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第四章 大人気ダンチューバー、南あさり編

第82話 チョコ味とバニラ味

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 ――どうしてこうなったのだろう。
 俺は、駅前から少し離れた住宅街にある公園のベンチに座りながら、ため息をついた。
 空を見上げると、満点の星空がある。基本的に冬の空の方が透明度が高く、空までの距離が近いように感じるとは言うが、初夏の星空も負けてはいない。

 って、そんなことはどうでもよくて。
 俺は、辺りを見まわす。
 テニスコート2つ分くらいの広さの公園は、中央に砂場があり、端っこに申し訳程度に滑り台とブランコがある程度。
 
 小学生が遊ぶには丁度良い感じだが、もう中学生に上がると来ることはないだろうな、という感じの公園である。
 時刻は夜の8時前で、四隅に配置された街灯が申し訳程度に公園を照らす、稍不気味な雰囲気。
当然、こんな時間に遊んでいる子どもなどいない。

そんな公園のベンチに、1人座っている俺。

ああ、言っておくけれど、あさりさんに見限られて1人置いていかれたとか、そういうわけではない。
あさりさんに、「ここでちょっと待ってて貰っていいですか?」と言われて、待たされてるだけなのだ。――10分くらい。

 ……あれ? ひょっとして、このまま帰ってこない罰ゲームとか、そういう展開はないよね? 流石に嫌だぞ?
 などと、変な疑心暗鬼に陥っていた俺の耳に、アスファルトを蹴る足音と荒い息づかいが聞こえてきた。
 
 反射的に振り返ると、肩で息をしながら公園に駆け込んでくるあさりさんが見えた。

「はぁ、はぁ。すいません、遅くなりました!」
「あー、いや。大丈夫です」

 言いながら、俺はあさりさんが手に持っているレジ袋に目を落とす。

「コンビニ行ってきたんですか?」
「はい。思ったより遠くて、時間かかっちゃいました」

 そう言って、あさりさんはレジ袋の中をガサゴソと漁ると、二つのアイスクリームを取り出した。
 入っていたのは、二つのソフトクリームだった。
 色が白のものと茶色のものとあるから、たぶんバニラ味とチョコ味だ。

「アイス? ですか……」
「お嫌いですか?」
「いや、そうじゃなく……」

 俺達、さっき夕飯を食べたばかりだと思うんだが?
 そう言おうとしたが、やめておく。
 なんとなく、それを言うと失礼に当たりそうな気がしたからだ。デザートは別腹。そう、それでいいのである。――さっきデザート食べた気がするが、それも気のせいだろう、うん。

「チョコ味とバニラ味を買ってきたんですが、どっちが好きですか?」
「えと、俺は――」
「当ててあげますチョコ味ですね? はい、どうぞ――」

 いや選ばせる気ないんか。

「いやえと、バニラの方がどちらかというと好き、ですかね」
「え!?」

 おずおずとそう答えると、あさりさんは目をこれ以上無いくらいに見開いて硬直した。
 え? 俺、何か変なこと言ったか?

「そ、そんな! 絶対チョコだと思ったのに……あ、有り得ない! なんでチョコじゃないんですか!?」
「いやそこまで驚く要素ありました? 別に、あさりさんがバニラが絶対食べたいっていうのなら、全然譲りますけど」

 俺は頬を掻きつつそう答える。
 あさりさんは、余程バニラの方がいいらしい。

「いえ、バニラ食べてください」

 ずいっと、あさりさんは少し不機嫌な様子でバニラ味を差し出してくる。
 いや、そんな顔されると帰って受け取りづらいのだが。逡巡している俺に対し、あさりさんは少し早口で告げる。

「溶けてしまうのでお早く」
「あ、はい……どうも」

 俺はバニラ味のアイスを受け取ると、一応最後に確かめるように言った。

「ホントに、チョコでも大丈夫ですよ? 家に帰ると、チョコ味の方食べることが多いので」

 バニラが好きなのにチョコを食べる理由は、結構単純だ。
 叔母さんが俺達用にアイスを買ってきてくれるときは、決まってチョコとバニラが1種類ずつだからである。

 そんなとき、
 だから、俺がチョコを食べるのだ。亜利沙はバニラ味が好きだから。

「だったら、尚更ここでバニラ味を食べておいた方がよくないですか?」
「うっ」

 あさりさんの言葉に、俺は思わず苦虫をかみ潰したような顔をする。
 そんな俺に対し、あさりさんは言った。

「気にしなくて大丈夫ですよ。私、
「そう、なんですか?」
「はい」

 あさりさんは俺に笑いかけると、俺の隣に腰掛けてチョコ味のアイスを食べ始めた。
 さっきまで、余程バニラにご執心かと思っていたが、チョコ味を食べている姿を見る限り幸せそうだ。
「チョコの方が好き」というのが、単に気を遣っただけには思えない。

それを疑問に思いながら、俺は少し溶け始めているバニラアイスに齧り付くのだった。

――。

アイスを食べ終わった俺達は、なんとなくその場を離れがたくてしばらくその場に座っていた。

「美味しかったですね」
「はい」
 
 あさりさんの言葉に、俺は頷く。
 正直、お腹がいっぱいで後半は無理矢理腹に詰め込んだから、味のことを考えている暇はなかったのだが。
 こうして2人で並んでいると、不思議と安心感があるのはなぜだろう。

 俺は、美少女と二人きりで平静でいられるほど、大人ではないのだが――なぜか、彼女の側にいると落ち着くのだ。

「あの、矢羽さん」
「なんですか」

 不意に、少し声のトーンが下がったのを感じて、俺は彼女の方を向く。
 あさりさんの目は、俺を真っ直ぐに見据えていた。空に瞬く星よりも煌びやかで、どこか愛くるしい金色の瞳で。

「今度、私とコラボしませんか?」
「え、コラボ……?」

 コラボって言うと、アレか?
 ダンチューバーやプロ冒険者、他の同業者と一緒に配信なりのイベントを行うヤツか?
 そう問いかけると、あさりさんは、真剣な表情で「はい」と頷いた。

「いきなりこんな話をしてすいません。私、前から……退姿、いつかお話ししたいと考えていたので。もし、ダメでなければ……」
「いいですよ」
「そうですよね。いきなりこんな話持ち込まれても、断――え? いい、んですか?」

 あさりさんは大きな目をぱちくりさせる。
 断られる前提で提案していたのか。俺としては、別に断る理由はない。

「構いませんよ。そのときは、こちらからもよろしくお願いしますね」
「は、はい。ありがとうございます。日程等は、決まったら事務所を通して連絡させていただくので……」

 未だ信じられないといった様子で、あさりさんは呟くように答える。

「事務所ですか。いっそのこと、ここで連絡先交換して、直接やり取りした方が早いんじゃ――」
「矢羽さん」
「はい?」

 小首を傾げる俺に対し、言葉を遮ったあさりさんは少し意地悪な笑みを浮かべて言った。

「女の子の連絡先は、そうそう簡単に聞き出せると思ったら大間違いですよ?」

 八重歯を見せて笑うと、あさりさんは短くお礼を述べて、去って行く。
 いや、連絡先交換よりコラボの方が難易度高くないか? そう言いたかったが、彼女の影は雑踏の奥へと消えていく。
 俺の家とは、反対の方角だった。

「なんか、とんでもないことになったな」

 1人残された俺は、そんな風に呟くのだった。
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