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Episode.1 ある日、森の中、王子様に出会った
第5話 冷血魔法少女ルルーリア、王子様の逆鱗に触れる
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巨大ゴリラの暴れっぷりに圧倒されていた一同はしばらくの間、声もなく彼女の姿を見つめた。
そしてリーザロッテと云えば立ち尽くしたまま、もう気も狂わんばかりだった。
(うわあああ、元に戻っちゃったぁぁ!)
(って言うか何なのよ、あの巨大ゴリラ! 勝手なことホザいて大暴れ! あんなの私じゃなーい!)
(お婆ちゃん、なんてトンでもない魔法を……トホホ)
頭を抱えたいところだが一同の注目を前に、リーザロッテはとりあえず「エヘ」と引き攣った笑顔を浮かべてみた。
「リーザロッテさん、無事だったんだ!」
「は、はい?」
「魔法で呼び出したあの巨大ゴリラが貴女を守ってくれてたんだ……よかった」
「は、はい!」
我に返ったレディルの声に、リーザロッテは心の中で快哉を叫んだ。王子様は自分が巨大ゴリラを召喚したと思っている、その正体が自分だなんて気づいていない! やったぁぁぁぁ!
震えて抱き合っていた三人の刺客達の顔にも「助かった!」と生色が戻る。
だが彼らはそれと同時に、今まで恐ろしい目に遭わされた怒りがふつふつと湧き上がってきた。
「こいつ、なにが“エヘ”だ!」
さっきまで情けなく震えていた刺客達は、竦んでいる魔法少女へ「また変な魔法を使う前に血祭りにあげろ!」と襲い掛かる。
リーザロッテが「ひぃぃぃぃ!」とへたり込むと、プッティが「手前ら、私が相手だ!」と、仁王立ちで薪ざっぽを構えた。
だが、そんな主従をさらに庇って「退れ、下郎どもが!」と飛び出したレディルが手にした剣で鋭く横へ薙ぎ払った。刺客達は慌てて飛び退く。
「さっきまで震えてた癖に、か弱い女の子相手だと途端に威勢がいいな」
「レディル様!」
「今度は僕が貴女を守る。ふん、こんな奴等……」
巨大ゴリラの大暴れに腰の抜けた刺客達が今さら粋がったところで負ける気はしない、と対峙する姿にリーザロッテは「やっぱり王子様だ、カッコいい……」と、見惚れてしまった。
「二人とも、僕の後ろに下がってて」
「私達も助太刀します!」
裏返った声と共に、薪ざっぽを握りしめた魔法少女と人形がレディルの横に並んだ。
「これで同じ三対三。互角に戦えますよ!」
「あたいも伊達にリーザロッテをブン殴ってる訳じゃねーぜ!」
レディルの顔に思わず笑みが浮かんだ。
刺客達は気勢を削がれたが、所詮は無力な援軍とばかりに再び「かかれ!」と襲い掛かる。
いや、掛かろうとした。
「魔法の傀儡糸!」
次の瞬間、刺客達はふわりと宙に浮かぶと目に見えない糸で絡めとられたように腕を捩じりあげられ、悲鳴を上げた。
「そこまでです。無礼者ども、それ以上の狼藉は私が許しません」
鈴を転がすような声とともに一人の少女が魔法陣に乗ったまま、レディルの前へ空から舞い降りてきた。
「ルルーリアさん……」
「レディル様の御身にあるいは危険がと危惧しておりました。遅くなって申し訳ありません」
それは華やかなウィスタリア・パープルのドレスに身を包んだ魔法少女だった。
年の頃はリーザロッテと同じだったがずっと大人びている。妖精のような美しい顔立ちや身に着けた高級な衣装から、高位の魔法の使い手であることが窺い知れた。
エレベーターのように降下した魔法陣は地表へ溶けるように消え、彼女はレディルへ向ってドレスの裾を摘まみ、魔法少女の挨拶……カーテシーのポーズを執った。
これからダンスのお相手を務めますとでもいうようなその仕草は、リーザロッテの目に自分と同じ魔法少女の挨拶とはとても見えないほど優雅に見えた。
「このような場ではございますが……ルルーリア・マギカ・キルシェット、レディル王子殿下へお目通りさせていただき、心より嬉しく思います」
「こちらこそ恐れ入ります。ズワルト・コッホ帝国の外務参与である貴女が、このような辺鄙な森まで出向いてくださるとは恐縮です」
残った刺客達は既に拘束されており、危険がなくなったのを知ったレディルは剣を鞘に納め、丁寧に挨拶を返した。ルルーリアは溶けるような笑みを彼に向けたが、傍らのリーザロッテには目もくれない。
振り返ると白銀と蒼穹のヘテロクロミアの瞳に冷酷な光を煌めかせ、刺客達を睨めつけた。
「拉致などとはよくも……その罪、死に値します。そのまま捩じ切れるがいいわ!」
容赦なくギリギリと締め上げられた後に骨の折れる音がした。悲鳴は絶叫へと変わり、リーザロッテは思わず目を瞑り、両手で耳を覆った。
「ルルーリアさん、もうお止めなさい。これ以上狼藉も働けまいし、放してやりなさい」
「害為す者にまでお優しいこと……わかりましたわ、レディル様がお許しなさるのでしたら」
誅殺しようとしていたとは思えない微笑みを浮かべると、彼女はレディルへ一礼し、舞うような仕草で虚空に巡らせた魔法の糸を爪先で裁ち切った。
宙に縛り上げられていた刺客達はどさりと音を立てて地面に落ちる。彼等は呻きながら寄り集まり、うずくまった。
「命冥加な下郎が。レディル様の恩情に感謝なさい。逆恨みで妙な真似など企めば、今度は私が許さないわ」
冷酷な口調で少女が吐き捨てると、レディルが穏やかに告げた。
「どこの手の者かおおかた察しているが敢えて聞くまい。手負いの者を連れてこの場から立ち去るがいい。ルルーリアさんの名を出せば、僕を拉致出来なかった責を主から咎められることもあるまい」
拉致すべき当の相手から釈明の助言まで受けた三人の刺客は、もう言葉もなく項垂れた。彼等は無言のまま頭を下げると浅傷だった仲間の手も借り、気を失った者や深手の者を助け起して何処かへ、すごすごと立ち去っていった。
「レディル様、ご無事で何よりでしたわ。ズワルト・コッホ建国記念祭にお招きされたと聞いて陰ながら帰路をお守りしようと思っておりましたが各国との接待が長引いてしまい……面目次第もございません」
「いや、僕がうかつでした。武装や護衛で警戒されるのを極力避けようと思ってこの通り単身で佩剣だけだったから……貴女にはご迷惑をお掛けしてしまいました」
「迷惑など……とんでもございません」
ルルーリアは艶然と笑った。この少女がレディルへひとかたならぬ好意を寄せているのが傍目にも丸分かりだった。本来の責務でない彼の護衛を務めるべくここへ馳せ参じたものらしい。
リーザロッテはしばらくの間ポカンとしていたが、二人を見比べるうち次第に萎れていった。
彼女の名についた「マギカ」とは、この世界でもごく限られた魔女しか名乗れない高位の称号である。そのうえ、美しい容姿と身のこなし……恋人と言ってもおかしくないくらい、彼女は王子にお似合いだった。
粗暴な巨大ゴリラになって暴れた底辺魔法少女の自分とは何という違いだろう。
俯いて摘まんだスカートの裾は綻んでいて、リーザロッテはますます自分が惨めになった。
そんな傷心など知るはずもなく、レディルは彼女をルルーリアへ気さくに紹介した。
「ああ、紹介するのが遅れてしまった。こちらは貴女と同じ魔法少女のリーザロッテ・プレッツェルさん。刺客を相手に魔法で助けてくださった、僕の生命の恩人です。隣の人形は彼女の友達でプッティ嬢」
「……お初にお目にかかります、リーザロッテ・プレッツェルと申します」
「あたいはプッティ、よろしくな」
リーザロッテはしょんぼりと、プッティは元気よく挨拶したが、ルルーリアはそんな二人をチラリと一瞥しただけで呪文を唱え始めた。
怪訝な顔をしたレディルやキョトンとするリーザロッテの前に、やがて金色に輝く魔法陣が浮かび上がる。
「レーベンスディルファー・フォル・レストリア殿下。拙い技ではございますが、ここよりレストリア王城へ転送させていただく魔法陣をご用意いたしました。国王陛下もご無事なお帰りをお待ちしていらっしゃるはず。こちらよりどうぞ御帰城下さいませ」
ルルーリアは恭しくレディルへ促した。
「でも馬は?」
「ご乗馬は私が後刻お城へお連れ致します」
「こちらの二人は?」
「捨て置かれませ」
そのような下賤の者など……ルルーリアの言葉は嘲笑を孕んでいた。
「王子様、お帰りですか。今夜はありがとうございました」
惨めさを誤魔化すようにリーザロッテは「お間抜け魔法少女、今宵はお二人に助けていただきましたぁ。へへっ」と、おどけて頭を掻いた。
だが、レディルは笑って済まさなかった。
「さあレディル様、わたくしの魔法陣へどうぞ」
「……断る」
そしてリーザロッテと云えば立ち尽くしたまま、もう気も狂わんばかりだった。
(うわあああ、元に戻っちゃったぁぁ!)
(って言うか何なのよ、あの巨大ゴリラ! 勝手なことホザいて大暴れ! あんなの私じゃなーい!)
(お婆ちゃん、なんてトンでもない魔法を……トホホ)
頭を抱えたいところだが一同の注目を前に、リーザロッテはとりあえず「エヘ」と引き攣った笑顔を浮かべてみた。
「リーザロッテさん、無事だったんだ!」
「は、はい?」
「魔法で呼び出したあの巨大ゴリラが貴女を守ってくれてたんだ……よかった」
「は、はい!」
我に返ったレディルの声に、リーザロッテは心の中で快哉を叫んだ。王子様は自分が巨大ゴリラを召喚したと思っている、その正体が自分だなんて気づいていない! やったぁぁぁぁ!
震えて抱き合っていた三人の刺客達の顔にも「助かった!」と生色が戻る。
だが彼らはそれと同時に、今まで恐ろしい目に遭わされた怒りがふつふつと湧き上がってきた。
「こいつ、なにが“エヘ”だ!」
さっきまで情けなく震えていた刺客達は、竦んでいる魔法少女へ「また変な魔法を使う前に血祭りにあげろ!」と襲い掛かる。
リーザロッテが「ひぃぃぃぃ!」とへたり込むと、プッティが「手前ら、私が相手だ!」と、仁王立ちで薪ざっぽを構えた。
だが、そんな主従をさらに庇って「退れ、下郎どもが!」と飛び出したレディルが手にした剣で鋭く横へ薙ぎ払った。刺客達は慌てて飛び退く。
「さっきまで震えてた癖に、か弱い女の子相手だと途端に威勢がいいな」
「レディル様!」
「今度は僕が貴女を守る。ふん、こんな奴等……」
巨大ゴリラの大暴れに腰の抜けた刺客達が今さら粋がったところで負ける気はしない、と対峙する姿にリーザロッテは「やっぱり王子様だ、カッコいい……」と、見惚れてしまった。
「二人とも、僕の後ろに下がってて」
「私達も助太刀します!」
裏返った声と共に、薪ざっぽを握りしめた魔法少女と人形がレディルの横に並んだ。
「これで同じ三対三。互角に戦えますよ!」
「あたいも伊達にリーザロッテをブン殴ってる訳じゃねーぜ!」
レディルの顔に思わず笑みが浮かんだ。
刺客達は気勢を削がれたが、所詮は無力な援軍とばかりに再び「かかれ!」と襲い掛かる。
いや、掛かろうとした。
「魔法の傀儡糸!」
次の瞬間、刺客達はふわりと宙に浮かぶと目に見えない糸で絡めとられたように腕を捩じりあげられ、悲鳴を上げた。
「そこまでです。無礼者ども、それ以上の狼藉は私が許しません」
鈴を転がすような声とともに一人の少女が魔法陣に乗ったまま、レディルの前へ空から舞い降りてきた。
「ルルーリアさん……」
「レディル様の御身にあるいは危険がと危惧しておりました。遅くなって申し訳ありません」
それは華やかなウィスタリア・パープルのドレスに身を包んだ魔法少女だった。
年の頃はリーザロッテと同じだったがずっと大人びている。妖精のような美しい顔立ちや身に着けた高級な衣装から、高位の魔法の使い手であることが窺い知れた。
エレベーターのように降下した魔法陣は地表へ溶けるように消え、彼女はレディルへ向ってドレスの裾を摘まみ、魔法少女の挨拶……カーテシーのポーズを執った。
これからダンスのお相手を務めますとでもいうようなその仕草は、リーザロッテの目に自分と同じ魔法少女の挨拶とはとても見えないほど優雅に見えた。
「このような場ではございますが……ルルーリア・マギカ・キルシェット、レディル王子殿下へお目通りさせていただき、心より嬉しく思います」
「こちらこそ恐れ入ります。ズワルト・コッホ帝国の外務参与である貴女が、このような辺鄙な森まで出向いてくださるとは恐縮です」
残った刺客達は既に拘束されており、危険がなくなったのを知ったレディルは剣を鞘に納め、丁寧に挨拶を返した。ルルーリアは溶けるような笑みを彼に向けたが、傍らのリーザロッテには目もくれない。
振り返ると白銀と蒼穹のヘテロクロミアの瞳に冷酷な光を煌めかせ、刺客達を睨めつけた。
「拉致などとはよくも……その罪、死に値します。そのまま捩じ切れるがいいわ!」
容赦なくギリギリと締め上げられた後に骨の折れる音がした。悲鳴は絶叫へと変わり、リーザロッテは思わず目を瞑り、両手で耳を覆った。
「ルルーリアさん、もうお止めなさい。これ以上狼藉も働けまいし、放してやりなさい」
「害為す者にまでお優しいこと……わかりましたわ、レディル様がお許しなさるのでしたら」
誅殺しようとしていたとは思えない微笑みを浮かべると、彼女はレディルへ一礼し、舞うような仕草で虚空に巡らせた魔法の糸を爪先で裁ち切った。
宙に縛り上げられていた刺客達はどさりと音を立てて地面に落ちる。彼等は呻きながら寄り集まり、うずくまった。
「命冥加な下郎が。レディル様の恩情に感謝なさい。逆恨みで妙な真似など企めば、今度は私が許さないわ」
冷酷な口調で少女が吐き捨てると、レディルが穏やかに告げた。
「どこの手の者かおおかた察しているが敢えて聞くまい。手負いの者を連れてこの場から立ち去るがいい。ルルーリアさんの名を出せば、僕を拉致出来なかった責を主から咎められることもあるまい」
拉致すべき当の相手から釈明の助言まで受けた三人の刺客は、もう言葉もなく項垂れた。彼等は無言のまま頭を下げると浅傷だった仲間の手も借り、気を失った者や深手の者を助け起して何処かへ、すごすごと立ち去っていった。
「レディル様、ご無事で何よりでしたわ。ズワルト・コッホ建国記念祭にお招きされたと聞いて陰ながら帰路をお守りしようと思っておりましたが各国との接待が長引いてしまい……面目次第もございません」
「いや、僕がうかつでした。武装や護衛で警戒されるのを極力避けようと思ってこの通り単身で佩剣だけだったから……貴女にはご迷惑をお掛けしてしまいました」
「迷惑など……とんでもございません」
ルルーリアは艶然と笑った。この少女がレディルへひとかたならぬ好意を寄せているのが傍目にも丸分かりだった。本来の責務でない彼の護衛を務めるべくここへ馳せ参じたものらしい。
リーザロッテはしばらくの間ポカンとしていたが、二人を見比べるうち次第に萎れていった。
彼女の名についた「マギカ」とは、この世界でもごく限られた魔女しか名乗れない高位の称号である。そのうえ、美しい容姿と身のこなし……恋人と言ってもおかしくないくらい、彼女は王子にお似合いだった。
粗暴な巨大ゴリラになって暴れた底辺魔法少女の自分とは何という違いだろう。
俯いて摘まんだスカートの裾は綻んでいて、リーザロッテはますます自分が惨めになった。
そんな傷心など知るはずもなく、レディルは彼女をルルーリアへ気さくに紹介した。
「ああ、紹介するのが遅れてしまった。こちらは貴女と同じ魔法少女のリーザロッテ・プレッツェルさん。刺客を相手に魔法で助けてくださった、僕の生命の恩人です。隣の人形は彼女の友達でプッティ嬢」
「……お初にお目にかかります、リーザロッテ・プレッツェルと申します」
「あたいはプッティ、よろしくな」
リーザロッテはしょんぼりと、プッティは元気よく挨拶したが、ルルーリアはそんな二人をチラリと一瞥しただけで呪文を唱え始めた。
怪訝な顔をしたレディルやキョトンとするリーザロッテの前に、やがて金色に輝く魔法陣が浮かび上がる。
「レーベンスディルファー・フォル・レストリア殿下。拙い技ではございますが、ここよりレストリア王城へ転送させていただく魔法陣をご用意いたしました。国王陛下もご無事なお帰りをお待ちしていらっしゃるはず。こちらよりどうぞ御帰城下さいませ」
ルルーリアは恭しくレディルへ促した。
「でも馬は?」
「ご乗馬は私が後刻お城へお連れ致します」
「こちらの二人は?」
「捨て置かれませ」
そのような下賤の者など……ルルーリアの言葉は嘲笑を孕んでいた。
「王子様、お帰りですか。今夜はありがとうございました」
惨めさを誤魔化すようにリーザロッテは「お間抜け魔法少女、今宵はお二人に助けていただきましたぁ。へへっ」と、おどけて頭を掻いた。
だが、レディルは笑って済まさなかった。
「さあレディル様、わたくしの魔法陣へどうぞ」
「……断る」
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