128 / 134
第二章 《選抜魔剣術大会》編
第136話 友達
しおりを挟む
「いやぁ……帰りたい」
屋敷の広い廊下を歩きながら、俺は肩を落とした。
別に騒ぐ分には好きにしてくれて構わないのだが、こちらは眠くてしょうがないのだ。
最悪、《堕天使魔剣》を起動して、眠気を吹き飛ばすという手もあるが……それでは俺の流儀に反する。
「どっか人気の無い物置とかで、寝ようかな……ん?」
とぼとぼ歩いていた俺は、そのとき微かに風が流れるのを感じた。
室内だというのに、どういうことだろうか。
疑問を抱きながら廊下を進み、突き当たりを曲がったところでその答えがわかった。
バルコニーへと続く扉が開け放たれている。
その隙間や窓から、青白い月の明かりが差し込み、薄暗い廊下を照らしていた。
俺は、そのバルコニーに足を踏み入れる。
刹那、暖かな夜風が全身を包み込んだ。
柔らかな虫の音が耳をくすぐり、ほどよい熱気が頬を焦らす。
季節は、もうすぐ夏本番を迎えるようだった。
そんな夏の夜の中、彼女は一人バルコニーの柵にもたれかかって月を眺めていた。
青白い月が照らすのは、紫のメッシュが入った銀髪。
風に揺れ、サラサラと流れるそれは星を散りばめた水のようで、幻想的な美しさを放っていた。
「こんなとこにいたんだ、シエン」
「リクス?」
声をかけると、シエンはこちらを振り返る。
ガラス玉のような紫炎色の瞳が、俺の方に向けられ、またゆっくりと月に引きよせられていく。
「何をしてたの?」
「空を見てた」
「みんなのところへは行かないの?」
「……わからない」
シエンは首を横に振って、呟いた。
彼女は、俺がここに連行されるときに、一緒に来ないか誘ったのだ。
昨日の敵は今日の友。そんなわけで、サリィ達も快く受け入れてくれたのだが……本人はまだ迷っていることがあるらしい。
「僕は、ずっと友達が欲しかった。尊敬されて一歩引いた立場から見られるものじゃなく、バケモノと忌避されるものでもない。時に喧嘩して、時に笑い合える、そんな当たり前の友達が」
「……」
「……でも、いざそのチャンスが訪れたのに。前に踏み出せない。また、同じような目で見られる気がして……僕みたいなのと、隣にいてくれる保証はないから。だから――」
「ていっ」
「くぎゅ!」
シエンの頭を軽くチョップすると、彼女は可愛らしい悲鳴を上げて頭を抑えた。
「痛い。なにするの」
「別に。ただ、悩むまでもないことで悩んでるなって思って」
「悩むまでもないこと?」
シエンは、わずかにむっとした表情で俺を見る。
まあ、ずっとその当たり前が欲しくて泣き続けてきた彼女にとって、その台詞は聞き捨てならないものなのだろう。
でも。
「この世界は、わりと単純にできてる。たぶんアイツ等と話したら「なんでこんなことで悩んでたんだ」って呆れると思うぞ。なにせ、引き篭もりでニートで穀潰しで、ゲームが友達の陰キャ男子である俺を友達にしちゃうくらいだからな!」
「なんだろう。そこだけ無駄に説得力がある」
俺の力説に、シエンはクスリと笑って答えた。
「でも……やっぱり、拒絶されたときのことが怖い。だから、今すぐサリィ達に会う勇気が無くて」
「別にいいんじゃね? それでも」
「え?」
欠伸を噛み殺しながら言った俺を、シエンは首を傾げつつ見上げる。
「ゆっくりでいい。きっとアイツ等は、待ってくれるさ。国が違うから離ればなれになってしまうかもだけど、覚悟が決まったらウチの国に引っ越してくるのもアリかもな。まあ、なんにせよ」
俺は、シエンの頭に無造作に手を乗せた。
「俺はお前の友達だから、困ったらいつでも相談にのるし、裏切って疎遠になることもしない。だから、安心して。お前はもう、新しい人生を歩み出してるんだ」
「……」
真顔で俺を見ていたシエンだったが、急にぼんっと音がしてシエンの頭から湯気が立ち上った。
「ど、どうした?」
「急にそれは、反則……」
「?」
意味がわからず、首を傾げる俺。
シエンは、風に揺れる髪を押さえながら、僅かに恥じらいを見せる表情で呟いた。
「これからもよろしく。リクス」
「うん、よろしく」
俺は、満面の笑みをかえした。
――その後。
新たに受け取っていた通信用の宝石をシエンに渡し、雑談に耽った。
様々な思惑が絡み合う怒濤の二日間は、こうして幕を閉じたのだった。
屋敷の広い廊下を歩きながら、俺は肩を落とした。
別に騒ぐ分には好きにしてくれて構わないのだが、こちらは眠くてしょうがないのだ。
最悪、《堕天使魔剣》を起動して、眠気を吹き飛ばすという手もあるが……それでは俺の流儀に反する。
「どっか人気の無い物置とかで、寝ようかな……ん?」
とぼとぼ歩いていた俺は、そのとき微かに風が流れるのを感じた。
室内だというのに、どういうことだろうか。
疑問を抱きながら廊下を進み、突き当たりを曲がったところでその答えがわかった。
バルコニーへと続く扉が開け放たれている。
その隙間や窓から、青白い月の明かりが差し込み、薄暗い廊下を照らしていた。
俺は、そのバルコニーに足を踏み入れる。
刹那、暖かな夜風が全身を包み込んだ。
柔らかな虫の音が耳をくすぐり、ほどよい熱気が頬を焦らす。
季節は、もうすぐ夏本番を迎えるようだった。
そんな夏の夜の中、彼女は一人バルコニーの柵にもたれかかって月を眺めていた。
青白い月が照らすのは、紫のメッシュが入った銀髪。
風に揺れ、サラサラと流れるそれは星を散りばめた水のようで、幻想的な美しさを放っていた。
「こんなとこにいたんだ、シエン」
「リクス?」
声をかけると、シエンはこちらを振り返る。
ガラス玉のような紫炎色の瞳が、俺の方に向けられ、またゆっくりと月に引きよせられていく。
「何をしてたの?」
「空を見てた」
「みんなのところへは行かないの?」
「……わからない」
シエンは首を横に振って、呟いた。
彼女は、俺がここに連行されるときに、一緒に来ないか誘ったのだ。
昨日の敵は今日の友。そんなわけで、サリィ達も快く受け入れてくれたのだが……本人はまだ迷っていることがあるらしい。
「僕は、ずっと友達が欲しかった。尊敬されて一歩引いた立場から見られるものじゃなく、バケモノと忌避されるものでもない。時に喧嘩して、時に笑い合える、そんな当たり前の友達が」
「……」
「……でも、いざそのチャンスが訪れたのに。前に踏み出せない。また、同じような目で見られる気がして……僕みたいなのと、隣にいてくれる保証はないから。だから――」
「ていっ」
「くぎゅ!」
シエンの頭を軽くチョップすると、彼女は可愛らしい悲鳴を上げて頭を抑えた。
「痛い。なにするの」
「別に。ただ、悩むまでもないことで悩んでるなって思って」
「悩むまでもないこと?」
シエンは、わずかにむっとした表情で俺を見る。
まあ、ずっとその当たり前が欲しくて泣き続けてきた彼女にとって、その台詞は聞き捨てならないものなのだろう。
でも。
「この世界は、わりと単純にできてる。たぶんアイツ等と話したら「なんでこんなことで悩んでたんだ」って呆れると思うぞ。なにせ、引き篭もりでニートで穀潰しで、ゲームが友達の陰キャ男子である俺を友達にしちゃうくらいだからな!」
「なんだろう。そこだけ無駄に説得力がある」
俺の力説に、シエンはクスリと笑って答えた。
「でも……やっぱり、拒絶されたときのことが怖い。だから、今すぐサリィ達に会う勇気が無くて」
「別にいいんじゃね? それでも」
「え?」
欠伸を噛み殺しながら言った俺を、シエンは首を傾げつつ見上げる。
「ゆっくりでいい。きっとアイツ等は、待ってくれるさ。国が違うから離ればなれになってしまうかもだけど、覚悟が決まったらウチの国に引っ越してくるのもアリかもな。まあ、なんにせよ」
俺は、シエンの頭に無造作に手を乗せた。
「俺はお前の友達だから、困ったらいつでも相談にのるし、裏切って疎遠になることもしない。だから、安心して。お前はもう、新しい人生を歩み出してるんだ」
「……」
真顔で俺を見ていたシエンだったが、急にぼんっと音がしてシエンの頭から湯気が立ち上った。
「ど、どうした?」
「急にそれは、反則……」
「?」
意味がわからず、首を傾げる俺。
シエンは、風に揺れる髪を押さえながら、僅かに恥じらいを見せる表情で呟いた。
「これからもよろしく。リクス」
「うん、よろしく」
俺は、満面の笑みをかえした。
――その後。
新たに受け取っていた通信用の宝石をシエンに渡し、雑談に耽った。
様々な思惑が絡み合う怒濤の二日間は、こうして幕を閉じたのだった。
1
お気に入りに追加
420
あなたにおすすめの小説
いずれ殺される悪役モブに転生した俺、死ぬのが嫌で努力したら規格外の強さを手に入れたので、下克上してラスボスを葬ってやります!
果 一
ファンタジー
二人の勇者を主人公に、ブルガス王国のアリクレース公国の大戦を描いた超大作ノベルゲーム『国家大戦・クライシス』。ブラック企業に勤務する久我哲也は、日々の疲労が溜まっている中、そのゲームをやり込んだことにより過労死してしまう。
次に目が覚めたとき、彼はゲーム世界のカイム=ローウェンという名の少年に生まれ変わっていた。ところが、彼が生まれ変わったのは、勇者でもラスボスでもなく、本編に名前すら登場しない悪役サイドのモブキャラだった!
しかも、本編で配下達はラスボスに利用されたあげく、見限られて殺されるという運命で……?
「ちくしょう! 死んでたまるか!」
カイムは、殺されないために努力することを決める。
そんな努力の甲斐あってか、カイムは規格外の魔力と実力を手にすることとなり、さらには原作知識で次々と殺される運命だった者達を助け出して、一大勢力の頭へと駆け上る!
これは、死ぬ運命だった悪役モブが、最凶へと成り上がる物語だ。
本作は小説家になろう、カクヨムでも公開しています
他サイトでのタイトルは、『いずれ殺される悪役モブに転生した俺、死ぬのが嫌で努力したら規格外の強さを手に入れたので、下克上してラスボスを葬ってやります!~チート魔法で無双してたら、一大勢力を築き上げてしまったんだが~』となります
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ギフト争奪戦に乗り遅れたら、ラストワン賞で最強スキルを手に入れた
みももも
ファンタジー
異世界召喚に巻き込まれたイツキは異空間でギフトの争奪戦に巻き込まれてしまう。
争奪戦に積極的に参加できなかったイツキは最後に残された余り物の最弱ギフトを選ぶことになってしまうが、イツキがギフトを手にしたその瞬間、イツキ一人が残された異空間に謎のファンファーレが鳴り響く。
イツキが手にしたのは誰にも選ばれることのなかった最弱ギフト。
そしてそれと、もう一つ……。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する
平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。
しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。
だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。
そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。
異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話
kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。
※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。
※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
異世界帰りのオッサン冒険者。
二見敬三。
彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。
彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。
彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。
そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。
S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。
オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?
落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!
ユーリ
ファンタジー
気が付くと見知らぬ部屋にいた。
最初は、何が起こっているのか、状況を把握する事が出来なかった。
でも、鏡に映った自分の姿を見た時、この世界で生きてきた、リュカとしての記憶を思い出した。
記憶を思い出したはいいが、状況はよくなかった。なぜなら、貴族では失敗した人がいない、召喚の儀を失敗してしまった後だったからだ!
貴族としては、落ちこぼれの烙印を押されても、5歳の子供をいきなり屋敷の外に追い出したりしないだろう。しかも、両親共に、過保護だからそこは大丈夫だと思う……。
でも、両親を独占して甘やかされて、勉強もさぼる事が多かったため、兄様との関係はいいとは言えない!!
このままでは、兄様が家督を継いだ後、屋敷から追い出されるかもしれない!
何とか兄様との関係を改善して、追い出されないよう、追い出されてもいいように勉強して力を付けるしかない!
だけど、勉強さぼっていたせいで、一般常識さえも知らない事が多かった……。
それに、勉強と兄様との関係修復を目指して頑張っても、兄様との距離がなかなか縮まらない!!
それでも、今日も関係修復頑張ります!!
5/9から小説になろうでも掲載中
とある最弱者の貴族転生~高貴な《身分》と破格の《力》を手に入れた弱者は第二の人生で最強となり、生涯をやり直す~
詩葉 豊庸(旧名:堅茹でパスタ)
ファンタジー
金なし、人望なし、低身分。おまけにギルドでは最弱とまで呼ばれ蔑まれていた一人の冒険者がいた。その冒険者は生活費を稼ぐためにいつもの如く街の外へと繰り出すが、その帰途の最中、運悪く魔物の集団に襲われてしまい、あっけなく落命してしまう。だが再び目を覚ました時、彼はユーリ・グレイシアという大貴族家の子供として転生をしてしまったということに気がつく。そして同時に破格の魔法適正も手に入れていた彼はどんどんとその才能を活かして強くなり、成長していく。これは前世を不遇な環境で生きてきた元弱者のやり直し人生譚である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる