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第一章 《英雄(不本意)の誕生編》

第60話 英雄(本人自覚無し)の帰還

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《リクス視点》



 ――闇の中を彷徨っていた意識が、ゆっくりと覚醒する。

 

「……ここは?」



 目が覚めると、知らない青白い天井が広がっていた。

 何やら天井にカーテンレールが見え、左側にはオレンジ色の夕日が温かく差し込む窓がある。



 どうやら俺は、どこかのベッドに寝かされているらしかった。

 

 視線を右に横滑りさせると、緩くカーブのかかったブロンドの髪を持つ少女が目に入る。その少女は、瞬き一つせず俺の方を凝視していたが、みるみるうちにガーネット・ピンクの瞳に涙を一杯に浮かべ始める。

 

「り、リクスくん! よかったぁ~、本当に良かったよぉ~! うぇ~ん!」

「ちょ、え!? は!?」



 と、いきなりその少女――フランが泣き出してしまった。

 あまりに唐突すぎて、俺の理解が追いつかない。

 ていうか、なんか見たことあるぞ、似たような景色!?



 俺は、感動のあまり泣き上戸になったどっかのバカ姉を想起して――



「い、いきなりどうしたのフラン……あ!」

「騒々しい。リクスさんが起きてしまいますわ……って、起きていましたわ!?」



 カーテンの向こうから、見慣れた二人がやってきた。

 サルムとサリィだ。



「先生、リクスが起きました」



 サルムは嬉しそうに頬を緩めたあと、後ろを振り返って誰かに伝える。

 すると、カーテンの向こうから、くぐもった声で「は~いはい」と声が聞こえてきた。



 先生、と言うからにはここは学校らしい。

 よく見れば、カーテンの端に「保健室診療台01」と書かれている。



 確か俺は、地下でよくわかんないバケモノと戦って、逃げようとする副校長先生を取り押さえて……魔剣を使った反動で倒れたんだっけか。

 とすると、俺はフラン達によってここまで運ばれてきたと考えるのが自然だ。



 俺は毛布をどけて、上体を起こした。



「だ、ダメですよリクスさん。まだ寝てないと!」



 身体を起こした俺を、フランが慌てて止める。



「いや、大丈夫。魔剣を使った代償で、睡魔に襲われただけだから。もうへーき。ここまで運んできてくれたんだろ? ありがとうな」

「ど、どういたしまして……」



 フランは照れたように、しゅんとする。



「やあやあ、起きたかい少年?」



 ふと、ハスキーな声が聞こえてきた。

 カーテンを開けて入ってきたのは……リクスが横たわっているベッドから少し顔が飛び出るくらいの身長しかない、見た目8歳くらいの少女だった。



 その少女が、「ほら、やじ馬は退いた退いた」とフラン達を手で払いのけ、側にあった小さな脚立をベッドの脇に下ろすと、それを登る。

 最上段に上がると、丁度上体を起こした俺と視線の高さがあうくらい、なんというかちんまい人だった。



「え……なんでチビッ子がここに? ここ保健室……だよなぁ? もしかして迷子?」

「ドクターチョ~ップ、てぇい!」



 バシンッ! と、俺の額にお星様が弾けた。



「い、痛ぁ~!」

「おのれ誰がチビッ子か! あっちはラマンダルス王立英雄学校の保険医、ルチル=マーベック天才魔法医だ!」

「ふぅん。天才魔法医……ねぇ」



 俺は、まじまじとその姿を見る。

 亜麻色の長髪のてっぺんから生えるアホ毛。とりあえず買ってみたような丸めがね。そして……着るというよりむしろ着られてるダボダボの白衣。

 これのどこが……



「ドクターチョップ!」

「いでぇ!」

「あんた、また失礼なこと考えてただろ!」

「か、考えてましぇん……」



 じんじんと痛む額を抑えながら、俺は答える。

 バレていたらしい。



「リクス。彼女は本学校が誇る回復魔法の権威なんだよ。僕が学ぼうとしている、病気も治せる超級魔法だって使えるんだ。凄腕の大人なんだよ」



 サルムは、どこか憧れを抱く少年のようなキラキラした目で、彼女のことを語る。

 あーそういや彼は、回復魔法の使い手になりたいんだっけか。

 と、サルムの褒め言葉を聞いて有頂天になったのか、年齢不詳の見た目無免許医が、ふんすと薄い胸を張った。



「ふふん、そういうことさ。あっちは、凄い魔法医なんだよ。跪くがいい、はっはっはー!」



 どうでもいいけど、地味にサルムが失礼なことを言っているのに気付いていないようだ。

 意外と単純な頭の構造をしているのかもしれない。

 そう思った瞬間、勘だけは妙に鋭い彼女からチョップが飛んで来たのは言うまでもない。



――。



「あ、そうそう。あんたエルザ生徒会長の弟だろう?」



 俺の触診を終えて(どうやら、ザックリ斬られた傷を治してくれたのも彼女らしい。本当に凄腕だった)、ルチル先生は思いだしたようにそう切り出した。



 診察があるからと保健室を追い出されたフラン達は、「じゃあね」と告げて先に帰っていった。

 もう夕方だし、今日の学内決勝大会は終わったのだろうか?



 そう思う俺だったが、そもそも想定外の召喚獣襲撃というトラブルで、ひとまず中止になったことなど知るよしもない。

 だって、ただのサプライズイベントだと未だに誤認しているのだから。



「そうですけど、それが何か」

「あんたが寝てる間、保健室で治療を受けていったけど、相当傷付いていたよ。後処理があるとかなんとか言って、最低限の治療と魔力回復施術だけ受けて出てったけど……何かあったのかい?」

「さあ……」



 俺は、首を傾げる。

 姉さんの分身とは戦ったけど、それ以外は何もしていない。



「まあいいさ。今日は昼間もいろいろあったみたいだからね。今日一日で何人治療したか……」



 ルチル先生は、見た目的に凝りそうにない肩を回しながら毒突く。

 昼間というと、学内決勝大会とか、サプライズイベントか。怪我をした人が何人かいても不思議じゃない。



「何が起きたかはあっちも知らんけど……ひょっとしたら明日、全校集会でとんでもないことが知らされるかもしれないね」

「はぁ……」



 俺は曖昧に答えるしかない。当然、全校集会を行う理由など思いつかないからだ。

 そして――翌日に行われることになる全校集会で、俺は退学はおろか、とんでもないことを耳にすることとなる。
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