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第一章 《英雄(不本意)の誕生編》

第3話 リクスVS姉

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《三人称視点》



 エルザは、昨日壁を吹き飛ばして事実上の大広間となった空間を通り、最奥にあるリクスの部屋へと向かった。



「リクスちゃん、いつまで寝てるのぉ? もう学校に行く時間……」



 エルザがリクスの領域へやに入ろうとした瞬間、鋭い衝撃が彼女の額に弾けた。



「痛ぁっ! んもう、何よ」



 エルザは額を抑えて、一歩後ずさる。

 それから、おそるおそる手を伸ばすと、透明の何かに阻まれた。

 丁度リクスの部屋との境界線に、見えない壁が張り巡らされているようだ。



「これは、リクスちゃんの“結界”ね……猪口才だわ」



 エルザは忌々しげに吐き捨てる。

 リクスの固有魔法。

 自分の聖域へやと定めた空間を守る、魔力結界。

 その名も――“俺之世界オンリー・ワールド”。



 あまねく侵入者を防ぐ、絶対的な拒絶の障壁。

 まさにリクスの“引き篭もりたい”という強い思いが力となった固有魔法である。

 エルザは、敷きっぱなしの布団を見る。

 青いまだら模様の掛け布団はこんもりと膨らんでいた。



「ふ~ん。リクスちゃんがその気なら……容赦しないわよぉ」



 エルザの赤い瞳が、烈火の如く燃えあがる。

 それから聖剣、《火天使剣ミカエル》を召喚し、その魔力の塊で出来た刀身に、炎を纏わせる。



「さっさと起きなさいリクス! でないと、朝ご飯抜くわよぉ!」



 最後通告を発するエルザ。

 昼近くに起きるのがデフォルトのリクスには、「朝ご飯を抜く」という脅しは効果が無い。

 しかしそうとは知らないエルザは、障壁の向こうに何の反応もないのを確認すると、聖剣を大きく振りかぶった。



 ガッシャァアン。

 ガラスが割れ砕けるような音を立てて、リクスの絶対的な防御結界が破れた。



「――ッ!」



 部屋の中に隠れているリクスが、その様子に目を剥く。

 その僅かな気配を敏感に感じ取ったエルザは、弟がまだこの空間にいることを察した。



「ここってことは……ないわよね?」



 エルザは、布団をめくる。

 案の定、こんもりと盛られた掛け布団の下は、丸めた薄手の掛け布団と枕だった。

 両親が死んで、もう長いことリクスと二人暮らしのエルザは、弟の(捻くれた)性格を熟知している。



 この布団がダミーであることはわかっていた。



 とはいえ、どこにいるのか正確な位置がわからない。

 これもリクスの固有魔法――“留守之番人イレース・ガード”。

 

 いないようで居る、完璧な気配消去の魔法だ。

 何人もリクスの居場所に気付くことができない、最強の隠匿魔法。

 居留守の極意を極めたリクスは、この魔法を息を吸うように発動できる。



 が――リクスは一つ間違いを犯した。

 最初からこの“留守之番人イレース・ガード”だけを使っていれば、エルザの目から逃れることができたかもしれない。



 だが、“俺之世界オンリー・ワールド””も使ってしまったことで、まだこの部屋にリクスがいると、暗に伝えてしまった。

 その結果、エルザの意識はこの部屋だけに向けられているのである。



 勇者として研ぎ澄まされた感覚と、“私の弟ならこの場所に隠れる”という思考が、エルザに、完璧なまでの索敵能力を与えた。



「であれば、ここしかないわね……!」



 エルザは、炎を纏った聖剣で、天井を思いっきり突いた。

 

「ぎゃあ!」



 慌てたような声と共に、天井が砕ける。

 直下にいたエルザはさっと避け、次の瞬間天井の破片と共にリクスが落ちてきた。



「熱ッ! し、尻が焦げた! 姉さんちょっとやりすぎ! もう少しで串焼きになるところだったんだけど!?」

「往生際が悪いからそうなるの。自業自得よぉ」



 エルザは満足そうに笑う。

 そして――リクスの方に顔を近づけた。



「それより、早く準備しなさい。試験に間に合わなくなるわよぉ」

「あ、イテテ……急にお腹が! これじゃあ今日の試験は無理――」

 

 そのとき、リクスの声が止まる。

 音もなく、エルザの剣がリクスの首筋に当てられていたからだ。

 

「何が、とは言わないけど、垂れ流してでもいきなさい」

「……まじかよ」

「何か言った?」

「いえ、なんでもありません」



 リクスは諦めた。

 仮病も使えないことを理解したからだ。

 そして、抵抗も虚しく彼は王国最難関の英雄学校の編入試験を受けるため、急いで支度をして出発したのだった。
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