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ニューマシン
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「…ったく、調子狂うわね…」
結局あの後ギルドで騒ぎを起こしてしまったが為に受付嬢に謝罪をいれようとギルドに訪れて見た物の
受付嬢は辰起に「俺は気にしてないし本人も反省してるだろうから」と言われ
巻き込まれた本人が言うのならとレミラに対するお咎めは無し、ついでに新人に負けたことで周りのレーサー達にボロクソに言われると思っていたが
あんなに速いもんは仕方ないと笑いながら、いやしかし良いものが見れたと併設されてる酒場から酒を引っ張り出して酒をかっ食らってるのを見ていやそれでいいのかと思ったりした
「…ま、なに考えてるかはわかんないけど
悪い奴ではないのかもね…アイツは」
暗くなり始めて街灯に照らされ始めた公道を辰起の書いた無駄に精密な地図を便りに車を走らせながら思ったことを口にするレミラ
クスりと自然に頬が緩み、視線は地図から助手席の布袋へと移る
この布袋には辰起が提示した望み通りの大銀貨5枚が入っていた
一般的に言えば大銀貨5枚は大金ではあるものの、かなりの稼ぎ頭であるレミラにとっては全然痛くない出費だ
「あんだけ若けりゃ普通はもっと欲にまみれてるでしょうに」
なんて呟きながらもう一度地図を確認、視線の先には地図に書かれていた辰起の家であるガレージハウスが見えていた
「…シャッター閉まってるんですけど?」
しかし来たは良いものの、ガレージのシャッターは閉まっており魔道具の灯り一つ漏れてきていない
…いないのか、いるにしても寝てしまってるかも知れない
「いや、ギルドですぐ帰るって言ってたし…」
現状シャッターが閉まってて内部が見えない為に確認のしようがない、とりあえず中にいるだろうとシャッター脇のおそらく玄関にあたる戸をノックする
「お~い!来たわよ」
家の中に聞こえるように少し大きめの声でレミラはいうと、少し間をおいてから中からバタバタと音が聞こえ
ガチャリという音と共に扉が開く
「わりぃ、ちょっと作業しててな」
出てきた辰起は繋ぎ姿で、仄かにオイルの匂いがした
あぁ本当に作業してたんだなやちょっと間が悪かったかと思いながらレミラは辰起に布袋をつき出す
「はい、中に大銀貨5枚入ってるから」
「おぅ、んじゃこれ」
布袋を渡して早々に帰ろうとしたレミラに、いやそうはさせじと鍵を投げ渡す
「…は?いやなにこれ」
「車の鍵だ、ついてきな」
得体の知れない鍵を渡され困惑し、続く辰起の言葉に余計困惑させられる
(…ん?車の鍵?何で?え?)
しかしついて行かないことには真相はわからないのだろう、意味わかんないと思いながらもレミラは鍵を弄りながら辰起の家に上がった
「…ホンダ?」
鍵に書かれた聞いたことのないメーカー名を口にしながら…
◆
「ようこそ、うちのガレージへ」
案内されたレミラはぽかんと口を開けることしかできなかった
そこそこの広さを誇るガレージには三台の車が止まっており、先ほど一緒に走っていた白い車はリフトにあげられオイルを抜いてる最中であり、その他の二台はシートを被せられていた
その二台のシルエットは片方は所々大きくひしゃげており、大きな事故を起こした車だということが見て取れた
もう一台は角張った台形なボディラインをしており見たこともない形だ
「さっきの鍵はこの車のだよ」
辰起は角張ったシルエットの車に近づいて行き、掛かっていたシートを外す
シートの中からは小さな、それでいてワイドなボディの車が現れる
カラーはレミラの髪色と同じ赤だった
「この車は…?」
「ホンダ・ワンダーシビックSI」
「ワンダー…シビック……」
一目見た瞬間、レミラは雷に打たれたような衝撃を受け
教えられた車名を反芻していた
「腕は結構良いと思ったんだけどな、なにぶん車がついてきてないみたいだから
勝手ながら用意させて貰った、っても中古だから安くて大銀貨5枚程度の代物だけど」
「いやいやいや!」
ようやく冷静になったレミラはちょっと待てと言わんばかりに声を荒げる
「おかしくないこれ!?どういう状況なのよ!意味わかんない!!」
何で勝手に私の車になってるんだとか、結局私の提示した額は私の車の代金な訳?なにそれとか
いろんな事がごっちゃになってレミラは訳がわからなくなってきていた
「だから言ってんべ、お前は腕が良いけど車の性能がついてきてない
だから勝手ながら用意させて貰ったと」
「だからそれが意味わかんないって言ってんでしょ!?
第一これ大銀貨5枚の車なわけ!?だったら相当なポンコツ…じゃ…」
この世界の時勢において車はどんなにポンコツでも結構な額である、レミラはアルカディアを新車で購入しているが新車はなおのこと高く
アルカディアは金貨5枚で購入していた
どんな中古車でも金貨一枚くらいはどうしてもするし、それこそ大銀貨5枚なんてエンジンがかからなかったり事故車だったり相当な事情を抱えてない限りあり得なかった
だからこそそんなポンコツなんか、と思いながらワンダーシビックという車を貶そうと車の周りを見てみた物の
(…いや、どこも悪そうな所無いんだけど)
ボディはフロントに着いた飛び石の傷が酷いくらいで塗装も生きてるし小さなものはあるものの大きく目立つへこみや傷はない
内装を見てもシートにヨレは見当たらないしダッシュ割れもない
また前と後ろが鉄板むき出しになってるのを見てだいぶ手が入ってるのも気づいた
(…あれ?アタシの車より綺麗なんじゃ…)
一応手入れはまめにやってるがひょっとしたら自分のより綺麗ではないか、と少し膝をつきたい衝動に駆られながら渡された鍵でドアを開ける
(あらしっかりした作り…)
揶揄ではなく実際にちょっと厚いだけの鉄板から切り出したドアの自分の車よりこの車のがだいぶ厚いなと思っては鍵をキーシリンダーに差し込む
__カチッピピピピッピピピピッ
「!?」
鍵を差し込むと元の世界ではホンダ目覚ましで有名な電子音に、そんなものを存在自体知らないレミラは目を見開いた
「鍵忘れ防止装置が作動してるだけだ…そのまま鍵回してOKだぞ」
「あ、そ、そう…便利ね」
内心では結構ビクビクしていたレミラであるが、話を聞けばなるほどと納得できるものだ
確かに鍵を指したまま忘れてしまうことはたまにある、タイミングが悪ければそのまま盗まれてしまうだろう
それを防ぐという点ではこれはかなり凄いものではないのかと感じていた
(…既に大銀貨5枚の代物じゃないんだけど…)
そう思いながらもやはり普通に気になるのかそのままキーを捻ってエンジンを指導させる
__キュキュキュッブワァンッ!!
「ッ!(うるさッ!?けどこれ…)」
エンジンはすこぶる調子がよく、短いセルモーターの音のすぐ後に一発始動で掛かった
軽やか且つ直管の爆音と共に綺麗にアイドリングする音を聞いて
柄にもなくレミラはわくわくを抑えきれなかった
「乗ってきてみな」
「…え、えぇ」
ガラガラとシャッターを開け、試乗を促す辰起に頷くとレミラは運転席に座る
(うわぁ…低っ)
この世界には存在しない為仕方がないが、初めて座るバケットシートの感覚にレミラは少し動揺した
低すぎてちょっと前が見辛い
(あ…クラッチは結構軽い)
自分の愛車に比べればだいぶ軽いクラッチを踏み込み、ギアを1速にいれるとゆっくりと発進してガレージを後にする
_バァッババンッ!!
(動きが随分と軽いわね…)
少し左右に車体を振っただけだが、元の車はお世辞にも軽いと言えない車なのでわずかなことでその軽さがわかってしまう
そしてちょっとでもアクセルを踏めばレスポンス良く反応するZCエンジンは慣れるまで耳が痛くなりそうだった
(ちょっと踏んでみようかしら)
大通りに出てからギアを2速へ入れて試しにアクセルを強く踏み込んで見ると、その軽い車体は力強く前へ前へと引っ張られていく
バァアアアアアッ!!
辰起の車とは似てはいるがどこか違う音で、周囲の喧騒を蹴散らしワンダーの咆哮一色に塗り替える
そのままエンジンはすぐにレッドゾーンの7500回転まで回った
「ははっ…凄い…」
即座に2速から3速へ、加速が止まずにどんどん速度が上がり、吹け切る頃には時速130キロを優に超える
「速い速い…!」
ギアを4速に繋ぎ再び全開、軽く回るエンジンはパワーの落ち込みを感じさせず
車体は真っ直ぐ矢のように駆けていく
(え…?もう?)
4速7500回転で5速へ、車速は170キロを超えてようやくゆっくり、それでいてまだ速度は上がり続けていた
(凄い…まるでどこまでも回っていくかのような…)
ぶっちゃけて言えば得体の知れない車、今でもその印象は変わらないし、何をどうすればこのクオリティの車を大銀貨5枚で売る事が出来るのかもわからない
それでも徐々に、この車の特性を肌で感じ
体感することでレミラの気持ちはワンダーシビックへ注ぎ込まれていく
「…良いわねこれ」
特定の何かではなく、どこかと言われれば全て、少し曖昧ではあるがレミラはワンダーを気に入ったのだった
「あ、そろそろ一度戻るかな…」
気づけば5速180キロオーバーで巡航しており、やはりその高性能差に驚きながら辰起のガレージへ戻るべく車体を減速させる
_バァアアア…キャッ!
そして十分に速度を落としてからいつもの如く大きめに頭を振って車を転回させようとすれば、軽いスキール音と共にワンダーの車体はクイックに元来た道へ頭を向けた
「…めっちゃ小回り利くんだけど」
自分の乗っているアルカディアもそこそこコンパクトな車体であるがなにぶん重いせいで小回りが効かず
場合によっては一度下がって切り返しが必要な為
なかなかに便利であるとレミラは感じた
◆
___バァアアア…アァアッ
「お、帰ってきたかな」
ガレージで椅子に座りながらレミラの帰りを待っていた辰起は、遠くから聞こえてくる聞きなれたZCエンジンのエキゾーストノートでレミラがこちらに向かってきていることを把握した
側では先ほどまでリフトに上がっていた白のEG-6シビックが佇んでおり、その様子からもう作業が終わっていることが見て取れた
__バンッ…ブワァアアアッ…
徐々に大きく聞こえてきたエンジン音を聞きながら待つこと数分
開けっ放しのシャッターからガレージの目の前に止まるワンダーの姿が確認できた
_ガコッ
繋がっていた金具同士が外れるような音と共にワンダーの運転席が開き、中からレミラが降りてくる
その表情はどこか小さな子供を思わせるような純粋に楽しそうな顔だ
「どーよ?」
「良いわね、気に入ったわよ
凄いパワーあるし足も良くて軽い、悪いところ探す方が難しいわ」
「…ん?」
あまりにも楽しそうな顔をしていたが為に感想を聞いてみたものの、レミラの答えに辰起は少しだけ引っ掛かりを覚えた
別にお世辞で言ってる訳ではないというのもなんとなく察しがついたが、それとは別に
本心でそう思ってる訳では無いのだろうと思ったのだ
「…で?本心は?」
「全部どうでも良いわね、パワーも足も軽さも
このボディ、このスタイリングだからこそって感じで…
車自体が気に入ったってのが本心かしら」
「ほう?」
レミラの本心、いやここは実際に感じた正直な感想だろうか
それを聞いて辰起は片眉を上げて素直に感嘆する
「僅かあれだけの試乗でそこまで気づくとはな、確かに軽さ・パワー・優秀な足回りは魅力的だ
でもそれらはトータルとして成り立って初めて真価を発揮する」
例えばパワーはあっても足回りや車重が愚鈍ならお話にならないし、それらの逆もしかり
トータルとして成り立ち、なおかつショートホイールベースかつトランク部をスパンと切り落としたようなコンパクトボディがあってこそ真に真価を発揮できると言えよう
「でもまぁ乗れば乗るほど安物には思えないのよね
本当に大銀貨5枚なのこれ?」
「あぁ…その理由も説明しようか」
やはり価格に対して納得のいってなさそうなレミラに、辰起はすべての事を包み隠さず伝える決意をした
結局あの後ギルドで騒ぎを起こしてしまったが為に受付嬢に謝罪をいれようとギルドに訪れて見た物の
受付嬢は辰起に「俺は気にしてないし本人も反省してるだろうから」と言われ
巻き込まれた本人が言うのならとレミラに対するお咎めは無し、ついでに新人に負けたことで周りのレーサー達にボロクソに言われると思っていたが
あんなに速いもんは仕方ないと笑いながら、いやしかし良いものが見れたと併設されてる酒場から酒を引っ張り出して酒をかっ食らってるのを見ていやそれでいいのかと思ったりした
「…ま、なに考えてるかはわかんないけど
悪い奴ではないのかもね…アイツは」
暗くなり始めて街灯に照らされ始めた公道を辰起の書いた無駄に精密な地図を便りに車を走らせながら思ったことを口にするレミラ
クスりと自然に頬が緩み、視線は地図から助手席の布袋へと移る
この布袋には辰起が提示した望み通りの大銀貨5枚が入っていた
一般的に言えば大銀貨5枚は大金ではあるものの、かなりの稼ぎ頭であるレミラにとっては全然痛くない出費だ
「あんだけ若けりゃ普通はもっと欲にまみれてるでしょうに」
なんて呟きながらもう一度地図を確認、視線の先には地図に書かれていた辰起の家であるガレージハウスが見えていた
「…シャッター閉まってるんですけど?」
しかし来たは良いものの、ガレージのシャッターは閉まっており魔道具の灯り一つ漏れてきていない
…いないのか、いるにしても寝てしまってるかも知れない
「いや、ギルドですぐ帰るって言ってたし…」
現状シャッターが閉まってて内部が見えない為に確認のしようがない、とりあえず中にいるだろうとシャッター脇のおそらく玄関にあたる戸をノックする
「お~い!来たわよ」
家の中に聞こえるように少し大きめの声でレミラはいうと、少し間をおいてから中からバタバタと音が聞こえ
ガチャリという音と共に扉が開く
「わりぃ、ちょっと作業しててな」
出てきた辰起は繋ぎ姿で、仄かにオイルの匂いがした
あぁ本当に作業してたんだなやちょっと間が悪かったかと思いながらレミラは辰起に布袋をつき出す
「はい、中に大銀貨5枚入ってるから」
「おぅ、んじゃこれ」
布袋を渡して早々に帰ろうとしたレミラに、いやそうはさせじと鍵を投げ渡す
「…は?いやなにこれ」
「車の鍵だ、ついてきな」
得体の知れない鍵を渡され困惑し、続く辰起の言葉に余計困惑させられる
(…ん?車の鍵?何で?え?)
しかしついて行かないことには真相はわからないのだろう、意味わかんないと思いながらもレミラは鍵を弄りながら辰起の家に上がった
「…ホンダ?」
鍵に書かれた聞いたことのないメーカー名を口にしながら…
◆
「ようこそ、うちのガレージへ」
案内されたレミラはぽかんと口を開けることしかできなかった
そこそこの広さを誇るガレージには三台の車が止まっており、先ほど一緒に走っていた白い車はリフトにあげられオイルを抜いてる最中であり、その他の二台はシートを被せられていた
その二台のシルエットは片方は所々大きくひしゃげており、大きな事故を起こした車だということが見て取れた
もう一台は角張った台形なボディラインをしており見たこともない形だ
「さっきの鍵はこの車のだよ」
辰起は角張ったシルエットの車に近づいて行き、掛かっていたシートを外す
シートの中からは小さな、それでいてワイドなボディの車が現れる
カラーはレミラの髪色と同じ赤だった
「この車は…?」
「ホンダ・ワンダーシビックSI」
「ワンダー…シビック……」
一目見た瞬間、レミラは雷に打たれたような衝撃を受け
教えられた車名を反芻していた
「腕は結構良いと思ったんだけどな、なにぶん車がついてきてないみたいだから
勝手ながら用意させて貰った、っても中古だから安くて大銀貨5枚程度の代物だけど」
「いやいやいや!」
ようやく冷静になったレミラはちょっと待てと言わんばかりに声を荒げる
「おかしくないこれ!?どういう状況なのよ!意味わかんない!!」
何で勝手に私の車になってるんだとか、結局私の提示した額は私の車の代金な訳?なにそれとか
いろんな事がごっちゃになってレミラは訳がわからなくなってきていた
「だから言ってんべ、お前は腕が良いけど車の性能がついてきてない
だから勝手ながら用意させて貰ったと」
「だからそれが意味わかんないって言ってんでしょ!?
第一これ大銀貨5枚の車なわけ!?だったら相当なポンコツ…じゃ…」
この世界の時勢において車はどんなにポンコツでも結構な額である、レミラはアルカディアを新車で購入しているが新車はなおのこと高く
アルカディアは金貨5枚で購入していた
どんな中古車でも金貨一枚くらいはどうしてもするし、それこそ大銀貨5枚なんてエンジンがかからなかったり事故車だったり相当な事情を抱えてない限りあり得なかった
だからこそそんなポンコツなんか、と思いながらワンダーシビックという車を貶そうと車の周りを見てみた物の
(…いや、どこも悪そうな所無いんだけど)
ボディはフロントに着いた飛び石の傷が酷いくらいで塗装も生きてるし小さなものはあるものの大きく目立つへこみや傷はない
内装を見てもシートにヨレは見当たらないしダッシュ割れもない
また前と後ろが鉄板むき出しになってるのを見てだいぶ手が入ってるのも気づいた
(…あれ?アタシの車より綺麗なんじゃ…)
一応手入れはまめにやってるがひょっとしたら自分のより綺麗ではないか、と少し膝をつきたい衝動に駆られながら渡された鍵でドアを開ける
(あらしっかりした作り…)
揶揄ではなく実際にちょっと厚いだけの鉄板から切り出したドアの自分の車よりこの車のがだいぶ厚いなと思っては鍵をキーシリンダーに差し込む
__カチッピピピピッピピピピッ
「!?」
鍵を差し込むと元の世界ではホンダ目覚ましで有名な電子音に、そんなものを存在自体知らないレミラは目を見開いた
「鍵忘れ防止装置が作動してるだけだ…そのまま鍵回してOKだぞ」
「あ、そ、そう…便利ね」
内心では結構ビクビクしていたレミラであるが、話を聞けばなるほどと納得できるものだ
確かに鍵を指したまま忘れてしまうことはたまにある、タイミングが悪ければそのまま盗まれてしまうだろう
それを防ぐという点ではこれはかなり凄いものではないのかと感じていた
(…既に大銀貨5枚の代物じゃないんだけど…)
そう思いながらもやはり普通に気になるのかそのままキーを捻ってエンジンを指導させる
__キュキュキュッブワァンッ!!
「ッ!(うるさッ!?けどこれ…)」
エンジンはすこぶる調子がよく、短いセルモーターの音のすぐ後に一発始動で掛かった
軽やか且つ直管の爆音と共に綺麗にアイドリングする音を聞いて
柄にもなくレミラはわくわくを抑えきれなかった
「乗ってきてみな」
「…え、えぇ」
ガラガラとシャッターを開け、試乗を促す辰起に頷くとレミラは運転席に座る
(うわぁ…低っ)
この世界には存在しない為仕方がないが、初めて座るバケットシートの感覚にレミラは少し動揺した
低すぎてちょっと前が見辛い
(あ…クラッチは結構軽い)
自分の愛車に比べればだいぶ軽いクラッチを踏み込み、ギアを1速にいれるとゆっくりと発進してガレージを後にする
_バァッババンッ!!
(動きが随分と軽いわね…)
少し左右に車体を振っただけだが、元の車はお世辞にも軽いと言えない車なのでわずかなことでその軽さがわかってしまう
そしてちょっとでもアクセルを踏めばレスポンス良く反応するZCエンジンは慣れるまで耳が痛くなりそうだった
(ちょっと踏んでみようかしら)
大通りに出てからギアを2速へ入れて試しにアクセルを強く踏み込んで見ると、その軽い車体は力強く前へ前へと引っ張られていく
バァアアアアアッ!!
辰起の車とは似てはいるがどこか違う音で、周囲の喧騒を蹴散らしワンダーの咆哮一色に塗り替える
そのままエンジンはすぐにレッドゾーンの7500回転まで回った
「ははっ…凄い…」
即座に2速から3速へ、加速が止まずにどんどん速度が上がり、吹け切る頃には時速130キロを優に超える
「速い速い…!」
ギアを4速に繋ぎ再び全開、軽く回るエンジンはパワーの落ち込みを感じさせず
車体は真っ直ぐ矢のように駆けていく
(え…?もう?)
4速7500回転で5速へ、車速は170キロを超えてようやくゆっくり、それでいてまだ速度は上がり続けていた
(凄い…まるでどこまでも回っていくかのような…)
ぶっちゃけて言えば得体の知れない車、今でもその印象は変わらないし、何をどうすればこのクオリティの車を大銀貨5枚で売る事が出来るのかもわからない
それでも徐々に、この車の特性を肌で感じ
体感することでレミラの気持ちはワンダーシビックへ注ぎ込まれていく
「…良いわねこれ」
特定の何かではなく、どこかと言われれば全て、少し曖昧ではあるがレミラはワンダーを気に入ったのだった
「あ、そろそろ一度戻るかな…」
気づけば5速180キロオーバーで巡航しており、やはりその高性能差に驚きながら辰起のガレージへ戻るべく車体を減速させる
_バァアアア…キャッ!
そして十分に速度を落としてからいつもの如く大きめに頭を振って車を転回させようとすれば、軽いスキール音と共にワンダーの車体はクイックに元来た道へ頭を向けた
「…めっちゃ小回り利くんだけど」
自分の乗っているアルカディアもそこそこコンパクトな車体であるがなにぶん重いせいで小回りが効かず
場合によっては一度下がって切り返しが必要な為
なかなかに便利であるとレミラは感じた
◆
___バァアアア…アァアッ
「お、帰ってきたかな」
ガレージで椅子に座りながらレミラの帰りを待っていた辰起は、遠くから聞こえてくる聞きなれたZCエンジンのエキゾーストノートでレミラがこちらに向かってきていることを把握した
側では先ほどまでリフトに上がっていた白のEG-6シビックが佇んでおり、その様子からもう作業が終わっていることが見て取れた
__バンッ…ブワァアアアッ…
徐々に大きく聞こえてきたエンジン音を聞きながら待つこと数分
開けっ放しのシャッターからガレージの目の前に止まるワンダーの姿が確認できた
_ガコッ
繋がっていた金具同士が外れるような音と共にワンダーの運転席が開き、中からレミラが降りてくる
その表情はどこか小さな子供を思わせるような純粋に楽しそうな顔だ
「どーよ?」
「良いわね、気に入ったわよ
凄いパワーあるし足も良くて軽い、悪いところ探す方が難しいわ」
「…ん?」
あまりにも楽しそうな顔をしていたが為に感想を聞いてみたものの、レミラの答えに辰起は少しだけ引っ掛かりを覚えた
別にお世辞で言ってる訳ではないというのもなんとなく察しがついたが、それとは別に
本心でそう思ってる訳では無いのだろうと思ったのだ
「…で?本心は?」
「全部どうでも良いわね、パワーも足も軽さも
このボディ、このスタイリングだからこそって感じで…
車自体が気に入ったってのが本心かしら」
「ほう?」
レミラの本心、いやここは実際に感じた正直な感想だろうか
それを聞いて辰起は片眉を上げて素直に感嘆する
「僅かあれだけの試乗でそこまで気づくとはな、確かに軽さ・パワー・優秀な足回りは魅力的だ
でもそれらはトータルとして成り立って初めて真価を発揮する」
例えばパワーはあっても足回りや車重が愚鈍ならお話にならないし、それらの逆もしかり
トータルとして成り立ち、なおかつショートホイールベースかつトランク部をスパンと切り落としたようなコンパクトボディがあってこそ真に真価を発揮できると言えよう
「でもまぁ乗れば乗るほど安物には思えないのよね
本当に大銀貨5枚なのこれ?」
「あぁ…その理由も説明しようか」
やはり価格に対して納得のいってなさそうなレミラに、辰起はすべての事を包み隠さず伝える決意をした
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