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第二章 《友好舞踏会》の騒乱編

第35話 悪夢到来

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《レント視点》

 ――パーティーは何事も無く粛々と進み、遂に終了時刻の午後五時を迎える。

 当初はどこか固まっていた空気も、社交ダンスや会食の影響ですっかり和み、護衛の筈の騎士団の面々ですら、明らかに気を抜いている者がいるのが見て取れる。



 皆が皆、このまま何事も無く終了するだろうと思い始めているのだ。

 不意打ちでテロを仕掛けるなら、警戒が一番強いパーティー開始直後よりも、どこか空気が弛緩しているパーティー終了間際の方が成功率が高い。

 計画実行を最後の最後まで引き延ばしたのは、そういった意図があってのことだろうか。



「いよいよ……か」



 俺は、周りに聞こえないくらいの大きさでぼそりと呟いた。

 数分後、この空間は阿鼻叫喚と化しているだろう。

 

 ツォーン様によってブルガス王国の王女が暗殺される。

 そのときこの会場の空気は、一体どうなっているのだろう?



 そんなことを考えていたとき、遂に振り子時計の長針が、12をさした。



 ボーン、ボーン、ボーン。

 重く厳かな音が響き、パーティーの終幕と……これから起こる絶望を予感させる。



「皆様、どうかご静粛に」



 二階の観覧席に座るレーネ王女が、ジュースの入ったグラスを置いて立ち上がった。

 皆の視線が、一斉にそちらを向く。

 今この瞬間、一人たりともツォーンという不穏分子に注意を払っている者はいない。



 ただでさえツォーンは、空気中の水分のように人の認識から抜け出ることが出来る。

 王国の人間も、公国の人間も。

 護衛として側に仕える二人の騎士団員と、勇者アリスですら彼女の方を向き、言葉に耳を傾けている。



「本日は王国と公国の新たな道標となる《友好舞踏会エクセレント・パーティー》にお集まりいただき、まことにありがとうございました。王国の民と公国の民が互いに手を取り合い、穏やかで楽しい時間を過ごす。私が今日この場で見た光景は、紛れもなく父上の……国王陛下の望む姿です。これを機に、より一層両国の交友関係を広げていきたく存じます。ブルガス王国が第一王女。レーネ=フォン=ブルガス」



 王女は、深々と一礼する。

 王国と公国、双方の参加者から嵐のような拍手が巻き起こった。

 そんな中――俺は、拍手が意識の外に遠のいていくのを感じていた。



 何だ、この複雑な気持ちは。

 俺は自分の心の中に芽生えた違和感に、心底驚いていた。



 俺達のような行き場も寄る辺もないモブは、ただ強いヤツの意志に縋って計画の手駒になるしかない。

 だから、今から起こることは変えようのない未来なのだ。



 俺は、ツォーン様のように素晴らしい暴力ちからを持ち合わせていない。

 逆らうなんて選択肢は、最初から存在していない。

 

 なのに――いざ、俺達が戦争を引き起こすそのときになって、ようやくはっきりと自覚した。

 モブだから仕方ない。

 こうするしかない。



 俺達は、こうすることでしか生きていけないんだ。



 親友のカイムの前で言ってみせたその台詞が、自分の無力さを肯定するためだけの、ただの自己満足だということに。



「――逃げろ! 王女様!」



 自分の弱さを実感したからか。

 俺は、自分でも気付かぬうちに声を張り上げていた。



 会場の意識が、俺の方へ向けられる。

 王女様の視線が、俺の方へ流れ――そのときだった。



 ギュンッ!

 鋭い飛翔音が、会場を横切った。

 ダンスホールの端から、王女めがけて一直線に青い水の戦鎚せんついが駆け抜ける。

 

 音速を優に超える速度の水の槍。

 その一撃は、残酷なまでに真っ青で――王女の身体に直撃した。



 ズンッ!

 王女諸共壁に激突した水の槍は、壁を粉々に砕き、水しぶきと土埃が盛大に巻き上がる。

 その凄まじい威力で、とっさに手すりを掴んだ勇者アリスを除き、側にいた二人の騎士は宙を舞った。



 一瞬の出来事に、会場全体が唖然としていた。

 誰も、状況が理解できず動けずにいた。

 ただ一人を除いて――



「れ、レーネ様ァアアアアアッ!!」



 二階から絶叫が上がる。

 誰よりも王女の近くにいた勇者アリスが、王女が何者かに狙撃されたのだと悟り、狂気と悲哀の入り交じった叫びを上げる。



「貴様がやったのかぁあああああ!!」



 アリスは、目にもとまらぬ速度で剣を引き抜き、二階の手すりを蹴って一直線にこちらへ飛んで来た。



「ほう。私の秘儀――《水隠れ》による認識阻害を看破するか。流石は勇者だ」



 俺より数メートル後方から声がして、霧の中から人が現れるかのごとく、ツォーン様が姿を現した。

 ツォーン様は手の先から水の塊を出すと、手足のように操って剣の形にする。



 そして、カッ飛んで来た勇者アリスの剣を真正面から受け止めた。



「答えろ! なぜ王女様を殺した! 何者だ貴様はッ!」



 激しい鍔迫り合いの中、鬼をも睨み殺しそうな形相でアリスは吠える。



「名乗るのは構わないが――」



 ツォーン様は涼しげな声色でそう言うと、凄まじい剣圧のアリスの剣を弾き返す。

 それから片手でアリスの肩を掴んで、そのまま勢いよく地面にたたき付けた。



「かはっ!」



 地面にたたき付けられたアリスは苦しそうにうめき、剣をとり落とす。

 もの凄い力で押し倒されたというのは、アリスがたたき付けられた場所の床が割れたことから見ても、十分にわかる。



「――名前を名乗る相手くらいは選びたい。勇者アリスと聞いて内心ワクワクしていたが、この程度とは拍子抜けだ」



 ツォーン様は、思いっきりアリスの身体を踏みつけた。

 王国最高位の強さを誇るはずの勇者アリスが、たった一合いで敗北した。



 王女が殺され、勇者アリスが押し倒されたという事実。

 この危機的な異常事態を前に、ようやく王国の重鎮達や騎士団の危機意識が追いついた。
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