へ「オラッ、いつまで寝てんだ!」と薪ざっぽが炸裂し無理やり起こされるのがお約束なのに。
「昨晩はお祭りでハッスルしちゃったからなぁ。まだ寝てんのか」
ノンキなことを言いながら、リーザロッテは昨晩レディルと踊り明かしたことを思い出し「デュエヘヘヘヘぇ~」とダラしなく緩んだ顔のまま起き上がった。
「でももうお昼だし。プッティー、プッティー、そろそろ起きようよー」
寝ぐせの酷い頭をボリボリ掻きながらリーザロッテは寝ぼけ眼で家の中を歩き回ったが、相棒の姿はどこにもない。
首を傾げた彼女がふとテーブルの上を見ると「リーザロッテへ」という書き置きがあった。
驚いて取り上げると、こんな文章が綴られている。
『リーザロッテ、昨晩はでかしたぞ! お前が今まで色々頑張ったことで王子様のハートは確実にお前に近づいている。ペルティニも村の人達も王子様とお前がお似合いだと言ってた。もう一押しだ! 汽車賃が二人分貯まるのなんて、もう悠長に待っていられねえ。クレンメルタの魔法協会本部へはあたい一人で行く。いい子で吉報を待っていろ。 ……プッティより』
「プッティ!」
外へ飛び出したが、家の外に広がる木立の中に、あの魔法人形の姿はどこにもない。
リーザロッテは言葉もなく、その場に立ち尽くした……
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
「我が軍の配置はここまで進んでおります」
ズワルト・コッホ帝国王宮内の大広間に設けられた作戦室。
長方形のテーブルの上に広がる巨大な地図を前に、先ほどから一人の参謀が長い棒で各部隊を指し示しながら状況を説明している。
テーブルの周囲には将軍や官僚が居並んでいた。彼等はテーブルの一番奥の暗がりにいる皇帝を常に意識しながら発言しており、どこか芝居じみていた。
「先日、外務省が申し入れた平和的なレストリア全土の領土返還要求に対して到底受け容れられないという回答がありました」
受け入れられないのも当然だった。国土を明け渡して追い出されたレストリア人に、一体どこへ行けというのだろう。
「これにより我が帝国は武力侵攻、もしくは進駐のいずれかになるものと想定し、機甲師団が昨日より国境へ展開を始めています」
「アルトイーゲル中将、侵攻を開始するのに、あとどれほどの時間が要るかね?」
「現在の兵力でも明日から始められます。全部隊が国境に展開するのを待つなら一週間」
「対峙しているレストリア軍の状況は?」
「国境の森に塹壕線とトーチカ、野砲陣地が確認されています。動員兵の他に王城の臼砲も持ち出したようで、予想兵力は総数二個連隊、砲は大小約二〇門、戦車が一〇両程度と見られます」
「我が軍が圧倒的に優勢だが、レストリア軍の士気も高いと聞く。抵抗は激しいだろう。やはり、全軍が配置されるまで待つべきだ」
「どのみち我が軍の勝利は揺るがぬだろうがな」
誰もが余裕の笑みを浮かべ、うなずきあった。
列席の端に一人、沈痛な顔の魔法少女だけが黙って俯いている。
「ルルーリア嬢は何かご不満かな。先日の会談が不首尾に終わったのは残念だったが」
揶揄するように一人の将軍が尋ねかける。「お前のやったことは無駄だったな」と言わんばかりのその顔を、彼女はキッとなって睨んだ。
「いいえ、わたくしはズワルト・コッホ人の血をなるだけ流さずに済む方法があればと思って申し上げたまでのことですわ」
「ふん」
「おや、会談はジーグラー陛下からご採可をいただいて開きましたのに。シャイベルト少将閣下は皇帝陛下のご意向に異存をお持ちでしたの?」
居丈高な将軍も、皇帝への服従を疑われかねない皮肉に青ざめた。慌てて「ワ、ワシはそのようなつもりで言ったのではない!」と否定する。その狼狽する様に、ルルーリアは「小心者が……図に乗るな」と言わんばかりの冷笑を浮かべた。
「止めぬか卿ら。陛下の御前であるぞ」
長老格の将軍が軽く叱ったが、当の皇帝は彫像のように玉座に深く腰かけたまま。その表情には何の感情も見られない。
閣僚や軍人達は再び地図の上……俎上のレストリアへ目を落とした。
「さて。併合か占領か、いずれにせよレストリアがわが帝国の版図に組み入れられた後にやるべき政策もそろそろ考えておかねばならぬ」
「準備は進めております。レストリア人を下等国民としてどう政治教育するかも現在検討しているところです」
「それと閣僚や……王族をどう扱うか」
それは誰が言った言葉だったか。
ズワルト・コッホ帝国の重鎮達は顔を見合わせ、黙り込んだ。
王族とは一国の象徴である。さすがに軽々しく処遇を決められるものではない。それは皇帝自身しか決められないことなのだ。彼等は恐る恐る玉座にうずくまった老人の顔を伺った
ルルーリアは下を向き、唇を噛む。
レストリア王族の運命。そこには当然レディル王子も含まれる。
(いよいよ、自分の進むべき先を見極めるべき時が来た……)
ここが分水嶺になる。
強大で傲慢な帝国にこのまま追従を続けるか、ひそかに見限り反旗を翻すか……
そんな己の心を悟られぬよう、彼女はさり気なく「そのことですが……」と口を開いた。
ズワルト・コッホ帝国の魔法少女は夜空の一隅からじっとトロワ・ポルムの祭の様子を見下ろしている。
そしてそれを見たとき、プッティは背筋が冷たくなるのを覚えた。
彼女は、今は自分が誰にも気づかれていないと思っているのに違いない。それをよいことに、ルルーリアの血走った目は喰い入る様にレディルとリーザロッテにひたすら注がれている。
それも尋常な見ようではない。その美しい顔を嫉妬に歪ませ、白銀と蒼穹のヘテロクロミアの瞳は張り裂けそうなほど見開かれて二人を睨みつけている。
握りしめた拳は震え、食いしばった唇からは血が滲み出ていた。あたかも拷問にでも掛けられて耐え忍んでいるかのように。
「リーザロッテ、よくも私のレディル様を……殺してやる……殺してやる……」
レディルに対しては伏し拝み、足元に這いつくばってでも添い遂げたいという一方、そのレディルへ慕い寄るリーザロッテに対しては嬲り殺しにしても飽き足らぬ……そんな狂おしい恋慕と憎悪が彼女の身体からめらめらと燃え立つようにさえ見える。
彼女は視線を感じて振り向き、そこに自分をじっと見る魔法人形の姿を認めた。
「……」
「……」
見交わした二人の視線の間に、激しい火花が散る。
憎しみに燃えるルルーリアの視線を受けてもプッティは大して動じた風もなく、唇の端を吊り上げ冷笑してみせた。
あの人々の温かい輪の中に、彼等を見下すお前など入れまい……と、嘲るように。
ルルーリアは「覚えてなさい! お前もいつか……」と言わんばかりの視線をプッティへ投げると、ふいっと姿を消した。
「プッティ、どうしたの? お空に何かいた?」
「……いんや、お月様が綺麗だなぁと思ってちょっと見てたのさ」
「あら、そういえばそうね……」
無邪気に満月を見上げるペルティニへ穏やかに笑ってみせたが、陰でプッティは唇を噛みしめた。
(リーザロッテ……)
その様子は特にいつもと変わらなかったが、瞳には何かあらたな想いと決意が浮かび、それは彼女の中で静かに固まり始めていた。
「ペルティニ。よかったら、もう一度あたいと踊らない? レストリア・ワルツ、楽しいな」
「まあ、嬉しくてよ。喜んで!」
プッティが小さな手を差し出すとペルティニはドレスの裾を摘まんで会釈し、その手を取った。
広場では曲が終わる度にパートナーを替え、村人達がレストリア・ワルツに興じていた。
壇上に上がる者は誰もいない。彼等はレディルとリーザロッテをずっと二人だけでいさせてくれた。
彼女にとって、それは生涯忘れえぬ夜になったに違いない。
恋する魔法少女は頬を染めたまま憧れの王子に手を取られ、繰り返し繰り返し、レストリア・ワルツを踊り続けるのだった……
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
「ムニャムニャ……レディルさまぁぁぁん♡」
翌朝。
手作りの「愛しのレディル様抱き枕」を抱きしめたまま、ようやく目を開けたリーザロッテは、窓の外でお日様が既に高く昇っていることを知って「はへ?」と、飛び起きた。
プッティが起こしに来ない。いつもなら朝ご飯くらいの時間になると朝寝を続けているリーザロッテの脳天へ「オラッ、いつまで寝てんだ!」と薪ざっぽが炸裂し無理やり起こされるのがお約束なのに。
「昨晩はお祭りでハッスルしちゃったからなぁ。まだ寝てんのか」
ノンキなことを言いながら、リーザロッテは昨晩レディルと踊り明かしたことを思い出し「デュエヘヘヘヘぇ~」とダラしなく緩んだ顔のまま起き上がった。
「でももうお昼だし。プッティー、プッティー、そろそろ起きようよー」
寝ぐせの酷い頭をボリボリ掻きながらリーザロッテは寝ぼけ眼で家の中を歩き回ったが、相棒の姿はどこにもない。
首を傾げた彼女がふとテーブルの上を見ると「リーザロッテへ」という書き置きがあった。
驚いて取り上げると、こんな文章が綴られている。
『リーザロッテ、昨晩はでかしたぞ! お前が今まで色々頑張ったことで王子様のハートは確実にお前に近づいている。ペルティニも村の人達も王子様とお前がお似合いだと言ってた。もう一押しだ! 汽車賃が二人分貯まるのなんて、もう悠長に待っていられねえ。クレンメルタの魔法協会本部へはあたい一人で行く。いい子で吉報を待っていろ。 ……プッティより』
「プッティ!」
外へ飛び出したが、家の外に広がる木立の中に、あの魔法人形の姿はどこにもない。
リーザロッテは言葉もなく、その場に立ち尽くした……
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
「我が軍の配置はここまで進んでおります」
ズワルト・コッホ帝国王宮内の大広間に設けられた作戦室。
長方形のテーブルの上に広がる巨大な地図を前に、先ほどから一人の参謀が長い棒で各部隊を指し示しながら状況を説明している。
テーブルの周囲には将軍や官僚が居並んでいた。彼等はテーブルの一番奥の暗がりにいる皇帝を常に意識しながら発言しており、どこか芝居じみていた。
「先日、外務省が申し入れた平和的なレストリア全土の領土返還要求に対して到底受け容れられないという回答がありました」
受け入れられないのも当然だった。国土を明け渡して追い出されたレストリア人に、一体どこへ行けというのだろう。
「これにより我が帝国は武力侵攻、もしくは進駐のいずれかになるものと想定し、機甲師団が昨日より国境へ展開を始めています」
「アルトイーゲル中将、侵攻を開始するのに、あとどれほどの時間が要るかね?」
「現在の兵力でも明日から始められます。全部隊が国境に展開するのを待つなら一週間」
「対峙しているレストリア軍の状況は?」
「国境の森に塹壕線とトーチカ、野砲陣地が確認されています。動員兵の他に王城の臼砲も持ち出したようで、予想兵力は総数二個連隊、砲は大小約二〇門、戦車が一〇両程度と見られます」
「我が軍が圧倒的に優勢だが、レストリア軍の士気も高いと聞く。抵抗は激しいだろう。やはり、全軍が配置されるまで待つべきだ」
「どのみち我が軍の勝利は揺るがぬだろうがな」
誰もが余裕の笑みを浮かべ、うなずきあった。
列席の端に一人、沈痛な顔の魔法少女だけが黙って俯いている。
「ルルーリア嬢は何かご不満かな。先日の会談が不首尾に終わったのは残念だったが」
揶揄するように一人の将軍が尋ねかける。「お前のやったことは無駄だったな」と言わんばかりのその顔を、彼女はキッとなって睨んだ。
「いいえ、わたくしはズワルト・コッホ人の血をなるだけ流さずに済む方法があればと思って申し上げたまでのことですわ」
「ふん」
「おや、会談はジーグラー陛下からご採可をいただいて開きましたのに。シャイベルト少将閣下は皇帝陛下のご意向に異存をお持ちでしたの?」
居丈高な将軍も、皇帝への服従を疑われかねない皮肉に青ざめた。慌てて「ワ、ワシはそのようなつもりで言ったのではない!」と否定する。その狼狽する様に、ルルーリアは「小心者が……図に乗るな」と言わんばかりの冷笑を浮かべた。
「止めぬか卿ら。陛下の御前であるぞ」
長老格の将軍が軽く叱ったが、当の皇帝は彫像のように玉座に深く腰かけたまま。その表情には何の感情も見られない。
閣僚や軍人達は再び地図の上……俎上のレストリアへ目を落とした。
「さて。併合か占領か、いずれにせよレストリアがわが帝国の版図に組み入れられた後にやるべき政策もそろそろ考えておかねばならぬ」
「準備は進めております。レストリア人を下等国民としてどう政治教育するかも現在検討しているところです」
「それと閣僚や……王族をどう扱うか」
それは誰が言った言葉だったか。
ズワルト・コッホ帝国の重鎮達は顔を見合わせ、黙り込んだ。
王族とは一国の象徴である。さすがに軽々しく処遇を決められるものではない。それは皇帝自身しか決められないことなのだ。彼等は恐る恐る玉座にうずくまった老人の顔を伺った
ルルーリアは下を向き、唇を噛む。
レストリア王族の運命。そこには当然レディル王子も含まれる。
(いよいよ、自分の進むべき先を見極めるべき時が来た……)
ここが分水嶺になる。
強大で傲慢な帝国にこのまま追従を続けるか、ひそかに見限り反旗を翻すか……
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