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第四章 大人気ダンチューバー、南あさり編
第84話 息吹亜利沙の独白
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「あさり、さん?」
言ってから、自分の口が勝手に動いていたことに気付く。
似ても似つかないはずなのだ。
俺の妹は白銀色のショートヘアに色素の薄い黒色の瞳だ。
けれど、あさりさんは長い瑠璃色の髪と目が覚めるような金色の瞳。
さらに言えば、基本的な仕草も亜利沙よりお淑やかで大人びて見える。アイスの好みだって違う。
それに何より、亜利沙はダンジョン冒険者などやっていない。
でも、この瞬間。
確かに、似ても似つかないはずの南あさりと息吹亜利沙が、同一人物に見えたのだ。
「あ、ごめ――なんでもない」
俺に背を向けたまま立ち尽くす亜利沙。
その背が、なぜか急に小さくなったように映って――
「うわ~、お兄ちゃんひっど~い!」
次の瞬間、俺の方を勢いよく振り返った亜利沙は、不満爆発とばかりに唇を尖らせていた。
「何突拍子もないこと言ってるのさ? 可愛い妹とダンチューバーを見間違えるなんて酷くない?」
ぶーぶー文句を言いながら、俺の方に近寄ってきた亜利沙は、そのまま俺の両膝に手を置いて体重を掛けてきた。
お、重い。
「ご、ごめん。口が滑った……けど、そんなに嫌がることないんじゃ――」
「嫌に決まってるでしょ!?」
「はいすいませんもう二度と言いませんから耳引っ張んないで千切れる千切れちゃうスーパーで売ってるサンドウィッチ用の耳なし食パンみたいになっちゃうぅうううううう!!」
ギリギリと耳を捻られる激痛にのたうち回る俺。
「考えてもみなよ。恋人から「◯◯さんに似てて可愛い」って言われるようなものだよ! お前が好きなのどっちやねん! って話になるでしょ!?」
うん、それは確かに嫌だ。
まあ、俺としてもこんなこと言うつもりはなかったのだ。
うっかり口を突いて出ただけで、街中で出掛けたときにゲーセンでゲームをしている全く知らないヤツに対し、似ているだけの理由で「お前◯◯か?」とか話しかけるようなものである。
「悪かったって。もう言わないから、許してくれ」
「絶対だからね! 罰として明日の朝ご飯は抜きだから!」
朝ご飯抜きはキツい。
俺の午前中の活動は、亜利沙の朝食で支えられているというのに。
「も、猛省します」
「それでよし!」
亜利沙はまだ怒りが収まらないのか、腰に手を当ててぷんすか怒りながら、自室へ消えて言ってしまった。
バタン! と勢いよく閉められる扉の音をやけに遠くに感じながら、俺は脱力してソファに身を沈める。
「そりゃ、起こるわな……自分と、ダンチューバーの南あさりを勘違いされたんじゃ……」
俺は自嘲気味に吐き捨て、そしてふとある違和感に気付く。
「あれ……俺、「あさりさん?」としか聞いていなかった気がするんだけど……気のせいか?」
それだけで、ダンチューバーの南あさりのことだと、亜利沙は一瞬で特定していた。
あさり、という名前で一番有名なのは「南あさり」ではあるが、確か芸能人にも同じ「あさり」という名前の人はいた気がする。それに、俺の学校にも一学年上に本名が「畦上浅里という女子がいる。
それなのに、「あさりさん?」と聞いただけで人物を特定するのは、流石に難しいと思う。
「そんなわけない」と否定する前に、眉根をよせて「……誰?」と聞く方が自然なはずだ。
どちらにせよ、本人が否定しているのだから違うのだろうが――なんとなく、煮え切らない。
そんな風に思いつつ、俺は独り物思いに耽るのだった。
――。
《三人称視点》
バタン!
勢いよく部屋の扉を閉めた亜利沙は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
しかし、そうしていても何も始まらない。
亜利沙は、手探りで自室の電気のスイッチを入れる。
明かりに照らされた部屋は、少しばかり散らかっていた。
薄桃色のふわふわ掛け布団が駆けられているベッドの上には、脱ぎ捨てたばかりと思われる淡い色のワンピースが置いてある。
そして、ベッドの下から覗いているのは――瑠璃色が美しいウィッグだった。
ゴミ箱の中には使い捨てのカラコンがある。こればかりは、兄に見つかってはいけないので、念入りに処分しなければ。
そんな風に思いつつ、亜利沙は脱ぎ捨てたワンピースを、兄に見られないようクローゼットの奥に押し込み、ウイッグをしっかりと隠す。
ウィッグは洗うのに結構手間がかかるから、明日以降兄のいない時を見計らって手入れするしかなさそうだ。
「流石だね、お兄ちゃん……」
亜利沙は、苦笑するほかなかった。
確かに、今日は思いがけずボロを出してしまうことがあった。
食事会で妹の話題が出たときは、動揺してしまったし、ついつい帰り道では同じ駅で降りることをバラしてしまった。
でも――亜利沙には、バレない自信があった。
このために。今日の日のために、彼女は南あさりとして今まで活動してきたから。
バレないように雰囲気を変え、ウィッグも付けて、バレないようにしていたのだ。
そもそも、兄にはダンジョン冒険者として活動していることは黙っている。どうしても、兄に勘ぐられそうなときは、“ピアノのレッスンに通っている”と誤魔化してきた。
変装は、完璧だったはずだ。
でも、兄はいつも亜利沙のことを見ている。だから気付かれたのだということは、火を見るよりも明らかだ。
それが嬉しいようで、でも悔しかった。
自分は南あさりではないと否定したが、それでいつまで騙し通せるかわからない。
明日には気付かれるかもしれない。コラボするときまで、隠し通せない可能性もある。
それでも――
「お願い、今だけは――」
懇願するように、1人の少女は呟きを漏らす。
「息吹亜利沙を、捨てさせてください……」
消え入るような少女の呟きを聞く者は、誰もいなかった。
言ってから、自分の口が勝手に動いていたことに気付く。
似ても似つかないはずなのだ。
俺の妹は白銀色のショートヘアに色素の薄い黒色の瞳だ。
けれど、あさりさんは長い瑠璃色の髪と目が覚めるような金色の瞳。
さらに言えば、基本的な仕草も亜利沙よりお淑やかで大人びて見える。アイスの好みだって違う。
それに何より、亜利沙はダンジョン冒険者などやっていない。
でも、この瞬間。
確かに、似ても似つかないはずの南あさりと息吹亜利沙が、同一人物に見えたのだ。
「あ、ごめ――なんでもない」
俺に背を向けたまま立ち尽くす亜利沙。
その背が、なぜか急に小さくなったように映って――
「うわ~、お兄ちゃんひっど~い!」
次の瞬間、俺の方を勢いよく振り返った亜利沙は、不満爆発とばかりに唇を尖らせていた。
「何突拍子もないこと言ってるのさ? 可愛い妹とダンチューバーを見間違えるなんて酷くない?」
ぶーぶー文句を言いながら、俺の方に近寄ってきた亜利沙は、そのまま俺の両膝に手を置いて体重を掛けてきた。
お、重い。
「ご、ごめん。口が滑った……けど、そんなに嫌がることないんじゃ――」
「嫌に決まってるでしょ!?」
「はいすいませんもう二度と言いませんから耳引っ張んないで千切れる千切れちゃうスーパーで売ってるサンドウィッチ用の耳なし食パンみたいになっちゃうぅうううううう!!」
ギリギリと耳を捻られる激痛にのたうち回る俺。
「考えてもみなよ。恋人から「◯◯さんに似てて可愛い」って言われるようなものだよ! お前が好きなのどっちやねん! って話になるでしょ!?」
うん、それは確かに嫌だ。
まあ、俺としてもこんなこと言うつもりはなかったのだ。
うっかり口を突いて出ただけで、街中で出掛けたときにゲーセンでゲームをしている全く知らないヤツに対し、似ているだけの理由で「お前◯◯か?」とか話しかけるようなものである。
「悪かったって。もう言わないから、許してくれ」
「絶対だからね! 罰として明日の朝ご飯は抜きだから!」
朝ご飯抜きはキツい。
俺の午前中の活動は、亜利沙の朝食で支えられているというのに。
「も、猛省します」
「それでよし!」
亜利沙はまだ怒りが収まらないのか、腰に手を当ててぷんすか怒りながら、自室へ消えて言ってしまった。
バタン! と勢いよく閉められる扉の音をやけに遠くに感じながら、俺は脱力してソファに身を沈める。
「そりゃ、起こるわな……自分と、ダンチューバーの南あさりを勘違いされたんじゃ……」
俺は自嘲気味に吐き捨て、そしてふとある違和感に気付く。
「あれ……俺、「あさりさん?」としか聞いていなかった気がするんだけど……気のせいか?」
それだけで、ダンチューバーの南あさりのことだと、亜利沙は一瞬で特定していた。
あさり、という名前で一番有名なのは「南あさり」ではあるが、確か芸能人にも同じ「あさり」という名前の人はいた気がする。それに、俺の学校にも一学年上に本名が「畦上浅里という女子がいる。
それなのに、「あさりさん?」と聞いただけで人物を特定するのは、流石に難しいと思う。
「そんなわけない」と否定する前に、眉根をよせて「……誰?」と聞く方が自然なはずだ。
どちらにせよ、本人が否定しているのだから違うのだろうが――なんとなく、煮え切らない。
そんな風に思いつつ、俺は独り物思いに耽るのだった。
――。
《三人称視点》
バタン!
勢いよく部屋の扉を閉めた亜利沙は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
しかし、そうしていても何も始まらない。
亜利沙は、手探りで自室の電気のスイッチを入れる。
明かりに照らされた部屋は、少しばかり散らかっていた。
薄桃色のふわふわ掛け布団が駆けられているベッドの上には、脱ぎ捨てたばかりと思われる淡い色のワンピースが置いてある。
そして、ベッドの下から覗いているのは――瑠璃色が美しいウィッグだった。
ゴミ箱の中には使い捨てのカラコンがある。こればかりは、兄に見つかってはいけないので、念入りに処分しなければ。
そんな風に思いつつ、亜利沙は脱ぎ捨てたワンピースを、兄に見られないようクローゼットの奥に押し込み、ウイッグをしっかりと隠す。
ウィッグは洗うのに結構手間がかかるから、明日以降兄のいない時を見計らって手入れするしかなさそうだ。
「流石だね、お兄ちゃん……」
亜利沙は、苦笑するほかなかった。
確かに、今日は思いがけずボロを出してしまうことがあった。
食事会で妹の話題が出たときは、動揺してしまったし、ついつい帰り道では同じ駅で降りることをバラしてしまった。
でも――亜利沙には、バレない自信があった。
このために。今日の日のために、彼女は南あさりとして今まで活動してきたから。
バレないように雰囲気を変え、ウィッグも付けて、バレないようにしていたのだ。
そもそも、兄にはダンジョン冒険者として活動していることは黙っている。どうしても、兄に勘ぐられそうなときは、“ピアノのレッスンに通っている”と誤魔化してきた。
変装は、完璧だったはずだ。
でも、兄はいつも亜利沙のことを見ている。だから気付かれたのだということは、火を見るよりも明らかだ。
それが嬉しいようで、でも悔しかった。
自分は南あさりではないと否定したが、それでいつまで騙し通せるかわからない。
明日には気付かれるかもしれない。コラボするときまで、隠し通せない可能性もある。
それでも――
「お願い、今だけは――」
懇願するように、1人の少女は呟きを漏らす。
「息吹亜利沙を、捨てさせてください……」
消え入るような少女の呟きを聞く者は、誰もいなかった。
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