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第一章 《英雄(不本意)の誕生編》

第26話 こんな俺が、なぜか真っ当に青春している件

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《リクス視点》



 姉のラブレターを燃やし尽くし、ボッコボコにされた日の夜から数日が過ぎた。

 何日か学校に通った後、二日間の休日に入り、今日は週末が開けた一日目。

 早いもので、学校に通い始めて一週間が過ぎた。



 そんな俺は、今日も今日とて、怠惰な日常を送る――はずだったのだが。



「……どうしてこうなった」



 数人の友人達と王都の繁華街を歩きながら、俺はジト目でそう呟くのだった。

 俺の両手には、洋服やらコスメやらの入った袋がいくつもぶら下がっている。

 はっきり言ってバカ重い。めちゃくちゃしんどい。



 時刻は午後3時を回った頃でまだ日は高い。

 本来であれば午後までびっちり詰まっているはずの授業だが、今日は午後は休講なのだ。

 理由は、明日から二日間学校で開催される《選抜魔剣術大会》の学内選抜者を決める決勝大会が行われるから、その準備をするためだ。



 本来であれば俺は今頃家でのんびりゲームをしているはずだったのに!



「はぁ。どうしてこの世界は、こうも不条理に溢れているんだ」



 少年の願い(※我が儘)一つ叶えてくれないなんて……



「な、なんか随分と悲壮だね、リクス」



 ふと、となりを歩いていたサルムくん――いやサルムが頬を引きつらせながら言った。

 彼の両手にもまた、大量の袋がぶら下げられている。



「ごめんよ。僕達……というか妹の我が儘に付き合わせちゃって」



 サルムは申し訳なさそうにしながら、前方に視線を向ける。

 そこには、隣のサリィと談笑しながら歩くフランがいた。

 数日が経ち、そろそろ呼び捨てでもいいだろ、との判断で俺は三人を「くん」や「さん」を付けずに呼んでいる。サルムもそれにあわせてくれた感じだ。

 てっきりサリィからは怒られるかとも思ったが、特に文句を言ってこなかったから、そのまま呼び捨てにしている。



「別に嫌だってわけじゃないから、気にしなくていいよ。ただ、何というか、俺には過ぎた青春だな~と思っただけ」

「どういう意味?」

「俺には勿体ないイベントってことさ」



 俺は、当たり障りのない回答をしておく。

 流石に、友人と王都の街を練り歩くのが嫌だとか、そういうことを思っているわけじゃない。

 俺はただ、自分の時間を削られたのが辛いだけだ。

 あと、何より――女子の買い物でパシリにされている現状が。



 俺がどうして、こんな真っ当な学生ライフを送っているかと言うと、理由は先週末まで遡る。



――。



「あの、サリィさん!」



 放課後。

 帰り支度を進めていた俺の耳に、興奮したようなフランの声が聞こえて、俺はその方向を見た。



 既に大半の生徒が教室を出た教室内の黒板手前で、フランとサリィが向きあって立っていた。



「どうしたんですの? フランさん」

「決勝進出おめでとうございます!」

「ありがとうございます。まあ、ワタクシにかかれば、お茶の子さいさいというものですけれど」



 サリィは、ここぞとばかりに胸を張る。

 けれど、そこに他人を見下すような色はない。純粋に、褒められて有頂天になっているだけのような雰囲気があった。



 この数日で、二人の距離はかなり縮んでいた。

 実際、サリィがフランの名前を呼ぶときも、「フランシェスカさん」から「フランさん」になっている。

 

 サリィ自身、伯爵家という上位貴族でありながら、平民とも分け隔て無く接するタイプのようだ。

 高慢ちきな連中の多い貴族にしては、珍しい。高飛車な部分は相変わらずだが、それでも身分による差別をしないところは、素直に好感が持てた。



 それにしても、まさかサリィがうちのクラスの代表になるとは。

 まあ彼女の実力を鑑みれば当然かもしれないが、予選で数多の生徒を打ち倒し、見事彼女は来週の決勝大会への切符を勝ち取ったのだ。



 まだまだ魔力の扱い方が拙いとはいえ、編入試験で相対したあのブロズという序列上位の先輩にも迫る強さはあった。

 そう考えれば、彼女はこの学校でも強い方なのかもしれないな。

 

 そんなことを考えながら、俺は帰り支度を終えて鞄を持つと、席を立った。



「――それで、私、サリィさんのお祝いも兼ねて、来週一緒に王都でショッピングとかしたいんですが、ダメでしょうか?」

「しょ、ショッピングですの?」

「はい、もちろん、伯爵令嬢様が友人と人混みを歩くのは、大変だと思いますが……」

「その点は問題ありませんわ! お父様に相談して遠くから護衛の者に監視させればよいのですから! フランさんのご厚意に甘えて良いのであれば、是非ご一緒させてくださいまし!」



 サリィは、目をキラキラさせて、二つ返事で了承する。

 相当嬉しそうだ。たぶん、箱入りだからそういうの新鮮なんだろうな。

 そんなことを考えながら、俺は二人の方へ近づく。

 別に話しかけるためじゃない。教室の出入り口は前と後ろにあり、前の方が近かったから、必然的に黒板前にいる二人を横切ることになるだけだ。



 だが、それが命取りだった。



「わ、わかりました。では来週初めの午後に行くということで。この学校の王都の一等地にありますから、繁華街は歩いてすぐですし」

「そうですわね。ところで、二人きりでの散策になりますの?」

「う~ん。どうせなら賑やかな方がいいでしょうし、私の兄にも声をかけておきます。それから……あ、リクスくん」



 二人の横を通り過ぎた瞬間、フランから声をかけられ、思わず「へ?」と問い返してしまう。



「来週、よかったら私達とショッピングに行きませんか?」

「え? あ……俺、が?」



 正直不意打ち過ぎて、確認を取るように自分自身を指さす。何かの間違いじゃ無いかと一瞬期待したのだが、フランは頷いてしまった。



 いや女子連れてショッピングとか何すればいいんだよ。

 絶対恥かくじゃん俺。あと、できれば家に帰ってゲームしたいんだが。

 そう思った俺は、とりあえず断ることにした。



「俺なんかが一緒に行っても、役に立つとは思えないし……それに」



 ちらっと、サリィの様子を窺う。

 俺はたぶん、彼女に嫌われている。編入早々、優秀な彼女より目立ってしまったせいで、プライドを傷つけてしまったのだ。火に油を注ぐ真似はしたくない。



「俺が一緒だと、サリィも嫌だと思うからさ。だから俺は遠慮し――」

「別に、ワタクシは構いませんわ」

「……え」



 サリィからの思わぬ言葉に、俺は目を丸くする。



「たしかにあなたのことはあまり好いていませんが、今回だけは特別に同行を許可して差し上げますわ。ワタクシと行動を共に出来ることを光栄に思いなさい」



 サリィは、ぷいっとそっぽを向きつつそう答える。

 てかなんで上から目線なんだよ。相変わらず可愛くないな、まったく。

 しかし、どうするかな。まさかサリィが同行を許可するとは。断れる正統な理由が一つ消えてしまった。

そんなことを考えていると、フランが一歩俺に近づいた。

 

「できれば私も、リクスくんと一緒に買い物がしたい……です。だめ、でしょうか?」



 そう言って、上目遣いで聞いてくる。

 か、可愛い。なんなんだこの生き物は!?

 俺は動揺を悟られぬよう、必死で平静を取り繕いながらも「じゃ、じゃあ行くよ」と答えるしかないのであった。



 うん、これは断れるわけないよね。と自分に言い聞かせながら。

 そして――現在。

 歯止めの聞かない女子の買い物の量に戦慄し、荷物持ちとなった俺は、一時の感情に流されて思わずお願いを聞いてしまったことを全力で後悔したのは、語るまでもない。
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