デブオタと追慕という名の歌姫

ニセ梶原康弘

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第2話  デブとヘタレの二人三脚

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「おはよう!」
「ひゃあっ!」

 朝もやの残る公園の入り口に半分寝ぼけ眼で立っていたエメルは、ふいに後ろからでっかい声で呼びかけられてびっくり仰天、飛び上がった。

「お、おはようございます……」
「エメル、声が小さい! 大きな声の挨拶はプロへの第一歩だぞ! ガーハハハハ!」

 エメルは昨日、プロ歌手目指して特訓を始めるから明日から朝六時に公園入り口で待っているように、と言われていたのである。
 しかし実際に来て見ればいきなり驚かされ「どうだ、目が覚めたろう」と朝からハイテンションなデブオタを前に、困ったような笑みを返すしかなかった。

「それにしてもその格好は……」
「おう、日本じゃプロへの特訓といったらまずこれが基本なんだ」

 昨日アニメのTシャツを着ていたデブオタは、どこで見つけてきたのか今日は色褪せた水色のジャージ姿でママチャリ自転車に乗っていた。
 見るからに垢抜けないダサい格好に加えて、手には何故か竹刀を持っている。

「そしてこれがお前のだ」

 歌手に向けてのレッスンと聞いてどこかのスタジオで歌の練習を想像していたエメルは、いきなり赤いジャージとスニーカーの入った紙袋を目の前に突きつけられ、これから一体何が始まるのか訳がわからずキョトンとした。

「これは……」
「グズグズしてるんじゃねえ。さあ、あそこのトイレで着替えて来いッ! 制限時間は五分。一秒オーバー毎にペナルティー追加だぞッ、ハリィッ!」
「は、はい!」

 デブオタの楽しそうな怒号に追い立てられ、エメルは慌てて昨日デブオタが飛び出してきたトイレへ向かって走り出した。

「き、着替えてきました……」
「おう、ギリギリ五分だ。間に合ったな」

 しばらくして息を切らせて戻ってきたエメルから服と靴を入れた紙袋を取り上げて自転車のカゴに放り込むと、デブオタは竹刀をブゥンと振り下ろしてニヤリと笑った。

「さあ、行くか」
「行くって?」
「決まってるじゃねえか、ロードワークだ」

 これから走らされるのだと知ってジャージ姿のエメルは、たちまち真っ青になった。

「む、無理です!」
「黙れ小娘! 泣き言なんざ、走り終わってから聞いてやる。最初はソフトに二キロコースだ。徐々に増やしてゆくぜ、オラオラァッ!」

 芝居がかったデブオタの雄叫びと唸りを上げて振り下ろされる竹刀に脅され、「ひぃっ」と悲鳴を上げたエメルは、泣きそうな顔のまま慌てて走り出した。

「最初はゆっくりだ。ペースを作って走れ。バテるぞ」
「はっ、はひっ!」
「それから呼吸はスースーハッハッで小さく二度吸って小さく二度吐いての繰り返しだ」
「スースーハーハー、スースーハーハー」

 走るというより速歩に毛が生えた程度のペースだったが、エメルが何とか一定のスピードで走り出したのを確かめると、デブオタはおもむろに自転車に据え付けたラジカセのスイッチを入れた。「ロッキーのテーマ」が流れ始める。
 公園の周囲では、朝の散歩を楽しむ人やジョギングする人がいたが、音楽の演出まで付いた珍妙なロードワークに、みな苦笑じみた視線や訝しげな視線を送ってきた。
 顔から火が吹き出そうなほど恥ずかしくなり、彼らの視線から逃れるためにもエメルは懸命に走った。

「いいぞ。その調子だ!」

 二〇分後。
 汗だくになったエメルはぜいぜい言いながらようやく二キロを走りきって公園に戻ってきた。ヘロヘロになった足取りで芝生の上に倒れ込む。心臓が破裂しそうなくらい脈打っている。彼女はそのまま動けなくなった。

「この程度でバテるようじゃまだまだプロ歌手への道は遠いぞ。ほれ」

 デブオタがキャップを外してスポーツドリンクを渡そうとしたが、エメルは受け取る元気もなく、ぐんにゃり伸びてしまっている。

「ど、どうして……いきなりこんな……」
「どうしてもこうしてもあるもんか。歌うのも踊るのも体力は基本だぜ。ガンガン鍛えてやるからな。その体型もぽっちゃりからスレンダーになるまで削ってやる。楽しみにしとけ」

 自分の体型を棚に上げ、デブオタは不敵な笑みを浮かべた。無論、本気である。エメルは恐ろしくなった。
 ただ、恐ろしいといっても学校で苛められていた時や公園でリアンゼルに見つけられた時の心が冷えるような恐ろしさではない。
 それは、どこかおかしさや温かみがあって安心出来る恐ろしさだった。

「息が整ったら発声練習入るからな」
「うう……」
「大丈夫だ。いきなり最初からシゴいたりしねえから。ドゥフフフフ……」

 これって既にシゴきじゃないの! とエメルは思ったが、もちろん口に出して言い出せるはずがない。

「私、てっきり歌のレッスンスクールとかに通わされたりするとばっかり思ってました」
「そんなの入ったってお金取られるだけだ、必要ねえよ」

 そう言いながらデブオタはタブレット型PCを取り出すとスタンド型のスピーカーをセットし、エメルを画面の前に手招いた。
 何だろうとエメルが覗き込むと、そこには動画サイトが映っていた。

『では、初めて発声練習を始める人はまず姿勢をまっすぐにして下さい。気持ちを楽にして、ゆっくり深呼吸して……』

 画面の中では、トレーナーがにこやかに発声練習のレクチャーを始めている。

「今はこういう便利なチュートリアルの動画が無料で見れるんだよ。お、息が戻ってきたな。よし、身体が鈍らないうちにこいつを見ながら一緒に始めるぞ」

 デブオタに促されて、彼の横に立ったエメルは動画の指導に従って姿勢をとり、一緒に声を出し始めた。
 しかし十分後。

「エメル……」
「は、はい」
「はいじゃねえ。それで声出してるつもりかえッ!」

 デブオタの落としたカミナリに、エメルは「ひぃっ」と悲鳴を上げた。

「悲鳴までそんな小声じゃ海で溺れても誰も気が付かんぞ! ドザエモンになりたいんかッ!」
「ご、ごめんなさい」
「うむぅ、参ったな。たぶんこれが最初の難問だと想定はしてはいたが……」

 渋柿でも食べたような顔のデブオタを横に、エメルは申し訳なくて小さく縮こまるばかりだった。

(……ああ、せっかく私のために色々と準備までしてくれているのに)

 だが、どうしても大きな声が出せないのだ。
 リアンゼルは自分の声が綺麗なことに自信があるらしく大きな声で堂々と歌っていたが、エメルには自信など何もない。人に聞かれることが怖くてどうしても遠慮しいしいの小さな声しか出せないのだ。
 だが、人に聴かれるのを恐れていては歌手になどなれるはずがない。
 エメルは自分の不甲斐無さが悲しくて、泣きそうになった。
 と、そのときだった。

「あ、やべえッ!」

 渋い顔をしていたデブオタは、突然素っ頓狂な声を上げると「え?」と見上げたエメルの襟首を引っつかむや、目の前の植え込みに「とぅッ!」とダイブした。

「きゃっ!」
「しっ、声を立てるな」

 チクチクするウバメガシの小枝に身体のあちこちを突かれながら、エメルがデブオタに言われた通りじっとしていると、すぐ傍で独り言らしい声が聞こえた。

「チッ、今日はここに来ていないみたいね。アイツら一体どこにいるのかしら……」

 それがリアンゼルの声だとわかったエメルは、心臓をドキドキさせながら息を潜めた。

(絶対見つかりませんように。ああ、神様……)

 幸い、苛立ったように歩き回るリアンゼルの足音はほどなくして遠く去っていった。

「行ったか……」

 しばらくして、植え込みからガサガサとデブオタが頭だけ出して周囲をキョロキョロと見回した。

「ふー、気が付くのがもう少し遅かったら見つかるところだったぜ。あぶねえあぶねえ。もう大丈夫だぞ、エメル」

 その声に、エメルもデブオタと同じように植え込みから頭を出した。

「リアンは……」
「行った行った。アイツ気が付かないで行ってやんの。へっ、バーカバーカ」

 まるで隠れんぼでもしていたようにデブオタは舌を出したが、エメルは植え込みから頭だけ出して強がっている彼の格好がおかしくてクスクス笑い出してしまった。

「あんまり笑うなよー。声が出ないところを見られてたら今日はアイツに負けるから仕方なく隠れたんだぜ」
「あ、そうか。ごめんなさい……」
「まあいいさ。アイツを見事に出し抜いたしな。フヒヒッ」

 デブオタはガサガサと音を立てて植え込みから這い出した。
 続いてエメルが這い出すと、彼は笑いながらジャージや髪についた枝や葉っぱを払ってくれた。そうしながら、エメルをちょっと見直していた。

(笑うとかわいいじゃないか。ちゃんと声さえ出れば歌だって……)

「さ、アイツに見つかる前に人並みの声が出るようにしなきゃな」
「は、はい」

 そして、二人は発声練習を再開したが、やはりエメルの声量は小さいままでボリュームを上げられなかった。
 結局その日は発声練習から躓いてしまって、他の練習は何も出来ないまま終わってしまった。
 そしてその翌日も。

「困ったな……」

 三日目。
 さすがにデブオタは腕組みをして考え込んだ。エメルは早くも半泣きになっている。

「ごめんなさい」
「エメル、スターになるまで泣くなと言ったろう。大丈夫だ、心配するな。オレ様は日本でも失語症みたいな奴をシャウト系のパンクアイドルでデビューさせたんだぜ」

 とりあえずホラを吹いたものの、どうしたものかと、デブオタはボリボリ頭を掻いた。
 頭の中で問題をもう一度整理する。

(エメルが大きな声が出せないのは緊張と怯えのせいだ)

 彼女はずっといじめられてきたせいで、今でも安心して声を出すということが出来ないでいるのだ。
 もちろん、出来るだけリラックスさせて声を出させようともしてみたがどうしてもうまくいかない。人目が気になるし、知り合って間もないデブオタが傍で睨んでいるのだから当然といえば当然である。

 では、リラックスしなくても大声を出さなきゃいけないような状況にさせてみたら……。

(そういうのですぐ思いつくのは、薄暗い場所で誰かに襲われて助けてと叫ぶシチュエーションなんだがなぁ)

 だが、まさかエメルを本当にそんな目に遭わせる訳にはいかない。
 しかし、そこでデブオタは「待てよ?」と顎に手を当てた

(エメルじゃなくて自分が危ない目に遭って、エメルが大声を上げなきゃ回避出来ない状況にしたらどうだろう?)

 これならエメルを危険な目に遭わせずに声を出させることが出来るだろう。
 だが、その為には自分が危険に身を晒さねばならない。
 さすがに恐ろしくなって、デブオタはゴクリと唾を呑んだ。
 それでも彼女を必ずプロの歌手にしてやると約束したのは彼なのだ。それも、彼女にとって一番大切な母親に誓わせて。
 彼女は泣きながら「はい」と言ったのだ。ここで自分が逃げる訳にはいかない。

(ここはオレ様が身体を張るしかねえ。エメルのために)

 ええい、もうやってやるぜ! と、覚悟を決めたデブオタは握りコブシに力を込めた。

「エメル。ついて来きな」

 何を思いついたのか、おもむろにデブオタは歩き出した。
 エメルは、彼の後ろを心配そうな顔でちょこちょことついて来る。
 そのまま公園を出て小さな道をしばらく歩くとやがて通りに出たが、デブオタは更に歩いて町のメインストリートに出た。
 そこは片側二車線で中央分離帯まであるゆったりした道路だった。交通量こそ少ないが、それだけにスピードを出して自動車が行き来している。

「よし、ここでいいか」

 そうつぶやくとデブオタは、エメルの方を向いて「今からここで発声練習の特訓を開始する」と言った。

「特訓?」
「おお、つまるところ、こういうことだ」

 言うなりデブオタは頭に巻いていた汗止めのバンダナを解いて、やにわに自分の目を塞ぐように巻いて結びつけた。

「あの……何をするんですか?」
「オレ様はこれからこのままこの横断歩道を渡る」
「ええっ!?」
「この通り目が見えないから、エメルがオレ様に聞こえるように止まれとか歩けとか右を向けとか指示してくれ。ちゃんと聞こえないとオレ様、車に轢かれてペッチャンコになるから頼むぜ」
「そ、そんな……」

 エメルは真っ青になった。

「そんな……危ないです! やめて下さい。事故になったら……」
「大丈夫だよ。エメルがオレ様に聞こえるように大声を出してくれたらいいだけだから」

 こともなげにデブオタは言うと「エメル、横断歩道って確かこっちだったよな」と目隠ししたまま指を指して歩き出し、エメルが危ないという前に電柱に激突してしまった。

「おお痛え。エメル、ちゃんと言ってくれよ」
「ご、ごめんなさい」

 イギリスの歩行者信号は日本と同じである。赤、青、黄のカラーで通行の可否を知らせる仕組みで、幸い今は青信号だった。
 ぶつけた額をさすりながらデブオタは大股で横断歩道をゆっくりと渡り始めた。

「ああ……」

 エメルが手に汗を握って見守っているうちに、信号が点滅を始めた。
 デブオタは横断歩道の安全地帯ともいうべき中央分離帯に差し掛かっていたが、信号が変わり始めたことなど分からないのでそのまま通り過ぎてゆく。

「と、止まって! そこで止まって!」

 エメルは精一杯の声で叫んだつもりだったが、それは風の音や車のエンジン音に掻き消されるほどの声量でしかなかった。
 片側二車線の道路を半分以上過ぎたデブオタに届くはずがなく、彼は相変わらずのっしのっしと歩き続けている。
 はらはらして見ているうちに歩行者信号は赤になり、幅広の道路の向こう側からスピードを出したトラックが近づいて来た。
 エメルは、必死に彼に大声で呼びかけようとして自分が彼の名前もまだ知らなかったことに気が付いた。

「あの、誰か……急いで! 走って!」

 もちろんその声も届かず、通行帯をゆっくり歩くデブオタの姿を遮るようにトラックはクラクションを盛大に鳴らして猛スピードで走り抜けてゆく。デブオタが撥ねられたように見えたエメルは思わず悲鳴を上げた。

「あ……あ……」

 よく見ると、デブオタは道路の向こう側で倒れている。
 エメルは頭の中が真っ白になってへたり込んだが、彼はむくりと起き上がった。
 トラックは彼の背後を掠めるようにして走り抜けて行ったのだった。デブオタはどうやら歩道と横断歩道の間の段差に躓いたらしい。
 起き上がって目隠しのバンダナを外すと顔面を強打して噴き出した鼻血を拭って、エメルに向かって大丈夫だというように笑顔で手を振った。

「やめて、もうやめて! 危ないから!」

 その声も届かず、デブオタは笑顔で頷くともう一度バンダナの目隠しを締めなおして手を上げた。今度はこちらへ渡って来るつもりなのだ。まだ信号は赤のままなのに。
 デブオタが歩き出そうとしているのを見て、思わずエメルは絶叫した。

「ストォォォーップ! 止まりなさい!」

 歩き出したデブオタはラジコンロボットのようにピタリと停止した。
 だが、既に道路に何歩か身体が出ている。向かい側の車線からまた自動車が近づいているのを見たエメルは血相を変えて叫んだ。
 彼の生命が懸かっているのだ。なりふりなど構っていられなかった。

「後ろに下がって! 三歩、ハリィ!」

 デブオタは言われたとおり三歩後ろへ下がった。

「ウェイト! そのまま待ちなさい!」

 信号待ちをしている通行人が必死に叫んでいるエメルを見たが、彼らの視線など今は気にしていられない。
 信号が青に変わる。エメルはさっきと変わらない大声で叫んだ。

「信号は青。渡りなさい!」

 デブオタは歩き出した。
 ゆっくり歩いているからさっきと同じで信号が変わるまでに渡り切ることは出来ない、と思ったエメルは彼が中央分離帯に差し掛かるともう一度「止まって!」と叫んでデブオタを停止させて信号が赤になり、また青になるまでそのまま待たせた。

「オーケー、信号はまた青。渡って!」

 デブオタがこちらへ戻ってくるとエメルは泣きべそをかきながら駆け寄った。彼の服を掴んで引き寄せる。
 汗びっしょりになった彼の服からは、日本のオタク特有の埃っぽい匂いがした。

「無茶して……死んじゃったのかと思ったわ!」
「おお、やっぱり危なかったのか。怖ええ怖ええ。でもちゃんと大声出たじゃねえか」
「当たり前です! 出さなきゃあなた死んでたのよ!」

 笑っているデブオタを思わず涙目で引っ叩きそうになったエメルは、彼が小刻みに震えているのに気が付いた。
 そこまでして自分のために……。
 彼を掴んでいる自分の手も震えていたが、彼女は気が付かなかった。

「よし、もう一度だ。オレ様も死にたくないからちゃんと大声で指示を出してくれ。いいな」

 デブオタは力強い声で言うとエメルの肩を叩いた。エメルは真剣な顔で頷いた。
 彼がトラックに轢かれたのかと思ったさっきの恐怖を思い起こすと、恥ずかしいなどと言っていられなかった。彼に聞こえる大声を出さなければ、死に繋がりかねない事故に晒すのだ。

「よし、じゃあ行くぜ。落ち着いてな」

 目隠しをしようとしたデブオタを「待って」と、エメルは引き止めた。

「さっき、貴方を呼ぼうとして気が付いたの。私、まだ貴方の名前を知らなかったわ。教えて下さい」
「オレは……オレ様は……」

 デブオタは困ったように笑って鼻の頭を掻いた。

「デブオタでいい。デブオタって呼んでくれよ」
「デブオタ?」
「デブのオタクだからデブオタだよ。それでいい」

 丸々としたお腹を叩いてデブオタは笑ったが、エメルが不快そうに眉をしかめたので彼は驚いた。
 いつもおどおどしているエメルが、これほどはっきりと意思を示したのを初めて見たのだ。

「イヤです。私、そんな風に貴方を呼びたくない」
「そうか?」
「デブじゃなくて……そうだわ、じゃあデイブって呼んでいい?」
「お、おお、いいとも」

 自分を蔑んだ渾名をきっぱり嫌だと言われ、デブオタはむずがゆい顔になった。

「じゃあデイブ、右を向いて下さい。信号はまだ赤です。そのまま待って」
「おう」

 声は震えていたが凛としていた。デブオタも力強く応えた。
 エメルは驚いていた。
 何だか急に自分が自分でなくなったような気がする。
 我を忘れて真剣になった瞬間、背筋がピンとなって芯の通った大声が出せたのだ。
 エメルはいくじなしだった自分の殻を自分自身が打ち破ったことにまだ気がついていなかったが、本気でやれば自分だって大きな声が出せるのだ、と胸が熱くなった。
 エメルは「デイブ、青です。渡って!」と声を張り上げた。

「この横断が終わったら、今度こそ発声練習が出来るな」

 嬉しそうにつぶやいたデブオタはふと下半身に違和感を感じてズボンに手をやり、苦笑した。

「その前にエメルにばれない様にトイレにでも寄らないとな。おしっこチビってらぁ……」


**  **  **  **  **  **


「エメル、また肩と胸に力が入ってるぞ。上半身はリラックスリラックス。で、下半身はフラフラさせるなよ。お尻の位置が重要だからな。お腹の上に胸が乗っているっていう感覚で姿勢を作れ」
「は、はい」
「そうそう、それでいい。あと、お腹から声を出すって言うのはナンセンスだってよ。無駄に大きく息を吸うな」
「はい」
「よしよし、いいカンジだ」

 リアンゼルがエメルとデブオタを見つけたとき、二人は芝生の上にスタンドごと置いたタブレット型PCの動画を見ながら姿勢の矯正と腹式呼吸の練習をしているところだった。

「まだいたの? この間、不愉快だからさっさとイギリスから出て行けって言ったのに。聞こえてなかったの?」

 例によってリアンゼルは二人に向かって口汚く罵り始めた。
 彼女は昨日小さなオペラハウスのオーディションに挑戦していた。無論、この二人を見返すためである。
 しかし、審査員から合格者として名前を呼ばれることはなかった。またもや落選したのだ。
 やり切れないまま例によって公園に来てみればエメルとデブオタが児戯のような野外レッスンをしている。悔しさのやり場のない彼女には到底看過出来ない光景だった。
 だが、デブオタはリアンゼルをちらっと見ただけでエメルへ「下半身、下半身。意識を集中しろ」と声をかけた。

「呼吸の流れが自然に出来るようになったら歌うときに意識する必要がないからな。まずは少しずつ身体に覚えさせるんだ」
「わ、わかりました」
「聞こえてないの? ここから出て行けって言ってるの!」

 リアンゼルはエメルへも足を踏み鳴らして怒鳴ったが、彼女は怯えた視線をちらっと向けただけだった。

「私を無視するなんていい身分ね、エメル。学校に来たらどんな目に遭うか覚えてらっしゃい。今から腹式呼吸だなんて大した英才教育だこと。バカバカし……」
「エメル、雑音で気が散ってるみたいだな。ちょっと切り替えよう」

 エメルへしつこく絡むリアンゼルの罵倒を遮るように、デブオタが片手を上げた。

「雑音ですって? アンタの気持ち悪い口がよっぽど……!」

 カッとなって詰め寄りかかったリアンゼルだったが、例のロードワークにつきあったデブオタの汗が発する強烈な匂いに思わず顔をしかめた。日本のオタク特有の誇りっぽい匂いを嗅ぐのは初めてで、彼女はそれ以上近づくことが出来なかった。

「臭っ。生ゴミみたいな腐臭まで撒き散らして迷惑な。さっさと死になさいよ」
「歌は……そうだな」

 デブオタはいきり立っているリアンゼルなど眼中にないとばかりに「アニー・ローリーにしよう。エメル、声が低いとまた道路で例の特訓に逆戻りになるから思いっきり大声で頼むぜ」と言って豪快に笑うなり「ラララ~」と伴奏を歌いだした。

「そんな汚い歌声、ヘドが出るからやめ……」
「Max Welton's braes are bonnie Where early fa's the dew and 'twas there that Annie Laurie gave me her promise true.」
(おお、美しきマクスウェルトンの丘よ、朝露に濡れたあの丘でアニー・ローリーは私にくれた。真実の愛を……)

 リアンゼルの罵声を遮るようにエメルは歌い始めた。周囲の人々に聴こえるほどの大きな声で。

「ええっ!?」

 驚いたリアンゼルは罵るのを止めてしまった。
 それまで、蚊の鳴くような惨めな声しか聴いたことがなかったエメルが、人並み以上の声量でちゃんと歌っているのだ。
 傍にいるリアンゼルを気にしているので声が震え、歌の合間に不器用な息継ぎが入っている。音域が高くなると声が掠れ、お世辞にも上手と云うのにはまだ程遠い歌だった。
 大声で必死に歌っているので、ともすれば音程もズレてゆく。
 しかし、そのたびにデブオタがドラ声のコーラスで助けに入った。そしてエメルの音程を修正してくれる。
 すると、デブオタの助けに安心したせいでエメルの声から震えが消え、少しずつ伸びやかな歌に変わっていった。
 小さな、しかし聴いている者にハッキリと分かる成長がリアンゼルには不気味に思えてエメルの歌を貶さずにはいられなかった。

「そんな歌い方で、気持ち悪……」

 だが、そんな彼らの傍を何人もの人々が行き交っている。
 彼らはスコットランド民謡の名曲を懸命に歌うエメルとデブオタを微笑ましく見ながら通るので、リアンゼルは思うように罵声を浴びせることが出来なかった。

「……」

 歯軋りして睨みつけるリアンをよそに、歌い終わって何度も深呼吸するエメルをデブオタは「よし、邪魔が入っても声がちゃんと出ている」と、褒めた。

「いいぞいいぞ、それでこそオレ様の生命を削って特訓した甲斐があったってもんだ」
「ちょっと! こっちを見なさい! 邪魔だなんてよくもこの私を……」
「でも、やっぱり歌うときに硬くなってしまうな」

 デブオタは、相変わらずリアンゼルを無視したまま「と、言う訳で次のレッスンはこれだ」と、タブレット型PCで新しいアプリを起動させ、何やら嬉しそうにエメルを手招きした。

「ホワット? デイブ、これは……」
「日本のバーチャルアイドル育成ゲーム『ドリームアイドル・ライブステージ』だよ。三次元のCGアイドルがトップスターを目指してレッスンしたり、ステージで歌ったりするんだ」

 画面の中ではアニメキャラクター調のデザインで作られたCGの少女が音楽に合わせてステージの上を所狭しとばかりに踊りながら歌っている。CGとは思えないほど精緻に再現されたツインテールの髪が翻り、ステージの向こうにはこれもCGで出来た観客席から歓声が響いている。たくさんのサイリウムが風に靡く稲穂のように、歌に合わせて揺れていた。

「凄いだろ。雰囲気出てるだろ。このゲームのエディットモードは、曲を設定すれば自動で踊りの振り付けを作ってくれるし、それを自分の好みで編集も出来るんだぜ」

 デブオタはまるで自分がこのアイドル育成ゲームを作ったように自慢し、エメルは初めて見たハイスペックなゲームの世界に目を丸くした。

「今時のゲームってこんなにリアルなのね。初めて見ました。でもデイブ、これで何をするの?」
「この娘の動きを真似て踊りのレッスンをするんだ」
「ええっ! そんなこと出来るの?」

 風変わりな練習を告げられたエメルは驚きの余り、後ろで喚き立てているリアンの罵声も耳に入らなかった。デブオタの顔とタブレットの画面を交互に見つめる。

「もちろん、さっきみたいな歌とダンスをいきなりじゃさすがに無理だろ? 簡単な初心者モードのレベルから出来るから安心しな」
「私なんかに出来るのかしら……」

 心配そうにエメルがつぶやくと、デブオタはニヤリとした。

「慣れればこれくらいのことは出来るようになる」

 デブオタは慣れた手つきでタブレットの画面を何度かスライドしタップするとスピーカー代わりのラジカセにケーブルを繋いで芝生の上に置いた。
「久々にオレの十八番を打ってみるか」と、傍らのリュックサックからサイリウムを二本取り出す。
 序奏が始まると、いきなり真上へ放り投げた。そのまま回転しながら落下したサイリウムを背面に回した手で目もくれずにキャッチする。
 鮮やかな手並みにエメルとリアンゼルが眼を丸くする中、デブオタはそのままもう一度放り投げ、今度は空中で交差したサイリウムを平然とキャッチした。

「凄……」

 キャッチしたタイミングと同時に「チェケラッ」とドスの効いた掛け声が飛び、アップテンポのアニメソングが始まる。デブオタは盆踊りにも似た怪しげな振り付けで踊り始めた。
 アイドルオタ特有の動きでステージを盛り上げる、あの「オタ芸」である。
 エメルが慌ててタブレットの画面と見比べると、手の動き、ステップ、腰の捻り、そのモーションの全てがゲーム画面の少女の動きを正確にトレースしていた。その肥え太った身体を驚くほど機敏な動きで左右に滑らせ、巧みな手の動きでサイリウムの光に美しい軌跡を描かせる。
 三分ちょっとの曲に合わせたダンスはあっという間に終わり、エメルは思わず手を叩いた。思わず見とれてしまっていたリアンゼルは我に返って「そんな原始人みたいな踊り! ……」と喚き出したが、得意そうなデブオタと感心して目を輝かせるエメルのどちらも聞いてはいなかった。

「デイブ、凄い!」
「オレ様はこれでもアキバじゃオタ芸ダンスの達人として結構知られていたんだぜ」

 思わず鼻息を吹いて自慢したデブオタは、慌てて「音楽プロデューサーになる前の話だけどな」と付け加えた。

「私もそれくらい踊れるようになれる?」
「デブのオレ様でもこれだぜ。楽勝楽勝」

 汗びっしょりのデブオタは、腹を揺すって笑いながらタブレットの画面を操作して置き直した。

「最初はレベル一からだ。ほら、画面を見てみな」

 同じ音楽だったが、さっきの激しいダンスとは違って今度はCGの少女が前後左右に軽くステップを踏んでいる。それはエメルにも出来そうなくらいシンプルな動きだった。

「あ、これくらいだったら……」
「な? じゃあ一緒にやってみよう」

 エメルは彼と並んで一緒に踊り始めた。
 音楽に合わせて身体を動かす。エメルには初めての体験だった。

「どうだエメル、音楽に合わせて身体を動かすのって気持ちいいだろ」
「はい!」

 それは心が弾むようで楽しい体験だった。
 眼を輝かせ、タブレットの画面を見ながら一心不乱にステップを踏むエメルを横目で見てデブオタは嬉しくなった。

「おお、いい筋している。動きは悪くない。これがレベルアップすると少しずつ動きが複雑になってくるけど慣れてゆくからな。難しかったらそこを何度も繰り返して練習すればいい。そうすれば身体が自然に動きを覚えるんだ」
「はい」
「よし、じゃあ休憩しよう」

 曲が終わり、大きな息をつくとデブオタは芝生の上に座り込んで足を投げ出した。実はかなりのオーバーアクションで、もう膝が限界だったのだ。
 その横でエメルも彼にならって足を投げ出した。

「発声練習やロードワークばっかりだとしんどいからな。こういう練習も入れなきゃ。でも楽しいだろ?」
「はい」

 頷いたエメルは、ふと気が付いて振り返り「あれ?」という顔をした。

「リアン、いなくなってる。どこ行っちゃったのかしら?」
「何だ、忘れてたのか。あいつも気の毒なこった」

 デブオタは「エメルが練習に夢中でうてあってくれないからプリプリしながら帰って行ったよ」と笑った。

「そう……」
「なんだ、いないと却って気になるのかよ?」

 苦笑したデブオタに恥ずかしそうに微笑むと、エメルはつぶやくように言った。

「ううん、違うの。何だかかわいそうだなって」
「おいおい」

 笑いながら「今までお前をあんなにいじめてた奴をかわいそうって……」と言いかけたデブオタは、ふいに真顔になった。
 胸を衝かれるような思い出にとらわれたのである。

(あの時、裏切られたオレ様を……オレ達ファンをそんな風に思ってくれたアイドルはいなかった)

 デブオタは、思わず自分の心臓のあたりを手で掴んだまま言葉を失った。

「……なあ、エメル。休憩ついでにちょっとつまらない話をする。暇つぶしに聞いていてくれ」
「はい」

 それまで笑いを含んでいたデブオタの言葉に真剣な声音が混じった。
 そうと気が付かないままエメルが前髪をかき上げながら顔を向けると、彼はゆっくりと噛み締めるように話し始めた。

「イギリスじゃどうか知らないがな、日本じゃアイドル歌手のファンはモテない男が多いんだ」
「えっ、どうして?」

 エメルには初めて聞く日本のアイドル事情だった。

「恋をしたくても出来ないからさ。日本の女性は顔の良し悪しで恋人を選ぶ奴が多いんだ。世界中どこでもそうなんだろうけどな。特に日本じゃ顔の作りが悪い男は『キモい』と蔑まれて、どんなに一生懸命に人を好きになっても相手にしてもらえない」
「そ、そうなんだ」
「女の子とおしゃべりなんてまともにさせてもらえないし、目が合っただけでも嫌がられる。そんな奴が恋をしたいならアニメやゲームのヒロインを好きになるか、アイドル歌手を好きになるか、どっちかしかないのさ。だけどそれは絶対に報われない」
「どうして?」
「本当の恋じゃないからな。偶像(アイドル)への擬似恋愛だから」

 エメルは言葉を失った。
 デブオタはため息をつくと自嘲っぽく続けた。

「アニメヒロインの声優やアイドル歌手は、ステージの上からファンに向かって私を応援してね、みんな大好きって言ってくれる。だからファンは、みんな彼女を自分の恋人のように思って応援するんだ。たくさんのCDを買って、高額なイベントや握手会のチケットを買って。でも本当の恋人じゃないからいつか必ずそんな夢が醒める時が来る。それもたいてい残酷な形で」
「残酷な?」

 デブオタはうなずいた。

「実は恋人がいました、今度結婚します、引退します、私たち幸せになります、今まで応援ありがとう、さようなら……たいていそんな格好で終わる。そして今までコンサートで盛り上げて貢いできたたくさんのファンはみんな置いてきぼりにされるんだ。気持ちのやり場がないファンのことを思いやってくれた人は今まで誰もいなかった。見捨てられたファン達は泣いて喚いて駄々を捏ねて諦めて……だけど他にどこにも行き場所はない」
「……」
「だからまた別のアイドルや声優を好きになるしかないのさ。そうやって今まで何度裏切られたことか。何度泣いたことか……」

 さっきのオタ芸もかつて日本のアイドルコンサートでファン達がイベントを盛り上げる為に始まったものだった。
 しかし、そんな芸も危険だから、見た目に気持ち悪いからという理由でやがて禁止されてしまった。ファンは何も出来なくなってしまったのだ。
 一方では大量のCDを購入して応募しなければ、コンサートチケットの抽選にも当たらない。そればかりか、握手権を手に入れてもほんの一言か二言会話出来るだけの時間しか与えられない。
 だが、まるで搾取されるように金を出して応援しても報われることはない。裏切られ、捨てられても……ファンには何も残らないのだ。

(養分が意見なんかするんじゃねえ、ましてやキモいオタ芸なんか見せるんじゃねえ。手前らは黙って金出して応援してりゃいいんだよ! 文句があるならファンなんかやめて今すぐ消え失せろ。手前らの代わりなんざ幾らでもいるんだよ!)

 ファンの抗議に対して叩き付けられたその言葉をデブオタから聞いたとき、エメルは思わず「酷い!」と、口に手を当てた。
 そこでデブオタは、急に我に返ったらしく「オレ様はプロデューサーをしているからさ。そんなファンの憤懣を聞いたんだよ」と慌てて言いつくろった。
 エメルは彼の狼狽を不審に思わなかった。
 そんなことよりも、報われない日本のアイドルファンへ同情で心がいっぱいになっていたのだ。

「日本のファンってかわいそう……あんまりです。人を使い捨てみたいに」
「エメル」
「はい」

 彼女の澄んだ瞳を見つめるデブオタの眼は、真っ直ぐで真剣だった。

「どんなに有名になっても、人の痛みや悲しみを思いやってあげられる、そんな歌手になってくれ」
「……」
「さっき、自分をいじめていたリアンゼルにもかわいそうって言えた、そんな気持ちをずっと忘れないでいてくれ」

 エメルはデブオタの一言一言をこくり、こくりと頷いて聞いていた。

「お前が歌手になった時、応援してくれる人の中にはもしかしたらエメルの歌を生きる支えにする人がいるかも知れない。バカにされたり嫌われたり……そんな辛いこともエメルの歌に励まされて耐えている人がいるかも知れない」
「……」
「だからエメル、お前は悲しい人や傷ついた人を歌で抱きしめてあげる……そんな優しい歌手になってくれ」

 真剣にそこまで話したデブオタは、しばらく沈黙すると自分が恥ずかしくなったのか急に立ち上がると「おお、オレ様チョー格好いいこと言ったぜ! さ、柄じゃないお説教はこれでおしまいな」と、照れたように笑った。
 頭を掻きながらジーンズの尻についた芝生の草をパタパタと手で叩き落とす。

「よし、じゃあ次の練習は……」

 だが、返事が返ってこない。
 デブオタが振り返ると、エメルが彼をじっと見つめていた。その瞳には大粒の涙が今にも零れそうなほど盛り上がっている。
 それを見たとき、デブオタの鼻の奥がツンと熱くなった。

「泣くなッ! 涙はスターになるその日の為にとっておけ!」
「はい!」

 自分の涙はこっそり引っ込め、デブオタはわざと渋面を作った。

「もう一度腹式呼吸の練習をしよう」
「は、はい」
「うんざりするかも知れないけど大切なことなんだ。エメル、息を吸ってみろ」

 デブオタの照れ隠しで講義が始まった。頷いたエメルは大きく息を吸い込む。

「自分の胸を触ってみな」

 エメルは言われたとおり、自分の胸にそっと手を触れた。

「胸の筋肉が堅くなっているだろ? 声を出す筋肉が堅くなるからスムーズに声が出せなくなるんだ。それで、そこより出来るだけ離れた場所で呼吸するようになればいい声が出せる。だから腹式呼吸が大切なんだ」

 それはネットで前もって調べていた知識の受け売りだったが、デブオタは熱心に説き、エメルは真剣に聞き入った。

「昨日も説明したけどな、腹式呼吸っていうのはここ」

 エメルの気を逸らしたデブオタはホッとしながら自分の肺の下を軽く叩いた。

「ここの横隔膜が伸びたり縮んだりする。だから腹回り全体を鍛えればいい声が出しやすくなるんだ。普通のアマチュア歌手は大抵そんなことを知らないからお腹の前だけ鍛えて満足する。だからお腹周りをきちんと鍛えて自然に腹式呼吸が出来るようになればライバルにグンと差を付けられるんだぜ。凄いだろ!」
「はい!」

 自信たっぷりに指導を始めたデブオタの横に並ぶと、エメルは懸命に彼の言葉通りに深呼吸し、身体を捻り、姿勢を正し、声を出した。

「うん、いいカンジだ。それとエメル、リラックスな? リラックス。緊張すると声も堅くなるから」
「はい!」

 元気な返事が返ってくる。
 蚊の鳴くような歌声の少女は少しずつ着実に成長している。デブオタは嬉しくなった。
 それは、彼が日本でアイドルを応援していた時やTVゲームの中のアイドルを育成していた時とは全く違う嬉しさ、初めて感じる喜びだった。
 だから、デブオタは気づかなかった。

 彼の話を聞いて練習に励むエメルの瞳には、さっきまでとは違う輝きが宿っている……
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