19 / 135
第二章 弓使いと学校のアイドル編
第19話 家族との距離感
しおりを挟む
その日、仮入部中の弓道部の体験が終わったあと、俺は家路に就いた。
時刻は午後五時を回り、西の空はオレンジ色に染まっていた。
俺は、紺色に染まる東の空の方へ歩く。
吸い込まれそうなほどに深く高い紺色の空を見ると、必然的に思い出すのが高嶺さんの深く青い瞳だ。
単に、泣かせてしまったときの顔が頭から離れないだけかもしれないが、なぜかあの目を知っている気がする。
「でも、一体誰だ?」
俺の記憶の中で、少なくとも高嶺乃花《たかみねのんか》という名前の子はいない。
もし出会っていたら、特徴的な名前だし記憶に残るはずだ。
なのに、初めて会った気がしない。それがどうにも引っかかるのだ。
考えても答えが出ないまま、気付けば自宅の前の玄関に立っていた。
駐車場には車がないから、叔母さんはまだ帰って来ていないみたいだ。
「ただいま」
「お兄ちゃんお帰り~!」
玄関の扉を開けると、すぐに亜利沙が飛び出してきた。
夕食を作っていたのだろう。可愛らしいエプロン姿のまま、こちらへ駆けてきた。
笑顔で出迎えてくれるのはすごく嬉しい。嬉しいのだが――
「その両手に持ってるヘラと泡立て器は置いてきてもよかったんじゃない?」
「あ」
今思いだしたのか、亜利沙は両手に持ったままの調理器具を見つめる。
「まあ、ついでにお兄ちゃんの調理もしちゃうぞ♪ ってことで!」
「待て待て、どういうこと。意味がわかんないんだけど」
「まずは皮むき。制服を剥いで丸裸に――」
指をわきわきさせ、怪しい挙動でにじり寄って来る亜利沙。
「やめてくれ。普通に自分で着替えてくるから」
「ちっ」
「……何が「ちっ」なんだよ」
「べーつに?」
あからさまに不機嫌になって、ぷいっとそっぽを向く亜利沙。
さすがに、高校1年の男子が中学2年生の女子に着替えさせてもらうというのは、どうかと思う。
いくら兄妹といえど、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
それに――俺と亜利沙は、普通の兄妹の関係ではない。少々複雑な事情も抱えているから、なおさらだった。
「早く着替えてきてね。愛情たっぷりの晩ご飯、作っておくから」
そう言って、ウインクをして踵を返す亜利沙。
いつも亜利沙は、可愛らしい仕草をする。兄に対してというか、恋人でも相手にするかのように。
ただ――
「相変わらずウインクできてないぞー」
「うっさい、練習中!」
ウインクするときに両目を瞑ってしまう、不器用な妹なのだった。
――。
私服に着替えた俺は、リビングに向かった。
料理はもう大半が完成しているようで、肉じゃがに筑前煮などが並べられていた。
そろそろ仕事から帰ってくるであろう、叔母さん用の食事も含めて3人分、綺麗に並べられている。
相変わらず中学生離れした腕前だ。
「今日も美味しそうだな」
「へへん。愛情いっぱい込めたからね~」
最後の一品であるナスとピーマンの炒め物をお皿に装いながら、キッチンに立つ亜利沙は答える。
「そっか。将来はいいお嫁さんになりそうだな」
「っ!」
がしゃあんっ!
急に食器を取り落とす音が聞こえ、俺は慌てて亜利沙の方を見た。
「大丈夫か!?」
「だ、だいじょうぶ。手が滑っただけ」
「食器が割れてケガとかしてないか」
「食器は割れてないから、へいき」
とりあえずよかった。
俺はほっと胸をなで下ろす。
「気をつけろよ」
「うん……」
亜利沙はおずおずと頷いた。
しかし、なんでいきなり食器を取り落としたんだろうか。
ドジな印象はないんだけど。
そんなことを考えていると、亜利沙が話題を逸らすかのように、わずかに早口で言った。
「そ、そうだお兄ちゃん。今日押し入れの掃除してたら、昔お兄ちゃんが一緒に遊んでた子の写真出てきたよ」
「一緒に遊んでた子?」
「ほら、母さん達が死んで、叔母さんに引き取られる前まで住んでた場所の」
「ああ、あの子か!」
たった一ヶ月しか一緒にいなかったが、それ故に濃い時間だった。
確か名前はかのんと言ったか。
「今でも元気にしてるかな」
「あれから一度も、前住んでた場所には帰ってないもんね。あ、写真は棚の上にあるよ」
俺は昔を懐かしみながら、棚の上に置いてある写真をとり、何気なく目を向けて。
――ずくん、と。
写真を見た瞬間、心の中にある何かが大きく脈動するのを感じた。
「え。これって――」
時刻は午後五時を回り、西の空はオレンジ色に染まっていた。
俺は、紺色に染まる東の空の方へ歩く。
吸い込まれそうなほどに深く高い紺色の空を見ると、必然的に思い出すのが高嶺さんの深く青い瞳だ。
単に、泣かせてしまったときの顔が頭から離れないだけかもしれないが、なぜかあの目を知っている気がする。
「でも、一体誰だ?」
俺の記憶の中で、少なくとも高嶺乃花《たかみねのんか》という名前の子はいない。
もし出会っていたら、特徴的な名前だし記憶に残るはずだ。
なのに、初めて会った気がしない。それがどうにも引っかかるのだ。
考えても答えが出ないまま、気付けば自宅の前の玄関に立っていた。
駐車場には車がないから、叔母さんはまだ帰って来ていないみたいだ。
「ただいま」
「お兄ちゃんお帰り~!」
玄関の扉を開けると、すぐに亜利沙が飛び出してきた。
夕食を作っていたのだろう。可愛らしいエプロン姿のまま、こちらへ駆けてきた。
笑顔で出迎えてくれるのはすごく嬉しい。嬉しいのだが――
「その両手に持ってるヘラと泡立て器は置いてきてもよかったんじゃない?」
「あ」
今思いだしたのか、亜利沙は両手に持ったままの調理器具を見つめる。
「まあ、ついでにお兄ちゃんの調理もしちゃうぞ♪ ってことで!」
「待て待て、どういうこと。意味がわかんないんだけど」
「まずは皮むき。制服を剥いで丸裸に――」
指をわきわきさせ、怪しい挙動でにじり寄って来る亜利沙。
「やめてくれ。普通に自分で着替えてくるから」
「ちっ」
「……何が「ちっ」なんだよ」
「べーつに?」
あからさまに不機嫌になって、ぷいっとそっぽを向く亜利沙。
さすがに、高校1年の男子が中学2年生の女子に着替えさせてもらうというのは、どうかと思う。
いくら兄妹といえど、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
それに――俺と亜利沙は、普通の兄妹の関係ではない。少々複雑な事情も抱えているから、なおさらだった。
「早く着替えてきてね。愛情たっぷりの晩ご飯、作っておくから」
そう言って、ウインクをして踵を返す亜利沙。
いつも亜利沙は、可愛らしい仕草をする。兄に対してというか、恋人でも相手にするかのように。
ただ――
「相変わらずウインクできてないぞー」
「うっさい、練習中!」
ウインクするときに両目を瞑ってしまう、不器用な妹なのだった。
――。
私服に着替えた俺は、リビングに向かった。
料理はもう大半が完成しているようで、肉じゃがに筑前煮などが並べられていた。
そろそろ仕事から帰ってくるであろう、叔母さん用の食事も含めて3人分、綺麗に並べられている。
相変わらず中学生離れした腕前だ。
「今日も美味しそうだな」
「へへん。愛情いっぱい込めたからね~」
最後の一品であるナスとピーマンの炒め物をお皿に装いながら、キッチンに立つ亜利沙は答える。
「そっか。将来はいいお嫁さんになりそうだな」
「っ!」
がしゃあんっ!
急に食器を取り落とす音が聞こえ、俺は慌てて亜利沙の方を見た。
「大丈夫か!?」
「だ、だいじょうぶ。手が滑っただけ」
「食器が割れてケガとかしてないか」
「食器は割れてないから、へいき」
とりあえずよかった。
俺はほっと胸をなで下ろす。
「気をつけろよ」
「うん……」
亜利沙はおずおずと頷いた。
しかし、なんでいきなり食器を取り落としたんだろうか。
ドジな印象はないんだけど。
そんなことを考えていると、亜利沙が話題を逸らすかのように、わずかに早口で言った。
「そ、そうだお兄ちゃん。今日押し入れの掃除してたら、昔お兄ちゃんが一緒に遊んでた子の写真出てきたよ」
「一緒に遊んでた子?」
「ほら、母さん達が死んで、叔母さんに引き取られる前まで住んでた場所の」
「ああ、あの子か!」
たった一ヶ月しか一緒にいなかったが、それ故に濃い時間だった。
確か名前はかのんと言ったか。
「今でも元気にしてるかな」
「あれから一度も、前住んでた場所には帰ってないもんね。あ、写真は棚の上にあるよ」
俺は昔を懐かしみながら、棚の上に置いてある写真をとり、何気なく目を向けて。
――ずくん、と。
写真を見た瞬間、心の中にある何かが大きく脈動するのを感じた。
「え。これって――」
301
お気に入りに追加
595
あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう
果 一
ファンタジー
目立つことが大嫌いな男子高校生、篠村暁斗の通う学校には、アイドルがいる。
名前は芹なずな。学校一美人で現役アイドル、さらに有名ダンジョン配信者という勝ち組人生を送っている女の子だ。
日夜、ぼんやりと空を眺めるだけの暁斗とは縁のない存在。
ところが、ある日暁斗がダンジョンの下層でひっそりとモンスター狩りをしていると、SSクラスモンスターのワイバーンに襲われている小規模パーティに遭遇する。
この期に及んで「目立ちたくないから」と見捨てるわけにもいかず、暁斗は隠していた実力を解放して、ワイバーンを一撃粉砕してしまう。
しかし、近くに倒れていたアイドル配信者の芹なずなに目撃されていて――
しかも、その一部始終は生放送されていて――!?
《ワイバーン一撃で倒すとか異次元過ぎw》
《さっき見たらツイットーのトレンドに上がってた。これ、明日のネットニュースにも載るっしょ絶対》
SNSでバズりにバズり、さらには芹なずなにも正体がバレて!?
暁斗の陰キャ自由ライフは、瞬く間に崩壊する!
※本作は小説家になろう・カクヨムでも公開しています。両サイトでのタイトルは『目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう~バズりまくって陰キャ生活が無事終了したんだが~』となります。
※この作品はフィクションです。実在の人物•団体•事件•法律などとは一切関係ありません。あらかじめご了承ください。

姉(勇者)の威光を借りてニート生活を送るつもりだったのに、姉より強いのがバレて英雄になったんだが!?
果 一
ファンタジー
リクスには、最強の姉がいる。
王国最強と唄われる勇者で、英雄学校の生徒会長。
類い希なる才能と美貌を持つ姉の威光を笠に着て、リクスはとある野望を遂行していた。
『ビバ☆姉さんのスネをかじって生きよう計画!』
何を隠そうリクスは、引きこもりのタダ飯喰らいを人生の目標とする、極めて怠惰な少年だったのだ。
そんな弟に嫌気がさした姉エルザは、ある日リクスに告げる。
「私の通う英雄学校の編入試験、リクスちゃんの名前で登録しておいたからぁ」
その時を境に、リクスの人生は大きく変化する。
英雄学校で様々な事件に巻き込まれ、誰もが舌を巻くほどの強さが露わになって――?
これは、怠惰でろくでなしで、でもちょっぴり心優しい少年が、姉を越える英雄へと駆け上がっていく物語。
※本作はカクヨム・ノベルアップ+・ネオページでも公開しています。カクヨム・ノベルアップ+でのタイトルは『姉(勇者)の威光を借りてニート生活を送るつもりだったのに、姉より強いのがバレて英雄になったんだが!?~穀潰し生活のための奮闘が、なぜか賞賛される流れになった件~』となります。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

いずれ殺される悪役モブに転生した俺、死ぬのが嫌で努力したら規格外の強さを手に入れたので、下克上してラスボスを葬ってやります!
果 一
ファンタジー
二人の勇者を主人公に、ブルガス王国のアリクレース公国の大戦を描いた超大作ノベルゲーム『国家大戦・クライシス』。ブラック企業に勤務する久我哲也は、日々の疲労が溜まっている中、そのゲームをやり込んだことにより過労死してしまう。
次に目が覚めたとき、彼はゲーム世界のカイム=ローウェンという名の少年に生まれ変わっていた。ところが、彼が生まれ変わったのは、勇者でもラスボスでもなく、本編に名前すら登場しない悪役サイドのモブキャラだった!
しかも、本編で配下達はラスボスに利用されたあげく、見限られて殺されるという運命で……?
「ちくしょう! 死んでたまるか!」
カイムは、殺されないために努力することを決める。
そんな努力の甲斐あってか、カイムは規格外の魔力と実力を手にすることとなり、さらには原作知識で次々と殺される運命だった者達を助け出して、一大勢力の頭へと駆け上る!
これは、死ぬ運命だった悪役モブが、最凶へと成り上がる物語だ。
本作は小説家になろう、カクヨムでも公開しています
他サイトでのタイトルは、『いずれ殺される悪役モブに転生した俺、死ぬのが嫌で努力したら規格外の強さを手に入れたので、下克上してラスボスを葬ってやります!~チート魔法で無双してたら、一大勢力を築き上げてしまったんだが~』となります

異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!
枕崎 削節
ファンタジー
〔小説家になろうローファンタジーランキング日間ベストテン入り作品〕
タイトルを変更しました。旧タイトル【異世界から帰ったらなぜか魔法学院に入学。この際遠慮なく能力を発揮したろ】
3年間の異世界生活を経て日本に戻ってきた楢崎聡史と桜の兄妹。二人は生活の一部分に組み込まれてしまった冒険が忘れられなくてここ数年日本にも発生したダンジョンアタックを目論むが、年齢制限に壁に撥ね返されて入場を断られてしまう。ガックリと項垂れる二人に救いの手を差し伸べたのは魔法学院の学院長と名乗る人物。喜び勇んで入学したはいいものの、この学院長はとにかく無茶振りが過ぎる。異世界でも経験したことがないとんでもないミッションに次々と駆り出される兄妹。さらに二人を取り巻く周囲にも奇妙な縁で繋がった生徒がどんどん現れては学院での日常と冒険という非日常が繰り返されていく。大勢の学院生との交流の中ではぐくまれていく人間模様とバトルアクションをどうぞお楽しみください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる